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ヘイトスピーチ解消法の施行から2年 問題点をみつめ、新たな法律を (龍谷大学教授 金 尚均)

季刊『社会運動』2018年10月【432号】特集:ヘイトスピーチは止められる差別のない社会をつくろう

禁止規定がなく罰則もないという問題
 とはいえ、解消法に問題点がないわけではありません。解消法は理念法です。ヘイトスピーチの定義はありますが、禁止規定がなく罰則もありません。今年(2018年)6月に川崎市で在特会系のデモが行われましたが、禁止規定と罰則規定、とりわけ禁止規定がないことによって、警察が具体的に勧告や改善命令を出せませんでした。禁止規定があれば警察なり行政が強く言えるんですが、現状では警察はヘイトデモに対して車の上から解消法の条文を読んで終わってしまうのです。別に勧告でもなんでもありません。神奈川県警はがんばっている方だとは思いますが、それ以上はできません。自治体が施設の利用についてのガイドラインなどを設けるのも、施設利用にしか権限がないので、それしかできないということなのです。
 現状では、個人を対象にした場合であれば、刑法の名誉毀損や脅迫などの罪で告訴をすることもできますが、不特定多数の人びとを対象にしている限り、ヘイトスピーチはどうすることもできません。でもヘイトスピーチというのは「朝鮮人を殺せ」と言うように、特定集団を対象にしたものでしょう。ですからヘイトスピーチを定義する解消法に禁止規定を置くことによって、改善命令なり勧告というものを具体的に出すことができる。罰則規定だったら刑罰という形でより抑止力を持たせることができると思いますね。
 ドイツでは、不特定多数の集団、例えば「ユダヤ人を殺せ、奴らはドイツに巣食っているゴキブリだ」などという表現が処罰の対象となります。ドイツにももちろん名誉毀損の罪はあって、その最高刑罰は懲役2年ですが、一方でヘイトスピーチの罪に対する最高刑罰は懲役5年。2倍以上の刑罰です。それくらいヘイトスピーチは人間の尊厳を侵害するものととらえられているわけです。

 

選挙と称するヘイトの問題
 いま、在特会関係者が日本第一党なる政党を作って、選挙運動と称してヘイトスピーチを繰り返すという問題が起こっています。街頭だけでなく、政見放送として流される可能性もあります。日本で現在のように公然とヘイトスピーチが行われるようになった2009年当初は、ヘイトスピーチも表現の自由だといって、規制をされることもなく、どんどん広がってしまいました。しかし、表現の自由というのは、民主主義を実質化させる大きな武器であるからこそ認められるべきものなのであって、一部の人間を同じ人間ではないと排除するヘイトスピーチは逆に民主主義を破壊するような言動ですから、表現の自由であるはずがないのです。
 それでも、とにかく2年前に解消法ができて、ようやくヘイトスピーチは許されないという気運が高まってきたところで、今度は選挙だから、政治的な自由だからヘイトスピーチが許されるという理屈が出てきているのです。
 これは非常に大きな問題、また大変悩ましい問題だと思います。ただこれも、解消法に禁止規定をおけば、「公職選挙法」の違反の解釈に際して解消法を間接適用できるようになる。そうすれば選挙管理委員会が厳格に選挙中の言動について監視ができます。
 実は18年4月の京都知事選でも在特会の人が立候補するという話があって、結局は出なかったのですが、選挙管理委員会としてはなんとかしたいという意見は持っていたものの、やはり根拠法がないということで二の足を踏んだということがありました。政見放送も止めるにあたっての根拠法がない。対象が個人などに特定されれば名誉毀損を間接適用して止めるという可能性はありますが、不特定多数を対象にすると、現状ではなかなか難しいものがあるでしょう。やはり解消法には禁止規定を盛り込むべきだと思います。


包括的な法律ではないという問題点
 包括的な差別禁止法ではない、という点も問題だと思います。2016年はこの解消法以外にも「障害者差別解消法」と「部落差別解消法」が施行されました。「差別解消元年」とも言えるのかもしれないのですが、このように個別の法律で対処していきますと、個別の問題の解消にはつながっていくとは思うのですが、それぞれの当事者が自分たちの問題だけに集中してしまって、当事者どうしの連携が生まれにくくなるという問題があるんです。
 これは政権与党のずるさかなと思いますね。現場を見たらおのずと分かります。外国人は外国人、障害者は障害者、部落差別は部落差別というように、お互いが行政との交渉でパイを取り合うようなことになってしまいがちなんです。
 ですので、解消法ができたことについて私は8割は肯定的なんですが、2割は忸怩たる思いがありまして、なんとか包括的な法律で対応できないかと考えています。

(P.145~P.148記事から抜粋)

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