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『社会運動』 280号

2003年7月15日

目次

たすけあいの仕組み 私的・公的保障の引き下げの中で <生活の保障>とは何か? 山野憲昭‥‥ 2
この一枚 1989年の「食品安全条例」直接請求のチラシ ‥‥ 9
自治体イニシアティブ 東京都で食品安全条例の動き 都議会生活者ネットワーク政務調査会‥‥10
NO! 遺伝子組み換えイネ 十分説明ないなか一般圃場に定植―北海道― 富塚とも子‥‥18
札幌市長再選挙顛末記 44年ぶりに民間出身の上田氏が勝利 小林董信‥‥21
統一選挙を終わってA東京、神奈川、北海道のネットからの報告(下)大河原雅子/友沢ゆみ子/小林郁子‥‥24
社会協同組合B型とマロッタ氏来日 障害者と健常者が協同労働を推進 佐藤紘毅‥‥32
単協総代会からみる 生活クラブ総代会議案書 ハイライト 生活クラブ生協・神奈川‥‥34
 生活クラブ生協・千葉‥‥47
 生活クラブ生協・東京‥‥51
<リレー連載>多元的歴史観の諸相A 「倭国」の始源とその興亡史 大芝英雄‥‥56
追悼の記  最後の「憤死」―わが恩師・藤田省三 川上 徹‥‥62
雑記帖 柏井宏之‥‥64

<たすけあい>の仕組み

私的・公的保障の引き下げの中で<生活の保障>とは何か?

いまあらためて<共・協>領域に注目

叶カ活クラブ総合サービス ファイナンシャルプランナー

山野 憲昭

 数年間続いていた生命保険会社の破綻騒ぎも一段落したかにみえた矢先、自民党から断ち切れになったはずの「予定利率の引下げ」問題が急浮上し、十分な討議もせずに保険業法が改定されました。共済や保険に関わる者だけでなく、国民のほとんどに関わる問題だけに、大きな悔いを残す結果になった。予定利率の引下げを銀行の預金金利の引下げくらいにしか考えていない人が多いようだが、その内実は契約者(国民の8割以上を占める)の将来の生活設計を根底から覆す危険性を孕んでいる。日本の社会は、この間公的保障の年金の負担増、給付金の相つぐ切り下げがすすめられ、不安が高まる中で、私的保障の柱であった生命保険の利率引き下げが強行されたわけである。生活を将来にわたって安心して送るための<たすけあいの仕組み>をどう考えればいいか、山野憲昭氏(叶カ活クラブサービス)に聞いてみた。(編集部)

 

国の施策の失敗 生命保険の「予定利率引き下げ」で国民に痛み強要
 
現在、生命保険の役割は公的保障(年金・健康保険・労働保険など)を補完する私的保障として位置付けられています。そのため、保険業法で生命保険契約を「契約者の財産権」と定め、いったん契約した保険の予定利率の引下げは、破綻した場合を除いて保険会社が勝手に引下げできないようにしています。私たちが長期間に及ぶ契約を安心して結べるのも、この法によって守られているからです。
 政府は保険会社の経営破綻を救済するために、法を改定してまで「予定利率の引下げ」を認めました。これは明らかに契約者の財産権を侵害するもので、多くの国民の将来の生活設計を踏みにじりました。
 たとえ予定利率の引下げを認めたところで、保険会社の経営破綻を救済できるとは思えません。というのも、保険会社の経営は契約者との信頼の上に成り立っています。信頼関係をベースにした支払い約束を一方的に反古にする保険会社と、信頼し契約をする人がいるとは考えられないからです。保険会社側にも異論を唱える人がいるほどで、「国民のために法を改定した」と小泉首相はいっていますが、国の政策としては本末転倒、国民にとって最悪といわざるを得ません。
 一方、私たちの生活を支える公的保障も、国や地方自治体の財政状況悪化により、保険料の負担増、給付金の切り下げが始まりました。企業の保障制度(企業年金・退職金・弔意金等)も同様に危機的な状況になっています。‥‥続く

自治体イニシアティブ

東京都で「食品安全条例」の動き

都議会生活者ネットワーク 政務調査会

 

