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『社会運動』 別冊

コーデックスは食の安全を保障するか

遺伝子組み換え食品安全基準はどう変わる

■ 共 著 ■
天笠 啓祐
真下 俊樹
山浦 康明
清水 亮子
近藤惠津子
倉形 正則

2002年8月

目次

まえがき−コーデックスが私達に与える影響‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 2
1.コーデックス規格でGM安全基準はどう変わるか(天笠 啓祐)‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 4
2.遺伝子組み換え食品を巡るコーデックス議論の経過と概要(清水 亮子)‥‥‥‥‥ 11
3.「リスクアナリシス」とは何か(山浦 康明)‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 17
4.食品安全行政をめぐって−EU諸国と比べてみると(山浦 康明)‥‥‥‥‥‥‥‥ 21
5.トレーサビリティーについて(山浦 康明)‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 24
6.アレルギーを巡る論議−WHO/FAO専門家会議とコーデックス(真下 俊樹)‥‥‥ 27
7.GM表示はどう論議されているか(清水 亮子)‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 34
8.バイテク特別部会 Q&A(倉形 正則)‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 36
9.座談会:コーデックスどうすべきか‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ ‥‥‥‥‥‥‥‥42
(天笠啓祐/倉形正則/近藤恵津子/清水亮子/真下俊樹/山浦康明/記録:福島啓子)
 ・ 会議の印象
 ・ 各国の思惑と発言力の差
 ・ 議論にはめられた「枠」
 ・ 安全性審査のまやかし
 ・ 途上国の視点
 ・ 国内「食品安全委員会」は消費者排除
 ・ コーデックス基準は上限基準か?
 ・ 多方面からの運動展開を
10.資料 バイテク特別部会採択文書(真下 俊樹&コーデックス研究会)‥‥‥‥‥‥ 55
 ・近代的バイオ技術由来食品の危険性評価に関する一般原則草案
 ・組換えDNA植物由来食品の食品安全性評価実施のためのガイドライン草案
 ・付属文書 生じ得るアレルギー誘発性の評価(タンパク)

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まえがき

コーデックスが私達に与える影響

■ 次々緩和される食品基準
 我が国では1992年段階では、食品中の残留基準が設定されている農薬は、わずかに26種類でした。我が国では農薬は登録制であり、基準のないものは、残留してはならないとされているものです。ところがそれから10年経った今、残留基準が設定されている農薬は229へと飛躍的に拡大しています。
 また、我が国の食に対する基本姿勢として誇れるものとしてポストハーベスト農薬は認めないと言う基本姿勢がありました。しかし、現在の229農薬のうち15種類以上はポストハーベスト農薬です。日本の農薬基準は劇的に変わりました。
今日、多種類の抗生物質が効かない細菌群が、広範囲に登場しています。抗生物質になんらかの耐性を持つ細菌群は、私達の周囲にも程度の差こそあれ、必ず存在します。その原因は抗生物質の多用・乱用にあります。医療現場での乱用もありますが、畜産や水産養殖の現場でも大量に使われています。
 我が国では、1995年までは「抗生物質は食品には含有してはならず」としてきました。現実には甘い検査体制のもとで多くの残留事故は起き続けていましたが、「含有してはならない」は厳然とした基準でした。
しかし、その抗生物質基準についても95年来、一部に残留を認めるという姿勢に180度転換しました。以降次々に後退を続け、残留基準を設定しつつあります。既に残留が認められた抗生物質は合成抗菌剤も併せて9種類となり、少しづつ拡大を続けています。
 それ以外にも食品加工の衛生基準にHACCPと呼ばれる制度を導入したり、様々な面での食品基準の激変が起きています。
 これらは皆、各国食品規格の「統一基準化」(ハーモニーゼーション)として行われています。グローバリゼーションの名の下に食品貿易の拡大を目的として進められているのです。知らぬ間に私達は、自らの食生活を自分たちの国で決められなくなっています。

■ WTO体制とコーデックス
 1962年、国連の専門機関である国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)が合同して、国際的な食品規格を作ることを決めました。その食品規格を策定する機関とした誕生したのが、食品規格委員会=コーデックス・アリメンタリウス・コミッション(Codex Alimentarius Commission=CAC)と言います。
コーデックス規格として定められた国際食品規格は、残留農薬基準や食品添加物、残留抗生物質基準など3500にのぼります。
 コーデックスは任意加盟の国際機関です。現在の加盟国数は165カ国で国連加盟国の9割弱にあたり、世界貿易機関(WTO)加盟国よりも22多い国々が加盟しています。コーデックス食品規格は、それ自体では加盟国にも強制力も持っていませんでした。
 しかし95年にWTOが成立しました。WTOでは、食品貿易で何らかの紛争が起こったときに、判断基準となるのがコーデックス規格と定められました。その国が保持しているコーデックス規格外の食品添加物規制や各種残留基準によって、食品貿易を規制した場合は、規制された側の国はその行為を「非関税障壁」としてWTOに提訴でき、提訴が認められた場合、貿易上の報復処置を実施することが出来ます。このこと以降コーデックス規格は、強制力を伴う実質上の強力な国際食品規格となったのです。「科学的」に証明される特別な理由がない限り、コーデックス規格には従わなければならないとされました。
 もちろん、コーデックス規格は食品貿易上でのみ問題となりますから、食品を貿易しない国、自給自足で賄え、かつ食品輸出もしない国、地域にとっては関係はありません。理屈の上では従来通り国内基準に従って食品行政を執り行えるわけです。しかし、現実の世界では食品貿易とは無関係に存在できる国は殆どありません。今やあらゆるものが貿易の対象となり、WTO体制に組み込まれています。我が国のように食品の6割以上(カロリーベース)を輸入に頼る国では、食品規格は即コーデックス規格と呼んでいい環境となります。それが冒頭で触れた我が国の食品基準の激変の背景です。

■ 緩い基準、官僚機構による決定
 コーデックス規格は、もともと極めて緩い基準として存在していました。また任意加盟の国際機関でしたから、コーデックス規格の決定方法も、各国の行政・立法機構のなかでは極めて曖昧な位置づけのままに推移しています。
今日、コーデックス食品規格を巡る主要な問題点は、以下のものがあります。

・それぞれの地域で多種多様な条件によって成立している「食」文化を、食品毎の分断された基準として規格化していること。
・基準そのものの妥当性への疑問。予防原則に基づいた科学性を持たないこと。
・規格決定に至るまでの過程が、各国における民主的手法に則っていない点。コーデックスは一部官僚によって運営されている。

■ バイテク特別部会の誕生
 コーデックスに1999年より、2003年までの期間限定の特別部会として「バイオテクノロジー応用食品特別部会」(以下バイテク特別部会)が設置されました。コーデックスの各部会は、議長国という存在があり、部会運営に強力な影響力を持っています。バイテク特別部会の議長国は、初めて議長国の役割を担う日本です。このバイテク特別部会は、前記で上げたコーデックスが持っている問題点を、最も典型的に表していると言って良いでしょう。
 バイテク特別部会は、今年3月に第3回会議が開催され峠を越えてしまいました。本書は、その第3回バイテク特別部会で採択された3つの文書(*)をもとに、バイテク特別部会で何が論議されているのかを明らかにし、抱えている問題点を探ったものです。2002年3月、パシフィコ横浜で開催されたバイテク特別部会第3回会議に、国内から参加した山浦康明(日本政府テクニカルアドバイザー)、真下俊樹(国際消費者機構)、近藤恵津子・清水亮子(国際協同組合同盟)(以上( )内は参加母体)に、天笠啓祐(遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン)、倉形正則(市民セクター政策機構)が加わり、コーデックス研究会(市民セクター政策機構の調査研究に位置づけ)をつくりました。その研究会でバイテク特別部会で論議され、ステップ8へと進んだ採択文書の和訳と評価に取り組んだ活動の成果が本書です。
 本書を、日頃の生活からはなかなか見えにくい、"国際食品規格"の持つ問題点を探る一助にしていただけましたら幸いです。

*:採択された3文書=本書「10.資料 バイテク特別部会採択文書」参照

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1.コーデックス規格で、安全性評価はどう変わるか

天笠 啓祐

1)組み換え実験の規制緩和から始まる
 1970年代前半、遺伝子組み換え実験が始まった際に、生命の設計図の基本である遺伝子を操作するため、二つの問題点がクローズアップされました。一つは、予期せぬ問題が発生して、大災害を招く恐れがあるという安全性への懸念であり、もう一つは、人間が神の領域に踏み込むことになるという、倫理的な懸念でした。
 当初、大きな議論となったこの二点は、現在もなお未解決のままだといえます。前者は作付けが広がった作物で大きな問題となっていますし、後者は医療の現場で大きな問題になっています。
ところが先進国政府、研究者や企業は、「遺伝子組み換えによる生命の設計図の変更は、当初危惧されていた、予期せぬ問題を引き起こすことはない」と主張してきました。この考え方の延長線上に、遺伝子組み換え食品の安全性評価の基本である「実質的同等性」の考え方がでてきました。
 はたして予期せぬ潜在的な危険はあるのか、それとも単なる危惧にすぎないのか。予期せぬ潜在的な危険性の指摘に対して、有効な反論ができないまま、いつのまにか「予期せぬ問題を引き起こすことはない」という結論が出されてしまいました。なぜこのような当初の指摘から「変更」が起きたのか、今日の遺伝子組み換え食品の安全性を考える際の原点とも思えるテーマから考えてみたいと思います。

2)遺伝子組み換え実験をめぐって
 1975年2月、米カリフォルニア州アシロマにおいて、遺伝子組み換え実験の安全性にかかわる会議が開かれました。この会議で、潜在的な危険性を防ぐために、実験に用いる生物が環境に漏れでないようにする(物理的封じ込め)ことと、万が一漏れでても環境中で生息できないような生物を用いる(生物学的封じ込め)、という二つの封じ込め原則の必要性が確認されました。
 この原則に基づいて、76年6月に米NIH(国立衛生研究所)が、遺伝子組み換え実験の指針をつくりました。各国が、この米国の指針を参考にして、指針づくりに入り、日本でも、文部省と科学技術庁(現在は文部科学省に一本化)が実験指針をつくりました。
 しかし、科学者の間では、最初から、NIHの実験指針は厳しすぎるという声が大きかったのです。転換点は、77年6月21〜22日に米マサチューセッツ州ファルマスで開かれた会議でした。米政府の遺伝子組み換え実験諮問委員会が勧告してつくられた、実験用微生物のリスクアセスメントに関するワークショップでした。
このファルマス会議で科学者は一斉に反撃を開始したのです。そして遺伝子組み換え実験に関して、「当初懸念されていた潜在的な危険性は誇張されたものである」という意見が、全会一致で可決されました。実験はまだ始まったばかりであり、このような結論がいえる段階ではありませんでした。実験を進めたい科学者たちが、束縛を除去するためにとった行動だといえます。
 しかし、この会議の翌日、政府の遺伝子組み換え実験諮問委員会によって、実験指針の大幅緩和が提案され、これ以降実験指針はなし崩し的に緩和されていき、「懸念されていた潜在的な危険性は誇張である」という声だけが大きくなっていったのです。
 応用段階が始まった時、この声はさらに大きくなりました。遺伝子組み換え作物に関しては、OECD(経済協力開発機構)が中心になって検討を進めました。OECD科学技術政策委員会の中にバイオテクノロジー安全性専門委員会(GNE)が創設されたのは、1983年、そのGNEが「組み換えDNAの安全性に関する考察」をまとめたのが1988年でした。
この「考察」の中で、遺伝子組み換え技術を用いて遺伝的に改変された生物について、「組換えDNA技術は従来の育種法を拡大したもの」である、という認識が打ち出されました。これは、「懸念されていた潜在的な危険性は誇張である」という声を受けたものでした。この考え方の延長線上に、食品としての安全性評価の基本である「実質的同等性」という概念が打ち出されるのです。

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3)安全性評価指針がつくられる
 遺伝子組み換え実験は、物理的封じ込め・生物学的封じ込めの二つの封じ込めを原則に、指針がつくられました。その後この指針は大幅に緩和されましたが、その原則はかろうじて生きています。
 実験段階から応用段階になり、各国で利用指針がつくられる段階になり、その際、問題になったのが野外での利用でした。野外での利用の場合、封じ込めの原則が適用されなくなるからです。
 世界各国、とくにヨーロッパでは、この野外実験が出てからは環境問題として扱い、遺伝子組み換え野外実験を法律で規制する方向がとられ始めました。実験段階では、封じ込めを原則に指針がつくられていました。ところが作物は、野外で栽培するため、その封じ込めの原則が適用できなくなるからです。
 この野外実験の問題を積極的に取り上げたのがヨーロッパで、90年にEC(ヨーロッパ連合)閣僚理事会はEC指針を出し、実効力のある規制を求めました。それに基づいて法制化をはかる国が出始め、ドイツ、デンマークで遺伝子組み換え実験の規制が法律化されました。
 日本では環境庁(当時)が、法制定に向けて動き始めたのですが、結局、企業や研究者によって、その方針は最初の段階で潰されてしまいました。現在、生物多様性条約でカルタヘナ議定書がつくられ、環境への規制問題が復活しましたが、日本ではそれまで、遺伝子組み換え作物が、環境問題として取り扱われることはありませんでした。

4)実質的同等性とは
 次に食品です。遺伝子組み換え食品に関しては、まず1991年7月に厚生省によって、「組換えDNA技術応用食品・食品添加物の製造指針」と「同安全性評価指針」の二つの指針がつくられました。最初この二つの指針は、対象が遺伝子組み換え体に生産させたキモシンのようなものに限定されており、組み換え体そのものを食べる、作物などの食品は入っていませんでした。
 遺伝子組み換え作物の指針ができたのは、輸入が迫った96年1月のことでした。91年の指針に遺伝子組み換え体そのものを食べる食品が加えられた形でスタートしたのです。この指針が、2001年4月から法的規制となり、指針が基準になりました。問題は安全性評価の中身です。
 これまで食品そのものの安全性を評価することは行われてきませんでした。遺伝子組み換え食品でも、その前提から出発しました。その結果、従来の食品と比較することが、評価の方法として採用されました。
 それが、実質的同等性という考え方です。従来から、それに類似の作物があれば、それと実質的に同等かどうかを考察することです。例えば、遺伝子組み換えトマトの安全性を評価するためには、従来のトマトと比較することです。
 その評価で、実質的同等と判断されたならば、安全性への懸念はほとんど問題ない、という考え方です。これは、安全性を評価する方法ではなく、単なる比較に過ぎません。ところが、この考え方が大手を振ってまかり通っていったのです。
 遺伝子組み換え食品の安全性で、最も争点になってきたのが、この「実質的同等性」です。これは、OECD(経済協力開発機構)が打ち出した原則です。OECDは、先進国29カ国の政府間協議の機関です。経済の活性化を主目的とする国際組織であり、第三世界など多くの国が排除された組織です。
 遺伝子組み換え食品のような、安全性や生態系への影響が懸念される問題を議論するには相応しくない機関が協議したことになります。すでに述べたように、GNEが1988年に遺伝子組み換えによる品種の改良は、従来の育種法を拡大したものである、という認識を打ち出しました。
 そのGNEはさらに、遺伝子組み換え食品の安全性に関する検討を始め、その考え方をまとめたのが1992年で、翌93年に発表されました。その考え方の中で打ち出された最も重要な概念が、この「実質的同等性」でした。同じ作物がある場合、既存の作物と実質的に同等と考えられれば、「さらなる安全性又は栄養上の懸念は重要でないとみなされる」としたのです。従来の育種法を拡大したもの、という考え方の延長線上に誕生した概念です。
 遺伝子組み換え食品の、日本への輸入が認められたのは、96年9月のことでした。表示なしで輸入が始まりました。表示が行われなかった理由は、安全性評価と深くかかわっています。安全性評価で、従来の大豆と遺伝子組み換え大豆を比較して実質的に同等と判断されれば、同じ大豆として扱ってよいという考え方によります。こうして、表示も不要になったのです。実質的同等性は、とても安全性評価の原則にはなり得ないものですが、この考え方に基づいて、従来の作物と分けることも、表示も必要ないとされ、消費者の怒りを買ったのです。

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5)コーデックス規格と実質的同等性
 2000年3月から千葉県幕張でコーデックス委員会バイオテクノロジー応用食品特別部会が始まりました。テーマは、遺伝子組み換え食品の安全性評価の方法の再検討です。これまで、米国NIH、OECDというように、さまざまな国際組織がかかわってきましたが、いまは作物がもたらす環境への影響に関しては生物多様性条約、食品の安全性や表示に関してはコーデックス委員会が担っています。
 このコーデックス規格で、従来厚生労働省が行ってきた、遺伝子組み換え食品の安全性評価は、どのように変わるのでしょうか。
 コーデックス特別部会は、FAOとWHO合同の専門家会議で示されたリスクアナリシス(危険性分析)の概念に基づいて、生命操作食品の危険性評価の国際的な統一基準をつくることが目的です。従来の遺伝子組み換え食品(GMO)ではなく、新しく生命操作食品(LMO)という概念で括って検討することになりますが、これに関しては、後で触れることにします。
 ここで遺伝子組み換え食品に対して初めてリスクアナリシスという概念が登場します。このリスクアナリシスは、リスクアセスメント(危険性評価)、リスクマネージメント(危険性管理)、リスクコミュニケーション(危険性情報交換)の三つの要素から成り立っています。従来は安全性(危険性ではなく)評価だけだったのですが、これからは体系だてられた危険性の分析が求められるようになりました。
 例えば、リスクコミュニケーションが入ったことで、厚生労働省は、いっそうの情報公開や消費者との対話などが求められることになります。全体的に、いまの厚生省の審査基準より厳しい内容になっています。しかし、骨抜きになったところも多く、けっして消費者よりとはいえません。
 ではこの中で、実質的同等性は、どのようになったのでしょうか。『遺伝子組み換え食品の危険性評価実施のための指針草案』(以下、指針草案)の「段落13」で、次のように書かれています。「実質的同等性という概念は、安全性評価のプロセスにおいて鍵となる段階にある。しかしながら、この概念は安全性評価そのものではない。そうではなく、新規性のある食品の安全性評価を、従来の同等物と比較して組み立てるための出発点である。」
 安全性評価そのものではなく、出発点にすぎないということは、何を意味しているのでしょうか。この見解を受けて、厚生労働省は、最近、この実質的同等性に関して見解を修正しています。同省は、コーデックス委員会バイオテクノロジー応用食品特別部会の資料に中で、次のように述べています。
「遺伝子組換え食品の安全性評価の際には、既存の食品と比較して、同程度に安全であるかを確認していく方法をとる。」
 ここまでは従来の見解のように思えます。しかし、この後で次のような文章が出てきます。「安全性評価は、遺伝子組換え技術によって付加されることが期待されている性質だけでなく、それによって発生する可能性のあるその他の影響についても評価する。」「実質的同等性は、それ自体が安全であることを意味するものではない。」「実質的同等性は、安全性評価の入り口でしかなく、比較の対象とできるということであるから、成分や性質は必ずしも同じでなくてもよい。」
厚生労働省が、コーデックス規格に合わせて見解を修正してきていることがよく分かります。
 以前厚生省の担当者や研究者が繰り返しいってきた「遺伝子組み換えトマトも、通常のトマトも同じトマトではないか」という表現は、いったい何だったのでしょうか。
 しかし、指針草案を読み進めていくと、結局、あれはできない、これはできない、という表現で、従来からの同等物との比較が最も重要な評価になり、実質的同等性が最も重要な概念になってくることが分かります。出発点としながら、結論になってしまう構造です。実質的には、従来の安全性評価と変わらないといえます。

6)GMOからLMOへ
 これまでの指針との違いは、「モダンバイオテクノロジーから誘導された食品」という言い方で、遺伝子組み換え食品に加えて、細胞融合食品を加えたことにあります。従来は、遺伝子組み換え食品(GMO)に関する審査基準でしたが、これからは生命操作食品(LMO)という概念が導入され、範囲が広がりました。
 細胞融合では、トマトとポテトの細胞を融合してつくった「ポマト」が有名ですが、さまざまな異なる作物の細胞を融合することが可能になってきています。ところが、このポマトの場合、従来の食品と著しく異なり、実質的同等性が適用できないため、食品として認められてきませんでした。
 ところがコーデックス規格では、細胞融合での食品の範囲を「科の範囲を超えた」ものに限定したため、種の壁を越えて一体化した食品は、制限なく容認されることになりました。この場合、重要なポイントは、細胞融合の食品が「科の範囲を超えた」ものに限定されたことです。例えば、同じイネ科のトウモロコシとイネを細胞融合させても対象外となり、安全性評価は不要になるのです。同じナス科のナスとトマトも同様です。安全性を確認しないでもよい細胞融合食品が多数に上ることを意味します。この点は、実質的に規制の緩和にあたります。

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7)「科学的」という言葉について
 はたして遺伝子組み換え技術は、予期せぬ潜在的な危険性があるのか。リスクアナリシスの中にしばしば登場してくる「科学的」という言葉が、その判断の材料を提供してくれます。
 『モダンバイオテクノロジーから誘導された食品のリスクアナリシスに関する一般原則草案』(以下、一般原則草案)では、「データは、適切な科学に基づくリスクアセスメントの手法を用いて評価されるべきである。」(段落14)「その手続きは科学的に確実な根拠を持ち…」(段落15)というように述べられています。
 ところが、その科学的という言葉が実に「非科学的」で「政治的」なのです。動物実験を行う必要がないことを長々と論理展開しています。これは明らかに英国での動物実験の結果(プシュタイ博士の実験)を意識したものと考えられます。同博士が動物実験の手法を提示したにもかかわらず、それを無視する論理展開は、とても科学的態度とはいえません。
 また、遺伝子組み換え食品で起きた最大の食品公害事件である「トリプトファン事件」に関して、一言の言及もありません。言及がないどころか、微生物を用いた食品に関しては、まったく議論がないまま、いきなり最終結論が出されようとしているのです。これも実に非科学的です。
 アレルギーに関しても同様です。かつて厚生労働省の指針がつくられる際に、「このような指針で大丈夫でしょうか」とアレルギーの専門医に聞いたことがあります。その時、専門医は、「アレルギー自体がよく分かっていないのだから、確かなことは何もいえない」と答えたのです。これが科学的な態度だと思います。ところがいまの指針やコーデックス規格での評価は、アレルギーが分かっていることを前提にしています。実に「非科学的」な態度といえます。
 どうやら実質的同等性という考え方は崩したくない、遺伝子組み換えに関して、「当初懸念されていた潜在的な危険性は誇張されたものである」という意見を継承したいという意図がうかがえます。

8)食卓の安全を評価する科学は不在
 指針草案では、最後に次のような文章が出てきます。「安全性評価は、最初の安全性評価の結論を疑問視するような新規の科学的な情報に照らして、見直すべきである。」
 モンサント社が提出した除草剤耐性大豆「ラウンドアップレディ大豆」の安全性審査に提出した書類が、まったく不備だったことが繰り返し指摘されています。最近では、今年3月27日に開催された厚生労働省、薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会で、新しい問題点があることが発覚しました。導入した遺伝子の読み終わりの部分に欠陥があり、そのまま読み続けてしまう可能性がある、というものです。
 これはまさに、この文章のケースにあたり、厚生労働省は、認可をいったん取り消して再評価すべきです。ところが同省は「長い蛋白質が見つからなかったから問題ない」としています。この時同時にトウモロコシに関しても、認可時とは異なるアミノ酸の変化があり、さらに分析すると大豆同様に読み終わりの部分に欠陥があることが分かりました。これも問題なしという結論です。
 これが科学的に安全だとされた遺伝子組み換え食品の審査の実態なのです。このように科学とは、企業や政府にとって都合のよい科学といえます。
 科学の問題は、これにとどまりません。いま、消費者が最も切実に求めているものは、食品の安全と信頼です。消費者が、食品の安全性に敏感になった理由は、さまざまな「問題の食品」があるからです。安全性が問題になってきた食品及び食品に混入してくる物質は、食品添加物、残留化学農薬、重金属、放射線照射食品、放射能汚染、抗生物質、ホルモン剤、抗菌剤、寄生虫駆除剤、環境ホルモン、ダイオキシンなどで、数え上げていけば切りがありません。これらはすべて、1950年代から、加算される形で食品に使われたり食品の中に混入してきました。
 いずれも、現代の生産効率主義や企業の都合がもたらしたものであり、消費者の要求で登場したものではありません。そこに、さらに遺伝子組み換え食品やBSEが加わりました。消費者は、それらがすべて食卓に登場して、毎日のように食べることに対して、不安や不信を持っているのです。
 「予防原則」に立って考えれば、この積み重なるリスクの引き算が求められているはずです。少なくすることが必要であるにもかかわらず、むしろ増加の傾向にあります。遺伝子組み換え食品に対して、消費者が反発して、反対運動が世界中に広がった。その理由は、これまでさまざまな「不安な食品」を作ってきた企業や、「科学」の名の下にそれを認めてきた政府に対する、強い不信感があるからです。
 現在の科学の名の下に行われる「安全性評価」は、一つ一つのものに対して行われます。しかし、消費者はまとまった形で体内に取り込みます。食卓に上がる食材を、食事の安全性として評価する科学は存在しません。現在の安全性評価は、実際の食卓とはかけ離れています。「科学的に安全」といっても消費者の感覚は受けつけないのです。
 年々、アレルギー性疾患や過敏症が広がり、がんなどの成人病が増えています。とくに子どもの健康が冒されています。その影響は、次の世代、さらにその次の世代へと受け継がれています。子どもたちの健康を出発点にした、食品安全行政が求められていますし、遺伝子組み換え食品の安全性評価の基本になるべきなのです。それこそがリスクアナリシスの原点であり、科学的な態度といえないでしょうか。

