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『社会運動』 292号

2004年7月15日

目次

社会的経済セミナー公開研究会報告 フランスにおける「社会的経済」と「連帯経済」 北島健一‥‥ 2
参議院選の焦点 いま年金制度改革は議員年金廃止から 福田泰子/各務晴美‥‥12
 年金制度をめぐる国会審議と市民活動 大塚惠美子‥‥19
この一枚 「ほしいのは援助ではなく、公正な取り扱い」 ‥‥22
第16回社会経済セミナー報告 その2 日本の食料―開発輸入の向こう側(上) 山本博史‥‥23
 生活クラブ北海道の中期計画 池内 信‥‥34
現代アソシエーション研究 ポール・ハースト『アソシエーショナリズムは可能か』(下)南島和久‥‥42
遺伝子組換え作物をめぐって 平塚の真ん中でNON-GMイネを叫んだ私たち 荻原妙子‥‥50
 今年の作付けは、延期されたけれど‥‥ 永井悦子‥‥52
書評 松下圭一著 『市民立憲への憲法思考』改憲・護憲の壁をこえて 山田雅巳‥‥54
資料 ≪ズームイン≫首都圏4単協の総代会議事録より 編集部 ‥‥56
<状況風景> 消える公衆浴場&コミュニティに活かす工夫を 柏井宏之‥‥63
雑記帖 古田睦美‥‥64

社会的経済促進プロジェクト

フランスにおける「社会的経済」と「連帯経済」1

松山大学経済学部教授

北島 健一

 「社会的経済」をめぐる世界会議の準備会が4月末から5月初めにかけ、モンブランで開かれることになり(次々号詳報)、その事前の公開研究会としてフランス事情に詳しい北島健一松山大学経済学部教授に、表記の講演を依頼、4月8日、衆議院第2議員会館内で提起いただいた。(編集部)

はじめに
 今日のフランスで、利潤の実現そのものを目的としない民間の企業・組織は社会的経済economie socialeあるいは連帯経済economie solidaireと呼ばれている。この二つの概念は、非営利目的の民間企業・組織に対して異なるアプローチをとる。これは、前者の用語を自らのラベルに用いてきたのが、とくに第二次世界大戦後の高度経済成長の時代を通して確たる経済的・政治的・社会的地位を築き上げてきた伝統的な協同組合やアソシエーション(非営利組織に対応する組織)であること、それに対して、後者のラベルを用いるのは、経済成長のストップする70年代以降に地域コミュニティに密着した形で生まれてきた新興の小規模な企業・組織であることに関わっている。
 後者のラベルで捉えられている典型的な組織には、通常の労働市場から排除され社会復帰の問題を抱える長期的な失業者や元アルコール中毒患者・前科者・障害者・移民などを、   ‥‥続く

<参議院選の焦点>

いま年金制度改革は議員年金廃止から〜まやかしの年金改革の焦点

<スピーカー>神奈川ネットワーク運動
県議会議員 福田 泰子
政策部長 各務 晴美
<聞き手>編 集 部

 ――今、国政において年金制度改革が焦点として浮上しています。法案は、通過したわけですが、議員などの未納問題、役所の不正流用、そして関連福利厚生施設の経営破綻問題など、多くの問題点を浮き彫りにしました。しかし、何よりも私たちが指摘してきた、いわゆる世帯主義などの課題が、棚上げにされました。この中で、議員年金問題が浮上しましたが、小泉首相までが「廃止」に言及しました。この問題を最初に提起したのは、神奈川ネットです。ようやく世間が追いついてきました。今日は、その問題についてネットに伺うのですが、まず最初に全体の問題点を伺います。

 

問題の先送りの改革
福田―地方政治に身を置く立場から、国の制度改革を見ると、いつも小手先です。今回の制度改革にあたっては、私たちは女性が中心の政治団体として、女性の中で、フルタイムで働いて、保険料を払っている人と主婦といわれる保険料を払っていない人との間で、制度的に不毛な対立構造が「世帯主義」という枠組みの中で、ずっと続いてきたことの問題を提起してきました。神奈川ネットは、年金だけでなく、税も含めて「世帯主義」から「個人主義」にかわるべきだと主張してきました。1986年に年金制度の改革がなされ、「国民皆年金」ということで、主婦が保険料を払わなくても「期間として算入される」と   ‥‥続く