 次期知事選挙への出馬か、あるいは国政への復帰かとの噂が絶えない中、12月都議会の代表質問に答える石原知事の口が「食品安全条例の制定を早急に」と動いた。かつて55万の食品安全条例の直接請求に対する、鈴木都知事の「(条例は必要でなく)現状の規制で十分対応」という答弁から実に13年を経た出来事であった。東京都の食品安全条例は、都よりこの平成15年度内にも提案される予定である。かつての条例項目を眺め、ここ数年の食品事件を振り返るとき、市民の先駆性と行政の立ち遅れは明白である。この条例についての当面の課題をネットに説明していただいた。なお、本稿にある食品の「監視指導計画」は、食品衛生の法一部改正に伴い都内だけでなく保健所設置の自治体が自由に作れることになった。策定手続の条例制定も可能だ。官僚まかせにしない市民のルールづくり一政策法務の全国各地域の取り組みが必要だ。(編集部)

不満な「食品安全基本法」      
 5月16日「食品安全基本法」が成立しました。雪印問題、そしてBSE問題と食品安全行政の立ち後れや劣化が決定的に明らかとなり、このためトレーサビリテイや食品安全基本法、そして食品安全委員会が課題となりました。当初はマスコミ報道も含めて関心が高かかったのですが、ここにきて国会審議は、極めて不十分な状況となりました。衆議院でも参議院でも、内閣委員会の審議が行われましたが、時間も短く、参考人質疑は、各3時間農水委員会と厚生労働委員会との連合審査は各1回のみで、国民意見の聴取も実態としてなかったことはプロセスとして不十分でした。内容としての問題は、第一に、「消費者の安全・健康を求める権利」が規定されていないこと。第二に、基本的な方針の策定における「予防原則にもとづいた安全評価」が不明確であること。第三に、リスクコミュニュケーションや食品安全委員会における市民の参加と第三者性の確保、そして、食糧政策を含めた、生産から消費全体にわたる施策の総合性の確保という課題が不十分であったことです。むろん安全委員会などについては運用面で市民が今後ともチェックしていかなくてはなりませんが、局面は自治体や地域でどう市民が行動を組み立ていくかがポイントとなりました。

‥‥続く

NO! 遺伝子組み換えイネ

北海道農業研究センターが強行-十分説明ないなか一般圃場に定植

市民ネットワーク北海道

富塚 とも子

 5月30日、市民の強い反対を押し切って、独立行政法人・農業技術研究機構北海道農業研究センター(旧農林水産省北海道農業試験場 札幌市豊平区羊ヶ丘1番地)は2種類の遺伝子組み換えイネを一般圃場に定植しました。どちらも光合成能力が高いとうもろこしの遺伝子を組み込んだものですが、遺伝子の発現量と収量の関係は明らかになっておらず、収量が増えるかどうかも未知のものです。米あまりの今、このような遺伝子組み換えイネを強引に一般圃場に植える理由は見当たりません。
「北海道で遺伝子組み換えイネを一般圃場に植えるって知ってますか?5月20日に住民説明会をするそうです!娘が豊平区役所に行ったら、説明会を知らせるチラシが片隅にあったと持ち帰ってきたんです。説明会の日時等を知らせる簡単なもので詳しいことは何も書かれていないけど、こんな大事なことを市民にきちんと知らせずにやるなんてだまし討ちじゃないですか!!」。怒りに声を震わせた市民から、ネット事務所に電話がかかってきたのは、札幌市長選再選挙に向けて、おおわらわの5月10日ごろでした。
 いまや、遺伝子組み換えイネの研究開発競争は過熱の一途をたどり、農水省の審査を通過し、国内作付けが認められているイネの品種は16、輸入が認められている品種は15にも上っています。もちろん、食品として販売するには、さらに厚生労働省に申請して認可を受けなくてはなりません。今のところこの認可を受けたイネはありませんが、まもなく申請されそうな品種は11もあります。
 これまで出回ってきた遺伝子組み換え食品は、ナタネ、ダイズ、トウモロコシ、綿など、日本でほとんど栽培されていないものであり、用途も動物飼料や加工原料がほとんどでした。ところが、企業や農林水産省が遺伝子組み換えの開発を進めているイネは、実質的には自給率100%が可能な農産物であるとともに、なにより主食です。花粉の飛散や、根からの分泌物、導入された大腸菌由来の遺伝子の放出などが環境に与える影響を考えると、一般圃場での栽培実験は、農家、食品販売業者、消費者にとって許容できるものではありません。
農繁期を狙って強行
 組み換えイネに対する市民の抵抗感がいかに大きいかは、厚生労働省に申請をあげる一番乗りと目されていた「祭り晴」(モンサント社・愛知県農業試験場共同開発、除草剤耐性イネ、開放系圃場での栽培実験終了)が市民の激しい抗議行動によって、12月5日、開発中止に追い込まれたことを見ても明らかです。
 5月20日に行われた住民説明会には市民ネットの代理人をはじめ、生活クラブ、米の生産者、消費者団体関係者など約70人の市民が参加しました。 ‥‥続く