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註:
●アシロマ会議
 バイオハザードへの懸念が高まり、開かれた国際会議。73年1月に最初の国際会議が開かれ、がんウイルスの扱いがテーマになった。75年に遺伝子組み換え実験をテーマに開いた会議は、第二回目に当たり、一般市民はもちろん、哲学者や宗教関係者も排除して、科学者だけで行った会議である。一般市民などを締め出したことに、不満をもった人は多く、エドワード・ケネディ上院議員は、米連邦議会・上院保健小委員会で公聴会を開き、法律での規制を行う姿勢を示した。法規制を恐れた科学者たちは、指針づくりに取り組み、アシロマ会議から16カ月後に最初の指針がつくられた。

●生物多様性条約
 生態系は多様な生物によって成り立っている。熱帯雨林の破壊など地球規模での環境破壊は、その生態系を危機に追い込んできた。1992年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開かれた国連環境開発会議(地球サミット)で、熱帯雨林などの保護を目的に、157カ国が署名して成立した国際条約である。

●カルタヘナ議定書
 バイオセーフティ議定書ともいい、生物多様性条約の実効性を確保し、生物を守るためにつくられた議定書。遺伝子組み換え作物の貿易が拡大し、国際間を頻繁に移動し始めたことで、生物の多様性が危機に瀕する可能性が強まってきたことからつくられた。1999年にコロンビアのカルタヘナで開かれた締約国会議でいったん継続審議となったが、2001年1月29日、カナダのモントリオールで開かれた会議で採択された。

●トリプトファン事件
 1988年から89年にかけて、米国を中心に起きた食品公害事件。昭和電工が、遺伝子組み換え技術を用い生産したトリプトファンを原料にした健康食品で、多数の死者・病人が発生した。原因を探っていくと、遺伝子組み換え技術で改造したバチルス・アミロリクファキエンスというバクテリアがつくり出す物質が、除去しきれずに製品の中に不純物となって混入し、それが人間にとって有害性を発揮し、起きたことが分かっていく。この事件で、好酸球増加・筋肉痛症候群(EMS)による被害者が推定6000人発生、少なくとも38人が死亡した。昭和電工は、累計で2,113億円(90〜97年)という多額の和解金を積むことになった。

●遺伝子の読み終わり
 遺伝子は、アミノ酸をつなげて蛋白質をつくっていくが、その遺伝子本体を構造遺伝子という。その構造遺伝子を作動させる遺伝子をプロモーター、終了させる遺伝子をターミネーターという。このような遺伝子を調節遺伝子という。モンサントの大豆では、そのターミネーターに欠陥があった。遺伝子組み換え技術の応用では、強いプロモーターと強いターミネーターを用いると、生産効率がアップする。

●予防原則
 毎日たべる食品ほど、安全性が求められている製品はない。危険性があると分かっている領域(ブラックゾーン)と、ないと分かっている領域(ホワイトゾーン)の間にグレーゾーンがある。そのグレーゾーンの領域に位置する食品が増えつづけている。このグレーゾーンにあるものは、後で危険性が明確になった際に対策を立てても、手遅れになるケースが多い。そのため事前に回避しておくことが予防につながるということで打ち出された原則。遺伝子組み換え食品を含め動物実験などによって疑いが強まった食品に関しては、クレーゾーンの領域にある食品の中でも、より積極的に回避する必要がある。

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2.遺伝子組み換え食品を巡るコーデックス議論の経過と概要

清水 亮子

1)コーデックス委員会とは
 「まえがき」にもあるように、コーデックス委員会とは、FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)との合同で食品の世界規格を策定する機関です。1962年に設立されましたが、重要な意味を持つようになったのは、WTO(世界貿易機関)が1995年に設立されてからです。WTOの設立を定めた「マラケシュ協定」に含まれる「衛生および植物検疫に関わる措置に関する協定(SPS協定)」と「貿易の技術的障害に関する協定(TBT協定)」では、科学的に証明される特別な理由がない限り、加盟国がコーデックスの食品規格を採用するよう定めています。つまり、食品貿易で何らかの紛争が起こってWTOの紛争解決パネルに持ちこまれた場合、判断の基準となるのがコーデックス規格ということです。2年に一度開催される総会が、最高決議機関です。

2)バイテク特別部会の設置
 1999年、ローマで行われた第23回コーデックス総会で、「バイオテクノロジー応用食品特別部会」の設置が採択され、日本が議長国となりました。コーデックスの部会は通常、10年以上もかけて一つの規格を作っていきますが、特別部会は期限を区切って持たれます。特別部会として設置されたのは、このバイテク特別部会が初めてですが、現在では、他にも「動物飼料」(議長国デンマーク)と「果汁・野菜ジュース」(議長国ブラジル)の二つの特別部会があります。

3)バイテク特別部会で何を決めるのか
 バイテク特別部会は、4年以内(2003年まで)に報告書を総会に提出することになっています。第23回コーデックス総会で採択されたバイテク特別部会への委託事項は、以下の通りです。
・バイオテクノロジー応用食品について、必要な基準、指針、あるいは勧告を策定すること。
・コーデックス委員会の他の部会との間で、それぞれがバイオテクノロジー応用食品に関して委託された範囲内において、必要に応じ調整および密接な協力を行うこと。
・各国政府機関、FAO、WHO、他の国際機関および関連する国際的な議論の場において現在行われている取り組みに充分に考慮すること。
 コーデックスは通常、図 2-4のような8つのステップにそって進められます。バイテク特別部会では、「近代的バイオ技術由来食品の危険性評価に関する一般原則草案」(以下原則案)と「組換えDNA植物由来食品の食品安全性評価実施のためのガイドライン」(以下植物ガイドライン案)の二つの文書が、第2回会議でステップ5に、第3回会議でステップ8に進みました。また、第3回会議では、植物ガイドライン案の付属書「アレルギー誘発性の評価」がステップ飛ばしでステップ8に(第6章参照)、「組換えDNA微生物由来食品の安全性評価実施に関するガイドライン」(以下微生物ガイドライン)がステップ5に進みました。
 これら原則案、ガイドライン案については、FAO/WHOの合同専門家会議のつくった文書が下敷きとなっています(図 2-1&2-2参照)。

4)バイテク部会以外で決められること
 バイテク特別部会で決められることは、上述の点に限定されており、他の部会でも遺伝子組換え食品について、テーマごとに議論されています。
・遺伝子組換え飼料について現在、畜産飼料特別部会で議論されており、[遺伝子組換え体とその派生物は表示しなければならない]という一文が、継続論議を表す[ ]内に残っています。
・遺伝子組換え食品の表示に関しては、カナダが議長国の「表示部会」という別の部会で話し合われていますが、ほとんど何も決まっていません(第7章参照)。
・遺伝子組換え添加物(チーズを作るのに使われているバイオキモシンなど)は、食品添加物・汚染物質部会で話し合ってほしいところですが、今のところ議題になく、今後議論される予定も今のところないようです。
・肉・魚など遺伝子組換え動物に関しては、FAO/WHOの合同専門家会議が設置される予定ですが、今のところ設置の見とおしは立っていません。いずれにしても、バイテク特別部会の枠外で実施されることになります。
・トレーサビリティについては、以下の4つの部会を中心に議論されています。

5)トレーサビリティは4部会で論議
 バイテク特別部会では、リスク管理の手法としてトレーサビリティが含まれるべきか否かで議論が紛糾し、製品追跡(プロダクト・トレーシング)というあいまいな表現を使うことで、妥協が図られましたが(第5章参照)、2001年の第49回執行理事会において、「一般原則部会」「食品輸出検査・証明システム部会」「食品表示部会」「食品衛生部会」の4部会でトレーサビリティについて議論すること、特に一般原則部会でリスク管理の手法として議論することが勧告されました。
 それぞれの部会は今年(2002年)既に会議を持っていますが、さほどの進展は見られません。
●一般原則部会:事務局が叩き台を作り、次会合までにコメントを求める。
●食品輸出検査・証明システム部会:スイスを中心とする作業グループが議論の叩き台をつくり、次回の会合までにコメントを求める。
●食品表示部会:カナダが用意した「食品表示とトレーサビリティに関する背景文書」について、次回会合までにコメントを求め、トレーサビリティを次回の議題とすることに。
●食品衛生部会:時期尚早として議論は先送り。

 以上からわかるとおり、遺伝子組換え食品についての規格がすべてバイテク特別部会で決まるわけではなく、いろいろな部会・特別部会で、それぞれの分野のことが決まろうとしているのと同時に、話し合われるべきだと思われる事項の中にも抜け落ちているものがあります。
 トレーサビリティや表示について粘り強く取り組んでいくと同時に、遺伝子組換え動物や遺伝子組換え添加物、遺伝子組換え飼料を食べた動物など、コーデックスでカバーされていない分野にも注意を払い続ける必要があるでしょう。

資料編 コーデックスあれこれ
● コーデックス規格には大別して以下の3種類があります。
1)コーデックス・スタンダードといわれる食品規格。
2)リコメンデーションといわれる勧告、たとえば「勧告(推薦)食品衛生規範」など。
3)ガイドライン
これらはいずれもコーデックス規格ですが、1)はいわゆる規格基準を決めるためのもの。2)はこのようにするのが望ましいという勧告で、衛生規範が主体です。3)は文字通りのガイドラインで、一部の表示、HACCPの実施方法などがあります。
● CAC加盟国はアフリカ41カ国、アジア21カ国、ヨーロッパ40カ国、ラテンアメリカとカリブ海諸国31カ国、近東19カ国、北アメリカ2カ国、南西太平洋諸国11カ国、合計165カ国です(2002年3月現在)。加盟国は書面によってコメントを提出することや、会議への出席と意見を述べることができ、また1国1票の投票権があります。
● 国際機関、非政府機関、非加盟国などは認められればオブザーバーとして会議に出席して意見を述べたり、コメントを提出したりできますが、投票権はありません。
● 国連で実際に使われている3つの言葉を討議や資料で使うことになっていますが、通訳と翻訳の費用を負担すれば自国語を使うこともできます。これまでの会議では英語、フランス語、スペイン語が使われ、ワーキング・グループではほとんど英語が使用されてきました。
● 2001年の第24回コーデックス総会からはアラビア語と中国語が追加され、使用言語は5カ国となりました。

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3.リスクアナリシスとは何か

山浦 康明

 

1)ハザードとリスク
 2002年3月のコーデックス委員会の「モダンバイオテクノロジー特別部会」において、A「バイオテクノロジー応用食品のリスクアナリシス原則案」と、B「組み換えDNA植物由来食品の安全性評価のためのガイドライン」が討議の最終段階(ステップ8)にのせられ、2003年のコーデックス総会で承認されると、ガイドラインとされます。また、2002年6月に日本政府が「食品安全委員会」構想を打ち出しましたが、この組織は食品のリスク評価を行う機関である、とされ、農林水産省や厚生労働省がリスク管理をするのだ、と説明されています。今、国内外で提案されている、この「リスクアナリシス」、「リスクアセスメント」とは、一体何でしょうか。
 まず、この考え方は、社会には古くから健康に悪影響をもたらす潜在的な素質を持つ食品中の生物学的、化学的または物理的な物質、または食品の状態が存在する、としてこれを「ハザード(危害)」と呼ぶことから出発します。そして、食品中にハザードが存在することからそれが社会に与える影響を検討します。すなわち、その食品に人がかかわる程度、かかわる集団の規模などを、人への健康の悪影響の確率とその程度の関数という形で「リスク」と称するのです。そして、国民またはある集団がハザードにさらされる可能性がある場合、その状況をコントロールするプロセスを、リスクアナリシス(分析)と表現するのです。
 これは「リスク論」として第一次大戦後のドイツの経営学理論、アメリカの米軍用規格や工業製品の事故の発生予防や保険会社の経営戦略として用いられた考え方からきています。これが原子力発電の建設などにさいしても、発電所における事故の可能性、それが都市のような密集地にあるか、過疎地にあるかで異なる被害の規模などを数値化して安全性の評価を出すといった用いられ方がされるようになりました。それを、安全性の確保のための理論として科学者が取り上げるようになり、コーデックス委員会においても1990年代から用いられ始めたのです。

2)リスクアナリシスの3要素
 このプロセスには、リスクアセスメント(評価)とリスクマネージメント(管理)、そしてそれぞれにおいてリスクコミュニケーションを実施することという3つの要素があります。リスクアセスメントはリスクの評価を行う手続きであり、リスクの評価者が食品や飲料中の添加物、汚染物質、毒素または病原性生物・微生物などに起因する人に悪影響を及ぼす潜在性素質の評価を行うことを意味します。遺伝子組み換え食品など人工的な新規食品においてもまずこのリスク評価を行い、人間社会への危険性の評価を行うことになります。ただ、ここで気を付けなければならないことは、ここには、ハザードとして私たちの身の回りにある様々なものごとを同一平面で共通の因子として量的にとらえ、それをリスクの高低という物差しで測った結果、許容限度を提案するという考え方が、潜んでいるということです。遺伝子組み換え食品の有害性やBSEの危険性などを交通事故死の確率などと対置させ、その結果社会的な許容度を提案する、といったことにもなりかねないのです。ハザードの質的な側面、例えばこれまで自然界に存在しなかった、バイオテクノロジー応用食品の生物学的な未知の危険性など、消費者にとって不安要因となるハザードをしっかりと認識し、リスク評価において特に吟味することが大切なのです。
 リスクマネージメント(管理)とは、リスクアセスメント(評価)とは峻別され、リスク管理者がすべての関係者と協議しながら、政策の選択肢を慎重に考慮するプロセスです。この過程では、リスクアセスメントと消費者保護、公正な取引に関連する因子などを検討します。もし必要ならば、防止、管理の選択肢も決定することになります。
 リスクコミュニケーションとは評価機関や行政機関や事業者団体、消費者団体など関連団体が、お互いに双方向の連絡を取り合いながら、リスク評価を行い、リスク管理の実施方法を検討し、社会的合意を確立することに協力していくことを現しています。

3)リスクアナリシスの簡略化を強調
 このたびのバイテク特別部会において、「遺伝子組み換え食品のリスクアナリシスの原則案」がステップ8に進められましたから、来年のコーデックス総会で承認されますと、世界各国でリスク評価を行う体制が作られることになり、日本においてもこれから設置されようとしている、「食品安全委員会」においてこの作業を行うことになります。これによって、日本においてこれまで厚生労働省が審議会などをかくれみのに安全性評価を行ったとして使用基準を打ち出したやり方は独善的であるとして退けられるのです。リスク分析の手法では、リスク評価とリスク管理に分割されなければなりませんから、食品安全委員会がリスク評価機関となり、厚生労働省などがリスク管理の作業を行うという、役割分担をすることになります。そしてなんといってもリスクコミュニケーションの重要性をコーデックス基準では強調しますから、役所による単なる情報提供では不十分であり、パブリックコメントを求める場合にも、寄せられた意見をどのように生かすかが重要となります。こうした点は別稿(第4章)でふれます。
 さて、今回のバイテク特別部会でのリスクアナリシスの内容は上記の考え方と照らし合わせてみるとどうだったのでしょうか。Aの「リスクアナリシスの原則案」では、本書の第10章の翻訳版に見られるように30の段落(パラグラフ)からなります。その内容として、「モダンバイオテクノロジーと、従来からの同等物、の定義」(段落7)「リスクアナリシスを遺伝子組み換え食品に用いる方法」として、「リスクアセスメント(評価)>安全性アセスメント」(段落9〜15)、「リスクマネージメント(管理)として、食品表示、販売認可時と販売後のモニタリング、トレーシング(追跡すること・段落21)」(段落16〜21)、「リスクコミュニケーション」(段落22〜24)、「途上国がリスク分析を行えるようにする能力形成の必要性」(27〜28)、「リスク分析には常に見直しの必要もあること」(段落29〜30)などが含まれています。
 この中で段落9以降を読んでみると、コーデックス委員会(CAC)が推奨するリスクアナリシスの手続きとは趣を異にし、簡略化された手続きが強調されている点が気になります。すなわち、「リスクアセスメントを安全性アセスメントとして行えばよい」、とすること、そして「安全性アセスメントを遺伝子組み換え食物で行う場合には、従来からある同等物とどこが同じでどこが違うかを考えて、両者を比較する」(段落10)、というのです。この中では、開発者が意図しなかった影響や新たなハザードの確認などにも言及はするものの、安全性アセスメントで確認できた場合(段落11)に限定されています。商品を市場に乗せる前に行う安全性アセスメントにおいては、統計学的に処理された科学的データが必要とされ(段落12)、遺伝子組み換え食品に対する消費者の不安感は俎上に上らないかもしれません。またリスクアセスメントの実際の方法は、B「組み換えDNA植物由来の食品の安全性評価のためのガイドライン」の方法に委ねている(段落13)のです。
 リスクマネージメント(管理)についてはAの段落16以降に述べられています。ここでは、リスク管理はリスク評価の結果に基づいて、コーデックス委員会の一般規定およびリスク分析のためのコーデックス作業原則に従って、当該リスクに釣り合うものとされなければならないとされます(段落16)。リスク管理の様々な措置は、人の健康に及ぼす安全上の影響と栄養学上の影響に関するリスク管理双方に役立つようなものとなる、とも述べます(段落17)。リスク管理の実施者はリスク評価において不確実さを考慮し、こうした不確実さを管理するために適切な措置を実行すべきとされます(段落18)。リスク管理の措置は、食品表示、販売認可の条件、及び上市後のモニタリングなどです(段落19)。このモニタリングの目的は消費者に起こる健康影響の可能性とその影響の程度を検証すること、栄養素の摂取レベルを調べて人への健康影響を判定すること、とされます(段落20)。リスク管理の措置の実施を容易にするために特別の手段が必要とされるかもしれない、として以下3つのものを挙げました(段落21)。
 それは、適切な分析手法、参考資料、そして「追跡」(トレーシング)です。この3つ目が、「人の健康に対するリスクが確認された時に市場からの製品回収を促進するため、段落20で示した上市後のモニタリングを支援するために追跡すること」(段落21)というものです。
 リスクコミュニケーションについては、段落22から24にかけて記載されています。ここでは、すべての利害関係者がリスク分析においてもリスク管理においても双方向のコミュニケーションが重要だと強調しています(段落22)。
そのほか、リスク分析には一貫性が必要だとして、バイテクの食品と従来からの食品との間のリスクのレベルにおける正当化されない差異は回避されるべき(段落25)、として限定しています。その他、能力の形成と情報交換が各国で必要とされること(段落27)を述べ、また、各国はコーデックスの連絡先を作り情報交換を行うこと(段落28)、リスク分析は常に見直す必要があること(段落29、30)を述べています。
 こうしたコーデックス基準が世界標準化すると、今後そうした基準の上で遺伝子組み換え食品の是非が論じられることになり、遺伝子組み換え食品反対運動にとっては、一定の枠をはめられる恐れもあります。リスクコミュニケーションを実質化させ、予防原則の発想を重視することが必要となります。とくに上記段落21の中でトレーサビリティという言葉が退けられ、製品回収などのための技術的方法という側面だけが強調され、予防原則を重視した内容が盛り込まれなかった点が、今後のコーデックスの各部会での議論に悪影響を及ぼすのではないかと懸念されます。

4)「ガイドライン」中のリスク分析の実際
 また、B「組み換えDNA植物由来の食品の安全性評価のためのガイドライン」(段落1〜60)もステップ8となりました。この内容として、第1章「対象範囲」は、人類が食品としてきたものを遺伝子組み換え技術によって改変した場合の食品の安全性と栄養学的な側面を扱うものとされ、遺伝子組み換えの動物飼料、それを食べた動物、環境的側面は除外されるとしました。遺伝子組み換え食品のリスク分析においては、開発の意図的効果と意図されなかった効果を問題にしますが、そのさいその食品の危害(ハザード)の確認には従来からの同等物と比較する方法を用いるとされました。
 第2章では「組み換えDNA植物と従来からの同等物」の定義づけがなされました。
 第3章では「安全性評価」の方法が論じられましたが、その方法は枠をはめようとするものであり、実質的同等性の考え方を重視し、厳密で広範囲な商品試験手続きを退けようとする意図がちりばめられています。すなわち、品種改良などでは動物実験などは行われてこなかった(段落9)、動物実験は技術的にふさわしくない(段落11)、などとされたのです。とはいえ、実質的同等性という考え方は安全性の評価そのものではなく従来からの同等物と比較する際の出発点ではある(段落13)、遺伝子組み換えによる非意図的な効果の確認も安全性評価にあたっては重要である(段落14〜17)との指摘もあります。また、「安全性評価の枠組み」については段落18〜21でその段階的なプロセスが記述されています。
 第4章では一般的な検討事項として次のようなものを記述することとしました(段落22〜53)。すなわち、新規の変種、宿主植物、ドナー生物、形質転換の情報、マーカー遺伝子の情報、遺伝子組み換えの特性です。そして安全性の評価においては、組み換えによって生み出された新規のタンパク質などの毒性評価の方法、また新規のタンパク質のアレルギー誘発性の評価、が重要となります。さらに生成された組み換えDNA植物の成分の分析を行い、代謝物の評価をし、食品加工における安全性評価や栄養学的評価を行うことも重要である、としています。
 第5章では「その他の検討事項」として段落54〜60にかけて、遺伝子組み換え植物が人の健康に影響する有害物質の蓄積をもたらすかもしれず、その点について安全性評価を行う必要があること、抗生物質耐性マーカー遺伝子の利用を避けること、安全性評価は科学の発展とともに見直す必要があること、を述べています。

5)「アレルギー誘発性‥」を巡って
 この遺伝子組み換え植物をめぐってはタンパク質について「アレルギー誘発性の評価」という附属文書が採択され、コーデックスでは異例の飛ばしステップによってステップ8としました。ここでは遺伝子組み換えによって作り出された新たなタンパク質について、それが食品アレルゲンではないかという安全性評価をおこなう方法が詳述されています。すなわち、アレルギー性タンパク質の起源をもつものかどうか、アミノ酸配列がアレルゲンと相同性を有するかどうか、ペプシン(胃液)で消化されてなくなるかどうか、アレルギー患者の血清による試験の必要性、などを評価するというものです。
このようなリスク評価の方法の提案は西洋風食品にウエイトが置かれ過ぎているとはいえ、実際に厳格に実施すれば、安全性を確保するためには役立つ提案もあります。このようなガイドラインが来年成立した場合、日本政府はこれにそってすでに承認した、遺伝子組み換え食品を再審査すべきでしょう。
 そして2003年度から具体化する日本の「食品安全委員会」体制の中で、このリスク分析手法が国内においても安全性評価の基礎的考え方になっていきます。私たちは日本政府が引き合いに出すコーデックス委員会のリスク分析の内容は上記のように不十分なものに過ぎないことを認識し、リスク分析とは安全性確認のための一つの手法に過ぎないこと、消費者が不安を訴え、いらないと思う新規食品は予防原則に立って、安易に市場化すべきでないこと、リスク分析の重要な要素は双方向のリスクコミュニケーションであることを確認したいと思います。

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4.食品安全行政をめぐって−EU諸国と比べてみると

山浦 康明

 

1)転機を迎える日本の食品行政
 日本の食品安全行政は、今大きな転機を迎えています。
6月11日、政府は「食品安全行政に関する関係閣僚会議」の第4回会合を開き、内閣府に食品の安全性の評価機関として「食品安全委員会」(仮称)を2003年度に設置すること、03年度の通常国会に「食品安全基本法」(仮称)を提出する見通しを発表しました。これは2001年のBSE問題やその後続々と明らかになった食品企業の偽装表示問題などをきっかけに抜本的な改革の必要性がせまられたためですが、この新企画はどう評価できるでしょうか。
まず政府案では、新たにリスク評価機関として食品安全委員会を設置するとしています。しかし、農林水産相と厚生労働相両大臣の諮問機関である「BSE問題調査検討委員会」の4月2日の報告にあった「独立したリスク評価機関」の設置、安全行政の見直しという理念、とはかけはなれ、既存の省庁や農水族議員の既得権保持の姿勢がめだち、消費者の食の安全性の確保とは程遠い現状です。
 すなわち、食品安全委員会は委員長と数名(5名ほどか?)の委員によって構成されるとしていますが、国家行政組織法第8条に相当する機関とされており、公正取引委員会のような独立機関ではなく各種審議会のようなもの、と位置づけられてしまいました。この委員会には担当大臣も冠し委員長には事務局の人事権はありません。肝心の安全評価チームにおいても、幅広い科学者の採用の保証はありません。この委員会の独立性を担保するためには国家行政組織法第3条に相当する機関とし、担当大臣は置かず、総理府の外局とするなどの工夫が必要です。またこの委員会の事務局には「食糧庁」の廃止に伴い、その職員が横滑りしてくる可能性があります。この機関設置の意義を考えれば、事務局メンバーは省内からの応募制や、民間からの公募制なども採用し意欲ある者が当たる必要があります。
 リスク管理部門は従来どおり農林水産省と厚生労働省が担当するとされています。BSE問題や遺伝子組み換え食品問題において、縦割り行政の弊害、省庁内の責任部門の所在の不透明など数多くの問題点が浮かび上がったわけですから、この際、消費者保護を旨とする「食品安全庁」(仮称)といった組織をつくり、消費者など関係者とのコミュニケーションをはかりながら食品安全行政を行う必要があります。こうした問題点につき、次にヨーロッパ諸国の最近の行政の再編を考えて見ましょう。