<レポート>

年金制度をめぐる国会審議と市民活動―持続可能な個人単位の制度へ―

 

大塚 惠美子

(東京・生活者ネットワーク)

 今国会終盤の大きな焦点となった年金改革関連法案は、政府・与党が説明を尽くすことなく6月5日、強行採決の形で成立した。反発を強める野党など国会内の論理だけではなく、朝日新聞の世論調査では、同法成立が「よくなかった」と不満を表す人が67%を超えた。1961年の皆年金制度導入から40年が経過した今、現行の制度が、経済や社会の変動にもはやそぐわないものになっているにもかかわらず、今改正を大きな転換点としなかった政府への不信感そして次世代の国民へのつけは、あまりにも大きい。

 

<茶番の法案審議>
 2025年の高齢化率が28.7%と予測される超少子高齢化に対応するため、保険料を段階的に引き上げ固定化し、年金給付を引き下げることを柱とした「100年安心の改革プラン」との触れ込みだが、40%を超す国民年金・第1号被保険者の空洞化への対応など、矛盾が吹き出している現行制度に対する信頼の回復は全く見込めず、これが厚生労働省うたい文句の「持続可能」な制度改革とは、あまりにも茶番である。なぜか改正後に公表された制度設計の前提となる合計特殊出生率は、政府想定を下回る1.29に低下、制度の維持に必要とされる将来の担い手が減り、年金改革を含む社会保障制度の前提が大きく揺らいだことからも、今改正は暫定的とみて、あきらめることなく、あるべき改正案を私たち市民は常に準備すべきだろう。
 東京・生活者ネットワークは、1998年の年金改正時に「個人単位の年金制度を・主婦    ‥‥続く

第16回社会経済セミナー報告A

日本の食料−開発輸入の向こう側(上)タイの稲作農民と穀倉地帯

東洋大学国際地域学部講師(前協同組合経営研究所常務理事)

山本 博史

 アジア農村との交流30年を迎えて
 私は、もともと全国農協中央会で働いておりましたけれども、後半は国際部に移って、東南アジアを中心に、アジアの農村における農協振興といいますか、農協育成のお手伝いをしました。途中3年ほど、JICAの専門家として、東北タイの一番貧しい地域での農協づくりのお手伝いもしてきました。
 私がタイにいたのは1984年10月から87年9月までの3か年で、急速な工業化が始まる時でした。一方、アメリカの85年農業法によるダンピング輸出の影響を受けて、米価が大幅に下がり、特に東北タイを中心に、生産費を大きく下回る米価しか確保することができなかった。しかも、3年連続の大旱魃に襲われて、そのコメさえ作れない。
 そういう中で、東北タイを中心に、生産性の最も低い農村地帯から押し出されてきた出稼ぎ農民たちは、工業化の土台づくり、特に日本から進出した企業の工場団地造りのために、タイ米の主産地である中部平原の優れた農地を、農業のできない土地に切り換える工事に参加したのでした。
 このようなタイの歴史の中でも大きな転換期に、私は、一番貧しい東北タイで、協同組織をどう発展させるかという取り組みをやってきましたが、その当時、日本のマスコミで盛んに言われたのが、日本の米はタイ米に比べて7倍だ10倍だというコメ叩きでした。
 しかし、昨年もそうでしたが、10年前の日本は凶作のためコメ不足で、タイ米騒動といいますか、タイ米が届いたけれども、抱き合わせ販売をやったら、大阪の公園にタイ米だけ捨ててあったというような問題が起きて、私たちは、コメについての認識を直していかなければいけない事態になってきた。同じコメでも実は違うのだということを、身をもって体験させられたことを思い出します。
 それから、私は、先々週も鳥インフルエンザ真っ盛りのタイの農村で調査をしてきました。
 私はアジアの農村と交流を始めてちょうど30年になります。最初にアジアへ足を踏み入れたのは1974年2月で、まずインドに行けと部長に言われて行きました。その冬はたいへん寒く、インドは今でも  ‥‥続く

