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市民セクター政策機構

市民セクター政策機構 市民セクター政策機構は、生活クラブグループのシンクタンクとして、市民を主体とする社会システムづくりに寄与します。

2.心に傷を負った子どもたちに必要なのは、安心できる環境、穏やかな暮らし(はぐくみの杜君津施設長 高橋克己)

季刊『社会運動』2020年4月【438号】特集:子どもの命を守る社会をつくる

虐待の通報


 千葉県健康福祉部の統計では、2018年度に児童相談所が児童虐待に対応した件数は9060件。年々増加傾向にあり、なかでも未就学児への身体的虐待が顕著だという。児童相談所の対応に至らないケースも含めたら、この数字は氷山の一角だ。行政や周囲の人が把握しきれていない「見えない虐待」も含めると、かなりの数にのぼると予想される。虐待は身体的、心理的、ネグレクト(育児放棄)、性的虐待と大きく四つに分類されるが、これらは複合的に現れることが多いとされる。
 児童養護施設「はぐくみの杜君津」(以下、はぐくみの杜) 施設長を務める髙橋克己さんは、はぐくみの杜でも虐待された経験をもつ子どもが多いと語る。
 「例えば、こんな事例があります。子どもが突然ぐったりしたので心配した親が病院に連れてきた。運び込まれた子どもには骨折痕やアザが発見されました。転んでできたケガではないと医師が判断して児童相談所に虐待を通告し、治療が終わった時点で子どもはすぐに施設に保護されたのです」
 学校の健康診断で多くの虫歯が見つかったり、衣服が汚れていたりすることで、医師や教員、警察、近隣住民が虐待に気づくことが多いが、心理的、性的虐待になると他者にはなかなか見えてこない。

困難を抱え、孤立する母親からの虐待


 先の千葉県の統計では、加害者は、実母53パーセント、実父39パーセントと、実母が圧倒的に多い。その背景には母親の育児ストレスがあげられる。子どもにかかわる時間が最も長い母親が、思い通りにいかない子育てに一人で悩んでいるケースが多いのだ。
 「乳児院には、生まれて10日目で病院から直接連れて来られた赤ちゃんもいます。母親はシングルで未成年で全く養育する能力や意思がなく、養育できる場所もなかったのが理由です。出産前から警察、病院、市町村の子ども家庭相談室が支援にかかわっていました。しかし、母親自身が子どもを育てられない状況だったため、結局は子どもを施設に預けることになったのです。
 母親による虐待の裏には、母子家庭の孤立と困窮があります。離婚しても養育費を払ってもらえず、乳幼児を抱えているので正規の職に就けず、年収100万円、150万円で途方にくれている母親も少なくありません。母親が病気になれば、子どもの面倒は見られません。収入が少ないので夜中まで働き、赤ちゃんの夜泣きで眠れない日が続くこともあります。隣近所からは苦情を言われ、助けてくれる人もいないとなれば、精神的にも経済的にも追い詰められてしまうのでしょう。それゆえ、複数の男性が出入りしていたり、薬物などの依存症で、とても子どもを育てる環境にない母親が、子どもに暴力をふるってしまうケースも多くあります。誰にとっても大変な子育てを一人で担わされている母親が、子どもをネグレクトしたからと言って子どもだけを施設に入れて、親のことは知らん顔するというのはおかしな話なのです。しかも母子家庭へのケアやサポートに対して国の政策は不十分です。このような状況を変えていかなければ、虐待問題は容易に解決しないでしょう」
 そうした現状を見据え、髙橋さんはこう思う。個人ではなく社会の問題として取り組まなければならない、と。

(P.60~P.63記事抜粋)

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