2)省庁再編が進む欧州
 イギリスにおいては、再編前は「保健省」が食品衛生の確保を管轄し、「農漁食料省」が農林水産業の振興、食品産業の振興、家畜衛生の確保などとともに飼料、農薬、肥料などの規制、食品の安全基準の設定、食品の表示基準の設定を行っていました。2000年4月「食品基準庁」が設置されました。この機関は「食品衛生の確保」とともに食品の安全基準の設定、食品の品質と安全性の表示基準の設定、飼料、動物用医薬品の安全性評価を行うことになりました。そしてこの機関は大臣を長とはしない独立した機関となっています。また、2001年6月からは「環境・食料・農村地域省」が設置され、農林水産業の振興と併せて飼料・農薬・肥料の製造、販売、使用に関する規制を行うことになりました。
 ドイツにおいては、2001年1月に旧来の省庁が再編され「連邦消費者保護・食料・農業省」が設置されました。この機関は消費者保護、消費者政策、農林水産業の振興とともに、食品の安全基準の設定、食品の表示基準の設定、農薬・肥料の規制など幅広い管轄がありました。また同時期に設置された「連邦保健省」は動物医薬品の許可、家畜衛生の確保を管轄していました。それが2002年、リスク評価とリスク管理を分離し、リスク評価は「連邦リスク評価研究所」が担当し、同時にリスクコミュケーションも行うとされたのです。リスク管理部門として、「連邦消費者保護・食品安全庁」が設置され、食品の安全・監視、飼料の安全・監視、動物用医薬品等の監視を行うことになったのです。
 フランスにおいては、再編前の「農漁業省」「雇用社会連帯省」「経済財政産業省」から1999年4月に食品の衛生安全性の監視・検査の強化のため、リスク評価機関が切り離されました。このリスク評価機関として「食品衛生安全庁」が設置され、食料、飼料等に関する安全衛生及び栄養上のリスク評価と、食物連鎖全体に係る研究、科学技術支援を行うことになったのです。リスク管理部門はこれまでの3省がそれぞれ、食品の品質管理、食品加工・流通に関する衛生基準の策定・監督、原産地呼称制度(AOC)等の食品表示制度の企画、飼料・農薬・肥料に関する規制、家畜衛生の確保、輸入食品・動植物の検疫、農水産業・食品産業の振興(以上、農漁省)、残留農薬に関する基準の設定(雇用社会連帯省)、食品の表示の基準の企画・監視、AOCの監視(経済財政産業省)を行うとされました。
 アメリカにおいては、1998年、国立科学アカデミーの報告書を受け大統領府に「食品安全評議会」(共同議長は農務長官、厚生長官、環境保護庁長官)を設置し食品安全行政を一本化したものの、2001年1月ブッシュ政権発足により活動が停止しました。現状では4省が並行して食品等の管理を行っています。すなわち、農務省の食品安全検査局等が農畜産物の振興、肉・卵製品の安全基準策定、乳肉、果実、野菜等に係わる品質基準、格付基準を策定、と畜場の衛生確保、と畜検査、動物、植物、肉・卵製品の検疫をおこなっており、厚生省の食品衛生医薬品庁(FDA)が、肉・卵製品以外の食品の安全基準、表示基準を策定、飼料、動物用医薬品に関する規制の実施、肉・卵製品以外の輸入食品の検疫を実施しています。また環境保護庁が、農薬、肥料に関する基準を策定し、食品、飼料の残留農薬の基準を策定しています。さらに連邦取引委員会が不公正表示等の防止を行っているのです。

3)準備進むEUの「食品安全庁」
 今やEUにおいては独立した食品安全庁の構想が具体化しつつあります。EU委員会は2000年1月、「食品安全性に関する白書」を公表しましたが、その中で2002年には独立した「ヨーロッパ食品庁」を設立することを掲げました。この食品庁は「食品安全性、迅速な警告システムの実行、食品安全性と公衆衛生問題に関する消費者とのコミュニケーションと対話に関するすべての側面、並びに各国当局と専門機関とのネットワーキングに関して独立した科学的な助言を行う」ことになります。リスク評価を主とするこの食品庁の分析結果は、ヨーロッパ委員会に提供され、そこがリスク管理を担当することとなり、分析結果への適切な対応について意思決定をすることになるのです。
 こうしたヨーロッパの動きをみるにつけ、日本国内での食品安全体制の検討には、新しい行政組織設置の理念や既存官庁の既得権排除の考え方が存在しません。この体制づくりの段階から政府は消費者・市民との双方向のコミュニケーションを行い、関係者が納得のいくシステムを作り上げる必要があります。それが不可能であるならば、消費者・市民が自ら、在野で「食品安全委員会」といった監視機構をうち立てるしかないでしょう。

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5.トレーサビリティについて

山浦 康明

 

1)第1回会合から対立の焦点に
 トレーサビリティ(追跡可能性)とは、「食品の原材料について川上までさかのぼって消費者に情報提供すること」をいいます。現在日本において、昨年のBSE発生や食品の偽装表示問題など、消費者の食の生産・流通に対する信頼は地に落ちていますが、それは日本社会で消費者の安全な食品を選択する権利が確立していないからです。コーデックス委員会でも今回の第3回バイオテクノロジー特別部会(CTFBT)において「トレーサビリティ」をめぐって議論がおこなわれましたが、それはどのようなもので、どういった結果になったのでしょうか。
 このコーデックスバイテク特別部会(CTFBT)では2000年3月の第1回会合の時から、検討すべきキーワードとして挙げられたものの中にこのトレーサビリティの文言があり、2001年2月にはフランスが討議文書を作成し、各国がそれにコメントを寄せることになりました。この文書では、遺伝子組み換え食品について「人間の健康に対するリスクが明らかになった時に製品回収を可能にするため、人間の健康に対する開発者も意図しなかった影響や長期にわたって摂取したときの影響を確認したり、モニタリングすることを容易にするため、表示の管理を助けるため、また、特定の製品の素性を残しておくために」行われる、とされ、これは食品の安全性の確保と同時に商取引の要請にもかなうものである、と述べられています。また、トレーサビリティと食品表示はあいまって消費者の選択権を保障し安全性を確保すること、トレーサビリティを実施しなかった場合製品回収のコストは膨大になり消費者の信頼回復も難しいこと、などを指摘しています。コーデックス委員会の他の部会、「食品輸出入検査証明部会(CCFICS)」、「一般原則部会(CCGP)」、「食品表示部会(CCFL)」、でもこの年問題提起がなされました。しかし、議論は進みませんでした。

2)第2回会合でもペンディング
 2001年3月に千葉・幕張で開かれたバイテク特別部会(CTFBT)では、リスクアナリシスの検討を行う中でこの文言が討議された際、アメリカやカナダの削除要求とそれにまさるEC諸国やNGOのフランス支持という対立関係の中で、日本政府が[リスク管理にはトレサビリティを含むかもしれない]とかぎかっこをつけることを提案し、この部分はペンディングとされました。
 また01年のコーデックス第24回総会でも議題とはなったものの時間切れで議論はできず、01年9月のコーデックス執行理事会で議論がおこなわれました。しかしここでも議論は先送りされ、コーデックス事務局は、「一般原則部会」、「食品衛生部会」、「食品表示部会」、「食品輸出入検査証明部会」で議論してもらいテキストは各部会の判断としてはどうかと提案したのです。
 2001年にはフランスの討議資料に対して各国から多くの賛否のコメントが寄せられました。CI(国際消費者機構)、ICA(国際協同組合同盟)、EC、スイスなどがフランス提案を支持し、アルゼンチン、ブラジル、カナダ、ニュージーランド、アメリカなどがフランス提案をしりぞけようとする中、日本は「トレーサビリティは一般的な情報提供の方法としても有効である、しかしコーデックスの一般原則部会で引き続き議論すべき、」とのコメント文書を提出しました。

3)トレーサビリティーとトレーシング
 2002年3月のバイテク特別部会(CTBT)において「バイオテクノロジー応用食品のリスクアナリシスの原則案」が討議されましたが、その段落21で、「リスク管理の実行・実施を進めるために特別の手段が必要とされるかもしれない」とし、その一つの例として「人々の健康のリスクが認められたとき、市場から容易に回収するためにあるいは市場へ乗せてからモニタリングを助けるために当該物を追跡すること(トレーシング)」があるとされたのです。また、このトレーシングには(注)が付けられ「製品の追跡には他の適用例もある。それはWTOのルールであるSPS協定(衛生植物検疫措置の適用に関する協定)とTBT協定(貿易の技術的障害に関する協定)と一致しなければならない。その適用例はコーデックス委員会で検討中である、」と記されました。これは、各国がトレーサビリティの制度を作った場合、WTO上の貿易障壁にはしない、とのお墨付きを与えたという意味はありますが、トレーサビリティの内容を各国がどこまで広げることができるのかは、SPS協定とTBT協定の基準に制約されますし、今後のコーデックス委員会での検討の結果その範囲も決まるものですから、2001年2月のフランスの討議資料の内容が受け入れられたわけではなく、結論は今後のコーデックスの各部会や執行理事会、総会の討議の結果次第として先延ばしされたのが実態です。
 その後、02年4月の「一般原則部会」では、コーデックス事務局が「トレーサビリティ定義案」及び「一般原則部会における検討に関する文書」を作成し、コーデックス参加の政府や団体にコメントを求めるとともに、03年4月の「一般原則部会」で議論すること、「地域調整部会」において意見や情報の交換を行い、これを事務局に伝達して文書の作成を行う、ことが決定されました。02年5月の「食品表示部会」ではこのトレーサビリティについてはこれまでの論点を整理するにとどまり、各部会での結論を待つこととしました。

4)国内での動き
 このようなコーデックス委員会でのスローモーな動きに対して、日本国内では業界が必要にせまられてトレーサビリティのシステムを検討し、実施し始めています。また、政府も食品安全行政の改革を提案する中で、消費者の信頼感を取り戻すためにはトレーサビリティのシステムが必要である、と明言しています。
 BSE問題をきっかけにして、農水省は2001年度から「食品生産・流通情報提供システム開発・普及事業」をスタートさせました。この具体化として01年度には、JA全農の「安心システム」による生産履歴、食品産業センターの「加工食品のトレーサビリティシステムの開発・普及」が開始されました。また、大手スーパーマーケットなどにおいては産地との提携を通じて独自にトレーサビリティのシステムを検討し始めています。肉牛の肥育と乳牛の飼養と流通においては牛の個体識別のための耳票の装着がおこなわれ、と畜場までの履歴が整備され始めています。そして食肉及び加工品については保管伝票、ロット番号、製品や容器包装への記入、オンラインによる取引記録、バーコードなどの利用が考えられています。しかし、と畜の過程をはじめ食品の複雑な流通過程、膨大な数の加工原料が問題点としてたちはだかってもいるのです。そしてHACCP導入の時と同じように、このシステムづくりには事業者において多くの資本投下も必要なため、中小の事業者にとってはコスト面で淘汰選別の壁ともなってしまうのです。
 また、コーデックス委員会の議論でも対立のきっかけの一つは国際貿易におけるトレーサビリティの問題です。EUにとってはホルモン牛問題や遺伝子組み換え食品など、アメリカの製品がかかえる問題点を明らかにし、国内消費者保護や国内農業の保護のためにもトレーサビリティの考え方を広範囲に広げ、安全性が証明されていないものを排除するために活用したいと考えていると思われます。
 このように、トレーサビリティのもう一つの重要な機能は、消費者の安全を求める選択権の確保のために国内外をとわず農場から食卓までの履歴を明らかにするということです。日本は食料の自給率はカロリーベースで40%ですから、この点でも極めて重要な問題です。食肉やその飼料ばかりでなく、遺伝子組み換えの穀物の輸入を制限・禁止するためにも国外の農場の栽培方法や種子そのものの情報を知る必要があります。食品の形となったものについては表示の厳密化と検査体制の強化が必要となります。このようにトレーサビリティは食品表示の厳格化とも結び付いているのです。この点ではコーデックス委員会の議論の中で「予防原則」の考え方をもってトレーサビリティを考える必要がある、ということになります。このように、トレーサビリティについては、単なる事後的な製品回収のための手段といった技術的手段に矮小化するのではなく、消費者の知る権利、安全を求める権利の実現のために、予防原則の視点から製造者を明らかにし、その生産方法を透明化する手段として活用する必要があるのです。
 また、農産物・食料のトレーサビリティを考えるとき、国内の安全な生産体制と国内自給を実現する必要もあります。食品の危険性を監視・管理するということばかりでなく、国内の生産者と消費者の結びつきを強化し、かつ安全な農産物の生産の振興ということも必要となるのです。新たなトレーサビリティの"箱物"を作るということよりも、本当は地産地消を実践したり、信頼関係を生産者と消費者が築くことによって食の安全と安定供給は維持されるのです。

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6.アレルギー誘発性をめぐる論議

− WHO/FAO専門家会議とコーデックス -

真下 俊樹

 遺伝子を組み替えることによって、在来品にはなかったような新しいタンパクが生み出され、それがアレルギーを引き起こす可能性があることはよく知られており、遺伝子組み換え食品の安全性を評価する上で重要な要素になります。コーデックス委員会の「バイオ技術に由来する食品に関する特別部会」(以下「バイテク特別部会」と略記)が検討している「組換えDNA植物由来の食品安全性評価実施のためのガイドライン」草案(以下「植物安全性ガイドライン」)でも、遺伝子組み換え食品のアレルギー誘発性は、当然、中心的な検討課題です。

1)「判断樹」アプローチ
 バイテク特別部会は、その2000年会議(幕張)で、遺伝子組み換え食品のアレルギー誘発性について、コーデックス委員会の諮問機関であるFAO/WHO合同専門家会議(以下「専門家会議」)に諮問することを決め、質問事項のリストを作成して、専門家会議の召集を求めました。これを受けて、2000年5月に専門家会議が行われ、詳細な勧告を報告書にまとめてバイテク特別部会に提出しました。この勧告のなかで、専門家会議は、アレルギー誘発性の有無を判定する際に「判断樹(dECision tree)」を用いることを勧告しました。
 この「判断樹」という考え方は、国際食品バイオ技術コンソーシアム(IFBC)と国際生命科学研究所(ILSI)が開発した評価方法で、評価対象となる食品をアレルギー誘発性の判断材料を提供するとされる各種の検査にかけるさいに、A検査の答えが「はい」ならB検査へ、「いいえ」ならC検査へというふうに、木の枝状に分岐する流れ図に沿って検査を行い、客観性の高い結論を導こうというものです。この方法を用いると、すべての検査の結果が「いいえ」で、最後まで関門を通り抜けたものだけが「アレルギー誘発性の可能性が低い」と判定されることになり、明確で確実な結果が得られます。
 「判断樹」は1996年の専門家会議でも推奨されており、2000年専門家会議の勧告のほとんどは、バイテク特別部会の2001年会議(幕張)で検討されることになっていた「植物安全性ガイドライン」の草案に盛り込まれるはずでした。
 2000年専門家会議は同時に、報告書に記した判断樹の内容はアップデートする必要があるとして、そのための作業を継続する必要があることも指摘していました。このため、2001年1月にローマで、アレルギー誘発性をめぐる2度目の専門家会議が開かれ、その報告書の中で、改良された判断樹が提出されました。またこの時の報告書には、判断樹の各段階を構成する検査のやり方を標準化した詳細な技術的方法、判定の仕方についての説明も記載されていました。

2)FAO/WHO 2001年判断樹
 この改良された判断樹で勧告されている検査の流れ図は以下のようなものです(図3-1を参照)。
1.遺伝子組み換え食品の元になった食品(起源食品)がアレルギー誘発性をもつことが分かっている食品である場合には、まず遺伝子組み換え食品中で発現したタンパクが起源食品中の既知アレルギー誘発物質と同じアミノ酸配列をもつかどうか(アミノ酸配列相同性)を調べる。結果が陽性の場合、その食品はアレルギー誘発性をもつと考えられ、通常はそれ以上の検査は行わない。
 結果が陰性の場合、免疫検定法を用いた免疫グロブリンE抗体(IgE)結合検査を行う。これが陽性の場合、その食品はアレルギー誘発性である可能性が高いと見なされ、通常は食品開発を中止する。
 IgE結合検査が陰性の場合、標的血清スクリーニング・ペプシン耐性検査・動物モデルによる検査を用いて分析を進める。場合によっては、遺伝子供与体食品に対してアレルギーを示す患者における生体検査を行うこともある。
2.起源食品がアレルギー誘発性が知られていない場合には、まず発現タンパクと食品・環境中の既知のアレルギー誘発物質とのアミノ酸配列相同性の検索を行う。既知のアレルギー誘発物質との有意な相同性が認められた場合、そのタンパクはアレルギー誘発物質である可能性が高いと見なされる。
 相同性が認められない場合は、標的血清スクリーニングを行う。標的血清スクリーニングが陽性である場合、タンパク質はアレルギー誘発物質である可能性が高いと考えられる。
 標的血清スクリーニングが陰性である場合、発現タンパクのペプシン耐性と適切な動物モデルを用いた発現タンパクの免疫原性評価を行い、タンパクのアレルギー誘発性を判断する。

この他、専門家会議は報告の中で、
a)検索するの際のアミノ酸セグメントの数を8個から6個に減らすこと(セグメントの数が減るほど相同であると疑われる可能性が高くなり、より慎重な判定が可能になる)、
b)判断樹の信頼性を高めるために必要に応じて判断樹を更新する努力をすべきこと、
c)上市後サーベイランス導入の実施可能性については未処理の問題(遺伝子組換え食品・食品成分の追跡可能性と表示、食品関連アレルギーの流行と発生率を裏付けるデータの不足、多くの食品・非食品関連要因の混在、食習慣の変化、主に発展途上国における訓練を受けた専門家と基礎設備の不足)が山積しており、上市後サーベイランスシステムの実行性をさらに追究する必要があること、
なども指摘しています。
 専門家会議報告は、アレルギーについては分からないことが多く、結局は市場に出して「人体実験」をしてみないと本当のところは分からないことを暗に認める不十分な内容とはいえ、現状の不十分な知識の中で取りうる判定方法としては、かなり踏み込んだ内容をもっていたと言えます。
この判断樹アプローチは、2001年3月のバイテク特別部会(幕張)で検討されましたが、これをどのような形で安全性評価ガイドラインのなかに組み入れるかをめぐってアメリカやカナダが難色を示し、合意に至りませんでした。結局、カナダがそのための作業部会の設置を提案し、ホスト国を引き受けることを申し出ました。バイテク特別部会がこの作業部会に依頼した作業内容は明確で、アレルギー誘発性評価のための詳細な手続きを開発すること、そしてそれを判断樹アプローチに基づくものとすること、というものでした。判断樹を基礎にすることは、ステップ5の段階での「植物安全性ガイドライン」草案でも明示的に述べられていました(段落39)。

3)GM輸出国の露骨な「判断樹」つぶし
 この作業部会は、2001年9月10〜12日にカナダのバンクーバーで開かれることになりました。アメリカ、カナダ、オーストラリアなどGM食品の輸出国は、この専門家会議報告を最大の障害物のひとつと見ていたようで、露骨な手段を使ってこれを潰そうと画策しました。
 その画策のひとつは、「判断樹」アプローチを葬り去ることでした。国際消費者機構(CI)の代表としてこの作業部会に出席したアメリカ消費者連盟のマイケル・ハンセン博士によると、アメリカ、カナダなどGM食品推進派は、民主主義を完全に無視したなりふり構わぬ策謀と力ずくの暴挙で「判断樹つぶし」に掛かったといいます。以下、ハンセン博士の報告にもとづいてその内容を見てみましょう。
 カナダがアレルギー誘発性評価に関する付属文書の大まかな原案を提出したのは、作業部会前月の8月半ばになってからで、参加者は内容を充分に吟味し、コメントを提出するための時間を与えられたとは言えませんでした。しかも、やっと出てきたカナダ原案のなかには「判断樹」の文言が一切なく、単独の基準では十分にアレルギー誘発性を評価できないという理由で、代わりに「証拠比重(weight of evidenceまたはpreponderance of evidence)」のアプローチを持ち出していました。「証拠比重」アプローチとは、アレルギー誘発性を判定するさいに、判断樹のように各種のデータや検査結果を分岐構造の流れ図の上で行って結論を導くのではなく、さまざまな検査結果やデータ全体を見渡して総合的に判断するというもので、判定者(輸出国の企業や政府)の裁量や恣意が入り込みやすくなります。これで行けば、たとえばスターリンクコーンのような遺伝子組み換え食品でも、ヒトのアレルゲンでないという理由で安全性評価を通ってしまうことになります。カナダ原案は、それまでの専門家会議の勧告や2001年のバイテク特別部会の公式依頼を完全に無視したものでした。
 多くの国は、カナダ原案が提出される前に、それまでの議論にもとづいてコメントを提出しており、コメントを出した11カ国中9カ国(イギリス、ベルギー、ドイツ、オランダ、フィンランド、イタリア、スウェーデン、ブラジル、タイ)が判断樹アプローチを支持し、専門家会議の2001年勧告を基礎にすべきとの意見でした。判断樹を支持しないとコメントしたのは、アメリカとカナダだけでした。
 こうして、バンクーバー会議の議論は、強引にカナダ原案にもとづいて行われることになりました。CIのハンセン博士は、作業部会の開会のもようを次のように報告しています。

『[…]公衆衛生に対するしっかりした考えをもつ米国立アレルギー伝染病研究所のディーン・メトカーフ博士(米国アレルギー研究の最高権威)が、開会のスピーチでFAO/WHO合同専門家会議を代表して、その報告を強く推奨する紹介を行うはずだったが、変更になり(その理由は今なお不明)、代わりに業界から多額の資金を受けているスティーヴ・テイラー博士が専門家会議を代表して報告の紹介を行うことになった。
テイラーは、判断樹アプローチはあまり役に立つ方法ではなく、「証拠比重」アプローチを取るべきであるという点で専門家会議の科学者も全員合意している、と非常に偏向したスピーチを行った。さらにテイラーは、遺伝子工学の最初の製品群は何も被害を出していないなど、アレルギー誘発性の危険性を軽視する発言を行った。彼は、数種類ある判断樹についても、いずれも多かれ少なかれ「証拠比重」アプローチを土台にしているとした上で、2001年FAO/WHO合同専門家会議に参加した専門家も、自分たちが開発した判断樹を必ずしも実際に使うべきではないことに全員賛成するだろうと述べたのだった! 他の参加者に聞いてみても(また専門家会議の報告に照らしても)、この発言は事実を大幅にねじ曲げるものだ。
テイラーのスピーチの後に行われた議論で、私はテイラーに反論し、判断樹を土台に進められてきたこれまでの経緯を示した上で、「証拠比重アプローチ」などという文言はどの報告にも書かれていないと抗議した。テイラーは文言が書かれていないことは認めたものの、なおも、判断樹はあまり適当ではないというのが専門家会議全体の印象だったと述べた。
[…]しかし、専門家会議の「公式代表」となったテイラー博士の口から、「証拠比重」アプローチが専門家会議の科学者全員の合意事項だという発言が行われたことで、アレルギー誘発性評価ガイドラインに「証拠比重」の文言を入れることに対する抵抗は完全に押さえ込まれてしまった。こうして、その後の会議の議論は完全に乗っ取られてしまったのだった。』

 テイラーの開会スピーチの後の議論で最大の争点となったのは、言うまでもなく「判断樹」と「証拠比重」の文言をどうするかでした。アメリカはカナダ原案をさらに弱体化させ、証拠比重アプローチをいっそう全面に出す修正案を提出しました。CI、スウェーデン、ベルギーは再三「判断樹」への言及の復活を試みましたが、アメリカ、カナダ、オーストラリアは頑としてこれを受け付けませんでした。そこでスウェーデンは「統合的、段階的な、ケースバイケースのアプローチ」という、判断樹の内容を示す文言を入れる提案を行い、CI、フランス、ドイツがこれを支持。アメリカなどもこれには反論せず、妥協が成立しました。こうして「判断樹」の文言は「植物安全性ガイドライン」草案から完全に姿を消してしまったのでした。

