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市民セクター政策機構 市民セクター政策機構は、生活クラブグループのシンクタンクとして、市民を主体とする社会システムづくりに寄与します。

8.コロナ後の社会を「第四の消費」を通し見ていく(消費社会研究家 三浦 展)

季刊『社会運動』2021年1月【441号】特集:コロナ禍の協同組合の価値 -社会的連帯経済への道-

所有する消費から、シェアする消費へ

 

─三浦さんは、時代とともに人びとがどう暮らしてきたかを消費やまちづくりから読み解いています。時代によって消費にはそれぞれどんな特徴があり、どう変わってきたのでしょうか。

 

 8年ほど前に『第四の消費』(朝日新書2012)という本を書きました。この本で私は現代を「第四の消費社会」として位置づけたわけですが、その前に当然ながら第一・第二・第三があります。この四段階の消費社会は、およそ30年ごとに区切ることができるのではないかと考えています。それぞれの特徴を簡単に説明しましょう。
 「第一の消費社会」にあたるのは大正?昭和の戦前です(1908?1937)。この時期には大正モダニズムがあり、都市計画法が作られ、日本のまちを近代的な都市に変えていこうとし始めた時期です。中流のライフスタイルが勃興した時期で、もちろん地域によって異なりますが、典型的なのは丸ビルに勤めるサラリーマンで、家は田園調布、妻は専業主婦、ターミナルの駅ビルや百貨店で買い物をし、日曜日は家族で遊園地に行く。そういういまの私たちの基本的な中流階級ライフスタイルができた時代です。ただし当時、中流階級と呼べる人は15%ぐらいだったようです。
 それが「第二の消費社会」になると一気に中流化が拡大します。戦後の復興から高度経済成長期、オイルショックまでで(1945?1974)、モノを大量生産、大量消費するようになり、一億総中流社会になって核家族が増えました。マイホームやマイカーを買い、スーパーで買い物をし、テレビを観てコマーシャルに流れるものを購入する。
 けれども1970年代にオイルショックがあり、すでに消費が飽和していたこともあり、このあたりから低成長時代に入り、「第三の消費社会」(1975?2004)となります。
 車やテレビが一家に一台から数台、一人一台となります。消費が家族単位から個人単位になり、好みもデザインも多様化、個性化し、高級化も進みました。
 そのような変化の先に「第四の消費社会」(2005?2034)があります。もちろん第一から第四の消費が完全に入れ替わるのではなく、それぞれが重なり合って存在しているのが現代です(図1)。

 

「第四の消費」で注目されたコミュニティの役割

 

─第四の消費は現在のことでもあるので、少し詳しく説明してください。

 第四の消費を促進した出来事として、阪神淡路大震災、東日本大震災などの大規模な自然災害があります。道路やビルが一瞬で倒壊し、家や車が津波で流されていく。いまの若い世代は単に物質的な豊かさやモノを増やすことに価値を見いださないのですが、その一因がこうした光景を子ども時代に見たこともあるからでしょう。消費だけでは幸福になれないと感じ取ったのではないでしょうか。
 若い世代は、DIYや古い物に手を入れてカスタマイズすることに関心を持ち、カーシェアやシェアハウスを楽しむ生活になっていく。モノを買うよりコト、そこで生まれるヒトとのコミュニケーションを大事にしようとか、シンプル・ナチュラル・エコロジカルなライフスタイルを選ぶ、あるいはそれまで欧米志向、都会志向だった価値観が、日本志向、地域志向に向かっているのも特徴です。
 また第四の消費社会では、「ケア」が一つのキーワードになります。ヘルスケア、美容ケアのみならず、マネーに対する意識もケア的になっています。その主な原因になっているのは高齢化社会ですが、若い人が生命保険や個人年金に加入したり、また世代を問わずコミュニティでのケアに目が向けられるようになりました。
 高齢化に伴い、増えてくるのは高齢者の一人暮らしです。1985年には一人暮らしというと20代が多かったのですが、これからは85歳以上の単身世帯が最多で、次は60代。2050年頃の日本は「中高年お一人様社会」になります(図2)。
 また、たとえ家族がいたとしても男女平等の考えが浸透し、外で働く女性が増えたことなどから、家族によるケアだけでは不十分で、友人知人などの人間関係や地域にあるコミュニティの力を借りることが重要になってきています。
 例えばちょっと熱が出て動けないときに車で病院に連れて行ってもらう、薬を買ってきてもらう、食事や洗濯などをしてもらうというように、家族以外の身近なコミュニティに頼ることも増えるでしょう。自分でケアできることを行う「自助」、公的にケアしてもらう「公助」の中間にあたる「共助」が必要になる状況が増えていくでしょう。
 国としては公助の予算はあまりない、もしくは使いたくないとのことで、なるべく自助、共助でやってほしいという話になっています。今後の高齢化社会では、コミュニティの共助的な役割がますます増えてくるのではないでしょうか。「行政にも個人にもお金がない社会」になって、お金がなくても生活の質を高め、生き甲斐を増やすにはどうすればいいかを考えたときに、「シェア社会」「シェアコミュニティ」が一つの解決策になるのではないかと思っています。

(p.94-P.98 記事抜粋)

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