本年は、戦後60年の節目を迎える。戦後システムの綻びの中に、先行きの不安と不信は渦巻いている。しかし、この時代を切拓いていくために、私たちは、地域という足元から歩みを続けたいと考える。おりしも生活クラブ連合会は、第4次中期計画の策定中である。この時代を背にして、計画の議論を<ヒロバ>として位置付け、新しい力を得たい。年頭にあたりこの新たな10年の議論のために、河野会長の生活クラブ親生会総会での講演をメッセージとして掲載する。(編集部)
人口減少の時代
こんにちは、河野です。生活クラブの新たな10年を展望する前に、これからの10年の社会状況について4点ほどあげます。
主要な点で言うと、1つは「人口減少の問題」です。日本全体として、2006年から人口は減少します。既に、県別でみると、半数の県の人口は減少しています。しかし、都市部は2016年まで人口は減りません。要するに、都市に人口は集中するのです。実態は過疎化がさらに進行するということになります。
戦後60年近くになりますが、人口増大にともなって経済が発展してきました。食糧生産も然りです。様々な機能を含めて拡大生産してきたのですが、人口減少への転換を期に、そうした構造そのものが変わることになります。私たちは、こうした事態を経験したことがありません。これまでの価値基準は、いつも前年よりもプラス、去年よりも向上・増加です。経済の仕組みもそこにあり、マーケットはつねに拡大する方向にありました。日本のマーケットは、人口増大ではなくなった時に、例えば食糧生産では廃棄速度を速めない限り、食糧は余ることになります。浪費せず、有効に活用するという考え方だと、食糧生産の方法を変えることが必要になります(また食糧輸入を見直すことがカギです)。
こうした事態は、15年前から日本は「飽食のなかの過剰生産、過当競争」にもかかわらず、そのことを問題とせず、商品の廃棄を繰返して成長してきた発想を改めることになると思います。
それから、人口構成の偏りと労働力不足が発生するということ
‥‥中略
地球環境の問題
2番目は、「地球環境の問題」です。地球の温暖化が言われてから20年以上経っていますが、とくに近年はっきりしてきたのは、世界同時気象異常の発生です。例えば、今年の日本の気象を見れば夏は猛暑、そして、台風の上陸が例年の6個を上回り10個にもなりました。しかも、台風の発生場所が日本に近い太平洋上に変化しています。各国を見れば、中国ではある地域は干ばつ、ある地域は洪水です。アメリカではハリケーン。これは台風と同じです。地球環境の変化によって世界の気象変化が大きくなってきているということです。
気象異常によって一番影響を受けるのが食糧生産です。いままでは世界同時異常気象と思っていませんから、例えば南半球がだめなら北半球がある。北半球のアメリカ大陸がだめならヨーロッパがあると考えていましたが、それではもう賄いきれません。食糧が不足すると、必ず紛争が起こるのです。食糧が維持されていれば、紛争は戦争にまで発展しないのです。アルゼンチンの場合、国としての経済状況はひどいものですが、食糧自給率100%以上ですから人々の生活はそれほど困ってはいません。食糧問題では暴動がおこりません。戦後という時間軸でみると、イタリアも同様で、20年も前からイタリアの国の経済は破綻しているといわれ続けていましたが、イタリアには大企業が少なく、中小企業と協同組合が強くて、食糧が一定水準で自給できているので、暴動から紛争にまではなっていません。
戦後から今日まで食糧自給率を下げた国は、先進国では日本だけです。現在、食糧自給率は40%といわれていますが、実態はもう少し下がっているはずです。これまでは、自給率が下がっても、貿易収支は黒字で外貨がありますから食糧は輸入できるという時代が終わる、ということです。世界同時的に食糧生産に問題が起こってくると、まず自国の食糧事情の安定が第一になるわけですから。お金を出しても買えないということが起こり得るということです。
環境の点で一番大きい問題は、水問題です。これは1990年代に「21世紀はなぜ戦争が起こるか」と聞かれたら、水だといいました。例えば、ウランがあっても原子力発電はできません、水がない限り。火力発電も同じで、水がないと発電できません。水力発電は言うまでもありません。エネルギー問題のカギは水です。それから、世界は都市化に向かっています。都市化する時には、ボットン便所から水洗便所が普及します。これも水を使用します。いま中国では都市化が非常に進み、水問題が深刻になっています。アメリカでは、どのような水を使って食糧生産しているのか。カリフォルニア州の場合、化石水を地下から汲み上げて利用しています。何億年前の水か知りませんが、早晩その問題が生じるでしょう。
