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市民セクター政策機構

市民セクター政策機構 市民セクター政策機構は、生活クラブグループのシンクタンクとして、市民を主体とする社会システムづくりに寄与します。

【教科書】
愛国教育によって軍国少年・少女を育成した戦前の教育。
いま、それが教科書を通して復活しつつある。

「子どもが批判力と客観性を身につけるためにできること(神奈川県藤沢市 元中学校教諭 持田 早苗)」

季刊『社会運動』2018年4月【430号】特集:改憲・戦争に反対する12の理由

─1990年代、「日本の戦後の歴史教育は、日本人が受け継ぐべき文化と伝統を忘れ、日本人の誇りを失わせるものであった」と主張する団体が、歴史や公民の教科書を作るようになりました。その一つである育鵬社の教科書が藤沢市で採択された経過を教えてください。

 

 藤沢市の「採択審議委員会」に集まった資料や意見で、育鵬社の教科書を推すのはわずかしかありませんでした。しかし2011年の採択では、松下政経塾(注2)出身の市長が任命した教育委員が多数を占める教育委員会のもとで、ほとんど教育的な話し合いもなく、あっという間に育鵬社の教科書が採択されました。15年には、市民団体が共同で「中学校の先生方や保護者の意向の尊重を」求める5万4000筆以上の署名を教育委員会に提出するなど様々な運動がありました。それにもかかわらず、育鵬社の教科書が採択されたのです。一度決まったものを覆す難しさも感じました。

 育鵬社教科書の強引な採択は藤沢市に限りません。自治体によっては採択の仕組みを全く無視したり、仕組みそのものを変えてしまったところもあります。育鵬社の教科書を支持する安倍首相自身も、「自治体の首長が教科書採択権限を持つ教育委員会の教育委員を変えていけばよいのだ」とはっきり言っているのです。

 

注2 松下幸之助が1979年に設立した政治塾。政治家を中心に、経営者・大学教員・マスコミ関係者など各界に多数の人材を輩出。自民党では小野寺五典、高市早苗など、希望の党では前原誠司などがいる。

 

教科書が「政府の広報誌」に

 

─持田さんは、その育鵬社の教科書を使って授業していたのですね。どのような特徴があるのでしょうか。

 

 育鵬社の『新しい日本の歴史』は「わが国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てます」(育鵬社HPより)という方針を掲げて編集されています。多くの学者や市民が歴史修正主義(注3)に基づいた内容だと批判している教科書です。

 私は、育鵬社の歴史と公民の教科書そのものが、政府や自民党による「改憲のための教科書」だと思っています。言わば「政府の広報誌」を学校に持ち込んでいるのです。戦争を肯定的に捉え、軍備拡張を当然視する方向に子どもたちを引っ張ろうとするものです。そのことを歴史教科書の記述で確認しましょう。他社の教科書にはない記述が見られます。

 

1.日本が優れていることを強調した書き方が目立つ。

「私たちの日本には、(中略)独自のものをつくりあげてきた長い伝統がある」

「みごとな文化を築くことができた」

「歴史の登場人物の中に、数多くの尊敬できる人を見出す」

 

2.戦争の歴史を戦記のように紹介している。また、アジア太平洋戦争における日本の加害責任や侵略性を否定している。

「東郷平八郎の率いる連合艦隊が、ロシアのバルチック艦隊を(中略)全滅させるという世界の海戦史に例を見ない戦果を収めました」

「長く東南アジアを植民地として支配していた欧米諸国の軍隊は(中略)日本軍によって破られました。この日本軍の勝利に、東南アジアやインドの人々は、独立への希望を強くいだきました」

 

3.特異な歴史観に立脚し、天皇への賛美を強調している。

「私たちが住んでいる日本という国は、古代に形づくられ、今日まで一貫して継続している」

「率先して近代化を進め、近代立憲君主としての務めを果たし、明治時代の象徴的存在となった」(西洋風の軍服を着た明治天皇の写真の説明)

「多くの人々が、戦争に敗れたことを天皇におわびしている」(敗戦当日の皇居前の写真の説明)

 

4.主観的な人物観を強調している。

乃木希典「敵の名誉も尊重する人格者だった」

伊藤博文「その胸の中には、常に国への思いが波打っていました」

与謝野晶子「奔放に恋を読んだ情熱の歌人。…11人の子の母親として、家族を愛し、家を重んじたその姿勢は、生涯を通じて歌に表されたのです」

歴史的な人物が約440人(索引より)と他の教科書の約1・4倍も登場する。民衆の姿や社会運動の記述が極端に少ない。

 

5.個人的な解釈や表現が目立つ。

「ひきしまった少年の顔をした興福寺の阿修羅像」

「気品あふれる東大寺法華堂の日光・月光菩薩像」

「月光菩薩像は、人間性を超えた神々しさを宿している」

 

6.戦後、学問的に否定された言葉がたくさん使われている。

「帰化人」→倭の大王の勢力に従った人の意味で、朝鮮からの移住者を低く見る言葉なので、「渡来人」の呼称が学会の主流となった。

「大東亜戦争」→欧米諸国の植民地支配からアジアを解放して大東亜共栄圏をつくる口実として使われた言葉。「アジア太平洋戦争」が一般的な言葉。

「朝鮮出兵」→「朝鮮侵略」が一般的な言葉。

※育鵬社の教科書から筆者が一部引用して作成した資料より

 

 藤沢市の中学生が育鵬社の教科書で学んで6年が経ちます。今、現場の教師たちからは、「生徒も保護者も教科書というものに対する信頼性がとても高いので、内容を批判しづらい現状がある」「しっかり学ぼうとする生徒ほど、教科書の文章をそのまま一生懸命暗記する」「生徒は教科書の記述通りに歴史を理解する。『日本人は素晴らしい』という偉人レポートばかり書くようになる」「教師でさえ、使っているうちに教科書に慣れてくる。生徒はもっとなじんでいくのではないか」などの声も聞かれます。

 (P.131~P.135記事から抜粋)

 

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