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「橋下チルドレン」の優等生

 そもそも、吉村洋文氏とは何者か。全国から見れば、コロナ禍で急浮上してきた大阪府知事について、まだよくわからないところがあるかもしれない。その来歴と人物像を振り返ってみたい。 1975年、大阪府南部の河内長野市生まれ。学区のトップ校だった生野高校を卒業し、九州大学法学部に進学。高校時代はラグビー部に所属したが、大学2年から司法試験の勉強に打ち込み、卒業した98年の10月に23歳で司法試験に一発合格している。 経歴だけ並べれば、申し分ない秀才という印象だ。しかし、中学時代までは「神童」だったものの、高校以降は「おとなしい」「確かそんなやつおったな」と言われる目立たない存在だったらしい。弁護士になり、東京の弁護士事務所に籍を置いた新人時代には、消費者金融の「武富士」が、自社に批判的なメディアやジャーナリストを相手に次々と起こした名誉棄損訴訟、いわゆる「スラップ訴訟」の代理人として、末席に名を連ねている。 2005年に独立し、大阪で友人らと弁護士事務所を開業。ゴルフ仲間の人脈から、あるテレビ番組制作会社の顧問弁護士になる。その会社は、大阪テレビ界の「帝王」と呼ばれた歌手で司会者の故・やしきたかじんと関係が深く、読売テレビの『たかじんのそこまで言って委員会』を制作していた。橋下氏が政治家になる前にレギュラー出演していたことでも知られる、過激な右派的論調の政治バラエティ番組である。 制作会社の紹介で、たかじんの個人事務所の顧問弁護士に就任したことが政界入りにつながる。11年の統一地方選で、大阪維新の会の候補者を探していた橋下氏に、たかじんが「ええのがおるで」と吉村氏を引き合わせたのだ。ともに弁護士で、ラグビー経験者でもあることから意気投合。吉村氏は「橋下チルドレン」として大阪市議会議員に初当選した。 その3年後の14年にたかじんが死去。彼の遺した巨額の遺産をめぐって泥沼の相続争いが勃発するが、この時に遺言執行人として関わったのが、市議の傍ら弁護士業を続けていた吉村氏だった。その経緯に詳しいジャーナリストは言う。 「吉村氏は真面目やけど経験が浅く、頼りない人物と言われてたね。遺産を争う双方から、遺言執行人の解任請求を受けたのが何よりの証拠。結局、自ら辞任することになったんやけど」 だが、たかじん取り巻きの在阪テレビ局関係者との縁は残った。読売テレビと関西テレビへの出演が多いのは、この両局でたかじんが長く番組を持っていたのが一因と言われる。また、右派ネット番組の「虎ノ門ニュース」を現在制作しているのも、かつて顧問弁護士を務めた制作会社の面々である。吉村氏とテレビの強い結び付きは、このあたりに源流があるようだ。 政治家としても当初は目立たなかった吉村氏だが、その資質を見抜き、維新のホープとして、さらには自らの後継者として重用したのが橋下氏だった。14年末の衆院選では、同氏の要請で市議を任期途中で辞職し、維新の党(当時)から立候補して比例復活当選。それから1年も経たない15年11月には、大阪市長を引退する橋下氏から後継指名を受け、市長に当選した。さらに19年4月には、二度目の都構想住民投票をめぐる政争から任期途中で辞職し、松井氏と職を入れ替えてのダブル選で大阪府知事となった。 つまり吉村氏は、大阪市議、衆院議員、大阪市長と、いずれも任期を全うしたことがない。橋下・松井ツートップの描く戦略に応じて、次々と職を替えてきたのである。 「彼は間違いなく橋下氏の〝作品〟ですよ。思想や性格にもともとクセがないから、周囲に染まりやすい。だから便利に使われるし、その分、怖いとも言える」と評するのは、先のジャーナリストである。 私が見た印象も、それに近い。街頭演説での語り口。公務員や「既得権益」や既存政党への攻撃姿勢。記者会見の受け答え。政策の打ち出し方やインパクト重視のイメージ戦略。そしてマスメディア、とりわけテレビの利用。まさに「橋下チルドレン」の優等生として、成長してきた感がある。 一方、庁内での評判を聞けば、「頑固で、職員の話を聞かない。これと決めたら譲らないところがある」といった声が多い。府庁のある幹部は「年上の職員と話す時も吉村さんはタメ口なんです。橋下さんや松井さんは、ああ見えて意外と言葉遣いは丁寧で、聞く耳もあった。細かいことですが、性格の違いが表れている気がします」と話す。 その一方で、「コロナ対応では神がかっていた。大阪モデルの緑・黄・赤のライトアップが好例ですが、情報発信を重視し、何が府民にアピールできるかを常に考えていた」とも言う。府庁では、「去年の入れ替え選で吉村さんが知事になっていてよかった。松井さんのままなら、ここまで大阪府の好感度が上がったか」と笑い話が飛び交っていたという。 ここでも評価のポイントは、情報の「発信力」だ。コロナ対応も、その内容というより、見せ方や打ち出し方のインパクト、タイミングやスピード感といった印象、つまりはイメージ戦略に長けていたということになろうか。とすれば、それを取材し、伝えるマスメディアの問題がやはり出てくるのである。

(p.133-P.136 記事抜粋)

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