生活クラブグループ
市民セクター政策機構

市民セクター政策機構 市民セクター政策機構は、生活クラブグループのシンクタンクとして、市民を主体とする社会システムづくりに寄与します。

エッセンシャル・ワーカーとは誰か

 

 エッセンシャル・ワーカーという言葉がよく聞かれるようになりました。エッセンシャルには、生存・生活にとって「不可欠の」「絶対的に重要な」「本質的」「根本的」などの意味があります。イタリアでは最低生活の保障に欠かすことのできないという意味で「エッセンシャル・レベル」という言い方をします。従来は、水・ガス・電気など、生活インフラを支える公共サービスの担い手を指す言葉として、医療や介護に携わる人とは別の、比較的狭義の意味合いで使われてきました。
 いまはケア労働者も含めてエッセンシャル・ワーカーと呼ぶ傾向にあります。デヴィッド・グレーバー(注1)は医療・教育・介護・保育に携わる人たちに加え、公共交通の運転手、廃棄物の収集員、スーパーの店員などを広義の「ケア階級」と称しました。イギリスではそれを「キー・ワーカー」と呼んでいるそうです。広義のエッセンシャル・ワーカーは、このキー・ワーカーに対応する言葉だと思います。

注1 デヴィッド・グレーバー(1961?2020)。アメリカの文化人類学者・アクティビスト。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学教授。主な著書『ブルシット・ジョブ』(岩波書店2020年)、『負債論』(以文社2016年)ほか。

 

利益追求型社会の不条理を問うキーワード

 

 エッセンシャル・ワーカーという言葉に対して、大きく三つの社会的リアクションがありました。第一のリアクションは非常に理不尽な差別です。エッセンシャル・ワーカーに対して、市民のなかに自分の生活圏から排除するような言説・行動が日常的に垣間見えるようになりました。これが問題になると、逆に賛美や感謝が盛んに発信されるようになりました。第一と第二のリアクションは、排除と称賛という、一見正反対のものですが、その大切な部分を「社会として本気で引き受けない」という点では通底しているように思います。そして第三のリアクションとして、エッセンシャル・ワークへの賛美や感謝の高まりに、実践家や専門家たちから警戒感が示されています。朝日新聞2020年9月3日付に掲載された3人の論者の意見がエッセンシャル・ワーカー論の本質を考える際、参考になりましたので紹介します。
 介護・保育ユニオン共同代表の三浦かおりさんは、最近、エッセンシャル・ワーカーからの労働相談が急増していると言います。賃金カットや未払い、不十分な感染対策でサービス提供を強要するなど、不安を抱えながら働く人たちへの配慮や利用者への安全対策よりも、利益を追求する傾向が目立つという指摘でした。社会的選択論の専門家、坂井豊貴さんは、「エッセンシャル・ワーカーという呼称は一種の敬意・リスペクトの表われだが、身銭を切ってまでエッセンシャル・ワーカーを支えるには至らない。そうした日本社会の冷淡さを直視しなければいけない」と言っています。教育社会学の研究者、本田由紀さんは10年以上前から「やりがい搾取」という概念を提唱されています。「雇う側が働く側に『やりがい』を強く意識させることで、働き手が低賃金・長時間労働に順応してしまう」と言うのです。エッセンシャル・ワーカーという呼称は、やりがい搾取につながりかねないという厳しい指摘です。
 こうした警戒感を踏まえて、改めてエッセンシャル・ワークという言葉が、どのような課題をあぶり出したのかを確認しておきます。まず、私たちの暮らしに不可欠の事業領域が裾野を広げ存在していることを明らかにしました。その意味では、社会的認知が広がったと言えましょう。それにもかかわらず、まっとうな対価が保障されず、事業の持続が困難となる制度設計や不条理な社会の仕組みのもと、働く人に無理を強いる構図も明らかになりました。そうした社会のあり方を問う一つのキーワードとして、この言葉を使えるのではないかと思います。