第16回社会経済セミナー報告B

生活クラブ北海道と次期中期計画策定における二つの視点

生活クラブ生協・北海道

専務理事 池内 信

[1]生活クラブ北海道
 ご存じのように、生活クラブ生協は、連合会を中心に、首都圏単協などはほぼ同じシステムで動いていますけれども、北海道は海を越えているということもあって、統一してない部分、よく言えば独自に、悪くいえば勝手にやっている部分というのがあります。こういう機会があまりないので、最初に、生活クラブ北海道についてお話しさせていただきます。
 生活クラブ北海道は、1978年、「たまごの会」という任意団体で活動を始めました。当初から将来生活クラブにしたいという思いがあって、生活クラブをつくりたいと今の河野会長のところに行ったら、つくると言いながら逃げていったやつがいたとかいろいろな話があって、結局は、「知らないよ」と断られました(笑)。
 それじゃ生活クラブみたいなものをしばらく独自でやろうか、ということで4年ほど活動して、1982年に生活クラブ北海道として設立されました。この時の経験は、僕自身、非常に大きなものがありました。これは、生活クラブ北海道のアイデンティティの再構築ということで、後でお話ししたいと思います。
 生活クラブ北海道のこの20年間の動きを追ってみますと、'88年に泊原発の直接請求運動をやって、'89年に組合員1万名達成。'90年に市民ネットワークを設立して、'91年の統一自治体選挙で代理人4名が誕生。このあたりが、生活クラブ北海道の運動が一番広がった時代、というふうに言えるかなと思います。その後、生協陣営全体が少し元気がなくなりましたけれども、生活クラブ北海道はまだ新しかったので、'95年ぐらいから元気がなくなってきたという状況になっています。
 その後の生活クラブ北海道の大きな出来事としては、'97年、戸別配送の導入があります。これは、どこの生活クラブもそうですが、「班こそすべて」という道を歩んできた者にとって、非常に大きな転換期でした。そして、'03年度にシステム改革をしました。このシステム改革は、2年ほど前の首都圏の改革  ‥‥続く

現代アソシエーション研究

ポール・ハースト『アソシエーショナリズムは可能か』(下)

解説 南島 和久
(嘉悦大学・國學院大學非常勤講師)

政治理論研究会 訳

6 社会ガバナンスの改革戦略
 しかしながら、アソシエイティブ・デモクラシーの政治的成功は、以下のことを広く認識することにかかっている。すなわち、管理社会はひとつの政治問題であり、階統的権力はアカウンタビリティをほとんど担保しておらず、許認可等の好ましくない決定を手続化するものであるということをである。このことは社会の支配的価値とは相容れない。社会の支配的な価値は、個人の選択とその価値に影響を受けた人々の討議との両方によって形作られるものだからである。他方、階統的権力は民主主義の社会的習慣(mores)1を直接に崩壊させる傾向がある。なぜなら階統的権力は、国民を何らかのかたちで操作対象として扱おうとする無責任なエリートを輩出するからである。しかし社会的習慣は、より十分な平等を作り出すための経済的再分配を好むのではなく、手法の平等を好むかもしれない。かくして社会的習慣は、エリートたちが最もよく理解している意向と矛盾する。そうであるならばアソシエイティブ・デモクラシーは、アソシエーショナルな自治によって民主化を促進しうることを示すようにすべきである。
 アソシエーショナルな改革を行うために、次のような二正面作戦が要求される。すなわち一方は、アソシエーショナルな改革が即座に改善に結びつきうる特定の政策課題に対し政治的に全力を傾注すること、他方は、これら政策課題や社会分野のできるだけ広い範囲にいかにして原則を適用することができるかについて理論を示すことである。改革のキャンペーンがはじまることが疑われないのは、官民を問わず福祉や社会保険の分野である。同分野でははっきりと、官僚主義的な国家の福祉に対する、あるいは民間が行う福祉の平等性や支出に見合った価値に対する不満が澱んでいる。福祉国家におけるアソシエイティブな改革の目的は、構成員間の競争を保ち、‥‥続く

