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市民セクター政策機構

市民セクター政策機構 市民セクター政策機構は、生活クラブグループのシンクタンクとして、市民を主体とする社会システムづくりに寄与します。

1.児童相談所から見える子どもの虐待の実像(子どもの虹情報研修センター長 川﨑二三彦)

季刊『社会運動』2020年4月【438号】特集:子どもの命を守る社会をつくる

目黒区や野田市の虐待死事件をどう考えればいいのか


 児童虐待対応件数の急増という問題に加え、相次ぐ深刻な子どもの虐待死も社会の大きな関心を集めました。
 とりわけ、東京都目黒区で、5歳女児が「ゆるしてください」とメモを残して死亡した2018年の事件や、「先生、どうにかできませんか」とアンケートに書いて一時保護され、その後、19年に死亡した千葉県野田市の小学校4年生の女児の事件は大きく報道され、このような虐待を二度と起こしてはならないという世論が巻き起こりました。
 政府は、こうした事件をふまえて次々と対策を打ち出しましたが、それらを集約する形で、19年6月には児童福祉法や児童虐待防止法等の改正案が全会一致で可決、成立しました。
 この点について、簡単に触れておきましょう。
 改正の柱の一つは、「子どもの権利擁護」です。そのなかで社会的にも注目されたのが、「しつけに際して体罰を禁じる」という規定でしょう。目黒区の事件、野田市の事件は、いずれも「しつけ」に名を借りた暴力であったと報道されたこと、毎年の死亡事例においても、しつけを口実とした暴力による死亡事例が後をたたないことなどが、背景にあります。
 ただ、社会の風潮として、「子どもを叩かなくてどうやってしつけるのか」「自分も叩かれて育ってきたけれど、いまでは親に感謝している」といった声も根強く、こうした保護者に対して、単に「体罰は禁止された」というだけでは問題の解決につながりません。
 今回の児童虐待防止法改正を一つのきっかけとして、子どもが権利の主体者であることが明記された16年の改正児童福祉法もふまえながら、社会全体で子育てについての議論を活発化させていくことが大切だと思います。また、先にも述べたように、保護者が困窮していたり、ストレスを抱えていれば、安易に体罰で済ませたくもなるでしょうから、こうした議論と合わせて、国や自治体が養育環境の改善策を打ち出すことも大切ではないかと思います。
 また、この改正では、関係機関間の連携強化策も提起されています。特に、目黒区、野田市いずれの事件もドメスティック・バイオレンス(以下、DV)のある家庭で発生していたことから、DV対策にかかる機関と児童虐待対策の機関との連携が強調されました。
 DV問題は、虐待対策にとっても重要な課題です。というのも、2004年の児童虐待防止法改正で、いわゆる「面前DV(児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力)」が心理的虐待に当たるとしたことから、現在の児相では心理的虐待の件数が全体の過半数を上回り、対応の限界を超えているからです。
 しかも、DV家庭では、DVも虐待も隠されてしまいます。なかには被害を受けている人自身がDVと自覚できないこともあり、深刻であればあるほど通告されない状態が見られます。そのため、支援にかかわる機関は、家族の様子や家族の関係性をなるべく正確に把握したうえで、それぞれの家族にふさわしい支援方法を考えなければなりません。それは、決して簡単なことではないように感じます。
 ところで、目黒区、野田市いずれの事例も都県をまたがって転居していた事例でした。そのため、法改正では、転居事例について、転居元、転居先両方の児童相談所が情報共有を適切に行い、遺漏なき支援を継続するよう求めています。ただし、転居元での支援をそのまま継続すればよいというものではありません。というのは、転居することでそれまでの環境はがらりと変わり、単なる支援の継続ではなく、新しい環境に即した支援方法を検討し、実行しなければならないからです。
 現に野田市の事例は、母方実家のそばで暮らしていた家族が、父方実家の近くに引っ越したので、特に母親や亡くなった女児には、それまで慣れ親しんでいた、また何かと援助してもらっていた母方実家からの手助けが完全に得られなくなり、生活の様子は一変したと想像できます。
 ここまで見てきただけでも、虐待問題、さらにはDV問題を抱える家族に対しては支援すべきことが多く、一つひとつの事例に対して従来以上の丁寧なかかわりが求められることがわかるのではないでしょうか。ところが、支援を行う児童福祉機関、とりわけ児相の職員は、圧倒的に不足しています。それどころか、年々急増する児童虐待対応件数に、職員の配置が追いつかず、1人当たりの業務量は、ますます増大し、丁寧な対応ができない状況が蔓延しています。

(P.11~P.14記事抜粋)

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