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04:正常であらねばならない「正常病」から、逃れるために(社会学者 井上芳保)

季刊『社会運動』2019年7月【435号】特集:医薬品の裏側 クスリの飲み方を考える

正常にとらわれる状態が正常病

 

─著書『つくられる病』では、過剰医療社会を象徴して「正常病」という言葉を使っています。正常病とは何を示しているのでしょうか。

 分かりやすい例を挙げます。毎日、血圧をこまめに測って一喜一憂する人がいます。しかし、ちょっとでも正常基準を上回ると、ひどく落ち込んで本当に身体が不調になったりします。この人は、基準値内にいないと不安で仕方がないのです。自分は正常であらねばならない。そんなふうに、正常という観念に強迫的にとらわれてしまう状態を「正常病」と私は表現しています。フランスの精神科医ジャン・ウリが、精神病に対する根強い偏見への批判を意図し、いちはやくこの概念を使っています。
 血圧といえば、私たちは「高血圧になってはいけない」、「血圧の値は下げなくてはいけない」と根拠もなく、思わされていないでしょうか。実は、血圧の基準値を調べてみると、この30年間で、高血圧と定義される人が劇的に増えていることが分かります。

 

意図的に作られる「基準値」

 

 1987年当時、厚生省(当時)の老人基本検診では、高血圧の「要医療」の診断基準値は、180/100mmHg以上でした。日本高血圧学会(注1)は、年齢層別に基準値を小刻みに設定するようになり、2004年には基準値を64歳以下は、130/85、65歳以上は140/90と変更しました。
 さらに、2008年の特定健診・保健指導の診断基準は、130/85にまで下げられています。つまり、基準値の変更により、高血圧と定義される人が増え、その結果、降圧剤を服用する人が激増しているのです。基準値を下げれば、高血圧の患者が増えるのは当然です。最近、あるテレビ番組で、130/85まで基準を下げると、なんと日本国民の半分以上が高血圧になるというデータが示されていました。ちょっと滑稽に感じます。
 いわゆる「メタボ健診」(注2)という日本独特の検査も奇妙です。個体差を無視して、腹囲を測定し、一律の基準値で、高血圧症、糖尿病など生活習慣病のリスクを語るのはおかしくないでしょうか。メタボ健診では、メタボ健診受診率の低い健康保険組合にペナルティとして課金させるように仕向けられているのです。各健保組合には2018年度より、メタボ健診受診率に応じて、後期高齢者医療制度への拠出金額の加算率が上がる制度が既に始まっています。つまりは、国民が医療費負担を強いられることになり、いかにもお仕着せがましいものと分かります。
 これらのことが示すのは、医療が産業として肥大化し、その都合で作られる「正常値」に多くの人が振り回されている問題です。根底にあるのは、強迫的な不安です。

(P.50~P.51記事抜粋)

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