遺伝子組み換え作物をめぐって@

平塚の真ん中でNON-GMイネを叫んだ私たち

湘南生活クラブ生協
荻原 妙子

事件は3年後にやってきた
 2001年に「遺伝子組み換えイネを食品及び飼料として承認しない」ためのおおぜいの署名活動を展開した後、私たち生活クラブ神奈川は、班を基礎単位とする支部委員会制度から、個人を単位とするコモンズへ組織改革を行い、コミュニティクラブ生協(デポー)との統合、生活クラブ運動グループ福祉事業連合設立、5つの地域生協設立、と大きな変革の時を過ごしました。ふりかえればその間、遺伝子組み換え作物・食品についての活動が、組合員のなかで活発だったとは言い難い状況にあったと思います。
 2004年新たな地域生協・湘南生活クラブが、第1回通常総代会に向けて準備のただ中にあった4/15「平塚で遺伝子組み換えイネの屋外実験が行われる」という新聞記事(朝日)から、私たちの「事件」は始まりました。
 組合員として私たちが驚いたのは、隔離圃場実験を行うのが、日頃、非遺伝子組み換え飼料の輸入や畜肉、農産物の取り組みを通して、共に日本の農業や環境を守っていこうとしている全農だったこと。そして、北海道や岩手ではなく、まさに、私たちのすみ暮らすエリアで行われようとしていることでした。しかし、実はカルタヘナ法ができる前で、屋外栽培の事前説明あまり知られていなかったのですが、ヒト・ラクトフェリン生成遺伝子組み換えイネの隔離圃場実験が平塚ですでに行われており、加熱によりタンパクが変性し、実用化は難しいという状況になっていました。(全農とはこの実験結果を戴くことを約束しています。)
 5/8全農は、遺伝子組み換えイネの隔離圃場試験について、カルタヘナ法註に基づく説明会を初めて行い、湘南生活クラブからも参加しました。
 私たちにとってこの説明会は納得できるものではなく、湘南生活クラブとして再説明会を要請することにしました(5/24, 6/7実施)。この実験は3カ年計画ですすんでおり、04年6月開
‥‥続く

遺伝子組み換え作物をめぐってA

今年の作付けは延期されたけど‥

―茨城県牛久市「GMトウモロコシ」屋外試験栽培の説明会―

つくば市民ネットワークほっとネット代表 永井 悦子

改めて遺伝子組み換え銀座を実感
 本年2月のカルタヘナ法施行以来、遺伝子組み換え(GM)作物の試験栽培については、屋外で実施する際には説明会開催が義務付けられた。結果、毎週末と言ってよいほど、屋外栽培説明会出席のために各研究所を飛び回っている。私たちの住む茨城県つくば市・牛久市は、まさに“遺伝子組み換え銀座”の様相を呈している。
 これまで遺伝子組み換えについて、幾つかの請願書を各市議会へ提出し可決されたが、その後の追跡活動にはほとんど取り組んでいなかった。そこへ次々とGM作物屋外栽培の情報が届く。現状は、私たちの住んでいるすぐ隣の、道ひとつ隔てた場所の見逃せない身近な出来事となっていた。なかでも5月15日に開かれた説明会は、予定される実験圃場が、これまで一度もGM作物作付けに使用されたことがない点、隣接して大きな自然林(牛久観察の森)を有する点、なにより「GM作物の作付規制を求める請願」が可決された牛久市である点等で多くの関係者の注目を集めたものとなった。

承認されれば、栽培を開始します
 主催者は、カルタヘナ法、省令、要領等、定められたものに従っている点を強調した。茨城県議会が可決した請願や茨城県農林水産部長が「遺伝子組み換え農作物の栽培に係わる方針(通知)」を出した点も十分理解して対応しているとの説明だった。さらに牛久市にも説明して理解を得ているとの発言が続いた。
 しかし、説明会に出席者していた牛久市議会議員からは、「説明会
‥‥続く