札幌市長再選挙顛末記

−44年ぶりに民間出身の上田氏が勝利
自公VS民主・市民派のガチンコ対決

北海道NPOサポートセンター 事務局長

小林 董信

「有力7人が立候補の初回選挙」「前代未聞ではないがきわめて稀な「再選挙」」「共産党が選挙運動を中途で中止」…
 44年ぶりに民間出身者から市長が選ばれるという札幌市長再選挙が6月8日決着した。投票率は46.4%。選挙結果は次の通りだった。上田文雄候補=54歳 弁護士、北海道NPOサポートセンター理事長(市民ネット推薦、民主、社民支持)282,170票。石崎岳候補=47歳 前自民党衆議院議員(自民推薦、公明、保守支持)256,173票。中尾則幸候補=56歳 元社会党参議院議員126,488票。共産党公認候補=告示後4日目で運動中止 12,315。
 札幌市は人口186万人。有権者150万人。4月13日投票日の統一自治体選挙は全国で唯一の4重選挙(知事、道議、市長、市議)が行われ、市長選には有力7新人が立候補し、上田文雄氏は第1位の得票にもかかわらず、有効投票の25%に達せず再選挙になってしまった。投票率は57.3%だった。
 大都市での再選挙は前例が無く、また多くの候補が出馬すると際限なく再選挙が続くという選挙制度の矛盾を抱える中、再選挙日は6月8日投票日で実施されることとなった。再選挙は一からのやり直しで、誰でも立候補できる仕組みだ。選挙費用は5億8千万円。民主主義のコストとしてやむを得ないとは思いつつばかばかしさも感じる。
 私は4月13日選挙から旗幟を鮮明にして上田文雄候補を支援した。生活クラブ生協・北海道設立時からの顧問弁護士、市民ネットワーク北海道創設時から有力な支援者で、共に北海道NPOサポートセンターをつくってきた市民運動の仲間の上田さんは、1月下旬、民主党と連合札幌から出馬要請を、更に10を超えるNPO・市民活動団体から立起要請を受け、2月中旬に札幌市長選挙に立候補表明した。以降4カ月にわたる苦闘の選挙戦が始まった。
 4月選挙は自公民相乗り支援で3期務めた前市長が後継指名せず、自民推薦、民主・ネット推薦、共産推薦の3候補と「無党派」を標榜する4候補で争われた。少し詳しく見ると、政党推薦の3氏は現職自民党市議(3位)、市民派弁護士上田文雄氏(1位)、共産系医療機関職員(7位※)であり、「無党派」を標榜する4氏は、元社会党参議院議員(2位)、環境保全に関心の高い企業経営者(4位)、国際政治学者の大学教授(5位※)、立起表明時市民ネット市議の女性(6位※)という顔ぶれだった。(※は供託金没収=得票数が有効投票数の10%以下。()内は得票順位)。公明党は自主投票だった。

‥‥続く

統一地方選挙を終わって

各ネットからの報告−下

東京・生活者ネットワーク 「地域力・市民力、安心・共生のまちをつくる」をスローガン

代表委員・選挙対策委員長

大河原 雅子

 東京・生活者ネットワークは、2003年統一地方選挙(足立区を含む)に、53人(現職17人・新人36人)の候補者を擁立、133,680票を獲得しましたが、当選は47人にとどまりました。今回のネット選挙の特色は、何といっても21名のローテーションと多彩な新人候補者であり、議員を職業化・特権化せず、「市民が交代で務め、市民政治を広げ・政治の市民化をはかる」というネットの政治スタイルへの評価を問う選挙でもありました。
 分権一括法が施行されて最初の統一地方選挙は、分権の内実を問うものでしたが、東京・生活者ネットワークは「地域力・市民力、安心・共生のまちをつくる」をスローガンに掲げ、分権の主役である市民と地域を示しました。

