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ノルウェー政治家のSNSの使い方(ジャーナリスト・写真家 鐙<あぶみ> 麻樹)

季刊『社会運動』2021年4月【442号】特集:自助・共助・公助と生活クラブ

 焼き立てのシナモンロールの写真と一緒に自慢のレシピを公開する首相。家事をする労働・社会問題大臣(保守党の男性)。湖での水泳、冬のクロスカントリースキー、山でのバーベキューの写真ばかりを投稿する野党の最大政党・労働党の党首。ノルウェーでは政党や政治家がちょっとふざけて、なごやかで、のんびりした写真をSNSに投稿するのが当たり前だ。若者や女性の写真が多いのも北欧らしいといえる。

 「平等」精神を大事にする北欧では、政治家は「市民らしく」、「市民と近い距離間を保っている」ことが求められる。そうであろうと必死の政治家の姿勢がわかりやすく反映されるのがフェイスブックとインスタグラムといえる(スナップチャット(注1)は最近は人気下降気味で、ツイッターは本名、顔出しが基本で真面目な議論が中心のため市民との交流に最適とはいえない)。フェイスブックでは政策への熱い思いや理念を訴える文字中心の冷静な投稿もあるが、市民らしさが必死にPRされるのが写真中心のインスタグラムだ。日本の政党のインスタグラムと比べると、ノルウェー首相の所属する保守党や対する労働党のアカウントは笑顔の写真、政治家の食生活が分かる写真(ソーセージ、ミルク、バター、チーズ、パン、クッキー)、黒いスーツではなくカジュアルな服装(短パン、ネクタイなしのシャツ、サングラス、スポーツウェア)などが多い。「あなたたちと変わらない」という庶民性を強調するためか、自宅で育児・家事、職場でブラックコーヒー、そして国民的趣味ともいえる登山、クロスカントリースキー、湖やフィヨルドでの泳ぎ、森の散歩の写真、自転車や電車での移動写真も多い。ゲームや音楽をしている最中、わざとピントがぼけた写真を投稿することもある。日本の政党のSNSはおじさんの写真が多いのは悲しきお国柄か。

 ノルウェーの政治家がこれほど必死に市民っぽさを出したがるのは、それほど「普通の人らしい」ことが政治家として必要な条件であり、メディアや市民からの「そうであれ」という圧力と期待が強いからだ。この国では裕福な家柄や高学歴・高収入は政治家としては必ずしも好ましいとはいえない。日本の政治家にとっての当たり前が優位に働かないのだ。自分で家事や育児もせず、コンビニやスーパーでも買い物もせず、公共交通機関や自転車を使って通勤しない、少ない銀行残高や請求書の支払いに悩んだことがない、政治家になる前に一般企業に務めたことがない。そのような経歴は市民に嫌がられる。「私たちの立場や気持ちを分かる人ではない」と思われるのだ。

 中道右派の保守党支持者には裕福な家庭の者が多いとも言われるが、それでも必死に庶民感を醸し出すことが求められる。ましてや中道左派の労働党がもし「労働者らしくない」としたらそれこそ悩みの種だ。いま、ノルウェーの労働党のストーレ党首はまさにそれが党の支持率を下げている理由のひとつとしても指摘されている。裕福な家庭で資産が多いことが選挙の度に大きく報じられているからだ。党首の生まれながらに恵まれた家柄は党にとってはイメージが悪い。それでも彼のインスタグラムにはスキー写真などもあり、庶民らしさは日本人には十分に伝わると思うのだが、現地の目は厳しい。保守党の頭であるソールバルグ首相のほうが「みんなの母ちゃん」という印象付けに成功しているのは皮肉なものだ。

 政治家が庶民らしい生活をしていることがなぜ求められるのか。市民の暮らしのリアリティや悩みがわからない政治家に、市民のための政策は作れないからだ。日本で政治の話がしにくい、政治家を身近に感じないとしたら、それは政治家が遠い存在、市民が政治家に市民らしさを厳しく求めてこなかったことが背景のひとつともいえるかもしれない。

(p.132-P.136 記事抜粋)

 

 

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