4)アレルギー判定検査の詳細を切り捨て
 専門家会議報告では、重要なアレルギー誘発性判定検査の手続きを詳細に示していましたが、GM食品推進派は「植物安全性ガイドライン」草案では詳細な方法に言及しないとすることで、その縛りから逃れようとしました。オーストラリアは、専門家会議報告を「植物安全性ガイドライン」に盛り込む際には詳細な勧告を入れず、ごく概略のみに止めるべきだと発言しました。イギリスは国として判断樹を支持するコメントを提出していたにもかかわらず、イギリス代表はこれを無視し、判断樹で示されたデータの入手が難しいとして、アメリカ提案程度の概略のみ記述すべきだとしました。日本もオーストラリアとイギリスを支持する発言を行いました。オランダも、詳細すぎる規定は盛り込むべきでないと発言しました。これに対して、デンマーク、ベルギー、CIは、詳細な規定を盛り込むべきとして抵抗しましたが、結局容れられませんでした。
 専門家会議が勧告した判定方法のなかで重要な項目のひとつは、アミノ酸配列相同性を検索するの際のアミノ酸セグメントの数を8個から6個に減らすべきとした点でした。しかし、アメリカ案は、これを無視して本文中で「8個」と明記していました。イギリス代表も暗にアメリカ案を支持し、「段階的比較で用いられるペプチド配列が小さくなるほど、偽陽性の可能性は大きくなり、比較の有用性は減少する」という文を挿入するよう提案しました。これに対して、複数の国からそれなら逆の場合も記さないとバランスを欠くとして、「ペプチド配列が長いほど、偽陰性の可能性は大きくなる」という文を加えるべきとの意見が出され、最終的に脚注に両方を併記することになりました。また本文中の「8個」の記述も削除されました。
 専門家会議のもうひとつの重要な勧告は、GM食品が既知のアレルゲンを含むことが分かったときには、その開発を中止すべきとしている点です。カナダ原案には、これが入っていましたが、イギリスは「細かい規定が多すぎる」として全面削除を提案しました。また、アメリカは、既知のアレルゲンを含むことを表示すれば足りるとしましたが、CIの反論で表示への言及ははずされました。結局、「適切な危険性管理と危険性情報交換の措置が、生産物の市場売買と流通全体にわたって確保できない限り、またそのアレルゲンの新たな起源の同一性保存が実施困難または実施不可能でない限り」という条件付きで開発を中止するという表現になりました。
 こうして、カナダ原案がもたらす被害を最小限に食い止める努力はいくつかの点で実ったものの、アレルギー誘発性作業部会による付属文書原案には、専門家会議報告の勧告はほとんど盛り込まれず、個別検査をバラバラに切り離し、概略のみ記した上で「証拠比重」アプローチの下で総合的に判定するという内容に改変されてしまったのでした。

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5)02年バイテク部会での失地回復
 アレルギー誘発性作業部会の付属文書(以下「アレルギー付属文書」)原案は「植物安全性ガイドライン」草案のなかの「生じ得るアレルギー誘発性(タンパク)の評価」の節に付属する文書で、翌2002年3月に横浜で行われた第3回バイテク特別部会で議論されました。
 バイテク特別部会では「統合的、段階的、かつケースバイケースのアプローチ」を用いるという点では合意しましたが、それを判断樹を用いて行うかどうかについて、やはり論争が繰り返されました。長い応酬の後、バイテク特別部会で判断樹の検討は行わない代わりに、「植物安全性ガイドライン」に脚注を付け、その中で専門家会議による判断樹の勧告に言及するとの妥協案がEU諸国などから出され、アメリカ等も折れざるを得ませんでした。
 この脚注は「2001年FAO/WHO合同専門家会議報告は複数の判断樹への参照を含んでおり、本ガイドラインの付属文書[引用者注:アレルギー付属文書]を作成する際にこの報告書が用いられた」というものです。EU諸国がこの妥協案に込めた戦術とは、次のようなものだったと考えられます:証拠比重アプローチにもとづいて書かれた「アレルギー付属文書」原案を一文ずつ変えさせていくのは時間的にもムリ。かといって、これを根底から覆して議論を専門家会議勧告まで引き戻すのは、力関係からも叶わない。そこで、「アレルギー付属文書」を専門家会議勧告の代替案とするのではなく、専門家会議勧告に従属するものにしてしまえば、付属文書のもつ意味を逆転させることができる。つまり、「アレルギー付属文書」の中に判断樹への言及はないが、それが専門家会議勧告にもとづいて作られたものとすれば、付属文書のすべての記述は判断樹を前提としたものということになる(ただし、判断樹を構成する個々の検査で「はい/いいえ」の判定を行うさいには、付属文書に沿って専門家会議勧告以外のデータも勘案することになり、証拠比重アプローチが採られる可能性がありますが)。また同時に、専門家会議が勧告した判定方法の詳細や標準化も生き残ることになる。

 この脚注は、GM食品推進派によるバンクーバー作業部会の乗っ取りに対してGM食品慎重派が返した見事なカウンターパンチと言えるでしょう。しかも、「複数の判断樹への参照を含んでおり」と、明示的に判断樹(しかも複数の)に言及するというダメ押しも入りました。
 さらに、「アレルギー付属文書」の本文に「この評価の終着点は、当該タンパクが食品アレルゲンである可能性について結論を出すことである」という1項が付け加えられました(段落3)。これによって、遺伝子組み換えで新たに生じたタンパクのアレルギー誘発性に必ず白黒をつけることが義務づけられ、証拠比重アプローチによって曖昧な結論を期待したGM推進派にクギを刺しました。
 しかし他方、細かい点で規定が弱められた部分もあります。とくに血清スクリーニングの実施については、必要な血清が得にくいことを理由に「血清が入手可能な場合には」という限定が加えられました。また、「べき(should)」であったものが「ことができる(can/may)」などの弱い表現に変えられた部分も随所にあります。
 とはいえ、2002年バイテク特別部会は、全体としてバンクーバー作業部会の被害をかなり修復することができたと言えるでしょう。

6)解釈の食い違いの可能性
 他の文書もそうですが、アレルギー誘発性のように意見が対立した文書は、文言をめぐる激しい攻防の痕跡を留めて、玉虫色の非常に分かりづらい表現になっています。合意されたひとつひとつの表現の裏に、各国のどのような思惑が隠されているかは、正直いって誰にも分からないと言えるでしょう。
 アレルギー誘発性をめぐる議論をここでざっと振り返ってみましたが、これはあくまで合意文書をNGOの立場から見た解釈であって、GM推進派の立場から見れば、同じ文書でもまったく違った解釈も成り立つはずです。また、各項目は大枠を定めているだけで、具体的な内容は未定のものがほとんどです。したがって、今後これらの合意文書を実施する際に、輸出国と輸入国の間、政府とNGOの間などで、解釈の違いから様ざまな軋轢や紛争が起きることが考えられます。
 しかし、これは逆に見れば、コーデックス基準の内容はこれから作り出していくものだということでもあります。とくに、アレルギー誘発性については分からないことの方が多く、今後新たな事実を掘り起こして行くことで、より予防原則に近い形にコーデックス基準の解釈(あるいは基準そのもの)を変えさせていくことも可能なのではないでしょうか。
 要するに、コーデックス文書の「正しい解釈」はまだどこにもないのであり、われわれNGOが今後これを使って何をするか、政府や業界の解釈とどのように闘うかによって、その内実は大きく変わってくると言えるでしょう。

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7.GM表示はどう論議されているか

清水 亮子

 

 欧州議会は去る7月3日、「世界一厳しい」といわれる遺伝子組み換え食品の表示法案を採択しました。この法案は今秋、欧州理事会の審議を経て、来年にはEU加盟各国で実施される見込みです。
 この法案は2つの文書(註)からなるものですが、「農場から食卓まで」すべての段階におけるGM食品と飼料のトレーサビリティを求めており、表示に関しては、最終製品に組み換え由来のDNAが含まれるどうかにかかわらず、GM原料を含む場合はトレーサビリティに基いて表示することを定めています。ですから、油などについても、原材料にGMナタネやコーンなどが使われている場合には、表示が義務付けられます。
 また、偶発的混入の閾値(許容範囲)については、この提案が欧州委員会によってなされた当初は1%となっていましたが、その後、欧州議会によって0.5%と修正された上で採択されました。

表示部会での論議
 ところで、このヨーロッパの新しい表示制度と日本の制度を比較してみるとどうでしょうか。それを示したのが次ページの表「遺伝子組み換え食品表示−日本とEUの比較」です。
では、コーデックスの中では、GM表示はどう議論されているのでしょう。食品表示についてはカナダを議長国とする「表示部会」で議論されています。GM表示についても、長年にわたって議論されていますが、決まっているのはアレルギーを引き起こす可能性がある場合は表示義務がある(2001年の表示部会で合意、同年の総会で採択)ということだけです。2001年の表示部会では遺伝子組換え食品の「定義」の部分をステップ8に進めたものの、同年7月の総会で合意が得られず、ステップ6に差し戻されました。
 定義については、EU諸国や消費者団体が主張する「遺伝子組み換え食品」を使うのか、アメリカ等推進側の国々が主張する「モダン・バイオテクノロジー」を使うのかが、争点になっています。
「定義」以外のガイドライン(表示対象、表示の具体例など)についてもステップ3から進んでおらず、
a)表示対象を高オレイン酸大豆など明かに従来食品と異なるもののみ表示すべき−アメリカ、アルゼンチンなど組換え食品生産国。
b)最終製品に組換えDNAやそれから生成されるたんぱく質を含むものは表示すべき−日本など。
c)すべての組換え食品は表示すべき−ノルウェー、インド。
との間で合意に至らなかったのをはじめ、表示例についても、
・「モダン植物バイオテクノロジーによって得られた種によって育てられました」
・「遺伝子組換え大豆により製造」
などいろいろな意見がだされていますが、全てが合意に至っていないことを示す[ ]に入ったままです。
 GM表示については2005年のコーデックス総会にかけることが目標とされていますが、これに先駆けて実施されるEUの表示制度が、コーデックスあるいはWTOにどのような波紋を投げかけることになるのか、注目していきたいところです。

註:「遺伝子組み換え食品と飼料に関する欧州議会およびりじかい規則のための提案」と「遺伝子組み換え生物のトレーサビリティおよび表示、並びに遺伝子組み換え生物から製造された食品および飼料のトレーサビリティに関する欧州議会および理事会規則のための提案」

表−遺伝子組み換え食品表示−日本とEUの比較
日本 EU(現) EU(新) 理想
DNAの検出しにくいもの 表示対象外 表示対象外 GMOまたはGMO由来と表示 全食品表示
成分比の上位品目限定の有無 上位3品目かつ重量比5%以上に限定 該当蛋白またはDNAが検出されたものに限り表示 すべて義務表示 全原材料で表示
許容混入率(註1) 5%まで混入を認め「非組み換え」表示可能 「不慮の混入」が証明された場合に1%未満が義務表示対象外 「不慮の混入」が証明された場合に0.5%未満が義務表示対象外(註2) 混入を認めず
レストラン表示 ナシ ナシ 表示対象 メニューに表示
高オレイン酸大豆 食用油も表示対象 未申請のため確認できず。 表示対象 全食品が表示対象
種子への表示 ナシ 表示対象 表示対象 表示対象
種子への許容混入率 設定されていない 設定されていない 0.3〜0.7%までの許容を検討中 混入を認めず
飼料への表示 ナシ トウモロコシのみ表示対象 すべて表示対象 すべて表示対象
肥料への表示 ナシ ナシ ?(註3) 食品同様全面表示
衣料への表示 ナシ ナシ 検討せず 食品同様全面表示
GM飼料をエサとした畜産品への表示 ナシ ナシ ナシ(註2) 全面表示
関連項目
トレーサビリティに関して 考慮ナシ 制度外 食品全般で確保。GM表示はトレーサビリティによる 食品全般で確保。GM表示はトレーサビリティによる
予防原則の考慮 考慮せず 考慮可能な場合もある 考慮することが認められる 考慮して疑わしきは認可せず
抗生物質遺伝子の扱い 許可 許可 検討中(不許可の可能性が高い) 不許可
註1:許容概念はあくまでも安全審査認可のものが対象。未認可GM食品の混入は認められない。
註2:EC委員会提案を受けたEC議会第一読会(2002.07)での議決。
註3:カルタヘナ議定書への枠内での対応を検討すると思われる。

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8.コーデックスバイテク特別部会 Q&A

倉形 正則

 

1)「食」の科学的安全性とは−長期試験・動物試験の位置づけ

Q1.GM食品の動物試験は義務づけられたか?
Q2.GM作物の安全性を何によって判断するのか?
Q3.従来の"安全性審査"方法との違いは?
Q4.バイテク特別部会における食品の安全性概念は?
Q5.遺伝子組み込みによる差異は明確であるか?
Q6.従来の経験、研究報告は考慮されているか?
Q7.「申請者データによる書類審査」は変わったか?
Q8.ステップ4だった「アレルギー付属文書」がいきなり8になったのはどうして?
Q9.コーデックス規格案への"コメント""政府見解"とはいかなるものか?
Q10.バイテク特別部会が設置された目的は何か?
Q11.コーデックスGM食品規格で何が変わるか?

Q1.バイテク特別部会ではGM食品そのものの安全試験、例えば動物試験は義務づけられたのですか?
A1.義務づけられていません。
 「組換えDNA植物から誘導された食品の食品安全性アセスメント実施のためのガイドライン草案」の段落11では次のように述べています。「動物による研究は、食品全体にともなう危険性の検査に対してそのまま適用することはできない。これは、食品が化合物の複雑な混合体であり、成分や栄養価が大幅に変動するという特徴をもつためである。その容積と満腹効果のため、ふつう食品は、ヒトの食餌中に存在する可能性のある量の数倍しか動物に給餌することが出来ない。−後略」
 薬品や添加物については、想定される摂取量が微量なため、動物試験の際にそれを大きな倍数として動物に給餌できる、ということです。しかし、食品そのものではそのような"大きな倍数"がとれないので「そのまま適用することはできない」としているのです。
 しかし、この原案を作成している議長国日本では、2000年のスターリンク騒動の際にスターリンクコーンの「安全性確認」のために、牛、豚、鶏への「給餌実験」を押っ取り刀で行っています。その点では、日本政府のGM食品への動物実験に対する態度は終始一貫していません。スターリンクコーンの際の「実験」は意味のあるものではなくパフォーマンスでしかありませんでした。
 一方、英国で食品添加物等の安全性試験を担当するローウェット研究所は、GM作物の動物による安全性試験を実施し、GMジャガイモによる成長障害他の結果を得ました。プシュタイ試験として有名なものです。"予測不能な非意図的な効果"が発生していた可能性が指摘されたのです。この研究成果は、予備実験の領域と言われていますが、プシュタイチームは、成長期のマウスを使うことによって、通常では見えにくい変化を際だたせることに成功しています。しかし、プシュタイ試験への追試験、他のGM作物への同種試験の導入などは行われていません。
 バイテク部会の「安全性ガイドライン」では、動物実験の困難性が語られただけです。組み換え体そのものの摂取試験は、この論法だけで否定された形になっていますが、それはすり替えです。もし確実な試験法がないのならば、それは安全性が確認できないものとして差し止めるべき性質のものです。

Q2.バイテク特別部会はGM作物の安全性を何によって判断するのですか?
A2."実質的同等性"に頼っているに過ぎません。
 "実質的同等性"つまり、組み換えられた作物は、"在来同等物"との比較によって安全性を確認すると言っています。日本や米国がこれまで行ってきた"安全性審査"の方法となんら変わるものではありません。
 この場合、いくつもの問題が指摘されます。
@"在来同等物"が拡大解釈される
A比較はどのようになされるか
とりあえず上記の2点についてだけでも大いに疑問です。
@については、組み換えによる変化を比較するはずなのに、その作物種全体を比較対照とする行為がまかり通っています。
Aについて。@の前記のことを踏まえた上でも、"在来同等物"との比較は、さらに限定的です。
 今回の「安全性評価ガイドライン案」で定義されている比較は、大体において大雑把です。比較の対象となるものは、従来通り、姿、形、"鍵となる成分"等とされています。さらに詳細に踏み込んだ表現もありますが(次項「従来の安全審査方法との違い」参照)、残念ながらそれらの詳細項目は、義務的表現ではありません。
 「安全性評価ガイドライン案」では"予測不能な""非意図的な効果"の存在を指摘している(段落16)にも関わらず、上記の比較項目は、それを想定したものではありません。

Q3.従来の"安全性審査"方法との違いはありますか?
A3.概ね従来の踏襲ですが、いくつか強化される可能性はあります。
 前述したように今回採択された「危険性評価一般原則案」「安全性評価ガイドライン案」ともに、従来の"安全性審査"から踏み出したものではありません。
 しかし、EU諸国やいくつかのNGOからの働きかけによって、安全性審査が強化される可能性がある部分も存在します。

@危険性評価の不確実性とリスクコミニュケーションの重要視
・決定的に強化されるべき分野に、危険性分析(リスクアナリシス)の諸項目があります。
関連段落:「危険性評価一般原則案」段落11a)、b)、段落18、段落22、段落23、段落24、等。
・危険性分析(リスクアナリシス)の詳細に関しては、本ブックレットの第3章「リスクアナリシスとは何か」を参照していただくとして、概略以下の点が評価できる点です。
・「危険性評価において特定された不確実性を考慮し・・」(段落18)とその基本姿勢は、「予測不能な」「非意図的産物」に代表される遺伝子組み換えの不確実性を認識している点です。このような姿勢は、現行の「安全審査基準」には大変希薄なものです。
・また、危険性情報交換(リスクコミニュケーション)を、「すべての段階において不可欠」(段落22)とし、しかも「消費者を含むすべての利害関係者が参加する双方向的な過程である。」(段落22)としています。この点は、現行の政府の非公開性と手続き的な「意見募集」に比べ、雲泥の差のある表現といえます。

A組み換え前後の比較の詳細さ
・組み換え後の特性付け:「安全性評価ガイドライン案」の段落31、段落32、段落33、等。
・これらの関連する項目は、組み換えによって生ずる「非意図的産物」なかんずく「予測不能な」それを意識した言及となっています。
・例:「‥挿入物質および周囲域のコピー数量と配列データを含む各挿入サイトにおける挿入遺伝物質の編成、‥その食品中に存在する可能性のあるあらゆる新しい物質を特定するための転写物‥」(段落31のC項)「挿入DNA内部の、もしくは挿入によって隣接した植物ゲノムのDNAと共に生じたすべてのオープンリーディングフレームの特定。‥‥」(同D項)
・我が国の現行「安全審査基準」にも項目としては同様なものは存在しますが、その詳細さにおいて別物の観すらあります。もちろん「ガイドライン案」の各文章は「しなければならない」とは書いてありません。「すべきである」あるいは「「必要な場合もある」という表現となっています。
・その点において解釈次第ではどうにでも変化する存在ですが、その点を強調して、現行の"大ザル"安全審査を強化していくことが必要であると思われます。

Q4.バイテク特別部会における食品の安全性概念はどのようなものですか?
A4.従来食品を細切れに"安全"と評価
 バイテク特別部会では食品の安全性について最初に規定しています。
"一般に食品は、開発や一次生産、加工、貯蔵、取扱い、調理の間に注意が払われれば、安全と考えられる。"(「危険性評価一般原則案」段落1)
 "食品としての通常の使用に基づいて安全性を確立した経験がある"(同段落8)
というのは単純すぎる認識です。"確立された安全"やその反対存在があるわけではなく、"身土不二"という言葉で象徴されるように、食物は我々の体や健康に不可分の影響を与え続けている、と認識すべきです。
 "安全使用の歴史をもつ在来同等物に比して相対的に評価されるという原則に基づいている" (「危険性評価一般原則案」段落4)これは2つの錯覚に基づいた議論ではないでしょうか。
一つは"安全使用の歴史"という点への極めて狭い理解です。
 私たちが食の安全を確保してきたのは、それぞれの地域の食文化によってです。それは、様々な雑多な食品群と多様な食べ方、暮らし方、それに見合った体質、等々の総合的なものによって健康的な食生活が成立してきました。一つの食品や、作物を取り上げて"安全"か"安全でないか"を論じてもそれは極めて限定的な意味しか持ち得ないでしょう。
 もう一つは"在来同等物"が充分に分析され理解されており、だからこそ差異が明確であるという希望的観測です。

Q5."在来同等物"と遺伝子組み込みによる差異は明確であるのでしょうか?
A5.明確ではありません。
 モンサント社のRR(ラウンドアップレディ)大豆(40-3-2系統)やRRトウモロコシ(NK603系統)に発覚し続けているように、現在の遺伝子組み換えは組み換え時に何が起きているかは、誰も判っていません。
 RR大豆(40-3-2系統)の事例では、遺伝子組み換えによる非意図的効果、それも予期せぬ効果が連続しています。米国や日本において申請した際にモ社は、組み換えは「意図したこと」しか起きていないと主張していました。安全審査が終了した後に、モ社は「未知の断片が2カ所に存在する」と発表しました。ついで第三者の研究グループによってモ社が意図的に組み込んだ遺伝子断片の直後に未知の遺伝子断片が存在していると発表しました。モ社はそれに対してオープンリーディングフレームでないと反論し、非意図的効果はない、としたのです。しかしその公約もまた反古にされました。2002年に、まさにその未知断片由来の2次転写物(=mRNA)の存在が報告されました。
 改めて明らかなったのは、"発覚・発見"がその時どきの検査技術水準に依拠すると言うこと。"発見"されないと言うことが"存在しない"ということとイコールではないことです。
 また同様な予期せぬ遺伝子断片の存在と、それによる転写物の存在は、モンサント社の殺虫ワタであるインガード・ワタ757系統でも「追加報告」されています。RRコーンでも同様な予期せぬ遺伝子断片の追加報告がされています。こうして見てくると、予期せぬ遺伝子断片や転写物の存在は、決して特別な事例ではないことがわかってきます。むしろ、予期せぬ事は、日常的に起こっている。問題なのは、そうした予期せぬことを"検知"できるかどうかが不明なだけ、というのが現在の遺伝子組み換えの実態と言えます。

Q6.従来の経験、研究報告は考慮されているのでしょうか。
A6.されていません。
 遺伝子組み換えの短い歴史のなかでも、数々の警告的な研究や発見がなされてきています。
 いくつか上げるだけでも
・米国におけるL-トリプトファン事件
・ローウェット研究所(当時)プシュタイ博士チームによるGMジャガイモのマウスへの成長障害実験
・オオカバマダラへのBtコーン花粉の影響実験
があります。
 しかし、コーデックスバイテク特別部会でも、その叩き台となったFAO/WHO合同専門家会議でも、それらの貴重な経験への言及はありません。"組み換え業界"はそうした懸念的な事件や発見には、無視や脅迫をもって臨んでいるだけです。世界的な権威となるコーデックス規格策定の際には、そうした危惧、示唆への科学的な追試、より拡大された再検証こそが必要となるはずです。

Q7.「申請者データによる書類審査」は変わったのでしょうか
A7.言及されていません。
 コーデックスバイテク特別部会の論議のどこでも安全審査の手続き問題は触れられていません。リスクアナリシスの論議のどこにも、今日の食品にまつわる企業犯罪のリスクについて言及していないのです。
 現行の安全審査での大きな問題の一つは、審査の基となる情報が全て申請者、開発企業によるということがあります。全てのデータは、審査する側で再実験や追試等は一切行われません。 その一方で、ひとたび認可されたGM作物に関しては、"データが違っていました"と申請企業が訂正を申し出る詐欺行為が繰り返されています。
 日本において安全審査の答申を出す「安全審査調査会」は、こうした度重なる申請資料の訂正がありながらも、未だに審査の根拠を申請者からの提出資料に頼ったままです。しかも追試験のような検証作業は一切ありません。丸きりの書類審査のみです。



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2)コーデックスの運営、決定の手法は民主的か
ステップを巡る恣意的運営−アレルギーANNEX・微生物ガイドライン

Q8.ステップ4だった「アレルギー付属文書」がいきなりステップ8になったのはどうして?
A8.ステップ6・7をとばした結果です。
 コーデックスでは規格論議の進捗具合を表すために全体を8つのステップに分けています。(第2章2-4図参照)今回「アレルギー付属文書」は5・6・7のステップを飛ばしました。バイテク部会事務局の厚労省担当官に確認したところ、「部会参加国で合意を取れればステップ飛ばしは可能」とのことです。
 しかし、これは内容から見ると大変無理な会議運営と言えます。それでなくとも「アレルギー付属文書」は、これまでの議論を大幅に変えた叩き台が提出されていました(詳細は第6章参照)。NGOからは全面的に反対意見が出されていました。今回の第3回バイテク部会でも1時間足らずのスピード審議でした。こうした行為が行われるのならば、コーデックスのステップや、「民主的運営」などには根本的な疑問がわき起こります。

Q9.コーデックス規格案への"コメント""政府見解"とはいかなるものでしょうか
A9."政府見解"は国会も閣議も確認不要!!担当省庁の見解を指します。
 コーデックスでは国際食品規格を決定するまでに、事務局で作られた原案を加盟各国(に送付して原案に対する各国意見を2回求めます(ステップ3と6)。加盟各国はコメントを送付します。日本からも「政府見解」と言う名前の「コメント」が提出されています。しかし、その「政府見解」が、どこで誰の確認によって作られるのかを厚労省のバイテク特別部会担当官に確認しました。
 厚労省担当官の回答は「それぞれの担当省庁で作成、省庁を超える範囲のものは省庁連絡会で決定」という回答でした。念のために「政府見解は国会、或いは閣議などにはかけられないのか?」との質問にも「担当省庁で作成します」とのこと。重ねて「例えば現行国内基準と異なる見解をコメントする場合があるが、それはどこで決めるのか」についても、「担当省庁で決めます」との回答でした。
 現行の国内食品基準と異なる見解の表明も国会の議決にかけられないとすれば、WTO体制下の今日において、我が国の議会は結果として機能していないことになります。
 コーデックス規格への「政府見解」を議会や内閣抜きに決めて良い、というのはどこで決められたのですか?また、それは明文化されているのか否か。これに対しても明確な回答はありませんでした。明文化されたものではないし、どこで決定されたかも曖昧でした。
 代わって強い口調で帰って来たのは「コーデックス規格で決まったからといって、国内法規を変えなければならない、というものではありません。国内は国内法規で運用される。コーデックスとは国際条約ではない」との説明でした。
 こうした見解は、現在のWTO体制下における貿易実態を欺くものです。コーデックス規格は私達の「食」を規定しつつあります。そして、そのコーデックス規格は、その会議の公開制の原則とは裏腹に、各国における議会等の従来手続きを無視できるシステムを、知らぬ間に形作っているのです。

