生活クラブグループ
市民セクター政策機構

市民セクター政策機構 市民セクター政策機構は、生活クラブグループのシンクタンクとして、市民を主体とする社会システムづくりに寄与します。

針ねずみも自分の子はすべすべだと言う

齋藤 真理子

 

 ずっと、ばかと思われることが怖かった。なんでかというと、ほんとにばかだからだ。よく知らないことを知ったふうな顔をして生きてきたので、ばれるのがいやだった。それに気づいてからは積極的に「ばかです。」と名乗ってきたが(こういうところも、ばかである)、あるとき尊敬している人に「私は、自分で自分をばかとは言わない。そんなこと言ったら、私とつきあい続けてくれた友人たちを貶めることになるからね」と言われ、ああそうだなと思って、ばかと名乗るのをやめた。

 名乗るのはやめたもののやっぱりばかはばかで、しかもばかにはいろいろ種類があって、なかなか悩ましいものもある。その筆頭が、親ばかだ。

 先回も書いたが、私は子どもが4歳になるまで沖縄に住み、その後、仕事のため東京に来た。東京には大学生時代から12年間住んでいたので、古巣である。だが、ひとりで暮らすのと子どもと一緒に暮らすのとでは東京はまるで違っていた。この二つの土地は、「子ども濃度」が全然違うからだ。

 沖縄の出生率はここ34年間、全国一だ。私が住んでいた当時、回りの人に聞いたところ、結婚式で「子どもは何人?」と訊かれたら「最低3人」と答えるのが定番らしかった。実際、3人きょうだい、4人きょうだいが多く、一人っ子は肩身が狭かったんじゃないかと思う。まして、結婚したが子どもは欲しくない人たちは、たいへん苦労しただろう。その代わり私のような流れ者みたいな人が子どもを生んで暮らしていても寛容だった。

 沖縄の社会は赤ちゃん慣れ、子ども慣れしていた。社会の「子ども濃度」が高いからだ。結果として、社会全体の子どもに対する経験の層が厚いという感じがした。少子化は必ずしも少親化を意味するわけではないが、子ども経験の層を薄くさせることは間違いないと思う。沖縄では額にそりこみを入れたヤンキーっぽいお兄ちゃんがぶっきらぼうに幼い弟をあやしていたり、小学生の女の子が、赤ちゃんの首が座るのは生後何カ月ごろか知っていたりした。あの2人がその後、子どもを持ったかどうかはわからないが、小さい子をあやした経験や、赤ん坊の首の座る時期という知識は消えない。それらが積もり積もって、層を作っていく。

 出生率が全国一であると同時に離婚率も日本一で、子どもの貧困度でも全国平均を上回る。そんな沖縄の現実の前で軽々しくは言えないが、「子ども濃度」の高い社会には、一人ひとりに子どもがいようがいまいがおかまいなくどーんと構えた懐の深さのようなものがあり、私たち母子はそれに助けられていた。

 

(P.166~P.168記事から抜粋)

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