‥‥中略
市場経済の問題
第3に「市場経済の問題」、これは多国籍企業による市場の支配の問題です。多国籍企業はWTO(世界貿易機構)のルールに基づき活動していると主張しますが、現実は資本の論理による暴力的な力でもって押し切っているといえます。アメリカが仕掛けているイラク戦争と非常に似ております。
少し話が変りますが、先日、生活クラブの提携先の畜産生産者、全農の担当者とともにNON-GMOトウモロコシの点検のためにアメリカに行ってきました。04年は天候が良く、トウモロコシは大豊作です。通常ならば、シカゴ穀物市場のトウモロコシ価格は相当下がるはずですが、実際にはあまり下がりませんでした。その理由は、石油代替燃料としてトウモロコシ原料のエタノール製造工場がものすごい勢いで出来ているからです。通常の輸出用トウモロコシは、ミシシッピー河を下り、河口のニューオリンズで輸出用船舶に載せ替え、パナマ運河経由で日本に到着します。最近では、ミシシッピー河に遠い地域の生産者は、内陸輸送に経費がかかるため、エタノール工場に出荷するようになっています。エネルギー戦略であり、食糧戦略でもあるのですが、豊作になっても暴落しない仕組みをつくっている
‥‥中略
小売業の構造問題
4番目が「小売業の構造問題」です。40年前から、アメリカに比較して日本の小売業者数は10倍多いと言われてきました。しかし、現実的に小売業の数は減らないのです。サービス産業も含めて、ある水準で維持されています。退職後新たなことをするとなると、小売業、サービス業が多い。構造不況業種というと、その一番手は建設業です。日本の労働者6,000万人のうち、10人に1人は建設業に携わっていると言われていますから約600万人が関わっています。ある人が言うには建設業の現状では400万人もいれば充分で、建築業界から200万人程度の失業者が出るということですよ。それぐらい凄まじいもの
‥‥中略
新たな10年への基本戦略
今後10年の社会状況として4点ほどあげました。これらの点を認識したうえで、生活クラブがどのような基本的戦略を立て運動・事業を展開して行くのか、ということになります。まず、現在の生活クラブ運動の基本的なものは何か、理念も含めて明確にすることです。
協同組合は、組合に参加する人々の“道具”であること、組合員が自分の生活を良くするために主権者として登場しなければなりません。協同組合は組合員主権です。生活クラブがこの40年間優れているとするならば、「自分で考え、自分で行動する」をコンセプトに、組合員を“お客さん”にせず、常に主権者として登場する機会を創り続けてきたことです。その具体的事例が、組合員参加による消費材開発です。組合員が50万人になろうが60万人になろうが、組合員が必ず消費材開発に参加して、生活に必要な生活材を創る運動に取組むことです。この運動が連続しなければなりません。
加藤専務が先ほど述べたように、生活クラブにおける主要6品目(米、牛乳、鶏卵、畜肉3品)、野菜を加えた7品目の組合員一人当り利用量は、余程のことがない限り利用が低下します。野菜を除いてこの傾向は10年続いています。事業高を維持するためには、調理食品に代表される加工度の高い材の取り扱いが要求されています。主要品目でも、私に合うように加工してくださいと要求され始めています。なんでもかんでも加工していいのか、考えることが今必要です。私は提携生産者に対して、食糧をエサにして供給しないで下さいと時々言います。消費材の本来的な価値は何か、ということをはっきり主張してくださいとお願いしているところです。
ところが、事業的な数値を前にすると、本質的なことよりも現象的なことに追われてしまいかねません。最近の生活クラブはあまり論争がありません。そして取扱い品目がどんどん増えてくるわけです。しかし、取扱い品目数はもう限界です。注文用紙を何枚多くしたところでダメです。例えば他生協では1週間分の商品の注文用紙がなんと60頁にもなっています。それだけ取扱い品目を多くしたとしても、組合員の一人当り利用高は生活クラブより低いのです。
‥‥中略
協同組合の歴史的位置と現在
まず、「協同組合の概念」についてもう一回整理してみる必要があります。というのは、1991年にベルリンの壁が崩壊し、これを契機に東側陣営の解体が始まりました。1917年のロシア革命以降、市場経済・資本主義国に対抗して、計画経済・社会主義国がありましたが、一党独裁、国家の官僚化によって人々の意思を反映しない仕組みに変質し、崩壊したわけです。それ以降、まさに世界中が市場経済主義となりました。
