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主権者、民主主義の担い手を育てる教育を(藤沢の教科書・採択問題にとりくむ会)

季刊『社会運動』2019年4月<434号>【特集:学校がゆがめる子どもの心ー「道徳」教科化の問題点】

主権者、民主主義の担い手を育てる教育を

 

藤沢の教科書・採択問題にとりくむ会

 

育鵬社の教科書が採択されたのをきっかけに

 

 神奈川県藤沢市で「藤沢の教科書・採択問題にとりくむ会」(以下、藤沢とりくむ会)ができたきっかけは、2011年に海老根泰典前市長のもとで、保守色の強い育鵬社の教科書が歴史・公民で採択されたことだった。
 育鵬社の歴史教科書はアジア太平洋戦争が自衛のための戦争であったと主張し、アジアの国々への侵略や植民地化、また沖縄戦の叙述が不十分で、日本軍の加害について学ぶことができない。歴史修正主義と言われ、研究者や教育現場からも問題視されている。また公民も、日本国憲法より大日本帝国憲法の扱いが大きい、権利より義務を強調している、個人より家族を尊重すべきだと書き、12年の自民党改憲案の広報を思わせる内容だ。改憲の道筋を大きく紙幅を割いて説明する教科書に危機感を募らせた。
 なぜ、このような教科書が採択されるようになったのか。もともと藤沢市は革新市政が長く続いていた。1982年には全国でも早々に「核兵器廃絶平和都市宣言」を行い、95年には「核兵器廃絶平和推進の基本に関する条例」を制定。平和条例を持つ市として、95年以降は毎年、広島と長崎に子どもたちを派遣するなど、市と市民が共同して平和に関する事業を推進するリベラルな市政を行ってきた。ところが松下政経塾出身の海老根前市長は、教科書採択に向けて一人ずつ教育委員を差し替えたため、11年の採択では多数決で育鵬社の教科書が選ばれてしまった。
 「いまの時代にこんな教科書を子どもたちに手渡すのか」との声が高まり、11年秋、教員と市民が連携できる組織として、藤沢とりくむ会を立ち上げた。
 11年以降、市教育委員会(市教委)の傍聴や、市民対象のミニ学習会の開催、地区の教職員組合の研究会に参加して一緒に研究活動も行った。育鵬社の教科書の問題点を列挙し、「教えるならここに気をつけてほしい。代わりにこんな教え方や教材の活用法もある」といった情報も届けてきている。
 15年の採択時には「採択に当たっては教員、保護者の意向を尊重してください」との署名を5万4000筆集めて提出したが、歴史も公民も再度、育鵬社が採択された。藤沢とりくむ会は市民は納得していないと、直後に説明を求める請願を市教委に提出。また議会にも「教育委員会は説明責任を果たすよう、働きかけをしてほしい」という陳情書を提出した。

 

資料の可視化が進む

 

 この歴史・公民教科書問題と並行して、2017年から小学校道徳の教科書採択という課題も生まれた。
 小学校の道徳教科書に育鵬社は参入していないが、教育出版の教科書が問題とされた。教育出版の監修・著者は育鵬社から出された「教科書のパイロット版」と称する書籍の刊行にかかわる人たちだった。その内容も国旗・国家を敬うこと、おじぎの仕方、安倍首相の写真を載せるなど、政権の意向をそのまま伝える保守的なものになっている。
 藤沢とりくむ会では、いち早くこうした情報や内容を伝えて警鐘を鳴らし、新しく始まる道徳の教科書採択で、よりましな教科書を子どもたちの手に渡そうという運動を展開した。一方、藤沢市議会では16年、17年と教科書採択問題が取り上げられ、その審議の中で市教委から「資料は公開し、見える化していきます」との回答を得た。
 17年の小学校道徳教科書の採択のときに市教委は、教科書展示会で市民から寄せられたすべての意見を冊子にして教育委員、審議委員に届けた。可視化が始まったのだ。教育長も「現場の意見を尊重したい」とし、結果として教員や市民に評価が高かった光村図書を採択することになった。

 

民主主義の担い手を育てる
教育に向けて

 

 藤沢とりくむ会がいま取り組んでいるのは、考える道徳、議論する道徳、結論を押しつけない道徳にするための授業の提案。1年ほど前から月1回、市民、ジャーナリスト、教員、大学教員などに声をかけ、教材を持ち寄って学習指導要領の解説書の読み込みや、授業案の検討などを実施、「藤沢とりくむ会」のホームページにもアップしている。
 「批判ばかりしていてもだめだと思います。教科化された道徳に問題があることを自覚しつつも、実は現場で積み上げてきた魅力的な授業実績がある。文科省ですら『考える道徳、議論する道徳』と言っている。だから少しでも意味のある時間にしてほしいと活動しています。
 キーワードは『主権者教育、民主主義の担い手を育てる教育』です」と、藤沢とりくむ会の樋浦敬子さんは言う。
 「多忙な教員にも活用してもらえるものを」と教科書問題や道徳教育を憂慮する全国の教員や市民が作成したのが、「もうひとつの指導案」だ。この指導案を作成した「人権を大切にする道徳教育研究会」のホームページには、「藤沢とりくむ会」のホームページからもリンクが張られており、内容を読むことができる。そこでは小学校、中学校の教員に向けて、「ここが問題・こうしてみたら?」と一つひとつの教材の気になる個所を指摘したうえで、問題を克服した指導案を作成して提案している。
 「藤沢とりくむ会ではこれからも、市民目線で意見を出していきたいと思います。保護者も意欲的な取り組みだと思ったら、感じたことを伝えてほしいし、授業でそれは困るというようなことがあったら『それはまずいんじゃないですか』と、率直に伝えてほしいと思います。新しい道徳を考え、異議申し立てのできる主権者を育てる時間になるような提案ができるよう模索しています。あわせて育鵬社の教科書を藤沢の子どもたちに手渡さないという目標に向かって、2020年が正念場、活動を続けていきます」
 市民が教育や教科書について声を挙げていくことはできるし、それは大切なことだ。学校や教師に任せるだけではなく、藤沢市の有志のように市民一人ひとりが教育の内容について関心を持ち、かかわっていくことが大切だろう。

(P.126~P.129全文)

 

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