<政治状況と傾向> 
 都知事選挙告示1週間前にイラク攻撃の戦端が開かれ、戦争反対の声は高まりましたが、同時に、北朝鮮の「脅威」を口実とした「有事法制」を誘導する、強いリーダーを求める有権者の意識も生まれて、それが自民党や石原支持への票となって現われたといえます。また、相変わらずの利権誘導の腐敗政治に、有権者の政治離れは一層低い投票率となり、政治転換を求める有権者の意識は、各地での若い新人候補の優勢となって現れました。統一地方選挙・後半戦の平均投票率は、特別区区長選挙で43.55%、区議選で43.23%と戦後最低を記録しました。低投票率は、組織のある候補者に有利であり、公明党の全勝や自民党の圧勝となりました。こうした中で、私たちは、ネットの理念と政治スタイルの訴え、議員共済年金の問題点も明らかにして一定の支持を得ることができました。しかし、3つの新ネットに議員が誕生する一方で、中野・足立では議席を失い、調布でも現職が落選し、多くの当選の中には落選と紙一重の状況もあるのではないかと考えられます。地域選対での一層丁寧な活動点検が必要です。

<都知事選挙と市長選挙>      
 莫大な費用も想定される巨大な都知事選挙は、ローカル・パーティとして取り組む責任は十分に自覚しながらも‥‥続く

イタリアの社会協同組合B型−連合会のM.マロッタ理事長が来日へ

障害者と健常者の協同労働を推進

市民セクター政策機構 主任研究員

佐藤 紘毅

 イタリアの社会協同組合の指導者マウリーツィオ・マロッタ氏が来日する。彼はローマ市内外のB型・社会協同組合の連合体の一つ「コイン」(*1)の理事長である。
 マロッタ氏は1976年に「カーポダルコ共同体」(法人団体)に入所。また76年から80年にかけては、陶芸および花卉栽培関係の協同組合組織化にかかわり障害者の雇用機会の創出につとめた。1978年同法人にかかる「ラツイオ州・花卉栽培協同組合」の起業に関与し、93年まで同協同組合の理事として運営に断続的にかかわる。1979年には、健常者と障害者がともに働く形式としての統合協同組合「カーポダルコ窯業協同組合」に参加し、現在までその総務部長の任にあたり、91年には法律・第381号(社会協同組合設立法)の施行にともない、同協同組合の社会協同組合への転換(「カーポダルコ統合社会協同組合」の設立)にかかわった。1988年には、ラツイオ州内における障害者就労を目的とする幾多の協同組合を結束して「統合協同組合連合」の結成に関与し、今日まで理事長職に就任。

 大津市に事務局を置く特定非営利活動法人「共同連」(差別とたたかう共同体全国連合)は、障害を持つ者と持たない者がともに協力して働き、労働をとおして社会参加をはかり、社会的・経済的に自立した事業の形成をめざしている。この共同連は数年前からイタリアの社会協同組合、とくにそのB型の活動に注目して視察・交流をはかってきた。共同連とB型・社会協同組合のめざすところ・考え方に共通点の多いことが両者を結びつけているのであろう。

 両団体の交流が実り、本年八月末に開催される共同連の大会にマロッタ氏が参加することとなった。マロッタ氏は東京にも滞在するため、国会や都庁、神奈川などで、B型・社会協同組合のリーダーとして、親しくその思想と実践を語ってもらい、障害者の人権・生き方・働き方にかんする認識と知見をひろげる企画が進行している。‥‥続く

生活クラブ総代会議案書 ハイライト

生活クラブ生活協同組合・神奈川(第32回)
組織統合の内実を高め、新たな地域生協を創出し
地域社会の再生をテーマに「社会的経済」を拡げます

 生協の2003年度の通常総代会が5月末、いっせいに開かれた。その中から時代の変化を読み解くユニークで、鋭い提起を生活クラブの神奈川、千葉、東京にズームインしておとどけする。