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3)コーデックスGM食品規格によって何が変わるか

Q10.コーデックスバイテク特別部会が設置された目的は何ですか?
A10.世界、とりわけEUでわき起こる「食」の問題への関心の高まりが存在します。
 1996年に米国で本格的な栽培が始まって以来、GM作物は驚異的なスピードで栽培面積を拡大してきました。たった数社の作ったGM種子が、北米の穀倉地帯を一変させました。数種類の種子が、大豆とトウモロコシ、ワタとナタネの畑の多くを占めるようになったのです。
 それに対して世界各地でGM食品に反対する運動がわき起こりました。
 とりわけ欧州では、BSEなどの他の食品問題の背景もあって、食の問題に大きな関心が集まりました。その反GMの力は、EUにおける新規GM作物の承認を凍結させ、今日に至っています。その動きは、今回の厳しいGM表示制度等へと結びついています。
 欧州を中心に各地で盛り上がった反GMの声は各国毎に、徐々にGM食品の安全審査の義務化や、表示制度を現実化させていきました。
 こうした動きに懸念を抱いたGM食品の推進者たちは、GM食品の各種国際基準を定め、より厳しさを増そうとしていた各国基準を「ハーモニゼーション」しようとコーデックスでのGM食品基準づくりを用意したのでした。
 しかも時間のかかるコーデックスでの規格策定にスピード審議をさせるために、期間限定の特別部会という舞台を設定した訳です。当時2002から2003年頃に予定されていたEUでのGM基準作りを睨み、2003年までにコーデックスという国際規格−伝統的に非常に緩い基準として設定されてきている−を作ってしまおうとの目論見です。
 コーデックスGM食品規格策定の欺瞞性は、その対象となるGM作物が、既に作物貿易市場の多くを占めてしまっていることを容認しながら、それを規制する基準作りを行っていることです。
不明なことの多いGM食品に対して、予防原則に則した少しでも厳しい規格を作ることは、何百万トンものGM作物貿易を少なからず規制する可能性があります。本来、GM作物の貿易は国際規格が成立してから実施されるべきです。少なくとも国際規格が論議中であるならば、その間はGM食品貿易は凍結すべきなのです。
 しかも論議中に、スターリンクコーン事件という、様々な点でGM作物が制御困難であることを実証する事件が起きているにもかかわらず、その現実を基準作り論議に反映させない事を見ても、コーデックス論議のいい加減さが伝わってきます。結局GM食品行政は、開発企業に都合の良い部分だけを選択して、"現状追認"してきています。

Q11.コーデックスGM食品規格で何が変わりますか?
A11.各国のより厳しい基準づくりを牽制し、GM作物の貿易を拡大させる圧力になります。
 現在でも日本のGM食品の認可は、米国での認可を踏襲しています。そして米国基準≒コーデックス基準ですから、コーデックスGM規格策定後は、実質的に米国における許認可が、GM作物にとって世界中への「通行手形」となることでしょう。
 米国が、このコーデックス基準で"安全審査"したと言い張れば、ひとたび認可したGM作物は、国際貿易上断ることの出来ない作物となるでしょう。輸入しない行為は、輸出国側から「非関税障壁」としてWTOに提訴される可能性があることになります。何度も繰り返しますが、コーデックス基準と異なる各国基準そのものが、「非関税障壁」とされかねません。
 一方、各国内部においても、消費者の安全を二の次とする国では、コーデックス基準を理由に、国内基準を変更しようとするでしょう。
 EUはこうした動きにトレーサビリティと連動したGM食品表示制度で対抗しようとしています。
 重要なのは、消費者の選択です。WTO体制だろうが、コーデックス規格だろうが、消費者が選択しないものは売れないのです。

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9.座談会/コーデックスどうすべきか

出席:

天笠啓祐

近藤恵津子

清水亮子

山浦康明

真下俊樹

進行:倉形正則

記録:福島啓子

 

●バイテク特別部会に参加した印象


倉形 まず、コーデックスバイテク特別部会の印象をざっくばらんにお聞かせ下さい。

 

山浦 今回バイテク特別部会は第三回目で、私も三回目の参加です。私は今回、テクニカルアドバイザーというたいそうな肩書きで、日本政府の枠で参加しました。今回は、傍聴を申し込んだ一般の方が同じフロアーで会議の様子を目にすることができて、去年より少しはオープンな感じがしました。ところが、実際傍聴していた人がどれだけ議事進行、書類など、会議の内容を理解できたかというと、これは疑問です。やはり、事前に政府代表なり、NGOがいろいろ準備して初めて、内容にふれることができたのではないかと思います。
 今回参加して、NGOの参加という意味ではWTOなどよりは進んでいる感じがしました。しかし、議事進行を含めて考えますと、特に今回は、遺伝子組み換え推進側の国々や、NGOとして入っていた推進側の企業が、積極的に議事を進めている印象を受けました。

 

倉形 今回初めて傍聴しました。これまでコーデックスバイテク特別部会の中身は、いくら報告を聞いてもよくわからないなという印象をもっていましたが、傍聴してみてもやはりわからなかったですね。決して、英語とか、専門用語の理解云々といった問題ではないんだ、という印象を持ちました。

 

近藤 私も、一・二回目は抽選で傍聴券が当たったのですが、びっくりしたのは、会場すら別で、テレビのモニターで会議を見ることです。あれなら誰が傍聴してもいいのに、わざわざ抽選をすること自体がとても不思議でした。今回、オープンになったのは、働きかけをされた結果だと思いますが、良かったと思いました。やはりモニターを通して見るのと会議場で見るのとでは、見える範囲が全然違います。モニターだとほとんど議長の顔が映っているものですから、会議全体の様子は、よくわかりませんでした。
 今回はICA(国際協同組合同盟)の枠でオブザーバー参加させていただきました。では、中身はどうであったかというと、大変なことを決める場で、いろんな賛成反対の意見があるわりには、あら、合意しちゃったの? さっき反対の意見を言った国は今の説明で納得したの? というような感じでどんどん進んでいく。「ああ、そうね、私も疑問だわ」と思っていると、もう次に行っている。合意の水準というのでしょうか、それがどうなっているのか、率直なところ疑問です。もしあれで合意しているのであれば、よっぽど裏で何かしているんだろうなという感じですね。当初、例えばEUが求めている、ある程度厳しいものに決まらないのなら決裂すればいいのに、と素人判断で考えていましたが、会全体の雰囲気は、どちらの考えを持っている国も、なんとかゴールに行くんだ、結論を出すんだというところで一致していたのが、とても不思議でした。


真下 今回急遽、日消連(日本消費者連盟)から、CI(国際消費者機構)としての参加要請を受けて、1カ月ほどしか時間がなかったのですが、にわか勉強で参加しました。資料の量が膨大で、すべて英文だったものですから、相当大変で、かなり苦労しました。
 充分に理解したうえでオブザーバー参加できたわけではなかったのですが、第一印象としては、むしろポジティブな感じを持ちました。地球温暖化会議などよりは、はるかにNGOの参加の機会が開かれている。NGOの発言も、各国の代表の発言と同じレベルで扱ってくれる点は、非常に民主的だなという印象を持ちました。これは議長の采配によるのか、あるいは制度的に確立されているのか、よくわからないですけども。
 もう一つは、こんなふうに決まっていいの、というくらい重要な案件がどんどん決められていく。それが各国に降りていって、その国の国内法として施行されていくわけです。我われの生活に直接影響のあることが、国際会議の場でどんどん決められていく。国際会議で決められることがいかに重要か、それを非常に強く感じました。
 日本の国内で、コーデックス委員会のような市民参加を達成するのは、ほとんど無理です。そういう意味では、NGOの参加が許されているのは良いことだと思います。ただ、NGOも参加したうえで決めたんですよ、とお墨付を与えることになってしまう、逆の危険性もある。今回決められたものも、今後順次見直されていくはずですから、その点で不充分な面を変えていくことができるかなと、全体としてはかなりポジティブな印象を持ちました。
 温暖化会議は、ビデオに撮ってインターネットで誰でもが見られる状況です。それに比べると、同じ部屋であれ、参加者を抽選して厳選したのは、ちょっと矛盾かなという感じがします。


倉形 前回まで一般傍聴は別室でモニターでしたが、これをインターネット上に流せば、誰でも見られる。


近藤 そうそう。わざわざ出向くまでもなかったという感じでした。


倉形 現に、国会などはそういうサービスを委員会ごとにやっていますよね。

 清水さんはどうですか?


清水 私は前回、今回とICAの一員として参加しました。前回は初めてだったので、運営のあり方などに驚いたのと、せっかくNGOの代表として中に入れるのだから、きちんと意見を言えれば、と痛感しました。にもかかわからず、1年間ほとんど準備できないまま今回会議に臨んだのが一番の反省点です。この一年間、きちんと内容を検討していれば良かったのにと、すごく反省しています。
 一方、コーデックスの会議に乗っかってしまうことで、遺伝子組み換え食品のグローバルな貿易を後押しすることつながるのかと思うと、これでいいのかという気持ちもあります。自分がこの会議にどのように関われば一番いいのか、未だに見えないところです。

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●各国の思惑と発言力の差
倉形 外から会議を見ているときには、会議ではさぞかし中身の論議がされていると思っていましたが、今回傍聴してみて、中に入っても見えないというのが正直なところです。みなさんの印象もそのようですが。


真下 私はちょっと印象が違っていて、よく勉強していればかなりわかると思います。ただ、内容そのものが複雑で専門化しているものだから、我われのようなNGOが対応しようと思ったら、ものすごいエネルギーを割かなければいけない。我われのようにお金の無いなかで、専門的なところまで突っ込んでいかないと対等な議論ができないというのは、事象そのものが複雑だから、しかたないと言えばしかたない。
 だけど、先ほど対等な扱いをされていると言ったけれども、それは会場だけの話で、各国の代表団はそれ専門に一年中コーデックスばかりやっている。給料もらって、そればかりやっている。そういう人たちが原案を作って、同じような立場の他の国の人がコメントする。それに我われが同じだけコミットしようとすれば、力の差がありすぎる。毎回、世界のあちこちで開かれるコーデックスの委員会に参加するといったら、ものすごく旅費がかかる。これをNGOが出来るかと言ったら、それは出来ないわけですよね。そういうレベル、基本的なキャパシティビルディングの部分では、はるかに格差がある。政府代表団にしても、途上国には不利ですよね。


倉形 そうですね、一回ごとの参加国が30数カ国、40いっていないコーデックス加盟国全体は165カ国ですが。


山浦 ええ。絶対数から見ると発展途上国の参加は非常に少ないですよね。代表団の人数にしても、大国は二桁ですが、小さい国は一人とか二人しか来られませんので、会議における発言力も相当違ってきます。


倉形 今まで、米国はしゃかりきになって自国の利益確保を発言しているのだろうと思っていたら、今回、発言の回数は多いけれども、非常に悠然としていて、節目節目で「それも、よろしいんじゃございませんか」のような、おおような態度、コメントで進めていく。


真下 たぶんアメリカは、コーデックス基準をできるだけ早く作りたいというのが前提にある。そのためには多少の譲歩はしかたないと思っている。


倉形 一方で、日本政府が無言でしたね。


山浦 私は日本政府代表団のグループのテーブルに居りましたので、その点が非常に印象深かったのですが、日本政府代表団は、重要な議論についていっさい参加しない。それは初めから決めていたようで、トレーサビリティをめぐる議論においても、一言も発言はありませんでした。その点について政府の人に質問したり、注文をつけたりしましたが、言い訳ばかりで、議長国という立場から、積極的にどちらかの側に味方するのではなく中立的な立場をとるんだ、というふうな主張でした。
 ところが、事前に各国から出されたコメントペーパーには、日本政府も積極的に書いています。トレーサビリティをめぐっては、フランスのペーパーに全面的に賛成というわけではありませんが、ある程度理解を示すような、コメントを示しているわけです。
 それから、事前に国内で開かれた意見交換会におきましても、消費者団体からの意見として、トレーサビリティはフランス提案を尊重すべきではないかなど、私もコメントしましたが、それが会議にはまったく反映されていないことに非常に憤りを覚えました。


倉形 そもそも「日本の意見」というのが誰の意見なのか、大変疑問なわけですが。


天笠 去年はテクニカル・アドバイザーとして参加していた京都大学の宮城島一明助教授の発言が非常に問題になりました。日本政府が表に出て悪い方に引っ張っていくという流れがありましたが、それが批判されたので、今年は引っ込んだと考えていいのですか。


山浦 そうですね。宮城島氏の発言は、形式的なものが一回か二回あっただけです。


真下 全体としてはNGOのオブサーバー参加があって、一応市民の声が反映されるようになっている。でも、各国政府の代表団は国民の代表ですから、国民の声を反映しなければいけないわけですよね。正式には、どういう経路で国民の声を反映するシステムになっているんですか?


山浦 コーデックス委員会のルールがありまして、各国で国内コーデックス委員会を開いて、そこでそれぞれの政府の意見をまとめてくるべきだ、という考え方があります。多くの先進国におきましては、国内コーデックス委員会という、一種のコミュニケーションの場が設けられている。例えば北欧諸国ですと、こういったテーマについてどう思うかと関係団体に聞き、そこからの意見をまとめてさらに議論をして、最終的に政府の見解をまとめる、となっています。
 日本においては、国内コーデックス委員会自体存在しない。形だけの意見交換会、懇談会がありますが、これはたんに政府の側から経過報告をする形式だけの場です。例えば、消費者団体がこういうふうにしてほしいと注文しても、それが政府の意見に反映される保障はまったくない。


真下 一般的に、市民の意見がどう反映されるのか、その経路はまったく不明ですね。向こうの胸先三寸で取捨選択が勝手にできてしまう。それは非常にまずい。コーデックス委員会は、市民の意見が多少入っていますが、意見を切り捨てるのなら何故切り捨てるのかをきちんと言わないといけないだろうし、できるだけそれを取り入れる努力をすべきなんですけどね。そこのところが聞きっぱなし、あとは向こうの好き勝手というのはおかしいと思います。

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●議論にはめられた「枠」
倉形 市民がどう関わるのかについては、あとで集中的にご意見をお伺いしたいと思いますが、まずは合意形成の仕方について。
 GMをめぐる諸事件が世界で起きていて、プシュタイさんの発表だとか、オオカバマダラ蝶が死んでしまったとか、そういうことが会議でさぞかし話されているんだろうなと思っていたのですが、その種の話はなく、条文を一字一句推敲している。私の素朴な実感としては、そこに最大の違和感がありました。コーデックスは一応科学的ということがその基盤とされています。しかし論議の中身が科学的であるかどうか、私には疑問です。


山浦 議論の素材がFAO/WHO合同専門家会議で作ったペーパーで、それを条文化してガイドラインにする作業が、主要な中身になっています。今、倉形さんがおっしゃったような、世界で実際に科学者が問題提起している事柄が、少数意見であるとなかなか盛り込まれない。


真下 言ってみれば、専門家会議のペーパーが日本の官僚が作る法案みたいな物で、コーデックス会議は審議会、という感じですよね。本当のところを決めているのは、FAO/WHO合同専門家会議で、その中にはNGO側の学者は参加を拒否されている。そこが原案、全体の枠組みを作って、その枠の中でコーデックス会議は議論している。枠からはみ出るような議論はそもそも議論の対象になっていない。そこがコーデックス会議の一番大きな問題ですよね。
 オブザーバ参加しているNGOのひとつ「49thパラレル」(49th Parallel Biotechnology Consortium)など非常によく勉強していて、あそこが出す意見は採り入れられていましたが、コミットしているNGOは、全体の枠をはみ出すような議論はしないところが多い。そもそも、コーデックス委員会が依って立つ原理を問い直すことはやってこなかったのではないか。会議に参加しているかぎり、そういう枠からはずれるようなことをブチあげても、当然それは採り入れられないことがわかりきっているから、誰もそれをやらない。


山浦 第1回の会議のときには、予防原則(precautionary principle)とか、トレーサビリティとか、いろいろ多様なキーワードがありましたが、会議を経るにしたがって、だんだんとGM推進派の要望が重要視されるようになって、今回のペーパーを見ますと、そういう流れが明らかになっています。


真下 何なんだろう、それは。議長の采配なのかな。


天笠 予防原則について言えば、コーデックスのなかで原則的に否定されたと言われています。会議の文書を読んでいて一番印象的なのは、「科学的」という表現がよく使われていることです。遺伝子組み換えの問題は、不明というか予期せぬことが起きていることが科学的に問題なわけです。そうした意味なのに、科学的という言葉を他の論理を排除するために使っている。遺伝子組み換えのような予期せぬ問題を、議論しないような態勢ができてしまっているのがやはり問題だな、という気がします。


倉形 吉倉 廣 議長は高い評価を受けているようですが、今回の運営では、ちょっと投げやりだったような気がします。「これはみなさんが決めることです」みたいな表現で放り投げる。そもそも科学的、論理的に決めるのだったら、「みなさんが決めること」ではいけない。争点はここです、ではこれを明らかにしよう、という積極運営こそが科学的、論理的議事運営だと思いますが、とてもそういうものではなかった。その点、吉倉さんも科学者でありますから、ここで決まるわけではないからというのが、あの議事運営に表れていたと穿った見方を個人的にはしていました。


天笠 先ほど、お膳立てがあったみたいだと近藤さんが言われましたが、お膳立てがあるというのは、論理的科学的ではなくて政治的ですよね。ですから初めに前提があって、それに、ややみなさんの意見を聞いたような形で修正を加えていくというのが、全体的な流れという感じですね。


倉形 とにかくゴールに行かなくてはならないという話が先ほど出ましたが、やはりそんな感じでしたよね。


清水 昨年の会合なんか「これをステップ5に進めるんですか、進めないと今やっていることが全部ムダになります」って、おどすんですよ、議長が。


真下 それは裏表、二面性があると思うんです。推進したい側は、今後晴れてきちんとしたルールの下で遺伝子組み換え食品を取引したい、という強い願望がある。もう一つ、規制する側から見ると、これまできちんとしたルールがなくて各国バラバラにやってきたけれど、規制の網をかけなくてはいけない。だから、合意できるところで現実的な規制を、という考え方は当然あるわけですよね。
 どちらも既存のGM食品が流通できなくなるような規則は作らない、という暗黙の前提がある。それから遺伝子組み換え、バイオビジネスが成り立たなくなるような、これから成長できなくなるような規則を作ることもなしにしようね、という暗黙の前提がある。


倉形 市民運動の側でも、とにかく成果がある、何か文書が決まることを評価するきらいがある。
 ともかく何か決めなくてはいけないという傾向が強くて、大枠として進むものは何かということに対する評価が希薄になっている、そんなことを思いました。そもそも食品規格とは何か、国際的に一つのスタンダードを決めるのはどういうことを意味しているのか。まさにコーデックスの存立基盤の話ですが‥‥。


真下 結局、コマーシャリズムのうえに乗っかった議論で食品の安全性を考えるのか、それとも人間、環境への影響・被害をくい止めるために何をしなければいけないのかというレベルで考えるのか、その違いだと思います。要するにコーデックスの議論は、いわゆる近代経済学でいう均衡理論ですよね。安全性の追究と遺伝子組み換え食品の流通によって得られる便益。その釣り合いを計ってこれをやりましょう、そういう発想ですよ。実際にそれで被害が出るかもしれないけれど、それは最適レベルの被害だということになる。


天笠 食品規格を決める必要があるのかないのか、という議論がありますよね。食品規格を世界で、グローバルに決めようという発想自体が必要なのかどうかが最初に問われなくてはいけない。例えば有機農産物の食品規格などにしても、各国によって状況が全然違うわけですから、それを一律に国際規格として決める意味があるのか。遺伝子組み換え食品規格の場合、国際統一規格を作って一番喜ぶのはどこかって話ですよね。一番利益を上げるのは、モンサント社に決まっている。

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●安全性審査のまやかし
倉形 いわゆる実質的同等性は、従来食品は安全だから、その上に差異が生じたところだけ審査する構図ですが、その差異ということも問題ですが、従来食品がすでに安全である/安全でないと明確に線を引く認識のしかたが、まず疑問です。食生活の中身は各国で、あるいは一つの国の中でも各地方でまるっきり違う。日本人は大豆をたくさん食べるので、大豆の女性ホルモン作用を考えると外国人から不思議がられるほどですが、そんな違いがあるのを、一律にこれは安全性が確立されている分野/されていない分野とする、その線引きそのものが非科学的な感じを受けるんですけどね。


山浦 しかも、コーデックスではヨーロッパの食生活が議論の所在になっていて、日本の食生活における大豆やお米についての関心はあまりないのではないか。ヨーロッパ規格が世界基準となってしまう、そういう感じも受けますね。実際に参加した政府、NGOもヨーロッパ・アメリカが中心で、アジアの発言力は非常に少ない。そういう意味で、グローバリズムの中身はヨーロッパ・アメリカ、特に多国籍企業に代表されるような声がこの場にも反映されている。


真下 アレルギー性では小麦についてばかり議論されて、その他の食品についての言及は一行くらい。


山浦 日本政府はそばとか大豆とか、いろいろな日本食のことを積極的に提案すべきなんですが、一言もありませんでしたね。


真下 非常に限定されたリスク分析ですね。リスク分析というのは、言葉の概念そのものはリスク全体を解析してその対策をとることです。今回合意された文章の中で述べられているリスク分析の中身は、どんどんせばめられて、結局は、今できることをリスク分析にしようというやり方です。
 先ほどの実質的同等性の議論にしても、もともと合同専門家会議の報告書からきているのですが、そのなかで言っているのは、例えば、食品添加物や残留農薬の動物実験は、食品全体の場合には不可能である。なぜかというと、食品全体を実際に摂る量の数十倍、数百倍を実験マウスに与えて実験することはできない。だから従来やってきたような安全性の試験はできない。だから実質的同等性という概念でやるしか仕方ない、という言い方をしている。だけど、それで安全が守られるかといったら、全然そうではない。わからないことがたくさんあって、実質的同等性でカバーできない部分がたくさんある。そのことについては何の言及もなく、実際には実質的同等性を基盤にした安全対策しか取られていない。
 最後にフォローとして、リスク管理のところで、もし何かあった場合にはトレーサビリティで元をたどって原因を究明しようという。実際に何か起きたら元をたどることぐらいはやっておきましょう、と。
 ここで扱われたリスク分析以外の部分で何か必要だという人がいたら、その必要を科学的に証明しなければ取り入れられません。つまり、実際にわからないことがいっぱいある遺伝子組換え食品を市場に出して、まったく何も知らない人が食べて、それでいい、というのがコーデックスの基本的な立場です。


山浦 コーデックス委員会のペーパーでは、組換えDNA植物由来の食品の安全性評価のためのガイドラインの第3章に「実質的同等性の考え方は出発点で最終目的ではない」と書かれているものの、今真下さんが言われたように、その中にいろいろな制約をどんどん入れて、実際には実質的同等でいくとある。例えば、「9 品種改良」では、動物実験は行なわれてこなかったではないか、「11」では動物実験は技術的にふさわしくない、といった言い方で、だんだんせばめていって、安全性評価のやり方を限定していく。ですから、実質的同等性が出発点だというものの、それしかないという論理構成が各所、出てくる。


真下 出発点と言っても、結局はエンドポイント。


山浦 そういう論理矛盾がありまして、見た目には何か科学的に精緻化されているようですが、実質的にはまったく科学的ではない。


倉形 日本政府に対して、安全性に関するコーデックス内の論議の決めつけについて、具体的な反論をこちらはすべきだと思うんです。例えばプシュタイさんの研究で言えば、動物実験はできるということですよね。


天笠 プシュタイさんが何度も主張していたのは、遺伝子組み換え食品そのものを食べさせる動物実験の方法がある、やろうとしないだけだ、というものです。実際にプシュタイさんがジャガイモで行なった方法は、かなり科学的だと思います。あの方法が他の人たちは何故できないのか、そこが問題だという気がします。


真下 コーデックスのガイドラインをみなさんで読んでいて、常にその話が出てきましたよね。何故、エンドポイントとして動物に食べさせる実験をやらないのかというのが。遺伝子組み換えのせいかどうかはわからないかもしれない、他の原因かもしれないけど、何か異常が出た場合には、そこで最終的なチェックはできる。何故やらないのか。


倉形 そこが疑問ですね。


真下 ガイドラインでは、そもそもそれはやる必要はない。場合によってはそういうこともできる、やってもいい、という言い方しかしていない。だけど、素人が考えてもわかるように、最終的に人間が食べるものを動物にまず食わせておいて、異常が起きるかどうか実験してみたっていいのではないか。彼らは、それは遺伝子組み換えが要因ではないかもしれないから、やってはいけない、やる必要はないだろう、と言う。