しかし、よく考えてみると、資本主義経済が勃興して以来、協同組合が存在しました。協同組合の原理は実にシンプルです。人々が協働しながら自分たちの生活を良くする仕組み、社会をつくると書かれています(資料1)。協同組合は嘘なんかついていけないようにできています。資料をご覧ください。ここには、協同組合の定義・価値・原則が書かれています。
価値として、協同組合は自助、自己責任、民主主義、平等、公正、そして連帯を基本的価値とする。協同組合員は創設者の伝統を受け継ぎ誠実、公開、社会的責任、そして他人への配慮という倫理的価値を信条とすると記されています。この基本的価値は拝む対象にしてはダメで、少なくとも行動原理に、使いこなしながら、基本的価値の内容をつくり変え、豊富化していくことが必要なのです。
協同組合原則は、協同組合がその価値を実践に移すための指針ですから、運動・事業の点検の項目として理解することです。協同組合の事業運営は、人間を中心にする経済の仕組みといえます。ヨーロッパでは今、市場経済とは異なる「社会的経済」ということが言われてきております。私の考えは、人間関係を中心にする人々の生活をよくするための価値基準を持った経済の仕組み、という理解です。ですから、必ずしも今までの経済が発展するという概念ではなく、人々の生活がなりたつような経済の仕組みを考えること。協同組合を中心とする非営利事業も含めた新しい経済の仕組み、と言えます。
日本におけるBSE(牛海綿状脳症)の発生は、表現は悪いですが、協同組合が市場社会に登場する絶好の機会と言えます。協同組合では全ての事業・活動内容を情報公開することは基本原則です。取扱い品目の生産流通履歴(トレーサビリティ)の開示は当たり前です。このことをすべての企業が行なうことになったのです。
‥‥中略
食糧主権と食糧の国内自給
次ぎは「食糧主権と食糧の国内自給」です。これについて「0.5次産業」と書きました。0.5次産業と書いた理由をお話します。現在の食糧生産は、生産者と消費者が対立した構図ではなくなってきています。例えば養豚、養鶏、ブロイラー、酪農の生産者たちは、家畜に与える飼料は外国、主にアメリカから輸入しています。この点でみると、生産者は消費者なのです。飼料を購入する消費者です。生産者の飼料購入する際に、生活クラブがすべての生産者の間に入って取りまとめ、全農を通してNON-GMO飼料原料をアメリカから輸入しています。そうすると、生活クラブは消費者という位置ではなく、生産者と共同して食肉など食糧をつくるという位置なのです。ですから1次産業でなく0.5次産業としたのです。
食糧生産というのは本来、食べる人間が見渡す範囲の地域でできていたのです。考え方を変えれば、地球の裏側に行かなくても「可視的領域」でできるのです。しかし、現実は市場競争、コスト問題があるから海外から輸入することになっています。
これから先は、問題点として認識しながら輸入を継続して行く一方で、できる限り国内で自給戦略をゆっくり着実にすすめる。国内自給戦略は、地域での雇用の創出とも重なり、食糧生産をつなげていくという考え方が必要になります。
さらに、国内生産を持続していくためには、機械設備、技術の課題があります。例えば米沢製油では、私たちが望む、化学薬剤を使用しない「湯洗い」という生産技術を持っています。しかし、その基礎になる湯洗い前の搾油機械が壊れたら、今ではその機械を製造しているところはありません。その機械を単体で製造するとものすごく高いものとなり、無理です。米沢製油では、中古機械を予備として購入し保管しているそうです。機械が壊れたらどうなるのか、米沢製油でナタネ油をつくり続けることができるのか、こうした問題が将来生じてきます。これらのことまで考えていきませんと、素性のわかる消費材は手にすることができなくなるのです。
生産者が消費材の生産過程を公開し、その内容を理解できる消費者がいないと、結局何もできません。
‥‥中略
種の支配と日本の気候風土に適した食糧生産
再び、鶏の話をします。今年9月にアメリカに行った時に、ブロイラーの生産地を見て来ました。現在、ブロイラーは、チャンキー種とコッブ種を育成している2社が世界を支配しています。世界中の肉用若鶏(ブロイラー)の8割がこのチャンキー種とコッブ種になっています。