2003年5月26日(月)会場●新横浜国際ホテル
T.基本方針
私たちから見た世界、日本
(1)不均衡の時代
 不均衡の時代とは、二つの側面をもちます。それは市場的不均衡と社会的不均衡を意味します。そして不均衡に関するこの二つの類型は実は、独立したものではなく、相互に密接な関連をもつものです。
 経済至上主義のグローバリゼーションが推進されればされるほど、同時多発テロに象徴される地域紛争が激化していくように思われます。それはグローバリゼーションによって国民国家が動揺すればするほど、人々はアイデンティティを求めて、地域社会への帰属意識を強めざるをえないからです。
 市場経済が国境を崩しボーダレス化・グローバル化が進むと、「貧困の世界」は自分に対して圧倒的な非対称(不平等)な関係に立つ「富んだ世界」から脅かされ、誇りや価値をおかされたように感じています。
 新しい世紀の幕明けとともに、グローバリゼーションを推進する覇権国アメリカで発生した同時多発テロは、国民国家の黄昏と同時に圧倒的な社会的非対称という事実を実感させました。
 そうした中、大量破壊兵器査察問題に端を発し、2003年3月20日早朝、ついにアメリカはイラクへの軍事攻撃を開始しました。かつて民主主義国家は互いに戦争をしたことがないといった論証に基づき、国内の民主化をすすめることによって戦争を未然に防止すべきであるという論議が強まってきています。ついてはイラクも民主化すべきというのです。この種の議論はアメリカで特に目立ちますが、これは内政を変えることによって平和を実現しようという、政治の手段として戦争の肯定論です。しかし、アメリカンデモクラシーの拡大というイデオロギー的要素が強く、これでは平和のための戦争の遂行によって、平和のための平和は容易に乗り越えられてしまいます。覇権国の傲慢と権力濫用は常に戒められなくてはなりません。

(2)人間の生活の危機は地域社会の危機
 今、私たちはエポック(画期)に立っています。エポックとは一つの時代の社会構造が崩れ、新しい時代の社会構造が生まれる時期のことです。そして、このエポックでは重化学工業の時代が終わりを告げようとしています。‥‥続く

生活クラブ総代会議案書 ハイライト

生活クラブ生協・千葉

 イラク戦争が始まり、そして終わりました。「大義なき戦争」という世界の世論のなか、戦争は予定通りはじめられ、そして予想通りおおぜいの命を奪って終わったのです。生活クラブ生協では、イラク戦争への支持を表明した日本政府に対して抗議の文書を送付しました。
 作家辺見庸さんが朝日新聞に次のように書いた言葉が私たちの心に突き刺さります。
 「米英両軍による画時代的ともいえる暴挙はイラクの人と大地を手ひどく痛めつけているだけでなく、実は戦火からはるか離れた私たちの内面をも深く侵している。なぜなら、今回の武力行使が人倫の根源に背くものであるにもかかわらず、私たちは直ちに静止する術を知らず、多くの人々の身体が爆弾で千切れ、焼き尽くされるのをただ悲しみと怒りの中で想像するほかないからである。
 思えば、私たちの内面もまた米英軍に爆撃されているのであり、胸のうちは戦車や軍靴により蹂躙されているのだ。全世界で沸き起こっているこれだけの反戦の声を無視して強行された軍事侵略がもしもこのまま正当化されるなら、それはイラク市民にとっての悲劇にとどまらず、人倫全体への危害を意味し、あまねく世界規模の精神の敗北にさえつながりかねない。」
 食事をしているときですら茶の間に無遠慮に入り込む戦争の映像に吐き気をもよおす日々が続きました。
 こうした時代にあって、私たちはどのようにして、自らのそして世界の人々の健全な精神を築いていくことができるのでしょうか。
 生活クラブ生協・千葉は、第6次中期計画の最終年度であった昨年度、共同購入の供給高は予算を下回ったものの、全体として順調な活動を展開することができました。
 グループ全体で集中して取り組んだGMイネ開発阻止の運動は、愛知県が開発を断念するという大きな成果をあげることができました。農畜水産物の地域自給の向上をめざす活動も活発におこなわれ、米や野菜の利用が伸びました。
 地域循環の仕組みをつくるサンライズプラン※に加えて、「菜の花の“わ”プロジェクト」による新たな資源循環モデル活動が始まりました。
 クラブ・チームによる多様な地域活動が広がり、113団体(02年度末現在)が食、子育て、環境、福祉など幅広いテーマで活動しています。生き活きまちづくり交流会を通して、NPO、ワーカーズコレクティブ、市民ネットワークの仲間との交流も進みました。
 事業的には、共同購入部門の供給高は予算を下回りましたが、経営努力によって経常剰余は予算を上回ることができました。たすけあいネットワーク事業は、利用高、剰余とも予算を上回る実績を上げることができました。
 そして、今年度から第7次中期計画期間(2003年度〜2005年度)がはじまります。
 生活クラブ生協グループは、長期にわたって組合員数と供給高を減少させ続けてきました。供給高が減るということは、例えば生活クラブとの信頼関係にもとづいて安全な消費材を生産している生産者にとって大変な事態です。また、組合員が減り続けるということは、地域社会のなかで、生活クラブ生協が発するメッセージに共感してくれる人がだんだん少なくなるということです。いずれも、放置できない深刻な問題でしたが、01年秋に行なった共同購入システムの大幅な改革によって、まず、組合員が増加しはじめ、02年の夏以降、供給高も前年を上回るようになりました。
  生活クラブ生協・千葉第7次中期計画案策定の作業は、そうした、明るい状況変化のなかで、今後の生活クラブ生協のあり方をじっくりと考える機会になりました。7次中計案策定にあたって指標とした問題意識と議論した方向は以下のとおりです。