書評

松下圭一 『市民立憲への憲法思考』改憲・護憲の壁をこえて
(叶カ活社)

 2002年11月、衆議院憲法調査会が中間報告をまとめた。優秀な事務局、豊富な時間と予算、多士済々の参考人とその発言。しかもご丁寧に地方公聴会まで開いて市民の声をひろう。これほど民主的で完全に近い調査活動は他にないだろう。エッセンスを抽出しただけで、この中間報告書は700頁を超える。
 この報告書は、しかしながら、大いなるカラ回り感がある。このままの調子で進めば「大山鳴動してネズミ一匹」のたとえのように、憲法改革の大声は、与党による「ちょっと削って、加えてみました」という程度のしょぼくれた結果を国民の前に提示するにとどまりそうだ。
 その与党自民党は、新聞報道によれば、党内の憲法調査会で改正草案に「4権利3義務」を明記するのだそうな。評者が学生の頃は当時国鉄などの民営化論が華やかな時期で「3公社4現業」などと言っていた時代があるが、憲法改正の本丸、第9条と引き換えに自民党の人々が真正面から反対していた情報公開請求権や環境権を入れようと目論んでいる。
 憲法は市民生活の道具であると考える人にとっては、あまりにも意味の薄い状況である。この空虚な議論の原因は何であるか。

明治から続く官僚国家
 前置きが長くなってしまった。紹介する本書は本文でわずか50頁にも満たない。通勤電車の行き帰りで読み終えてしまう。にもかかわらず、700頁の報告書を読むよりも意味があるとは痛快と言えようが、喜んでばかりもいられない。事態は深刻なのだ。
 松下は1975年『市民自治の憲法理論』(岩波新書2004年増刷)を著した。その骨格を要領よく、現在の問題意識に合わせてまとめたダイジェスト版が本書である。本書と一緒に『市民自治の憲
‥‥続く

≪ズ―ムイン≫首都圏4単協の総代会議案書より(抜すい)

「人と地域を元気にするために」三つの生活クラブで
生活クラブ生協・千葉

●2004年度活動方針−はじめに
 私たちが住む地域社会や家族のあり方は、大きく変化し続けています。1960年代、70年代には、地方から都市への激しい人口流動があり、それまでの地域共同体が崩壊していきました。都市化、核家族化がキーワードでした。80年代、90年代は経済や文化のグローバル化が進み、生活の隅々にまで影響をもたらし続けています。バブルに浮かれ、それが崩壊して長い不況と価値観の混乱が人々の心を荒廃させています。
 年間3万人にのぼる自殺者、家庭を失う人(ホームレス)の増加、児童虐待、引きこもり、少女売春‥家庭と地域の環境は目を覆わんばかりの状態にあります。
 私たちが取り組んできた「食・環境」の問題も、こうした問題と深く結びついています。
 食べること、食べ物をつくることは、人間の生の基本です。田畑はもちろん、海や川、森の風景は、人が人として生きていく上で大切な財産です。食べ物をグローバルな商品として扱い、私たちの生活から切り離してきたことは、人々の心に大きな穴をあけているのです。「食糧自給率」は決して経済の問題ではありません。私たちの心のよりどころの問題なのです。
 千葉県で04年度から実施する地域福祉支援計画(5カ年計画)のサブタイトルは「人の福祉力(ちから)、地域の福祉力(ちから)」です。
 家庭やその集合体である地域社会は(森や川や田畑の風景を含めて)、人と人の関係をつなぎ、育ちあい、支えあい、助け合う「ちから」を持っていました。共同体の不自由さから開放されたかに見えた匿名性の都市社会が、いかに人々の心を荒廃させ、人が人として成長していくちからを喪失していくか、その深刻な影響に、私たちはようやく気づきはじめたのではないでしょうか。「自由」の代償はあまりにも大きなものでした。私たち自身のために、そして、子どもや未来のために、だれもが、家庭と地域社会を再構築することに取り組まねばならない時代になったのだと思います。
 1994年にたすけあいネットワーク事業をはじめてから、生活クラブ・千葉は「食の不安と老いの不安に応える生協」をキャッチフレーズにしてきました。10年間、食の不安に応える共同購入事業と老いの不安に応えるたすけあいネットワーク事業を2つの柱にしてきましたが、特に介護保険制度が始まった2000年以降はたすけあいネットワーク事業が大きく広がり、この4年間、全国の地域生協の中で最大の事業量でした。
‥‥続く