空疎なブルシット・ジョブの対極エッセンシャル&ディーセントワーク

 エッセンシャル・ワークの対極の言葉に「ブルシット・ジョブ」があります。2020年夏、前出のデヴィッド・グレーバーの著書『ブルシット・ジョブ』(岩波書店2020年)が刊行されました。ブルシットは「無駄な」「無意味」「無内容な」「偽りのある」「取り繕いを必要とする」という意味です。そこには、「働いている本人にとってすら、その仕事の存在の正当化が困難。無意味で有害ですらある仕事。にもかかわらず、あたかも意味があるものとして、ワーカーは取り繕わなければならない。それが『ブルシット・ジョブ』だ」とあります。本書では、こうしたブルシット・ジョブが、なぜこれほど社会に蔓延し、そこに富が集中するのかをテーマにしていて刺激的です。
 訳者の酒井隆史さんは、あとがきで、「ブルシット・ジョブでない非ブルシット・ジョブとしてあげられる」ものとして、第一次産業や手仕事に近いもの、ケア労働をあげ、「もし、経済に何か実質的な意味があるとしたら、それは人間が命を守るために、また活気ある生活のために互いをケアする手段として機能するからこそ、意味がある」と言うのです。まさに社会的連帯経済を目指そうという呼びかけであり、ブルシット・ジョブは、ディーセントワーク(働きがいのある、人間が大事にされる労働。後述)、エッセンシャル・ワークの対極にあると言えます。

「どう実現するか」がワーカーズ・コレクティブの本領

 ブルシット・ジョブとの闘いはいまに始まったことではなく、ワーカーズ・コレクティブもその運動の開拓者です。約40年前、国際的な協同組合運動から協同組合による地域づくりが提起され、日本でも生協運動のなかで方針化されました。そして1982年、生活クラブ生協の事業拠点からワーカーズ・コレクティブの第1号として「にんじん」が発足。生協業務の受託や仕出し弁当から始まり、40年の歴史を経て、現在は全国で約500団体が事業を展開しています。
 自分たちの働き方を「雇われない働き方、もう一つの働き方」と表現し、神奈川県のワーカーズ・コレクティブなどでは「コミュニティ・ワーク」とも規定しています。協同組合の精神に基づき、働く人が自ら出資し、対等な立場で自主的に事業にかかわり、自己決定し、決定したことに対しては全員が責任を持つ働き方です。経済的自立のみならず、人間的・社会的な自立の精神がうたわれています。業種は多岐にわたり、仕出し弁当・配食・家事援助・介護・保育・学童保育・児童デイサービス・居場所・健康体操・鍼灸・薬局・再エネ・事務業務委託・リサイクル・編集・調査・配送・生協業務受託など、生活に必須のサービスを様々な形で提供し、まさにエッセンシャル・ワークそのものです。
 しかし、ワーカーズ・コレクティブの本領は、そこに留まりません。エッセンシャルな領域を担っていることも大切ですが、それをどう提供しているかが、併せて重要です。地域社会でますます多様化するニーズに対応するため、コミュニティに開かれた、誰もがそこで働ける協同労働の場をつくること。そのためには、まず地域のニーズを掘り起こし、市民の命と暮らしを当事者の視点で支えるサービスを立ち上げ、ケアの受け手とケアワーカー双方の尊厳を守っていく。そこで生み出された価値を共有し、分かち合い、コミュニティに循環させていく。働きにくさを抱えた人たちとともに仕事文化を開拓・実践していることも、ワーカーズ・コレクティブの一つの特徴です。
 こうした取り組みを持続可能にするために、コミュニティや自治体との連携は不可欠です。単にサービスを提供するだけでなく、どのようにその機能を実現するのかが、ワーカーズ・コレクティブの本領であり、エッセンシャル・ワーク論では語り切れません。

(p.108-P.111 記事抜粋)

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