1 より加入しやすく、より加入しにくい生活クラブに!
  共同購入システムなどは今後もできる限り簡単便利にして、加入しやすさを追求するとともに、地球環境や子どもたちの未来のためには多少の不便があっても食や生活のあり方を見直していかねばならないことを、はっきりと主張していきたいと思います。たとえそれが、加入の敷居を上げる(加入しにくい)ことになるとしても。‥‥続く

生活クラブ総代会議案書 ハイライト

生活クラブ生協・東京

 

アクションプラン:
 具体的な目標を明確に定めた実行計画^k1.「食」の自治そして非営利・協同の経済を確立します
2000年度から2004年度までの生活クラブの方向性を提示した第3次長期計画は3年を経過しました。この間、第3次長期計画を実現する中で実におおぜいの組合員を仲間に迎えることができました。この3年間で約25,000人の組合員を迎え脱退を低く押えることができたため、組合員人数は約7,000人増え57,442人となりました。組合員になった一人ひとりにとって、暮らしをより豊かにするために役立つ生活クラブであり続けたいと切に願います。

 世界は不安定さを増しています。民族、宗教の対立に加え、グローバリゼーションという名の米国式の資本主義の輸出が世界を混乱させています。商品・サービス貿易の自由化、金融の自由化は多国籍企業の利益集中を生み、世界は富の格差の拡大を生み続ける構造になっています。特に途上国の経済のありようは、その国・地域の持つ独自の社会的・自然的基盤から離れ、先進諸国とその多国籍企業のつくりだす循環に関わることによってのみ形成されるようになっています。また、それは生物種の多様性の破壊を引き起こし、人々の日常生活までもが破壊される事態もあらわれてきました。
 また、商品や金融の分野だけでなく、政治の分野にまで及びはじめました。米国は「民主主義」の輸出を公言し、暴力によって他国の政権を転覆させる事態にまで発展しています。
 単一の価値観の押しつけに写る現在進行しているグローバリゼーションは、途上国の人々の先進国、特に米国への憎しみを増幅させることになっています。まさに世界は危機に直面しています。
 
 私たちは、市場領域と同じ程度の力を持つ非営利の協同領域を確立することが、今後の社会に必要なことだと考えています。富の蓄積・物質的な豊かさだけが豊かさのものさしではないという合意がある社会の形成であり、現在進行中の市場原理至上主義の動きとは対極をなす考え方です。その社会の形成には、生産と消費のあり方への新しい提案と、対話によるコミュニケーションによって問題を解決するという強い決意が存在しなければなりません。
 
