生活クラブグループ
市民セクター政策機構

市民セクター政策機構 市民セクター政策機構は、生活クラブグループのシンクタンクとして、市民を主体とする社会システムづくりに寄与します。

1.奮闘するニューヨーク市の協同組合(ニューヨーク市協同組合経済同盟 総合コーディネーター アリ・イッサ 同事務コーディネーター シャイアナ・レイン・ウェーバー)

季刊『社会運動』2021年1月【441号】特集:コロナ禍の協同組合の価値 -社会的連帯経済への道-

急増した失業、ホームレス、貧困

 

 新型コロナウイルス感染症(Covid-19)は、すべてのニューヨーク市民に大きな影響を与えました。なかでも最も深刻な影響を受けたのが人種や性、同性愛、身体障がい、階級などの差別を日常的に受けている人びとでした。そして社会を機能させ続けるためにウイルスとの接触を避けることができない低所得の労働者は「エッセンシャル・ワーカー(不可欠な労働者)」です。
 ただし感染者が急増した際に、何が「不可欠」な仕事として支援の対象となるのか、どの業種を閉鎖するかを決めるのは結局、ニューヨーク州政府およびニューヨーク市政府です。在留資格を持たない外国人労働者などの不法滞在者も大きな打撃を受けました。連邦政府と州政府による失業保険の給付を受け取るには納税証明書が必要だったため、不法就労者は受給できなかったからです。
 さらにニューヨーク市では多くの人びとが失業したため、ホームレスが増え、貧困や食料不安が増大しました。その状況のなかで、協同組合や連帯経済を推進する団体が行動を起こしました。

 

様々な食料支援

 

 感染拡大は、地域と全国の食料供給に影響を与え、それは食品を取り扱う消費生活協同組合や「コミュニティ支援型農業(CSA)」(注1)、「コミュニティガーデン」(注2)、労働者協同組合にも及んでいます。
 ニューヨーク市最大規模の消費生活協同組合である「パークスロープ・フードコープ」(注3)などでは、民間企業の食料品店より徹底した安全対策を実施しています。いまのところパークスロープ・フードコープのスタッフから新型コロナの感染者は出ていません。
 また、「ウィンザーテラス・フードコープ」などいくつかの生協では収益が増加しました。これらの生協では組合員に対して店頭での商品の受け取りサービスを実施する一方、ボランティアによる相互扶助グループ(注4)と連携して、黒人やラテン系など低所得や無収入の住民に新鮮な食品を配給することで地域社会への貢献を拡大しました。
 コミュニティ支援型農業は農家から届く農産物などを直接購入できるため、食料品店を完全に避けたいと考える世帯から絶大な支持を得て、新世代のボランティアが仲間に加わりました。
 コミュニティガーデンは、これまで低所得層が多く暮らす地域で食料を生産し、提供することで重要な役割を果たしてきました。とくに様々な民族の文化にとって、特有の伝統的な農業や農産物を必要としつづける黒人やラテン系などの人びとのコミュニティにとって、重要な存在であり、コロナ禍でもその役割を果たしています。ニューヨーク市ブルックリン中心部に位置する「フェニックス・コミュニティガーデン」などでは、「フードボックス・プログラム(低所得者層への食料支援)」を拡大して、近隣に住む黒人高齢者に新鮮な食料を届けています。
 食品包装業の「ブルックリン・パッカーズ」などの労働者協同組合は急成長しました。ブルックリンの相互扶助グループが、低所得や無収入の住民に食料を配給するために、こうした食料の供給や包装にかかわる労働者協同組合を利用するようになったからです。こうして相互扶助グループのボランティアが担っていた食料の調達や包装業務を、労働者協同組合が請け負うことによって、ボランティアは食料購入のための資金集めや、配達に集中できるようになりました。
 こうしたニューヨークの相互扶助グループの多くは、社会主義や無政府主義を思想的なルーツとしています。そのため黒人の事業、とりわけ協同組合の支援にも熱心なことが特徴です。

注1 近郊の家族農業の生産者を支援するため、各団体に参加する個人が資金を提供して、農家が育てた野菜を直接、特定の配達所で受け取る仕組み。近年はホールフーズ・マーケットなど有機食品を取り扱うスーパーマーケット・チェーンやAmazonなどの通販におされ気味だった。
注2 空き地を使って野菜などを育て、地域の人びとに提供する活動。ニューヨーク市には約1600のコミュニティガーデンが存在する。
注3 パークスロープ・フードコープ(Park Slope Food Coop)。1973年設立の食品生協。店舗数は一つだが、組合員数は1万7000人。組合員は「メンバー=オーナー」と呼ばれ、全組合員が4週に1回、2時間45分、仕事に参加しなければならない。
注4 この報告に登場する相互扶助グループは、専門スタッフを置く常設の組織となることを意図していない、緊急支援のために集まったボランティアのグループ。

 

経営悪化と事業転換

 

 以上は明るい話題です。しかし協同組合や食品事業にかかわる連帯経済の推進団体にとっては困難の方がはるかに多いのが実情です。こうした団体の大半は地元を拠点に、ボランティアと有給スタッフによる運営を行っています。狭いことで知られるニューヨーク市内の商業スペースでソーシャルディスタンス(社会的距離)を確保するのは極めて難しいことです。
 例えばパークスロープ・フードコープでは、一度に入店できる組合員の数を制限しています。そのため店舗の外には入店を待つ人で常に長い行列ができているのに、売上は激減しています。また、パークスロープ・フードコープでは、これまですべての組合員が定期的に一定時間働くことを義務づけてきました。ところが、この制度を中断せざるをえなくなり、代わりに有給スタッフを採用したため、売上減に加えて、週に2万5000ドル(約260万円)もの追加コストが発生するようになりました。
 いまのところ政府による景気刺激策としての融資で事業を維持しているものの、不安定な状態が続いています。それでもパークスロープ・フードコープは、生活維持に不可欠なエッセンシャルビジネスと判断されたため、ロックダウン(都市封鎖)中でも営業することが認められました。
 他方、「アップ・アンド・ゴー」(注5)などのハウスクリーニングや、ベビーシッターの労働者協同組合の状況は大きく異なります。コロナ禍によって、多くの労働者が仕事を失ってしまいました。感染者数が減少したことで仕事に復帰できた労働者もいるものの、顧客の家に入ってサービスを行う際には、ソーシャルディスタンスの維持やマスクの着用、手洗いなどを確実に行わなければなりません。なかには、マスクなどの個人防護具の製造に事業転換した労働者協同組合もあります。タイルなどの工事業者である労働者協同組合「ブルックリン・ストーン・アンド・タイル(Brooklyn Stone & Tile)」もその一つです。

(p.9-P.15 記事抜粋)

インターネット購入