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市民セクター政策機構 市民セクター政策機構は、生活クラブグループのシンクタンクとして、市民を主体とする社会システムづくりに寄与します。

自助・共助・公助の定義から始める(中央大学教授 宮本 太郎)

<好評発売中>季刊『社会運動』2021年4月【442号】特集:自助・共助・公助と生活クラブ

Q 菅義偉首相が所信表明で語った自助・共助・公助とは?

A 菅首相の考え方は自助中心型。「まずはとにかく自助で頑張れ」、「それでダメなら家庭や地域の共助に頼れ」、「それでもダメな場合は国や自治体の公助を利用せよ」というものです。自助の比重がほとんどを占め、残りを共助・公助で補うというイメージでしょうか。
 その根底には極端な自己責任論と、社会保障を利用するのは例外的な人だという選別主義的な福祉観が見て取れます。

 

Q宮本さんが考える自助・共助・公助の定義とは?

A 「自助・共助・公助」という言葉は曖昧であるがゆえに、その時々の政権の福祉政策に都合よく使われてきました。大切なのは、定義を明確にすることです。菅首相の考えは、おおむね以下のようなものと思われます。
・自助=経済的に自立した個人であること。
・共助=家庭や近所付き合いといった昔ながらの支え合い。
・公助=生活保護などの社会保障制度。
これに対し、私はこのように考えています。
・自助=働いて稼ぐことも含め、個人がその人らしく生きられること。
・共助=協同組合やNPOなどによる、自助する人びとを支え合う活動。
・公助=共助を支えるための、国や自治体による様々なサポート。
 私は「自助の共助の公助」と呼んでいますが、公助という土台があるからこそ共助が可能になり、共助が支えるからこそ自助が成り立つと考えています。「公助・共助・自助」と順番を並べ替えてもよいかもしれません。

 

Q菅首相が掲げる自助・共助・公助との違いは?

A まず、自助が単独で成り立つという考え自体がフィクションに過ぎず、現実離れしていると言わざるをえません。「自助できている人」としてしばしばイメージされるのは、大企業に勤める正規雇用者だと思います。終身雇用によって十分かつ安定した収入を得て、家族を扶養している人たちです。
 こうした正規雇用者たちは、家事・育児などで実は配偶者に依存していたというのが実際でした。保険や年金といった福利厚生についても、会社が保障してくれています。さらに政府の手厚い保護を受けている業界もあります。つまり自助しているように見えても、実は様々な人や制度に依存していたわけです。
 そして現在は、いくら頑張って働いても低い所得しか得られない非正規雇用者が急増しています。メンタルの病気、引きこもり、家族の介護などに直面している人も珍しくありません。一向に収束の兆しを見せない新型コロナウイルス感染症も、状況の悪化に拍車をかけています。このように何らかの困難を抱えた世帯こそが今日の標準的な姿といえるわけで、菅首相が共助の拠り所としている家族も大変脆弱になっているのです。また詳細は後述しますが、地域社会における共助も、自治体による公的なサポートなくしては成り立ちません。
 さらに近年は正規雇用者であってもいつ会社を追われ、不安定な暮らしに転落するかわからないケースも特殊ではなくなっています。こうした現実を見据えた自助・共助・公助のあり方が求められているのです。
 従来のように対象を高齢者、障がい者、困窮者だけに絞り込み、所定の給付を行う縦割り型の社会保障制度はもはや機能しません。公助を生活保護だけに狭く定義するのではなく、もっと広く捉え直す必要があるわけです。

 

Q宮本さんが考える自助・共助・公助の理想的な関係性とは?

A 先に言った通りですが、自助・共助・公助がバラバラに存在する「分離型」でなく、三つが密接に関わり合った「連携型」を追求するべきです。一人ひとりの自助を協同組合やNPOが共助で支え、その共助を国や自治体が財政的・政策的支援による公助で支えるというものです。
 一つの事例として、ドイツ・ベルリンの「SEKIS(自助連絡情報センター)」を紹介しましょう。このセンターは非営利組織によって運営され、経済的困窮、各種の依存症、DVといった様々な困難を抱えた人が集まってきます。そしてセンターは同じ困難を抱えた人の自助グループを支援しています。
 様々な人びとが暮らす国際都市ベルリンでは、例えば同じDV問題でもドイツ人世帯と移民の世帯では考え方も解決方法も異なります。センターはこうした文化的な背景も考慮しながら自助グループづくりをサポートし、ピアカウンセリング(注1)などの共助を進めることで問題の解決を図っています。そしてセンターの活動資金は、自治体からの財政支援という公助によって賄われています。
 似た事例として、イタリアの「社会的協同組合」が挙げられます。ここでは職に就けない若者や高齢者、薬物やアルコール依存症、刑務所からの出所者、移民といった社会から排除されがちな人びとが働いています。イタリアでは、労働が生活者の基本的権利と位置づけられており、「排除から包摂へ」(注2)という理念が社会のルールとして浸透しています。
 おもしろいことに、イタリアは国として統一された仕組みがなく、また日本などに比べれば制度が整っているとも言い難い。だがその分、それぞれの地域ごとに人びとが工夫していわば現場力を発揮しています。
 これはミラノで経験したことですが、駅の切符売り場が混んでいると「次の電車に乗りたい人はいるか?」という声が誰からともなく上がって、急いでいる人を優先させるんです。日本のターミナル駅であれば窓口を開いて列などつくらせないでしょう。日常の些細な場面ですが、このように自治が自然に生まれる風土が、地域ごとの自発的な共助の仕組みにつながっているのだなと思います。
 隣の韓国では、国がリーダーシップを発揮しています。2007年に成立した「社会的企業育成法」では政府が社会問題に取り組んでいる企業を認定し、補助金や税制優遇などの支援を行っています。こうすることで、社会的に弱い立場の人びとへの保障と雇用を同時に進めようとしているのです。
 自助・共助・公助の連携方法は、国によって様々です。これらの取り組みをそのまま日本に取り入れるのは難しいと思いますが、いろいろな事例を学ぶ意義はあるでしょう。

 

注1 ピアカウンセリングとは、同じような立場・境遇にある人どうしが、対等な立場で悩みや不安を話し、共感的に聞き合いながら、解決策を見出していくこと。

注2 「排除から包摂へ」とは、障がい者など社会的に弱い立場にある人びとを社会から隔離排除するのではなく、社会の中で助け合って生きていこうという考え方。

(p.11-P.16 記事抜粋)

 

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