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朝鮮戦争に対してなぜ日本人は「傍観者」でいられるのか (日本近現代史研究者 五郎丸 聖子)

季刊『社会運動』2019年10月号【436号】特集:「平和の少女像」が示す希望 韓国と日本の歴史を直視する

戦争に苦しむ韓国と利益を享受する日本


 朝鮮戦争の日本社会への影響は軍事的側面だけではなく、空前の経済活況という形でも人びとの生活や意識を変えた。国連軍が日本で調達する軍需物資とサービス、いわゆる特需は巨額に上った。中でも金属と繊維業は急伸し、また自動車業界は国連軍のほか、発足間もない警察予備隊からの発注も受けて息を吹き返した。ドッジ・ライン(注3)の適用で倒産、失業にあえいでいた日本経済を朝鮮特需が救済してくれたと誰もが思った。
 このように特需にわく日本人を、朝鮮半島の人びとはどのように見ていたのか。国連軍従軍記者としてソウルに派遣されていた朝日新聞の記者は、日本でつくられた兵器やトラックが戦線で使用されていること、そのことへの韓国の人の心情を1952年11月16日の記事で、こう伝えた。
「日本はうまくやっている。われわれが血を流して苦しんでいるのに、特需、新特需でヌクヌク復興してきた。韓国では……生きるか死ぬかの生活なんだ」
 戦争に苦しむ韓国の人びとと、同じ戦争で利益を享受する日本との対比、そして日本人への痛烈な批判であった。こうした状況を正面から受け止めた人は日本にどれくらいいたのだろうか。多くの人たちがそこに思いが至らなかったのであれば、それはやはり朝鮮戦争の「部外者」であり「傍観者」だったといわざるをえないだろう。
(P.59~P.60記事抜粋)

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