生活クラブグループ
市民セクター政策機構

市民セクター政策機構 市民セクター政策機構は、生活クラブグループのシンクタンクとして、市民を主体とする社会システムづくりに寄与します。

3.自分たちが作った理想の住まいに役所の「お墨付き」は不要(グループリビングえんの森)

季刊『社会運動』2018年7月【431号】特集:年金一人暮らし高齢者に終の棲家はあるのか

 バスと電車を乗り継いで都心まで1時間ほどの埼玉県新座市石神地区。草木の繁る河川敷の間を黒目川が流れ、ゆったりした空気が漂う。その一角、武蔵野の雑木林に抱かれるようにしてNPO法人「暮らしネット・えん」(以下「えん」)の運営する施設が散在する。居宅介護支援、訪問介護事業所、配食サービスの厨房、デイサービス、グループホーム、そしてグループリビング「えんの森」がある。

 「えん」は、「障がいがあっても、高齢になっても大人も子どもも共に生きる地域社会を作る」という目的を持って活動を続けている。そのNPOが、前身団体から数えて20年あまり携わってきた高齢者向け事業のいわば集大成として手掛けたのが、えんの森である。介護や看護の現場を知る専門家集団が作りあげた、一つの「高齢期の理想の住まい」だ。2011年9月に開所、今年8年目を迎えた。

 グループリビングという言葉は聞き慣れないが、20年ほど前から作られ始めた新しい形の高齢者向け住居で、「えん」の代表理事・小島美里さんは「高齢期の自立と共生の住まい」と定義している。

 

 

「自立した生活」の確保と「高齢期の不安」へのカバー

 

 えんの森は単身者専用で10の居室があり、現在は70代から90代の女性9人、男性1人が入居している。約16畳の居室にはミニキッチン、クローゼット、トイレ、洗面台、洗濯機置き場、ベランダがあり、ゆったりしたワンルームマンションのようだ。もちろん、24時間出入り自由で、各部屋のドアには鍵がかかるようになっている。

 住人の一人、現在70代の安岡芙美子さんが「ここはマンションやアパートに住んでいるのとほぼ同じ」と言うとおり、グループリビングの基本となる「自立した生活」ができる部屋の構造になっている。トイレは車椅子に対応し、居室のドアが引き戸であること、建物の入口から居室内まですべてがバリアフリーなど、高齢期の住まいとして必要な配慮がなされている。

 えんの森では、夕食だけは隣接する厨房で調理されたものを住人同士で配膳し、広いダイニング・リビングルームで共にする。また、居室に浴室はなく、数人がゆったり入れる浴場や、シャワー室など共有の場所を使う。

 「夕食付」は、住人にとって食事づくりの負担が減るだけでなく、毎日夕食時に顔を合わせることで、お互いの体調を確認できる機会ともなる。事故や体調の変化など危険性の高い入浴は、人の目が届きやすい共有の浴室を使うので「もしも」のときの対応が早くなるし、入浴介助も受けやすい。

 完全な一人暮らしとは違って、「自立した生活」を確保しつつ、その中で無理なく高齢期の不安をカバーできる仕組みになっている。そして、グループリビングの特徴は、不安をカバーするのが高齢者自身、住人同士という点だ。運営サイドからは、夕食のほか共用部分の清掃やメンテナンスも提供するが、それ以外はすべて住人が行う。常駐する職員はいない。こうして「自立と共生」の暮らしは行われている。

 ちなみに入居一時金は300万円(前家賃相当、1カ月2万5000円ずつ償却、10年未満で退去の場合差し引いた額を返却)、家賃、夕食代、共益費、光熱費(自室の電気料は別途)など月額費用は12万8000円である。

 

 

湿布を貼りあえる関係がグループリビング

 

 安岡さんは、「老人ホームなどの施設ではたいてい3食提供されるので、時間に縛られるうえ、職員が生活全般を介助するので、入居者はお世話される客体になってしまいます。ここは基本的には自分の生活をしつつ、夕食だけはみんなと協力しあって一緒に食べ、お互いの関係を築いています」と言う。食事が提供されるのが夕食のみ、というスタイルが自立と共生の絶妙なバランスをとっているといえよう。

 ただし、共生は意識してやっていかなければならない、と小島さんも安岡さんも声をそろえる。えんの森では月に一度、小島さんも参加して自治会を開き、そのときどきのルールを決めていく。例えば、夕食後の食器は、以前は住人がダイニング横のキッチンの流しで洗っていたが、それが加齢によって負担になる人が増えたため、いまは水につけておいて、次の日に厨房のスタッフが洗うようにした。

 もっとも、自治会で決めることは一部だ。日々の生活の中で難しいことがあれば、それを補い合っている。「例えば、『背中に湿布が貼りにくい』という人がいれば、『それじゃ貼りに行くわ』と湿布貼り当番ができるんです。同じ屋根の下、湿布が貼りあえる関係がグループリビング」と小島さん。

 昨年、入居者の一人が居室内で夜中に転倒、朝になって他の住人が気づいたことがあった。部屋の鍵がかかっていて入れず、隣にあるグループホームの職員に来てもらってようやく中に入れた。

 その人は救急搬送ののち入院を経て、介護度は進んだものの、再びえんの森で訪問介護などのサービスを利用しながら生活している。

 「この件以来、具合が悪い人は夜間も鍵をかけず、元気な人が様子を見に行っています。ここでは、何かあったとき最初に発見するのは職員ではなく住人なんです」と安岡さんはさらりと言う。しかし、こうしてお互いを頼りにできる関係は、一朝一夕にできるものではない。えんの森で重ねられた共生の賜物というべきだろう。

(P.73~P.77記事から抜粋)

インターネット購入