倉形 そういう論陣をはっている文書を用意した日本政府、あるいは米国政府が、現実にスターリンク事件が起きたときに何をやったかといえば、「鶏に食べさせました、牛に食べさせました、異常ありません」。


天笠 鶏に遺伝子組み換えトウモロコシを食べさせて、スターリンクのDNAやタンパク質が鶏肉の中に移行するかどうかという実験ですから、スターリンクコーンが、動物にどういう影響を与えたかという実験ではない。そこが科学的とはとても言えない。
 もうひとつ、モンサントの大豆について言えば、タンパク質を使った実験と言いながら、そのタンパク質自体が大豆に作らせたタンパク質ではなくて、バクテリアに作らせたタンパク質を使っている。これはどう見ても科学的ではない。それから研究の精度があがってくると、問題点が次から次へと浮かび上がってくる。DNAの断片が見つかったとか、DNAの読み終わりの部分に欠陥があって読みつづけてしまう可能性があるとかがわかってきても、結果として問題がないからラウンドアップレディ大豆をそのまま認めて、取り消すことはしない。ひどく非科学的ですよね。
 科学的、論理的と言いながら、日本政府も、国際的社会を見ても、取り消そうという動きはない。こんなコーデックスであれば、論理的とか科学的とか、言わないほうがいいのではないか。


倉形 バイテク特別部会の議論でも、非意図的効果、しかも予期せぬ非意図的効果を論議しているようでありながら、現実に起きている問題、モンサントの非意図的な、次々と暴露されることについての議論は一言もない。


真下 カテゴリーとして最初に、意図的効果、非意図的効果、それから予測不可能な効果の三つが出てきますが、予期されない効果についての評価はまったく書いていない。


天笠 コーデックスの文書を読んで感じたのは、日本政府と同じように、審議会など最初にお膳立てがあって、字句をなおして最終結論に持っていく、お膳立てが最初のポイントになっている。そこから私たちが議論をすると、相手の土俵で議論することになる。この座談会のメンバーで文書を読んでいたときにも、字句が気になって、どういう意味だろうという議論をしましたが、それよりも重要なのは、遺伝子組み換え食品の安全性を評価して規制するのはどういうことなのか、その出発点から始めないとダメだという印象を持ちました。
 最初に遺伝子組み換え実験が成功したときに、これは問題だよ、と言った科学者たちはたくさんいたわけです。いつの間にか流れが変わってきました。それがいつなのか調べてみましたが、1977年のファルマスの会議で流れが変わった。遺伝子組み換え技術には予測できないような変な事は起きません、という科学者の声がその頃ワッと出てくる。ところが実験はほとんど始まっていない。76年に最初の実験指針が出て、ようやく実験ができる段階になったその翌年に、もうそういう声が出始めた。その声が科学者のなかでコンセンサスを得ていくわけです。
 これがOECDの議論のなかに入ってくる。OECDで遺伝子組み換え作物をどう評価したらいいのかという議論が80年代初めに始まります。そのなかで、遺伝子組み換え技術による品種の改良は従来の品種の改良の延長線上にある、という結論がでました。その結論が後に、OECDの、遺伝子組み換え食品は従来の品種の改良の延長線上だから従来の食品と実質的に同じという判断でいい、という考え方になる。
 ですから、私たち一般市民の、遺伝子組み換え技術は予期せぬ問題が起きるのでは? という疑問に対して、実験をやりたいために、たえまなく科学者の側から「そうじゃない、そうじゃない」という流れがつくられてきた。その延長線上に国際会議がある。考えてみると、一般消費者が食べてどうなのか、作付けしてどうなのか、実際に環境にどういう影響があるのか、という議論ではない。そういう現実を全然ふまえていない。初めに結論ありきなんです。遺伝子組み換え技術ではたいした問題は起きない、というところからスタートしている。今回の文書を見ても、そういう意味合いがかなり色濃く出ている。一般消費者が懸念することは、最初から眼中にない。お膳立てが作られていて、字句の調整だけでやっていて、我われの日常生活の感覚からずれたところでこの文書はできあがっているな、という感じがしました。

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●途上国の視点
倉形 時間も限られていますので、コーデックスのあり方を考えてみたいのですが。先ほど、参加国の問題、欧米基準になっているという話がありました。トレーサビリティについて、アジアから反対がありましたね。


近藤 不勉強ですが、私には意外でした。インドネシアやタイの「トレーサビリティ」を削除すべきという発言に、おや?なぜ?と思ったんです。が、技術的・経済的な面から途上国では実行が難しいという意見を聞き、すべての国の食の安全を確保するために手段が一様でいいのだろうか、と考えてしまいました。
 以前、表示の学習会に参加したとき、講師の農水省の方が、消費者が表示を望むのはかまわないが、コストがかかりますよと。そのとき、高いものでも食べましょうとは言えないと、複雑な気持ちになりました。
 それに、世界基準を作るということは、制限するのではなくて、ここまではいいよ、とお墨付きを与えることになりますよね。


倉形 国際基準があったほうが良いという意見と、一方で何故基準を作らなくてはいけないのか、と言う意見があります。


山浦 コーデックスの目標には二つあると思います。一つは公正な食品貿易を世界的に発展させる、自由貿易推進の論理です。その点でも基準の明確化、統一化の必要がある。もう一つ、安全な食品の確保という意味での基準の設定。この両方の目的のなかで世界標準を作るとき、例えばトレーサビリティのシステムを作ろうというときに、資本力がある先進国や大企業が有利なシステムになりがちですね。先ほどのアジアの発言も、大きな力をもっている国に対して自分たちは対応できないので、そういう基準が国際規格になってしまうと自分たちの生産が成り立たなくなってしまう。そういう点からの反対ではないかと思います。ハセップ(HACCP)にしても、雪印のような大企業が推進していて、資本力がないところは太刀打ちできない。
 ですから、トレーサビリティも一種、資本の論理の側からの選別に使われてしまいかねない怖さがあると思います。日本の消費者も、トレーサビリティを語るときには、常に、経済的格差の問題が背後にあることを考えなければいけない。日本の消費者の場合は特に、自給率40%で大半が輸入食品ですから、海外からの食品をどう考えるのかという問題が常にある。理想は自給率を上げて、国産で毎日の食生活を送れるようにすること。そのなかでトレーサビリティを考えていく。


真下 「コストがかかりますよ」というのは脅しであって、やりたくないから言ってるだけです。単にやる気の問題で、たとえば温暖化対策のように、やらざるを得なくなった場合は、相当なコストがかかろうとやっている。途上国が「カネがないから」と渋れば、「クリーン開発メカニズム」のような援助まで用意してやって進めているわけです。温暖化では何も言わないで政府自身が進めていながら、トレーサビリティのように、やりたくないものは「コスト」で脅して、途上国にも不利な立場に立たせて反対させる。トレーサビリティについても援助をすべきであって、それはやる気さえあれば十分できる。
近藤 そこまでふくめて考えないと、資本力のあるところが、基準やそれを守った食品を押し付けることによって、途上国は生産自体ができなくなってしまう。


天笠 もともとWTOは自由貿易を前提としていて、そこが前提となってコーデックスがあるから、こういう問題が出てくる。公正な貿易とはあくまで保護貿易が前提でなくてはいけない。ところが自由貿易が前提になっているものですから、トレーサビリティについても、第三世界から見ると非常に差別的な問題が出てくる。コーデックスのあり方の前提に対して、第三世界の不満は大きいと思います。


倉形 何故GM食品をトレースしなければいけないかと言えば、GM食品が発生したからです。本来は開発企業が費用を負担すべきだと思います。でも、コーデックスのなかではそんな論議は許されない。真下さんは、必要なものならコストがかかるものにはかけなくてはいけない、例えば遠距離の移動には価格に反映されていないコストも反映させるべきだ、とおっしゃっていましたよね。
 次に、NGO、市民団体のコーデックスへの関わり方、あるいはコーデックス規格をどうとらえるのか、というところでは、大きな捉え方と、実際にどうかかわるのかといった現実的な問題があると思いますが。

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●国内「食品安全委員会」は消費者排除
山浦 これからの日本の食品安全性の確立のために、どうコーデックスを考えたらいいか。今回まがりなりにも、リスク分析の原則をステップ8に進めて、来年にはガイドラインとして成立します。ということは、リスク分析ができる組織がなければいけない。
 この度、日本政府は食品安全委員会をたちあげることを決定して、来年の通常国会以降、具体化する予定です(P-21以下参照)。この委員会は、リスク評価をする独立した機関であると位置付けられています。これが日本国内において、これまでできなかった部分をやる場になり得ると思います。今回バイオ特別部会でまとまったガイドラインのなかで、消費者にとって非常に有効だと思われる箇所を、ぜひ日本国内において実現していくべきではないかと思います。
 しかし問題なのは、食糧庁が解体されるため、食品安全委員会が食糧庁職員の再就職先として考えられていることです。従来型の審議会と同じで、政府から独立したものではない、という点も含めて日消連として抗議声明を出しました。


天笠 今度の食品安全委員会の構想を見ていると、消費者排除ですよね。


山浦 そうです。


天笠 かなり期待は薄いなというのが、率直な印象としてあるんですよ。やはりオルタナティブな運動、行政側の食品安全委員会ではない、市民の側の食品安全委員会を作っていかなくてはいけない。そして、たえまなく提言とか勧告を出しながら、政府の食品安全委員会を牽制していく。そうやっていかないと、ダメだなという感じがしてきました。


真下 コーデックス基準のなかに、リスク分析の体制は応答可能な形でなければならない、つまり双方向的なものでなくてはいけない、とあるんです。リスク分析に関連するあらゆるデータは、政府・科学者だけではなく、消費者も含めたあらゆる利害関係者の間で、双方向的に交換されなくてはならない、と書いてあります。不十分ではあっても、現在の日本国内の安全体制のレベルよりはずっと高いことが書いてある。ですから、コーデックス基準を足がかりにして、「こう書いてあるのに、日本はやっていないじゃないか」と言う余地はある。そのチェックをきちんとやる必要があります。


山浦 食品安全委員会の方向性に関して6月13日に出した日消連の抗議声明では、問題点をいくつかあげています。まず政府は、食品安全委員会を、国会行政組織法第八条の審議会と同じ位置付けにしていまして、しかも大臣に国家公安委員長を兼務させるとしています。


全員 公安委員長?!


山浦 ということは、独立性を保障しなければいけない機関が、内閣の一機関に成り下がって、独立性とは無縁のものとなっている。
 それから委員の数について。「科学者数名」と、原子力安全委員会のようなイメージで発表しています。これにいたる自民党の委員会では、5名から10名という幅のある言い方をしていましたし、消団連(全国消費者団体連絡会)などでは10名前後、日消連は13名と、消費者の声が反映されるようにと提案をしました。委員長をはじめ委員の力が発揮されるような委員会でなくてはいけないのですが、委員会の上に大臣がおりますので、内閣の審議会のようなものとなっていて、これは問題です。
 事務局スタッフは、実際にリスク評価の作業に協力をしていく人たちですから、意欲に燃えた人が集まってほしい。ところが、今回の案を見ていると、解体される食糧庁の再就職先として事務局が考えられている。そういう失業対策として考えられているありさまですから、まったく実質的でないものを作る可能性があります。日消連としては、省内からの応募制、あるいは民間からの公募制をとって、民間からの意欲のある消費者を採用してはどうかと申しました。
 それから、独立を担保するために国家行政組織法の三条委員会を主張しています。これですと、この食品安全委員会の委員長が、事務局長および事務局員の人事権を握れるんです。そうしないと、国家行政組織法第八条の場合は、全部政府にお伺いを立てて決めることになるので、独立性がぜんぜん違ってきます。委員長が事務局スタッフを選ぶことが必要ですし、委員長自体にも消費者の声を反映させたい。さらに事務局長も、民間の食品の安全性に関心のある人がポストに就いて、実質的にリスク評価をするリーダーシップをとってもらいたい。民間だけではなく省内にも適任者がいるかもしれませんが、実際の食品の安全性の仕事に意欲のある人がこういうところにいなければいけない。しかし、実際には今申しましたように、全部、省庁の縄張り争いのなれの果てになりかねません。
 研究機関については、専門評価チームを委員会の下におくことが定められようとしています。これは専門家、あるいは有識者ということになると思いますが、リスク評価の際のハザード(危害要因)をどう評価するかが主題になります。消費者が不安に感じていることが、ここで議論されなければならない。世界的に見れば非常にマイナーかもしれないが、消費者のことを考えて動物実験を行ない、データを提供している人が、実質的には無視されている状況にあります。そういう声をここに反映させる、そういう評価チームでなければいけない。評価チームだけではなく、民間の研究機関、外国の研究者とのコミュニケーションをはかりながら、今ある最新のデータに基づいたハザードを基にリスクを考えていく。やはりコミュニケーションが必要だなと感じていますが、なかなかそうならないようで、不安です。


天笠 僕から見ると、あれが本質だなと思いますけどね。最初から期待薄だな。今の委員会を変えていくのか、それともオルタナティブなものを作っていくのか、どちらかといったときに、オルタナティブなものを作ったほうがいいのではないかと思う。


倉形 先ほど天笠さんが言っていた市民団体の役割・関わり方という意味では、やはり現実から出発しないとならない。このブックレットは、コーデックスの条文をいかに市民が共有するかという問題意識で始めているのですが、市民団体が現実におきた食品の事例から関心を高めていくなかで、必ず突き当たるのがコーデックスやWTOです。今マスコミは一生懸命隠していると思うのですが、現実のなかで体験していくことでコーデックスに関心が向いて、機運が盛り上がる気がします。食品安全委員会の市民版など、中央集権的なものが一つできるというではなくて、各地で行なわれているものが、連絡を取り合うなどして輪を広げた形でやっていく。そんなことがコーデックスの関わりにも効果的になっていくだろうと思います。

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●コーデックス規格は上限基準か
真下 ごく一部のリスク分析しかしていないコーデックス基準の、カバーしていないものを明らかにしていくのが我われの運動の役割だと思います。コーデックスがカバーできないことがこんなにあるじゃないか、と実例をどんどん出していく。これはかなりインパクトを持つと思います。そういう実例が出てくれば、基準そのものがおかしいのではないかという話になりますから、カバーするために基準の改正作業も必要になってくるだろうと思います。
 だからといって、コーデックス会議をすべてボイコットしていいのかというと、ちょっともったいない気がする。前提は向こうの土俵だけれども、その中でできることはないわけではない。それを足がかりにして運動にフィードバックできる条文がありますから、使わない手はない。運動をしていくうえで、二本立てじゃないといけないと思う。ブレザーにネクタイしめて会議に出ていくのと、どろんこで相手ととっくみあいして鼻血出して喧嘩する、両方あっていいと思うんです。運動を相乗的に作っていくことができると思う。
 向こうの土俵の枠内でできることは、コーデックス基準をミニマムな基準にする。つまり、国際貿易をするうえで最低限のものとし、各国がその各国の事情において条例をさらに付け加えていく。日本でいえば、国内法があって各地の条例があってという、そういうことがゆるされるような条文を明示的に入れるべきだと思いますね。WTOから反論がきたときに、これはミニマムな基準であって、さらにその上に各国の国内法を作ってもかまわないということを保障する条文を付け加えるのを目標に――これは難しいですが――、あるいは実質的にマキシマムな基準であることを破壊していくような条文を付け加えさせる。
 例えばトレーサビリティはそうなりかけているような感じもある。とりあえず、トレーシングという緩和された形のものが主流になりつつあるけれど、それが確実にすべての国に適用されるわけではない。各国の実状に応じたトレーサビリティの仕組みを作ることはできるとペーパーに書いてある。そう書いてある限りは、WTOに提訴されても根拠があるわけです。そういう文言をそこかしこに突っ込んで、内部から骨抜きにしていく。今は曖昧な「トレーシング」しか出てきていないけれど、マキシマムな基準であるように捉えかねないようなところは骨抜きにできるのではないか。
 それからもう一つ、コーデックスの前提としている部分以外の部分については、今は反証をこちらが証明しなくてはならない。本来の予防原則からいうと、はずれるわけです。だから予防原則を確立させる。市場化したいと思っている人が安全であることを科学的に証明できないかぎり、市場化してはいけない。そういう原則をうち立てる。


倉形 コーデックス基準は最低基準であるという判例はあります。ウシ成長ホルモンをめぐる欧州とアメリカの紛争で、アメリカはWTOの紛争処理パネルに提訴しました。パネルが下した判断は、コーデックス基準は最低基準であり、各国がそれに付け足すことは可能である。けれども、それは科学的でないといけない、と言っています。ウシ成長ホルモンについて言えば、欧州の主張には科学的根拠がないと、そこではコーデックスの「危険性の証明」の立場で判断している。一勝一敗だ、と鹿児島大の岡本教授がホームページで発表しています。
 ところが、日本国内では、WTOといえば泣く子も黙る、あそこに「提訴する」と言われただけで従わなければいけないと思ってしまう。自由貿易ですよ、と言ってすべてを切り崩すようなところが国内の雰囲気にはあって、だから官僚も、国内論議がいかにあろうとも、WTO、コーデックスで決まったからこれはもう変えようがないと言ってくるだろうと思うんですね。市民側からは、そうではない、としっかり言っていかなくてはいけない。コーデックスとかWTOのインチキ構造については、多くの議員を含めてあまり知られていないので、意識的に広めていかないといけないなと思います。


真下 議員が一番やらなくてはいけないのは、日本政府の代表団に自分たちの意見を反映させることですよね。今、そのつながりがまったく切れていますから。議員の意見がまったく反映されないまま、日本政府の意見が出されている。


倉形 WTO体制を前提とした上での理想論ですけれども、私はコーデックス規格については、「ダブルスタンダード」でいいのではないかと思っています。
 市民の側の評価として、何か国際的な規制があったほうがいいという捉え方と、一方で無制限に危険なものが合意され、その下で全体が進むことは困るという否定的な捉え方が出ています。
 重金属や危険物質などの最低限の国際的基準は必要なので、それは作る。ただし各国のそれ以上厳しい基準を妨げるものではない。WTOの貿易基準としての実質上の上限基準は、批准案件として加盟各国の議会の承認を不可欠とする。そういう意味で、ダブルスタンダードの必要があるのではないかと思います。

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●多方面からの運動展開を
天笠 基準は、各国主義が一番いい。例えば、特許制度は各国主義ですから各国で決めていいのに、事実上そうなっていない。どうしてかというと、アメリカで特許をとれないとどうしようもない。結局アメリカの基準が世界の基準になっているのが、特許の常識です。それとまったく似たような状態です。
 食品の場合はコーデックスが国際規格を決めるわけですから、特許とはまた違うわけです。特許の場合は建て前としては各国主義、食品の場合は建て前も各国主義ではなくなっている。事実上、今でも各国主義ではないけれど、さらにコーデックスがお墨付きを与える形になっている。そこが問題だと思う。
 どうやって各国主義にしていくのか。それは、コーデックス規格をなるべく弱めるような、各国の市民なり、消費者の運動しかない、と考えます。政府は、上にWTOをみていますから、国際的ハーモナイゼーションで、コーデックス規格でいこうということになります。ですから、私たちがコーデックスの力を弱めていくのには、先ほど真下さんが言われた二通りの方法があると思います。コーデックスの内部で問題を突っ込んでいくことと、同時にオルタナティブなものを提起していく。その両面作戦がこれから求められていくと思います。
清水 6月10日から13日まで、ローマで食糧サミットが開催され、食糧主権の問題をNGOが主張しています。コーデックスの問題と同時にそこら辺の運動もきちんとやっていく、食べ物を得る権利は人権なんだという視点が必要だと思います。


倉形 コーデックスは貿易基準ではなくて、あくまで安全基準。


清水 そうなんですよ。WTOの枠内で議論していることに対する違和感は、すごくあります。


倉形 当面、コーデックスに対しては、その効力をいかに弱めるか、ですね。


天笠 そうですね。内部に入って弱めることも重要だし、外から弱めることも重要だし。


近藤 コーデックス会議のまわりでデモをやっていてすごく虚しいのは、コーデックス自体が変わるわけではない。同じデモをやるのでも、半分は日本政府に向けてやりたい。コーデックス基準のレベルの高い部分を、きちっと日本で実現できるようにするべきだ、と思います。
 あと、消費者の漠然とした不安、こういった運動に関わっていない大多数の消費者は不安が漠然としているので、それをわかりやすい言葉にして発信する、より専門的な市民が必要だなって思うんです。


真下 普通の人が持っている漠然とした不安というのは、コーデックスでカバーされていない部分ですね。それにはちゃんとした根拠があるわけで、それを表現、翻訳して議論の俎上に乗るような形にしないと‥‥。
 それは一般市民にできることではなくて、仲介する人、本来なら学者がやらないといけない。学者は、中立的な立場、というよりむしろ市民の立場で行動するのが本来の役割のはずです。


近藤 消費者の漠然とした言葉にならないものを、ちゃんと討議に乗る言葉にしてもらいたい。一般市民には「実質的同等性」と言われても、何のことなのかまったくわからない。
 生協のリーダーの組合員は学習してわかっているつもりになっていても、もっとわからない組合員に話した途端に、自分がいかに話せないかと言うことがわかるんですね。それだとなかなか広がっていかない。


真下 これは一般的な大きな問題ですけど、民主主義の基本はコミュニケーション、相手がわかる、納得することです。それがなかなか難しいですね、今は。あまりにも個別の事象が複雑で、それを理解するのに時間がかかって。問題は遺伝子組み換えだけではないのだから。さまざまな問題を把握して、理解して、行動し、判断するのは、非常に難しい。そこのところを仲介することが直接民主主義を補強することになるけれども、それを今できるのは、NGOくらいしかないでしょう。


山浦 コーデックス委員会の他の部会、動物飼料特別部会、食品表示部会などでも、遺伝子組み換え作物・食品の問題が係わってきます。日本政府は市民には分からないだろうとたかをくくり対応をしていませんが、私たちはそうした国際的動向にも気を配り、日本政府をつき上げていく運動を続けることも必要だと思います。国際会議で政府代表が消費者無視の態度を続けるなら、消費者・市民が直接、声を上げていきましょう。


倉形 本日はどうもありがとうございました。

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資料

10.資料 コーデックスバイテク特別部会採択文書 Appendix II


近代的バイオ技術由来食品の危険性評価に関する一般原則案
(策定手続きステップ8現在)

第1節 - 序文
1.多くの食品について、社会によって一般的に受け入れられている食品安全性のレベルは、人間によるその安全な消費の歴史を反映している。多くの場合、食品に関連する危険性を管理するために必要とされる知識は、その利用の長い歴史の過程で得られてきた。一般に食品は、開発や一次生産、加工、貯蔵、取扱い、調理の間に注意が払われれば、安全と考えられる。
2.食品に関連する危害は、コーデックス食品規格委員会の危険性分析手続きに掛けられ、潜在的な危険性を評価するとともに、必要な場合には、それを管理するためのアプローチを作成する。危険性分析の実施は、コーデックス食品規格委員会(CAC)の一般的決定[1] 並びに危険性分析に関するコーデックス作業原則[2]のガイドラインに沿って行う。
3.危険性分析は、長い間、化学物質の危害(たとえば残留農薬、汚染物質、食品添加物、加工助剤など)を扱うために用いられており、微生物の危害や栄養因子を扱うためにますます多用されつつあるが、その原則は、食品全体を対象として固有に規定されたものではない。
4.危険性分析のアプローチは、一般的に見て、近代的バイオ技術由来食品などの食品に適用することができる。しかし、食品中に存在する場合もある個別の危害ではなく、食品全体に適用する場合には、このアプローチを修正しなければならないことが認識されている。
5.本文書で提示されている原則は、本原則がその補足となっている「危険性分析に関するコーデックス作業原則」と併読されるべきである。
6.適切な場合には、他の規制当局が行った危険性評価の結果を用いることで、危険性分析を補助したり、作業の重複を回避することができる。

第2節 - 検討範囲と定義
7.本原則の目的は、近代的バイオ技術由来食品の安全性および栄養の側面に関する危険性分析を行うための枠組みを提供することである。本文書は、このような食品の研究、開発、生産および上市(市場に出された)の、環境や倫理、道徳、社会経済上の側面は扱わない[3]。
8.本原則では、以下の定義が適用される。
"近代的バイオ技術"とは、以下のものの応用を意味する:
(i) 組換えデオキシリボ核酸(DNA)、および核酸の細胞または細胞小器官の直接注入を含む生体外核酸技術、あるいは
(ii) 自然の生理的な生殖または組換えの障壁を克服し、かつ伝統的な育種および選択 において用いられている技術ではない、分類学上の科を超える細胞融合。[4]
"在来同等物"とは、食品としての通常の使用に基づいて安全性を確立した経験がある関連生物/変種、その構成物および/または生産物を意味する。[5]