一方の雄であるコッブ社に視察にいく機会がありました。コッブ社では現在、飼育期間が標準42日齢、生鳥体重2.6kgで出荷しています。10年後に、どのような肉用鶏を育種開発しようと考えているのかと聞くと、10年後には同じ飼育期間で体重を3.2kgにするという。さらにスゴイのは、ムネ肉の割合です。胸の現在の割合が22%ですが、10年後には26%になるよう開発を計画している。ムネばかり大きい鶏をつくるらしい。日本人の場合、ムネ肉よりもモモ肉の方が消費されています。同行した人が日本向けにモモ肉を中心とした開発を質問したのですが、彼らにとって日本のマーケットは対象外とのことです。
日本の肉用若鶏の生産実態からみると、他の鶏種を扱うということはほとんど出来ませんから、日本の市場ではますます需給のギャップが大きくなると言うことです。ですから、肉用若鶏の育種改良の流れは既に私たちとは関係なく、決定されているのです。
‥‥中略
生活クラブの環境政策の社会性と普遍性
環境問題に関しては「自主管理監査制度」にそって進めていきます。要するに、有害化学物質や食品添加物、重油や電気等のエネルギー使用量など、総量を削減して行くことです。化学物質や水、重油の削減を数値化し、メッセージとして社会に訴えていくことです。生産者との提携で生活クラブ26万人の共同購入によって化学物質を何十d削減したか、今年度はさらに5d削減しようと、具体的に数値目標を出しながら社会的にアピールしていく。生活クラブ内で実践していることを、社会化することはできると思っています。その時、他の団体とぶつかることもあるでしょう。しかし、基本的な点を主張しながら、一方で現実の中で妥協していく。そして妥協しながらも、結果的には総体として動いていくことが必要です。化学物資については個別項目にあまり囚われずに、総量削減です。これは、生産者ばかりではなく、組合員の生活の仕方にも関わる重要なことです。
今後、かつてのような経済成長は望めません。むしろ、高齢社会化などでGDP(国内の生産額)は横ばいできれば充分となります。そういう意味で、かつてのように使い捨て、廃棄はしなくなります。生活者の「生活の質」を、地球環境問題の裏返しとして考えていくというふうに考えないとダメです。そして、リユースびんを使用した時の限界性を明らかにしないといけません。例えば、リユースびんを使うときは、生産段階で厳しい検査しないと事故になる危険性がありますので、それに応じたリスクがあることを明らかにすること。そうしたリスクも開示し、消費する側もある水準でそのことを理解していかなくてはならないといえます。非常に難しい問題がいくつかありますが、敢えてこのことをこの10年で積極的に展開することです。やっていくということです。
地域社会づくり、新たな10年へ
次ぎに、「情報公開に基づき、客体から主体へ、基本的には地域社会づくり」についてです。
東京単協が「ブロック単協化」したのは、15年近く前になります。私が提案したことは、ブロック単協化ではなく「自治体単協化」、市町村毎の生活クラブ生協にしたい、ある意味で、現在のブロック単協化は妥協の産物です。その狙いについてお話します。
私たちの共同購入は、働いて得た収入のなかの食糧消費支出を共同化して「生活に必要な材をつくる運動」をしているのです。しかし、一家族の生活は食糧消費だけではなく、働いて得た収入から税金払っています。税金は、市町村など基礎自治体や都県で、公務員人件費や教育費、道路、医療に使われています。行政に税金を取られているという発想では、生活は豊かになりません。払う限りにおいて、その使い道を私たち自身が自分の問題として理解する。「納税者主権」の考え方で、生活を豊かにするためには税金も市民が参加して有効に活用を図る必要があります。その一つの方法として、代理人運動をすすめ、議会で条例を提案できるように、予算案の組み替えできる議員数まで代理人を増やそうとしてきました。各地域でネットワーク組織をつくり、そこを核に代理人運動を進めてきたのです。また、生協も地域を中心に、人々の協同のなかで事業・活動を進めることができれば、等身大で生活の質の形成を考えてきました。
そしてさらに、ワーカーズという形で地域の働く場を創るという戦略が加わります。公務員はおおよそ人口125人に1人程度います。人口10万人規模の自治体の公務員数は約800人程度です。
この人口10万人自治体で26業種のワーカーズをつくれば400人程度の雇用を産み出すことが ‥‥中略
とするなら、これまで準備してきたこと、いままで取り組んできたことを自分たちで、もう一度再評価してみてはと思います。そこで確認が出来れば、一人ひとり自分なりの決意を込めて、生活クラブ運動に参画していくことになるでしょう。優れた道具を作りましょう。少し、10年後をイメージして考えてみました。ご参考になればと思います。以上で、終わります。(2004年11月18日、親生会総会にて収録)
‥‥後略
|