 私たちが行なう共同購入は、生産における時間と空間を重要視した消費のスタイルをつくりだす実践です。その土地の風土に適した種子、生産体系、農法などが長い時間の中で確立されてきています。それを守り育てること、また新たに「開発する」こと、そしてそのように生産されたものを消費するといった循環が、市場原理によらない「食」の自治をつくり出すことに繋がります。
 消費材のメッセージとはこのような生産から消費−廃棄までのありようを表現したものです。消費材のメッセージが「共感」を得るときに、私たちは「食」の自治を具体的なもの、実感できるものとして手にすることができるに違いありません。そしてその動きは、世界中で一部の国や企業の「食」や「種子」の支配に抵抗し自らの文化を守り育てようとしている人々と繋がります。消費材のメッセージを大切にしてきた私たちと、地域の食文化を大切にしようというスローフードの運動、世界中でおきている種子を守る運動などが結びつき、世界市民のグローバルコミュニティというべきものを形成していくことが重要な課題になってきたと言えます。‥‥続く

<リレー連載>

多元的歴史観の諸相A

「倭国」の始源とその興亡史

大芝 英雄

 大芝英雄は「豊前王朝説」で知られる異才である。70年代市民の歴史運動として興った「九州王朝説」の中にあって、90年の『市民の古代』12集に「九州難波津の発見」を論述、「記・紀」の中の摂津難波から豊前の難波津に埋め込まれた歴史を浮かびあがらせた。しかし、古田武彦の「九州王朝」が「筑紫王朝」説にこだわったことから、大芝氏の倭国九州二朝一元王朝説は長らく無視されることが多かった。最近、再注目されるにいたった。元化学技術者・78歳、大阪府柏原市在住。
 古代の暗黒に一条の光芒が光跡を引く、この光芒に見る部分が『古事記』『日本書紀』(『記紀』)の記述であろう。八世紀の古代人が編修した『記紀』は抽象論であっても、星霜千三百年を経た現代では具象論に仮託する大衆感情が醸成され、「悠久の大和朝廷一元史観」は国民感情として国家的「定説」に定着した。
 しかし、「昭和大戦」後の合理主義の台頭は、実証史学として歴史解釈に大改革をもたらした。その最たる発見は、研究者古田武彦による「九州王朝」説である。これに対し、歴史学者の誰一人「九州王朝」の存在を見抜けなかったとは、全く慨嘆の他ない。

◆「倭国」と「日本国」の区別
 中国正史の『後漢書』『三国志』『晋書』『宋書』『梁書』『隋書』は、歴代、倭国伝のみであったが、その次の『旧唐書』は「倭国伝」に、始めて「日本国伝」が付与されている。しかも倭国を九州に、日本国を大和に比定する地勢的記述もある。

 曰く、「倭国」は四面に小島、五十余国たり、皆これに付属す。「日本国」は、西界南界は大海に至り、東界北界は大山あり、その山外は毛人の国なり。
 ここに至り、始めて記載の日本国とは、七世紀中期の白村江敗戦(西暦663)により、九州倭国が滅亡し、次いで新規に大和に日本国が誕生したと云う歴史となる。それ以前には大和に王朝など無かったことになろう。

◆海峡国家――「倭国」
 今回は、既知文献に沿う解釈を以て、「倭国」の始源よりその興亡史を述べたいと思う。先ず、九州島の倭国の一世紀には百余国があり、一国は万戸・千戸・百戸と小規模であったが皆、王を称した。中国後漢の建武中元二年(西暦57)倭の奴国が、諸国に先駆けて奉貢朝賀し、時の光武帝に金印を賜綬した。その倭の奴国王は、その権威を借りて九州北部一帯の地域に君臨したが、その「倭の奴国(倭国)」とは、どのような国であったか。これは意外にも壮大な「海峡国家」であったと読めるのである。
 その海峡国家「倭国」とは、『後漢書』には「倭国之極南界也。」とあり、『三国志、魏志倭人伝』には、郡より倭に至るには海岸に沿って……その(倭の)北岸の狗邪韓国に到る、とあり、狗邪韓国は倭国領であったと記述されている‥‥続く

追悼の記

最後の「憤死」―わが恩師・藤田省三―

川上 徹(同時代社)