第3節 - 原則
9.近代的バイオ技術由来食品に対する危険性分析のアプローチは、「危険性分析のためのコーデックス作業原則」と一貫性をもつべきである。

危険性評価
10.危険性評価には安全性評価が含まれるが、安全性評価とは、危害や栄養その他の安全性上の懸念があるかどうかを確認し、ある場合には、その性質と重篤さに関する情報を集めるよう設計されたものである。安全性評価には、近代的バイオ技術由来食品とその在来同等物との間での、類似性および差異の判定に焦点を当てた比較を含むべきである。仮に新たな、または変化した危害、栄養またはその他の安全上の問題が安全性評価によって特定される場合には、それに付随する危害の特性付けを行ない、ヒトの健康との関連を確定すべきである。
11.安全性評価は、食品全体またはその成分について、次のことを行うことによって適切な在来同等物に比して評価を行うことを特徴としている。
a) 意図的効果と非意図的効果の両方を考慮に入れること;
b) 新たなまたは変化した危害を特定すること;
c) 主要栄養素におけるヒトの健康に関与的な変化を特定すること。
12.上市前の安全性評価は、構造化され、統合化されたアプローチに従って行い、ケースバイケースで実施されるべきである。適切な方法を用いて得られ、適切な統計技術を用いて分析された、確実な根拠のある科学にもとづいたデータと情報は、科学的な査読に耐える質と、適切なものとしての量をもつものであるべきである。
13.危険性評価は、近代的バイオ技術由来食品の関与的側面すべてに適用されるべきである。このような食品に対する危険性評価のアプローチは、付属の「ガイドライン」[6]の中に述べられている要素を考慮に入れた学際的なデータおよび情報の、科学に基づいた検討に基づいている。
14.危険性評価のための科学的データは、一般的に生産物の開発者や科学文献、一般的な技術情報、独立の研究者、規制当局、国際機関、その他の利害関係者などの様々な情報源から得られる。データは、適切な科学に基づく危険性評価の方法を用いて評価されるべきである。
15.危険性評価は、その手続きが科学的に根拠があり、測定されたパラメータが比較可能である限り、様々な検査手続きから得られるすべての入手可能な科学データおよび情報を考慮に入れるべきである。

危険性管理
16.近代的バイオ技術由来食品に対する危険性管理手段は、危険性評価の結果に基づき、また適切な場合にはコーデックス食品規格委員会の一般的な決定[7]ならびに「危険性分析のためのコーデックス作業原則」に沿って、その他の正当な要因を考慮に入れ、危険性に見合ったものにすべきである。
17.様々な危険性管理手段が、ヒトの健康に与えられる安全上および栄養上の影響に関連する危険性の管理に関して、同じレベルの防護を達成し得る場合もあり、それゆえ同等であると認識されるべきである。
18.危険性管理者は、危険性評価において特定された不確実性を考慮し、このような不確実性を管理するための適切な措置を実施すべきである。
19.危険性管理手段には、食品表示[8]、上市認可条件および上市後モニタリングが適切なものとして含まれる場合もある。
20.特定の状況下では、上市後のモニタリングが適切な危険性管理手段になる場合もある。その必要性と有効性は、危険性評価の間にケースバイケースで検討されるべきであり、その実行可能性は、危険性管理の間に検討されるべきである。上市後モニタリングは、以下の目的で行うことができる:
a)消費者の健康への潜在的影響の発生の可能性がないこと、および影響、重篤さに関する結論の検証;
b)栄養状態を大幅に変化させることが考えられる食品の導入にともなう栄養素摂取レベルの変化をモニターし、そのヒトの健康への影響を判定すること。
21.危険性管理手段の履行と実施を容易にするために特別の手段が必要とされる場合もある。これには、適切な分析法;標準試料;およびヒトの健康に対する危険性が確認された場合に市場からの回収を容易にする目的のため、もしくは段落20に示された状況における上市後モニタリングを支援するための製品追跡[9]が含まれる場合もある。

危険性情報交換
22.実効性ある危険性情報交換は、危険性評価と危険性管理のすべての段階において不可欠である。それは、政府、産業界、学界、メディアおよび消費者を含むすべての利害関係者が参加する双方向的な過程である。
23.危険性情報交換は、透明性のある安全性評価および危険性管理意思決定過程を含むべきである。この過程は、すべての段階で全面的に文書化され、公衆の検証に対して開示されるべきであるが、商業上および産業上の情報の機密性を保護する正当な懸念は尊重されるべきである。特に、安全性評価その他の意思決定手続きの側面に関する報告書は、すべての利害関係者が入手できるようにすべきである。
24.実効性ある危険性情報交換は、応答可能な協議手続きを含むべきである。協議の手続きは、双方向的であるべきである。すべての利害関係者の見解を求めるべきであり、協議の間に提起された妥当性のある食品安全性および栄養上の問題は、危険性分析手続きの間に扱うべきである。

一貫性
25.近代的バイオ技術由来食品に関する安全上および栄養上の危険性を特性付け、管理する際には、一貫性のあるアプローチを採用すべきである。このような食品と類似の在来食品との間の、消費者に与える危険性のレベルにおける正当化されない差異は回避すべきである。
26.近代的バイオ技術由来食品に関する危険性を特性付け、管理する際には、透明でよく定義された規制の枠組みを提供すべきである。これは、データ要件、評価の枠組み、許容可能な危険性レベル、情報交換と協議のメカニズム、および時宜を得た意思決定手続きの一貫性を含むべきである。

能力形成と情報交換
27.既成機関、とくに発展途上国の既成機関が、近代的バイオ技術由来食品に付随する危険性を、実施を含め、評価、管理、伝達したり、分析技術へのアクセスを含む、他の機関が行う評価を解釈する能力を改善する努力を行うべきである。分析技術へのアプローチを含め、他の当局あるいは認められた専門家機関によって行われた評価を解釈するための、規制当局、特に途上国の規制当局の能力を改善するための努力を行なうべきである。さらに、二国間協定を通じた、または国際機関の支援による途上国の能力形成は、本原則の有効な適用に向けられるべきである[10]。
28.規制当局、国際組織および専門家機関、ならびに専門家機関は、コーデックスコンタクトポイントに限定されるわけではないが、これを含む適切なコンタクトポイントなど、適切な手段によって、分析法に関する情報を含め、情報の交換を促進させるべきである。

見直し手続き
29.危険性分析の方法論とその適用は、新しい科学的知識および危険性分析に関連する他の情報と一貫性をもつべきである。
30.バイオ技術の分野での開発速度が速いことに鑑み、近代的バイオ技術由来食品の安全性評価は、必要な場合には見直し、新たに得られる科学的情報を危険性分析に組み込むことを保証すべきである。危険性評価に関連する新しい科学的情報が入手可能になる場合には、安全性評価を見直し、その情報を組み入れるべきであり、そして必要な場合には、危険性管理手段はそれに応じて調整させるべきである。

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[1] この決定は「コーデックスの意思決定手続きにおける科学の役割に関する原則およびその他の因子をどの程度考慮に入れるかについての声明」と「食品安全性の危険性評価の役割に関する原則についての声明」(「コーデックス食品規格委員会の手続きマニュアル」第12版)を含む。
[2] CCGPにおいてステップ3において現在検討中(コーデックス一般原則部会の第15回会議報告 ALINORM 01/33, 付属文書 III))
[3] 本文書は、動物飼料および動物飼料を給餌された動物を扱っていないが、このような動物が遺伝子組換えである場合にはこの限りでない。
[4] この定義は、「生物的多様性保護条約」に付属する「カルタヘナ生物安全議定書」から採っている。
[5] 予見可能な将来の間、近代的バイオ技術由来食品が在来同等物として用いられることはないと認識されている。
[6] 「組換えDNA植物由来食品の食品安全性評価実施のためのガイドライン草案」および「組換えDNA微生物を用いて生産された食品に関する安全性評価実施のためのガイドライン草案」が参照されている。
[7] 脚注1を参照。
[8] 手続きステップ3現在の「遺伝子組換え/遺伝子操作の特定の技術によって得られた食品および食品原材料の表示に関する勧告草案」提案(「包装食品の表示に関する一般規格の修正草案」提案)が参照されている。
[9] 製品追跡の適用は、他にも存在することが認識されている。これらの適用はSPSとTBT協定の規定と一貫性をもつべきである。両方の協定が対象としている領域への製品追跡の適用は、執行委員会第49回会議の決定に基づいて、コーデックス内部で検討中である。
[10] SPS協定の第9条およびTBT協定の第11条の規定の技術的支援が参照されている。

 

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Appendix III
組換えDNA植物由来食品の食品安全性評価実施のためのガイドライン案
(策定手続きステップ8現在)


第1節 - 検討範囲
1.本ガイドラインは、「近代的バイオ技術由来食品の危険性分析のための原則」を補助するものである。本ガイドラインは、食料の起源として安全な使用の歴史を持ち、かつ近代的バイオ技術によって組換えられ、新規もしくは改変された形質の発現を示す植物で構成されるか、これに由来する食品の安全性および栄養の側面を取り扱う。
2.本文書は、動物飼料、あるいは飼料を給餌した動物は取り扱わない。本文書は環境危険性は取り扱わない。
3.危険性分析のコーデックス原則、特に危険性評価のためのコーデックス原則は、特定可能な有害性および危険性をもつ、食品添加物や農薬残留物、あるいは特定の化学汚染物あるいは微生物汚染物のような明確に区別される化学的独立体に適用することを第一に意図したものであり、食品全体をそのまま扱うことを意図したものではない。事実、食品にともなうすべての危険性を完全に特性付けるようなやり方で科学的に評価された食品は、これまで皆無である。さらに、多くの食品は、仮に従来の安全性検査アプローチの対象となった場合に、有害であることが分かる可能性のある物体を含んでいる。このため、食品全体の安全性を検討する場合には、より焦点を絞ったアプローチが必要になる。
4.このアプローチは、組換えDNA植物を含め新たな植物変種に由来する食品の安全性が、意図的効果と非意図的効果の双方を考慮に入れつつ、安全使用の歴史をもつ在来同等物に比して相対的に評価されるという原則に基づいている。その意図は、特定の食品に付随するあらゆる危害を特定しようとすることではなく、在来同等物に対して新たな、もしくは変化した危害を特定することである。
5.この安全性評価アプローチは、「近代的バイオ技術由来食品の危険性分析のための原則」の第3節で議論されている危険性分析の枠組みに属する。新たな、または改変された危害、栄養上その他の安全性上の問題が安全性評価によって特定された場合、それに付随する危険性が最初に評価され、そのヒトの健康への関与性を判定することになる。安全性評価、そして必要な場合には更なる危険性評価の後に、その食品は「近代的バイオ技術由来食品の危険性分析のための原則」に沿って危険性管理の検討の対象となり、その後に商業的な流通が検討される。
6.消費者の健康への影響についての上市後のモニタリングのような危険性管理手段が、危険性評価過程の補助となる場合もある。このことは、「近代的バイオ技術由来食品の危険性分析に関する原則草案」の段落20で議論されている。
7.本ガイドラインは、在来同等物が存在する場合に、組換えDNA植物由来食品の安全性評価を行なうための推奨されるアプローチを説明し、このような評価を行なうために一般に適用可能なデータと情報を特定するものである。本ガイドラインは、組換えDNA植物由来食品のために計画されたものだが、ここで説明されているアプローチは、一般的に他の技術によって改変された植物由来食品にも適用できると考えられる。

第2節 - 定義
6.本ガイドラインには以下の定義が適用される。
"組換えDNA植物" - 組換えデオキシリボ核酸(DNA)および核酸の細胞または細胞器官への直接注入を含む、生体外核酸技術によって遺伝物質が改変されている植物を意味する。
"在来同等物" - 食品としての一般的な使用に基づいて安全性が確立しているという経験が存在する関連植物変種、その成分および/または生産物を意味する[1]。

第3節 - 安全性評価への序
9.伝統的に、新変種の食用植物は、上市に先だって体系的に広範囲の化学的、毒物学的、あるいは栄養学的評価の対象となることはなかったが、幼児のような特定の集団向けの食品で、その食品が食餌の相当部分を構成する可能性がある場合は例外である。このため、トウモロコシ、大豆、ジャガイモなど一般的な食用植物の新変種は、農学的特性や表現型特性についての育種業者による評価が行われるが、一般にこのような植物新変種に由来する食品は、食品中に存在する可能性のある食品添加物や残留農薬のような化学物質について典型的に見られる動物検査などの厳密で広範囲の食品安全検査手続きの対象になることはない。
10.毒物学的終点を評価するための動物モデルの使用は、農薬のような多くの化合物の危険性評価においては重要な要素である。しかしほとんどの場合、検査される物質は、特性が明らかで、純度が知られ、特別な栄養価を持たず、その物質に対するヒトの曝露が一般に低いものである。このため、動物に対してヒトの予測される曝露レベルより何オーダーも大きい範囲の用量でこのような化合物を給餌して、ヒトの健康への何らかの重要な潜在的悪影響を特定することは、比較的直截的なやり方である。ほとんどの場合、このようにして、悪影響が観察されない曝露レベルを推定し、適切な安全係数の適用により安全な摂取レベル定めることが可能である。
11.動物による研究は、食品全体にともなう危険性の検査に対してそのまま適用することはできない。これは、食品が化合物の複雑な混合体であり、成分や栄養価が大幅に変動するという特徴をもつためである。その容積と満腹効果のため、ふつう食品は、ヒトの食餌中に存在する可能性のある量の数倍しか動物に給餌することが出来ない。しかも、その物質そのものに直接関係のない悪影響の導入を避けるためには、用いる食餌の栄養価とバランスが、動物による食品研究を実施する際に検討すべき重要な要因となる。従って、何らかの潜在的悪影響を検出し、これをその食品の個々の特性に結論的に関係づけることは極めて困難である。入手可能なデータが完全な安全性評価のために不十分であることがその食品の特性づけによって示された場合には、食品全体について適切に設計された動物検査を要請し得るだろう。動物検査の必要性を判断する際のもうひとつの検討事項は、動物検査が意味ある情報を生み出す可能性が低い場合に、実験動物をこのような検査の対象とすることが適切かどうかということである。
12.伝統的な毒物学的検査や危険性評価手続きを食品全体に適用することが困難なため、組換えDNA植物を含め、食用植物由来の食品の安全性評価のためには、より焦点を絞ったアプローチが必要となる。これは、実質的同等性という概念を用いることにより、植物の中、あるいはそれに由来する食品の中で生じる可能性のある意図的および非意図的変化の双方を考慮に入れた、安全性評価の学際的アプローチの開発により取り組まれてきた。
13.実質的同等性という概念は、安全性評価過程のなかの重要な手段である。しかし、この概念は安全性評価そのものではない;むしろこの概念は、新たな食品の安全性評価を、その在来同等物に比して相対的に構造化するために用いられる出発点を表わしている[2]。この概念は、新たな食品とその在来同等物との間の類似性と差異を特定するために用いられる。それは、潜在的な安全性問題と栄養問題を特定する際の補助となるものであり、今日、組換えDNA植物由来食品の安全性評価の最も適切な戦略と見なされるものである。このようにして行われる安全性評価は、その新たな生産物の絶対的安全性を意味するものではない;それはむしろ、新たな生産物の安全性をその同等物に対比して相対的に検討できるように、あらゆる特定された差異の安全性評価に焦点を絞るのである。

非意図的効果
14.一定範囲のDNA配列の挿入によって特定の標的形質(意図的効果)を植物に与えるという目的を達成する際に、追加的な形質が得られたり、既存の形質がなくなるか改変される場合があり得る(非意図的効果)。非意図的効果の潜在的な発生は、生体外核酸技術の利用に限定されない。むしろ、従来の育種でも起き得る本来的かつ一般的な現象である。非意図的効果は、その植物の健康や、その植物に由来する食品の安全性に関して、有害であるか、有益であるか、中立的であるかである。組換えDNA植物における非意図的効果は、DNA配列の挿入でも生じる可能性があり、かつ/または組換えDNA植物のその後の従来型育種で生じる可能性もある。安全性評価には、組換えDNA植物由来食品が、予測しない、有害な影響をヒトの健康に与える可能性を低減させるデータと情報を含むべきである。
15.植物ゲノムにDNA配列を無作為に挿入することにより、既存ゲノムの分断もしくは抑制や、抑制ゲノムの活性化、既存ゲノムの発現における改変が生じることがあり、その結果、非意図的効果が発生する可能性がある。また、非意図的効果の結果、代謝物の新たな、または変化したパターンが形成される場合もある。たとえば、高レベルにおける酵素の発現により、代謝経路の調整に二次的な生化学的効果や変化、および/または代謝物のレベル変化を生む可能性がある。
16.遺伝子組換えによる非意図的効果は、さらに"予測可能な"効果と"予測不可能な"効果という2つのグループに分類できる。多くの非意図的効果は、挿入された形質とその代謝とのつながり、あるいは挿入サイトについての知識に基づいて、おおよそ予測可能である。植物ゲノムに関する情報が拡大していることや、組換えDNA技術によって導入される遺伝物質の特異性が他の形態の植物育種に比べて増大していることから、特定の組換えの非意図的効果を予測することがより容易になる可能性がある。また、分子生物学技術や生化学技術も、非意図的効果を生じさせる可能性をもつ遺伝子転移とメッセージ翻訳のレベルにおける潜在的な変化を分析するために用いることができる。
17.組換えDNA植物由来食品の安全性評価には、このような非意図的効果を特定し検出するための方法と、それが食品安全性にもたらす生物学的関連と潜在的影響を評価する手続きを含む。単独の検査では、生じ得るすべての非意図的効果を特定し、ヒトの健康に関連する非意図的効果を確実に特定することができないため、非意図的効果を評価するためには、多様なデータと情報が必要である。このようなデータと情報は、それが全体として検討された場合には、その食品がヒトの健康に有害な影響をもつ可能性が少ないという保証を与えるものである。非意図的効果の評価は、上市化用の新変種を選定する際に育種業者が典型的に観察する、その植物の農学的/表現型的特性を考慮に入れる。このような育種業者による観察は、非意図的形質を示す植物の最初のふるいとなる。このふるいを通過した新変種は、第4節と第5節で述べられている安全性評価の対象となる。

食品安全性評価の枠組み
18.組換えDNA植物由来食品の安全性評価は、段階的な関連要因の検討手順に沿って行われる。その要因には次のものが含まれる。
A) 組み替えDNA植物の説明;
B) 宿主植物、およびその食品としての利用の説明;
C) 供与生物の説明;
D) 遺伝子組換えの説明;
E) 遺伝子組換えの特性付け;
F) 安全性評価
a) 発現物質(非核酸物質);
b) 鍵となる成分の成分分析;
c) 代謝物の評価;
d) 食品加工;
e) 栄養の改変;
G) その他の検討事項
19.生産物の特性によっては、検討中の生産物に特有の問題を扱うための追加的なデータと情報の作成が必要になる場合もある。
20.安全性評価のためのデータの作成を意図した実験は、確実な根拠をもつ科学的概念と原則、また適切な場合には前臨床試験のための動物実験基準(GLP)に沿って計画し、実行すべきである。一次データは規制当局の求めに応じて提出すべきである。データは確実な根拠をもつ科学的な方法を用いて得るべきであり、また適切な統計技術を用いて分析すべきである。すべての分析法の感度を、根拠とともに明示すべきである。
21.個々の安全性評価の目標は、意図された用途に従って調製、使用および/または摂取した場合に、入手し得る最良の科学的知識に照らして、その食品が危害の原因とならないという保証を与えることである。このような評価から期待される終着点は、栄養含有量または栄養価における何らかの変化の食餌上の影響を考慮したさいに、在来同等物と同程度に安全であるかどうかについて結論を得ることであろう。従って、安全性評価手順から得られる結果とは、根本的には、危険性管理者が何らかの対策が必要かどうかを判断し、必要な場合には十分な情報に基づいた適切な決定を行なえるように、検討中の生産物の性質を明らかにすることなのである。

第4節 - 一般的な検討事項
新たな変種についての説明
22.安全性評価が行われている組換えDNA植物についての説明が提供されるきである。この説明は、作物、検討すべき形質改変事象、そして組換えのタイプと目的を特定すべきである。この説明は、安全性評価が行われている食品の性質を理解する助けになるだけの十分なものであるべきである。
宿主植物および食品としてのその使用についての説明
23.宿主植物の包括的な説明が提供されるべきである。必要なデータと情報には以下のものが含まれべきであるが、これに限定する必要はない:
A) 一般名または慣用名;学術名;および分類学的分類;
B) 育種による栽培と開発の歴史、特にヒトの健康に有害な影響を与える可能性のある形質の特定;
C) すべての既知の毒性またはアレルギー誘発性を含む、安全性に関連する宿主植物の遺伝子型および表現型に関する情報;
D) 食品としての消費に関する安全な使用の歴史
24.関連する表現型の情報は、宿主植物についてだけではなく、関連する種、そして宿主植物の遺伝的背景に大きく寄与した、あるいは寄与する可能性のある植物についても提供すべきである。
25.使用の歴史には、その植物が通常どのように栽培され、輸送され、そして貯蔵されるか、その植物を安全に食べるられるようにするために特別の加工が必要かどうか、そしてその植物の食餌における通常の役割(たとえば、その植物のどの部位を食品源として用いるか、その消費が人口集団の特定の下位集団において重要であるかどうか、それが食餌に対してどのような重要なマクロまたはミクロ栄養素の寄与をもたらしているのか)に関する情報を含む場合がある。

供与生物についての説明
26.供与生物、また適切な場合には、その他の関連する種に関する情報を提供すべきである。供与生物またはその科の他の密接に関連する構成員が、自然に病原性または毒素産生の特性を示すかどうか、あるいはヒトの健康に影響を与える他の形質(たとえば、反栄養素の存在)をもつかどうかを決定することが特に重要である。供与生物についての説明は、以下を含むべきである:
A) 慣用名または一般名;
B) 学術名;
C) 分類学的分類;
D) 食品安全性に関わる博物学についての情報;
E) 自然発生毒素、反栄養素およびアレルゲンに関する情報;微生物に関しては、病原性および既知の病原体との関係についての追加情報;
F) 存在する場合には、意図した食品用途以外の食品供給経路と曝露経路における過去および現在の使用に関する情報(たとえば、汚染物質としての存在の可能性)。

遺伝子組換えについての説明
27.遺伝子組換えに関して十分な情報を示し、宿主植物に伝達される可能性のあるすべての遺伝物質の確認を可能にし、その植物中に挿入されたDNAの特性付けの根拠となっているデータの分析に必要な情報を提供すべきである。
28.形質転換過程についての説明は以下を含むべきである:
A) 形質転換のために用いられる固有の方法についての情報(たとえば、アグロバクテリア菌媒介形質転換);
B) 適用できる場合には、その植物の組換えに用いられるDNA(たとえばヘルパープラスミド)に関する情報。これには起源(たとえば、植物、微生物、ウィルス、合成)、アイデンティティーおよびその植物中での予測される機能が含まれる;
C) 宿主生物の形質転換のためにDNAを産生または処理するために用いられる生物(たとえば細菌)を含む中間宿主生物。
29.導入されるDNAに関して、以下を含む情報を供給すべきである:
A) DNAの機能に影響するマーカー遺伝子や調整などの要素を含む遺伝子要素 の特性付け;
B) 大きさとアイデンティティー;
C) 最終ベクター/構成体における配列の位置と方向;
D) 機能。

遺伝子組換えの特性付け
30.組換えDNA植物由来食品の組成と安全性に与える影響について明確な理解を提供するためには、遺伝子組換えについての包括的な分子上および生物化学上の特性付けを実施すべきである。
31.植物ゲノムへのDNA挿入に関する情報を示すべきである:これには以下が含まれるべきである:
A) 挿入された遺伝物質の特性付けと説明;
B) 挿入サイトの数;
C) 挿入物質の結果として発現するあらゆる物質を特定するために充分な、挿入物質および周囲域のコピー番号と配列データを含む各挿入サイトにおける挿入遺伝物質の編成、あるいは、より適切な場合には、その食品中に存在する可能性のあるあらゆる新しい物質を特定するための転写物または発現産生物の分析など、他の情報が含まれる;
D) 挿入DNA内部の、もしくは挿入によって隣接した植物ゲノムのDNAと共に生じたすべてのオープンリーディングフレームの特定。これには結果として融合タンパクに帰結する可能性のあるものも含まれる。
32.組換えDNA植物の中のすべての導入された物質に関する情報を示すべきである:これには以下を含めるべきである:
A) 遺伝子産生物(たとえば、タンパクまたは翻訳されなかったRNA);
B) その遺伝子産生物の機能;
C) 新たな形質の表現型の説明;
D) 導入された遺伝子産生物のその植物中での発現のレベルとサイト、およびその植物中、特にその可食部位におけるその代謝物のレベル;
E) 可能な場合には、発現配列/遺伝子の機能が特定の内生mRNAまたはタンパクの蓄積を改変する場合には、標的遺伝子産生物の量。
33.さらに以下のための情報を示すべきである:
A) 挿入に用いられた遺伝物質の配列が保存されているかどうか、あるいは組み込みの際に大きな再配列が生じたかどうかを実証するため;
B) 発現タンパクのアミノ酸配列に対して行なわれた意図的な改変が、その翻訳後の組換えに変化をもたらしたり、その構造もしくは機能にとって決定的なサイトに影響を与えるかどうかを実証するため;
C) 組換えの意図した効果が達成されたかどうか、またすべての導入された形質が遺伝法則と矛盾なく多数の世代を通して安定した形で発現し、遺伝することを実証するため。表現型の特性が直接測定できない場合には、DNA挿入物そのものの遺伝あるいは対応するRNAの発現を調べることが必要な場合もある;
D) 新たに発現した形質が、対応する遺伝子の発現をもたらす連合調整配列と矛盾しない形およびレベルで、適切な組織に予測した通り発現していることを実証するため;
E) 宿主植物中のひとつまたは複数の遺伝子が形質転換過程によって影響を受けたことを示唆する何らかの証拠が存在するかどうかを示すため;
F) あらゆる新たな融合タンパクのアイデンティティーと発現パターンを特定するため。