《状況風景論》

消えるサウナ、公衆浴場&コミュニティに活かす工夫を

■経堂や吉祥寺で閉店
 地方から出てきた者にとって、サウナや公衆浴場は欠かせない生活機能の一つだ。
 小田急線・経堂駅前の24時間サウナが7月11日で廃業、パチンコ店に変わる。創業して40年、今のスタイルで26年目になる。店内には達筆な別れの予告が張られている。もちろんマッサージ師たちも失業となる。別れを惜しむ客は絶えず店は閉店前の三日間は840円で開放だ。編集など時間に追われる仕事や夜勤者たち、帰れぬ酔いどれにとってここは体力回復の場だった。
 吉祥寺駅の北側にある公衆浴場・
よろず湯も6月30日で店を閉めた。大正末期に創業、昭和30年代に今の形になった。浴場正面の大きな富士の絵は大変迫力がある。さらに浴槽にそってタイル貼りの富士があり、洗面台も藤のタイル貼りと大正モダンの名ごりを残す。湯船は2つのシンプルな作り。細身のお婆ちゃんが番台に座る(右上)。浴場主には石川県出身者が多いがここは新潟出身という。どこも家族経営で四苦八苦、加齢で廃業となる例の一つだ。
 東京にはこうした公衆浴場が1400近くあるという。その8割が地下100米以下の深井戸水を使っている。戦前の1941年には2790軒もあった。それが敗戦で400軒になり、1957年2380軒までもどした。つまり高度成長期の団地形成で内風呂付になるまでは浴場こそ、ひとびとの公共空間だったのだ。その<公衆>という名にそれがよく表れているし、物価統制令で管理されていた。生協の管轄が厚生省公衆浴場課に長らくあったのも記憶に新しい
‥‥続く

雑記帖

古田睦美

 『バイオジャーナル』(33号)によると、北アイルランドでは、シン・フェイン党が「北アイルランドをGM禁止区域にすべき」だと主張、民主統一党は「GMO問題はもっと研究が必要」、SDLP党は「GM作物に関する情報少なすぎる」とし、遺伝子組み換え作物問題が国政の争点になっているという。
 日本への主な食糧輸出国アメリカをみると、NASS(米国務省農業統計部)の推定では、GM大豆作付けは2000年に54%だったものが86%、トウモロコシは46%になるという。国内では、低アレルゲン米、スギ花粉症予防効果稲など「消費者ニーズへの対応」を打ち出す「第二世代」の遺伝子操作作物の開発競争も激化している。
 生物多様性条約をうけて国内法が整備され、この春から実用化へ向けての実験栽培がつくば市、平塚市など10箇所で行われようとしている。その他にも、すでに申請が許可されている農産物のリストにはイチゴ、小豆、ブロッコリー‥と日ごろなじみのある野菜の名前がずらりと並んで二〇品種以上が開発に着手されている状態だ。
 参院選開幕。私たちが日ごろ何を食べていくのかという課題が国政の争点にされなければならないのは、もちろんだが、今年が「国際コメ年」に位置付けられ、国際市場での遺伝子組み換え開発競争を制する者が、国際貿易や国際援助予算を獲得する勝者ともなるというからくり、まさに日本の国際戦略が南と北の人々の生活を左右しているという構造を正確に分析し、サブシステンスの観点から国政の争点にしていく市民の力が求められている。

 

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