 一九八七年、作家の李恢成が主催するある会合の席でのことだった。当時、李恢成は在日朝鮮人文学運動の発展のために季刊雑誌『民濤』の発刊を計画しており、その準備会のような会合だったと思う。その席には何人かの日本人も招かれていた。畳の部屋で長方形のテーブルを挟んだ酒席だった。計画の「画期的意義」を強調し「頑張って支えていこう」という趣旨の発言が続く中で、大儀そうに両膝を抱えた姿勢で部屋の隅に座っている男がいた。男は何度も促されてから発言したが、「いいんです……ボクはこのまま消え入りたいのです。この計画はすごいことだが……(雑誌は)続けられなくなったら止めればいい。全く無理をすることはない」といった調子で、苦渋に満ちたその雰囲気は、盛り上がっていた場に「水を差す」ような印象だった。ボクはこの人が藤田省三なのだと初めて知った。
 数年後、藤田はボクに愉快そうに言ったことがある。「ボクはね、ポポロ事件のとき共産党に入ったことがあるんだが、その時、いつやめるかってことばかり考えてたんだ」「何かを始めるときは、終わるときのことをいつも考えるんだ」。ボクが三十年間もの党員生活に終止符を打ったとき開いてくれた「激励会」の際のことである。さらに呆れた顔で「物事は永く続ければいいというもんじゃない」と付け加えたものであった。
 二度目の藤田との出会いは、一九八九年、哲学者古在由重が開いていた私塾「版の会」に、ゲストとして招かれてきたときである。「会」の幹事役を務めていたボクらに、古在は「ボクが頼んだら用事のない限り都合をつけて来てくれる人が二人だけいる」と言った。晩年の古在は時には体調を崩すことがあり、そんな時には臨時にゲストを呼ぶことがあった。一人は加藤周一、もう一人が藤田省三なのだという。
 その月の「会」が終わって二次会になったとき、ボクが「二人だけ」の話をすると、藤田は酒杯をあけながら言った。「ひでえもんだよ、古在先生は。追いかけてくるんだ。ボクが飲み屋に行っていても、女房に(飲み屋の)電話番号を聞いて、そこまで掛けてくるんだ」。そう言いながらも、藤田はうれしそうだった。「電話魔」だった古在だったらやりかねないことである。
 その古在由重が亡くなったのが一九九〇年三月。追悼集会を開こうということになった‥‥続く

雑記帖 

【柏井 宏之】

 NEWSWEEK誌が“ネオコンの誤算と挫折−イラク問題情報操作疑惑−つまづいたブッシュのタカ派世界戦略”と題して大特集を組んでいる。また米英政権が開戦理由とした大量破壊兵器の証拠とされた情報のウソが大問題になっている。戦争強行の原因とされたものがウソであるとの倫理的な問題が浮上している時、韓国の盧武鉉大統領の来日にぶつけて「有事三法」を強行した小泉政権の危うさとうさん臭さ−。
 時代は後からならわかるがその中にいるとわからない、そのことをズバリ描いているのが篠田正浩監督の『スパイ・ゾルゲ』だ。
 1930年代、風雲急を告げる中国への日本の戦争拡大をとめようとする『朝日』の尾崎秀実がアメリカ人ジャーナリスト・スメドレーに出会う。奔放で行動的な彼女によってゾルゲに引き合わされ、上海と東京が舞台となる。尾崎には関東軍の拡大を抑制しようとする近衛文麿が、ゾルゲにはナチ党員証を持つドイツ人というカードが重なりながらの交差だ。篠田は大島渚や浦山桐郎が青春娯楽映画を通して政治映画をとっていた時代、『乾いた花』の審美的映像で登場したように何かメッセージを映画から期待することは無理である。しかし彼には『心中天網島』の道行きやキリシタン弾圧を描いた『沈黙』のように史実への独自の執着が一つの世界を作る。CGによってバーチャルなものとリアルなものが渾然一体となった現代、『ロードオブザリング』の白人文明と有色文明のはてしない殺しあいのニヒリズムでイラク戦争を暗示したかのような映像とは違う。ポランニーの『戦場のピアニスト』が、戦争の無意味さを語って私たちを激励したが、もはや歴史を消却している日本人にはアジアとは、平和とは何かを考える契機となる点で刺激的だった。   



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