安全性評価
発現物質(非核酸物質)
生じ得る毒性の評価
34.生体外核酸技術によって、植物中で新たな物質の合成に帰結する可能性のあるDNAの導入が可能になる。このような新たな物質は、その組換えDNA植物のコンテクストの中では新規であるタンパクや脂肪、炭水化物、ビタミンのような植物食品の在来成分である可能性がある。新規物質には、導入されたDNAの発現で生じた酵素の活動の結果生じた新たな代謝物が含まれる場合もあり得る。
35.安全性評価は、新たな発現物質の化学的性質と機能を考慮に入れ、変化の幅と平均値を含め、組換えDNA植物の可食部分におけるその物質の濃度を特定すべきである。現在の食餌による曝露と下位集団に与える可能性のある影響も検討すべきである。
36.供与生物中に存在する既知の毒素または反栄養素をコードする遺伝子が、このような毒素または反栄養素を通常は発現しない組換えDNA植物に転移しないことを保証するための情報が提供されるべきである。供与生物に不随する在来食品加工技術は、反栄養素または毒素を不活性化したり、分解、除去する場合もあるため、組換えDNA植物が供与植物と異なる仕方で加工される場合に、この保証は特に重要である。
37.第3節で説明した理由により、その物質またはこれに密接に関係する物質が、その機能と曝露を考慮して、食品中で安全に消費されてきた場合には、従来の毒性検査が必要と見なされない場合もある。その他の場合には、その新しい物質に関する適切な、従来の毒性検査などの検査が必要な場合もある。
38.タンパクの場合、潜在的毒性の評価は、そのタンパクと、既知のタンパク毒素および反栄養素(たとえば、プロテアーゼ阻止剤、レクチン)との間のアミノ酸配列の類似性、ならびに熱または加工に対する安定性、および適切な代表的胃腸モデル系における分解に対する安定性に焦点を当てるべきである。食品中に存在するそのタンパクが、それまで食品中で安全に消費されてきたタンパクと類似していない場合には、その植物中でのその生物学的機能が既知である場合にはそれを考慮に入れつつ、適切な経口毒性検査[3]が実施される場合もある。
39.食品中で安全に摂取されてこなかった非タンパク物質の潜在的毒性は、その物質のアイデンティティーと植物中での生物学的機能および食餌曝露に応じて、ケースバイケースで評価されるべきである。実施すべき検査のタイプには、伝統的な毒物学的アプローチに従って、代謝、毒物運動学、亜慢性毒性、慢性毒性/発癌性、生殖および発育毒性に関する検査が含まれる。
40.このためには、組換えDNA植物からの新たな物質の分離、または別の起源からのその物質の合成あるいは産生が必要となる場合もある。その場合、その物質は組換えDNA植物において産生される物質と生物化学的に、構造的におよび機能的に同等であることが示されるべきである。

生じ得るアレルギー誘発性(タンパク)の評価
41.挿入遺伝子から生じるタンパクが食品中に存在する場合には、すべての場合について潜在的アレルギー誘発性の評価を行うべきである。新たな発現タンパクの潜在的アレルギー誘発性の評価で用いられる統合化された、段階的な、ケースバイケースのアプローチは、組み合わせて用いられる多様な基準に依拠すべきである(これは、単独の基準ではアレルギー誘発性か非アレルギー誘発性かを十分に予見することができないためである)。段落20で述べられているように、データは確実な根拠をもつ科学的方法を用いて得るべきである。検討すべき事項についての詳しい説明は、本文書の付属文書に記載されている[4]。
42.組換えDNA植物由来食品中の新たな発現タンパクは、導入遺伝物質が小麦、ライ麦、大麦、オート麦、またはこれらに関連する穀類から得られている場合には、グルテン感受性腸疾患の誘発において果たし得るあらゆる役割に関して評価されるべきである。
43.通常アレルギー誘発性をもつ食品からの遺伝子転移、および感受性の高い人間に対してグルテン感受性腸疾患を誘発することがわかっている食品からの遺伝子の転移は、転移された遺伝子がアレルゲンまたはグルテン感受性の腸疾患に関与するタンパクをコードしないことが根拠とともに証明されていない場合には、避けるべきである。

鍵となる成分の成分分析
44.組換えDNA植物の鍵となるとなる成分[5]についての濃度の分析、そして特にその食品の代表的な分析は、同じ条件下で生育し収穫した在来同等物の同等の分析と比較されるべきである。場合によっては、想定される農学的条件下で育成した組換えDNA植物との更なる比較が検討される必要となることもある(たとえば、除草剤の使用)。観察されるあらゆる差異の統計学的有意差を、そのパラメータがその生物学的意味を決定する自然な変動範囲のコンテクストの中で評価されるべきである。理想的には、この評価において用いる比較対象物は、同種同系の近親系統であるべきである。実際には、これが常に実施可能でない場合もあるが、その場合には、可能な限り近い系統を選択すべきである。この比較の目的は、必要な場合には曝露評価と共に、栄養上重要であったり、食品の安全性に影響を及ぼし得る物質が、ヒトの健康に対して悪影響をもつような形に改変されていないことを確証することである。
45.試行サイトの位置は、その植物変種が生育されると予測される環境条件の範囲を代表するものであるべきである。試行サイトの数は、この範囲全体での組成特性の正確な評価が十分可能になる数であるべきである。同様に、試行は、自然界において遭遇する条件の変動への適切な曝露が十分可能になるよう、十分な数の世代にわたって行うべきである。環境への影響を最小にし、ひとつの作物変種内で自然に発生する遺伝子型変動からのあらゆる影響を低減させるために、各試行サイトを反復すべきである。適切な数の植物標本を用いるべきであり、分析方法は鍵となる成分の変動を検出できるだけの十分な感度と固有性をもつものであるべきである。

代謝物の評価
46.組換えDNA植物の中には、食品中で新たな、または変化したレベルの様々な代謝物を生じさせるような形で組換えられているものもある。ヒトの健康に悪影響を与えるような、食品中の代謝物の蓄積の可能性を検討すべきである。このような植物の安全性評価は、その食品中の残留物と代謝物のレベルの調査と、栄養プロフィールにおけるあらゆる改変の評価が必要となる。残留物または代謝物のレベルの改変が食品中で特定される場合には、このような代謝物の安全性を確証するために従来の手続き(たとえば、食品中の化学物質のヒトへの安全性を評価するための手続き)を用いて、ヒトの健康に与える潜在的な影響を検討すべきである。

食品加工
47.家庭における調理を含め、食品加工が組換えDNA植物由来食品に与える影響の可能性も検討すべきである。たとえば、加工後に内生毒素の熱安定性または重要な栄養素の生物学的利用能が改変されている可能性がある。従って、その植物由来食品原材料の生産で用いられる加工条件を説明する情報を提供すべきである。たとえば、植物油脂の場合、抽出過程とその後のあらゆる精製段階に関する情報を提供すべきである。

栄養の改変
48.鍵となる栄養素の成分変化の可能性の評価は、すべての組換えDNA植物に関して実施すべきであるが、これは'鍵となるとなる成分の組成分析'で既に検討されている。しかし、意図的に栄養品質や機能性を変えるための組換えを行った組換えDNA植物由来食品は、追加的な栄養評価の対象とし、その変化の影響および栄養素の摂取がこのような食品の食品供給への導入によって改変される可能性があるかどうかを評価すべきである。
49.食品とその誘導物の使用と消費に関する既知のパターンに関する情報を、組換えDNA植物由来食品の考えられる摂取量を推定するために用いるべきである。その食品の期待摂取量を用いて、慣習的レベルと最大レベルの両方の摂取量での栄養素プロフィールの変化がもたらす栄養上の影響を評価すべきである。推定の基礎を最大と考えられる消費量に置くことで、あらゆる栄養上の潜在的悪影響が検出されるという保証が得られる。乳児、小児、妊娠中および授乳中の女性、年長者、慢性疾患もしくは免疫不全の患者などの特定の人口集団の特殊な生理特性と代謝要件に、注意を払うべきである。特定の人口下位集団の栄養上の影響と食餌ニーズの分析に基づいて、追加的な栄養評価が必要となる場合もある。改変された栄養素がどの程度生物学的に利用可能で、時間や加工、貯蔵に対して安定であるのかを確認することも重要である。
50.作物中の栄養素レベルを変化させるために生体外核酸技術を含む植物育種を用いることは、2つの仕方で栄養素プロフィールに広範な変化を生む可能性がある。植物構成要素の意図的改変は、その植物生産物の栄養素プロフィール全体を変化させる可能性があり、この変化はその食品を消費する人間の栄養状態に影響を与える可能性がある。栄養素の予測しない改変が同じ影響を与える可能性がある。組換えDNA植物の成分は、個別には安全と評価される場合もあるが、その変化の全体的な栄養素プロフィールへの影響を決定すべきである。
51.組換えによって、植物油のように在来同等物と成分が大幅に異なる食品生産物が生じる場合には、追加の在来食品または食品成分(たとえば、栄養組成が組換えDNA植物由来食品の栄養組成により近い食品または食品成分)を適切な同等物として用い、その食品の栄養上の影響を評価することが適切な場合もある。
52.食品の消費パターンが地理的、文化的に多様性であることから、特定の食品に対する栄養の改変がある地理的地域やある文化的人口集団に、他よりも大きい影響を与える場合もある。ある人口集団では、ある食用植物が特定の栄養素の主要な供給源となっている。その栄養素と、その影響を受ける人口集団を特定すべきである。
53.食品によっては、追加的検査を必要とするものもあり得る。たとえば、栄養素の生物的利用可能性の変化が予測される場合、あるいは成分が在来食品と同等でない場合には、組換えDNA植物由来食品に対して動物給飼検査が正当化される場合もある。また、健康増進を目的に計画された食品には、栄養学、毒物学の他の固有の適切な検査が必要となる場合もある。その食品の特性付けによって、入手可能なデータが完全な安全性評価のために不十分であることが示された場合には、適切に計画された動物検査が食品全体に関して要求される場合がある。

第5節 - その他の検討事項
ヒトの健康にとって重要な物質の潜在的蓄積
54.組換えDNA植物のなかには、残留農薬や、こうした残留物が変化した代謝物、有害代謝物、汚染物質など、ヒトの健康に関与する可能性のある物質を蓄積する潜在性に間接的につながる場合のある形質(たとえば、除草剤耐性)を示すものもある。安全性評価は、この蓄積の潜在性を考慮に入れるべきである。このような化合物の安全性を確証するためには、従来の手続き(たとえば、化学物質の人間に対する安全性を評価するための手続き)を適用すべきである。

抗生物質耐性マーカー遺伝子の利用
55.食品中に抗生物質耐性マーカー遺伝子を生じさせない代替的な形質転換技術が利用可能であり、安全であることが実証された場合には、このような技術を組換えDNA植物の将来の開発で用いるべきである。
56.植物およびその食品生産物から腸内微生物やヒトの細胞への遺伝子転移は、多数の複雑で蓋然性の低い事象が継続して起きる必要があるため、可能性が少ないと考えられる。しかし、このような事象の可能性を完全に度外視することはできない[6]。
57.抗生物質耐性マーカー遺伝子を含有する食品の安全性を評価する場合には、以下の要因を検討すべきである:
A) 当該抗生物質の臨床的・獣医学的使用と重要性;
(特定の抗生物質は、ある臨床条件の治療に利用可能な唯一の薬品になっている(たとえば、特定のブドウ球菌感染症の治療に用いられるバンコマイシン)。このような抗生物質に対する耐性をコードするマーカー遺伝子は、組換えDNA植物で用いるべきでない。)
"B) 抗生物質耐性マーカー遺伝子によってコードされた酵素またはタンパクの食品中での存在が、経口投与された抗生物質の治療効果を弱めるかどうか:(この評価は、中性またはアルカリ性の胃内条件を含む消化条件への曝露の後に食品中に残ると考えられる酵素の量、そして酵素活性のために必要な酵素共同因子(たとえば、ATP)と食品中のこうした因子の推定濃度を考慮に入れつつ、食品中の酵素の存在によって分解する可能性がある経口摂取した抗生物質の量の推定を供給すべきである。)"
C) 遺伝子生産物の安全性。これは、他のあらゆる発現遺伝子生産物の場合と同様。
58.データと情報の評価によって、抗生物質耐性マーカー遺伝子または遺伝子産生物の存在がヒトの健康に対して危険性をもたらすことが示唆された場合には、そのマーカー遺伝子または遺伝子産生物は食品中に存在すべきではない。食品生産で用いられる抗生物質耐性遺伝子で、臨床的に用いられている抗生物質に対する耐性をコードするものは、食品中に存在すべきではない。

安全性評価の見直し
59.安全性評価の目的は、栄養含有量または栄養価のあらゆる変化が食餌に与える影響を考慮に入れつつ、新たな食品が在来同等物と同じ程度に安全であるかどうかについての結論を導くことである。しかし、安全性評価は、当初の安全性評価の結論に疑問を投げかけるような新たな科学的情報に照らして見直されるべきである。

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付属文書 生じ得るアレルギー誘発性の評価(タンパク)

第1節:序文
1.組換えDNA植物中で新たに発現したタンパク[7]で、最終食品中に存在する可能性のあるものはすべて、アレルギー反応を引き起こす潜在性の評価を行うべきである。これには、新たに発現したタンパクが、特定の人間が既に感受性をもっている可能性のあるタンパクであるかどうか、また食品供給にとって新たなタンパクが一部の人間に対してアレルギー反応を引き起こす可能性があるかどうかについての検討が含まれる。
2.現在、新たに発現したタンパクに対する人間のアレルギー誘発性反応を予見するための信頼できる決定的な検査法が存在しないため、新たに発現したタンパクのアレルギー誘発性を評価する際には、以下に示すような統合的、段階的、かつケースバイケースのアプローチを用いることが推奨される。十分に予見的な単独の基準が存在しないため、このアプローチは、複数タイプの情報およびデータ由来の証拠を考慮に入れる。
3.この評価の終着点は、そのタンパクが食品アレルゲンである可能性について結論を出すことである。

第2節:評価戦略
4.新たに発現したあらゆるタンパクのアレルギー誘発性の可能性を評価する際の最初の段階は、以下のものを決定することである:導入されたタンパクの起源;そのタンパクのアミノ酸配列と既知のアレルゲンのアミノ酸配列との間のあらゆる有意な類似性;酵素分解に対する感受性、熱安定性および/または酸・酵素処理を含むがこれらに限定されないその構造的性質。
5.経口曝露に対するヒトのIgE反応の可能性を単独で予見できる検査法は存在しないため、新たに発現したタンパクの特性付けを行なう最初の段階は、新たに発現したタンパクのアミノ酸配列および特定の物理化学的特性を確立されたアレルゲンのアミノ酸配列および特定の物理化学的特性との比較であるべきである。このためには、新たに発現したあらゆるタンパクの組換えDNA植物からの分離、あるいはその物質の代替起源からの合成または生産が必要となる。後者の場合には、その物質が組換えDNA植物中に産生された物質と構造的、機能的、および生化学的に同等であることが示されるべきである。様々な宿主(すなわち、新正核生物システム対原核生物システム)によって可能になる翻訳後の改変がタンパクのアレルギー潜在性に影響を与えることもあり得るため、発現宿主の選択には特別の注意を払うべきである。
6.起源がアレルギー反応を引き起こすことが既知であるかどうかを確立することは重要である。既知のアレルギー誘発性起源由来の遺伝子は、アレルギー誘発性をもたないことを科学的証拠が証明しないかぎり、アレルギー誘発性をもつと推定すべきである。

第3節:当初の評価
第3.1節 タンパクの起源
7.組換えDNA植物由来食品の安全性を支持するデータの一部として、供与生物に付随するアレルギー誘発性に関するあらゆる報告を記述する情報が提供されるべきである。遺伝子のアレルギー誘発性起源は、IgE媒介による経口、呼吸または接触アレルギーについての合理的な証拠が入手可能であるような生物と定義されるであろう。導入されたタンパクの起源を知ることによって、アレルギー誘発性評価で検討すべき手段と関与的なデータを特定することができる。これには以下のものが含まれる:スクリーニングを目的とする血清の入手可能性;実証されたアレルギー反応のタイプ、重篤度および頻度;構造的特性とアミノ酸配列;その起源からの既知のアレルギー誘発性タンパクの物理化学的および免疫学的性質(入手可能な場合)。

第3.2節 アミノ酸配列の相同性
8.配列相同性を比較する目的は、新たに発現したタンパクが既知のアレルゲンに構造的にどの程度類似しているのかを評価することである。このような情報は、そのタンパクがアレルギー潜在性をもつかどうかを示唆する場合がある。新たに発現したすべてのタンパク構造をすべての既知のアレルゲンと比較する配列相同性検索を行なうべきである。検索はFASTAやBLASTPなどの多様なアルゴリズムを用いて行い、全体的な構造上の類似性を予見すべきである。段階的連続同一アミノ酸セグメント検索のような戦略は、線形抗原決定基を示す可能性のある配列を確認するためにも実施される場合がある。連続アミノ酸検索のサイズは、結果が偽陰性または偽陽性となる可能性を最小にするために科学的に正当化される理論的根拠に基づくべきである[8]。生物学的に意味のある結果を生み出すためには、実証された検索手続きと評価手続きを用いるべきである。
9.新たに発現したタンパクと既知のアレルゲンとの間のIgE交差反応では、80以上のアミノ酸セグメントの中で35%以上の同一性(FAO/WHO 2001)、あるいはそれ以外の科学的に正当化される基準が存在する場合にはそれ以上の同一性がある場合には、その可能性を考慮すべきである。新たに発現したタンパクと既知のアレルゲンとの間の配列相同性比較から帰結するすべての情報を報告し、ケースバイケースの科学的な基盤をもつ評価が可能になるようにすべきである。
10.配列相同性検索には一定の限界がある。特に、比較は公に入手可能なデータベースおよび科学的文献にある既知のアレルゲンの配列に限定されている。また、特にみずからをIgE抗体そのものに結合させる能力をもつ非連続抗原決定基をこのような比較で検出する能力にも限界がある。
11.配列相同性の結果が陰性の場合には、新たに発現したタンパクが既知のアレルゲンでなく、既知のアレルゲンと交差反応する可能性が少ないことになる。有意な配列相同性が存在しないことを示す結果は、新たに発現したタンパクのアレルギー潜在性を評価する際にこの戦略の下で概要を示した他のデータと共に検討されるべきである。適切と見られる場合には、更なる検査が行なわれるべきである(第4節と第5節も参照)。配列相同性の結果が陽性の場合には、新たに発現したタンパクがアレルギー誘発性をもつ可能性が高いことになる。この生産物をさらに検討する場合には、特定されたアレルギー誘発性起源に感作した人間の血清を用いて評価すべきである。

第3.3節 ペプシン耐性
12.ペプシン消化に対する耐性がいくつかの食品アレルゲンにおいて観測されており、ペプシン消化に対する耐性とアレルギー潜在性との間に相関関係が存在する[9]。したがって、適切な条件の下で、ペプシン存在下でタンパクが分解に対して耐性をもつことは、新たに発現したタンパクがアレルギー誘発性をもつ可能性を判断するために、さらに分析を行なうべきであることを示している。一貫した、かつ十分確認されたペプシン分解プロトコルを確立することにより、この方法の有用性が高まる場合もある。しかし、ペプシンに対する耐性がないことは、新たに発現したタンパクが関与的アレルゲンであり得ることを排除するものではないことを考慮に入れるべきである。
13.ペプシン耐性プロトコルは強く推奨されるが、他の酵素感受性プロトコルが存在することは認識されている。適切な正当化が提供された場合には、代替プロトコルが用いられる場合もある[10]。

第4節 特異的血清スクリーニング
14.アレルギー誘発性をもつことが既知である起源に由来するタンパク、または既知のアレルゲンと配列相同性をもつタンパクについては、血清が入手可能な場合には、免疫検査による検査を実施すべきである。生体外検査においてそのタンパクのIgEクラス抗体に対する固有の結合を検査するために、そのタンパクの起源に対して臨床的に確認されたアレルギーをもつ人の血清を用いることができる。検査に関する重大な問題は、十分な数の人間からヒト血清が入手できるか否かであろう[11]。しかも、確かな検査結果を得るためには、血清の品質と検査手順を標準化する必要がある。アレルギー誘発性をもつことが既知でない起源に由来し、既知のアレルゲンとの配列相同性を示さないタンパクについては、段落17に記した検査が利用可能な場合には、標的血清スクリーニングを検討することができる。
15.既知のアレルゲン起源に由来する新たに発現したタンパクの場合には、生体外免疫検査における陰性結果は十分と見なされず、皮膚検査およびex vivoプロトコル[12]を利用し得るような追加検査を促すべきである。このような検査における陽性結果は、潜在的なアレルゲンを示すものと考えられる。

第5節 その他の検討事項
16.新たに発現したタンパクに対する絶対的な曝露および関与的な食品加工の影響は、ヒトの健康危険性に対する潜在性についての全体的結論に寄与する。この面では、適用されることになる加工のタイプと、最終食品生産物中でこの加工がこのタンパクの存在に与える影響を判断する際に、消費を意図した食品生産物の性質を考慮すべきである。
17.科学的知識と技術の推移とともに、評価戦略の一部として新たに発現したタンパクのアレルギー潜在性を評価する際に、他の方法や手段が検討される場合もある。このような方法は、科学的に確実な根拠をもつものであるべきであり、標的血清スクリーニング(すなわち、食品の広範な関連カテゴリーに対する臨床的に確認されたアレルギー反応をもつ人間の血清内でのIgE結合の評価;国際的な血清バンクの開発;動物モデルの使用;そして、T-細胞抗原決定基に対する新たに発現したタンパク、およびアレルゲンに付随する構造的モチーフの検査)を含む場合もある。

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[1] 予見できる将来の間は、近代的バイオ技術由来食品を在来同等物として用いないことが認識されている。
[2] 実質的同等性という概念は2000年FAO/WHO合同専門家会議の報告書で説明されている(文書WHO/SDE/PHE/FOS/00.6, WHO, Geneva, 2000)。
[3] 経口毒性検査に関するガイドラインは、いくつかの国際的なフォーラムで作成されており、たとえば「化学物質の検査に関するOECDガイドライン」がある。
[4] 「2001年FAO/WHO専門家協議報告」は複数の判断樹への参照を含んでおり、本ガイドラインの付属文書を作成する際にこの報告が用いられた。
[5] 主要栄養素、あるいは鍵となる反栄養素は、特定の食品中にあって、食餌全体に重大な影響を与える可能性をもつものである。これらは、主要成分(栄養素としての脂肪、タンパク、炭水化物、または反栄養素としての酵素阻止剤)である場合や、微量成分(ミネラル、ビタミン)である場合がある。主要毒素は、植物中に本来的に存在することが知られている毒物学的に重要な化合物で、毒性効果とレベルによっては健康に重大な影響を与える化合物(たとえば、レベルが増大した場合のジャガイモのソラニンや小麦のセレン)やアレルゲンなどがある。
[6] 抗生物質耐性をもつ天然の細菌レベルが高い場合には、このような細菌がこの耐性を他の細菌に転移させる可能性は、摂取された食品と細菌との間の転移の可能性より数オーダー大きい。
[7] この評価戦略は、新たに発現したタンパクがグルテン感受性などの腸疾患を含む能力を持つか否かを評価するために用いることはできない。この腸疾患の問題は、「組換えDNA植物由来食品の食品安全性評価実施のためのガイドライン[草案]」の「生じ得るアレルギー誘発性(タンパク)」、段落42ですでに扱われている。また、この戦略は、遺伝子生産物が低刺激性アレルギーの目的で反応を抑制される食品の評価に適用することはできない。
[8] 2001年FAO/WHO専門家会議が、検索における同一アミノ酸セグメントを8個から6個に変えることを提起したことが認識されている。段階的比較において用いるペプチド配列が小さくなればなるほど、偽陽性を確認する可能性が大きくなり、逆に用いるペプチド配列が大きくなればなるほど、偽陰性の可能性が大きくなるため、比較の有用性は小さくなる。
[9] 米国薬局方(1995年)に概要が示されている方法が、相関関係を確立する際に用いられた(Astwood et al.1996)。
[10] FAO/WHO合同専門家協議(2001年)を参照。
[11] バイオ技術由来食品のアレルギー誘発性に関するFAO/WHO合同専門家協議(2001年1月22-25日、イタリア・ローマ)の報告書によると、大型アレルゲンの場合、新たなタンパクがアレルゲンでないという確実性を99%達成するためには、最低8個の適切な血清が必要となる。同様に、小型アレルゲンの場合には、同レベルの確実性を達成するために最低24個の適切な血清が必要となる。検査目的では、このような量の血清が入手できない場合があることが認識されている。
[12] FAO/WHO合同専門家協議(2001年)のex vivoに関する説明を参照。

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