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市民セクター政策機構

市民セクター政策機構 市民セクター政策機構は、生活クラブグループのシンクタンクとして、市民を主体とする社会システムづくりに寄与します。

①生活クラブが目指す持続可能な産地づくり-消費と生産の境界を越えるローカルSDGsが切り拓く可能性(生活クラブ事業連合生活協同組合連合会 会長 伊藤由理子)

【発売中】季刊『社会運動』2022年4月発行【446号】特集:農業危機 -生産する消費者運動

生活クラブ生協が誕生して56年。 その間、社会、経済の状況や、地球環境のありようは大きく変化した。 2015年頃から、その変化は危険水域に向かってスピードを上げている。 こうした状況に対して生活クラブは何ができるのか、 何をすべきなのか、新たな対応策が模索されている。 50年間という時間軸でライフステージを見据えた時、 「食べる組合員」「作る生産者」という役割分担だけでは、 相互の地域社会を維持・持続できない厳しい現実が見えている。 持続可能な産地づくりに向けた生活クラブの今後の取り組みを 伊藤由理子生活クラブ連合会 会長に聞いた。

 

共同購入運動のパラダイムシフト

 

―生活クラブではいま、共同購入政策の大きな方向転換となる第7次連合事業中期計画の議論が進んでいます。

 

 現在の第6次連合事業中期計画(6次中計)は、生活クラブにとって非常に大きな意味がありました。その基本総括を踏まえて次の政策議論に進むことになります。6次中計の直前は、組合員数も事業高も低迷する時期が続き、事業は危機的状況でした。そこで6次中計では最優先課題として組合員を増やすこと、特に若い人たちの加入を増やすことを目標とし、システム改革、対象世代別消費材(注1)開発、ブランディング戦略、多様なメディアへの露出等に取り組みました。首都圏単位生協(会の事業を利用する会員生協/単位生協=単協)が展開してきた福祉・たすけあい事業の全国での展開も掲げました。結果として組合員は増え、総事業高も1000億円を超え、複数の単協で福祉事業政策への取り組みも始まりました。

 この期間に同時進行で私たちに迫ってきた新たな問題は産地の危機的状況です。人口減少、高齢化、気候危機、担い手不足など、要因はいろいろあります。生活クラブが掲げる共同購入運動論は、都市部の消費者が自覚的・選択的に生活に必要な材を消費する。そして、この「利用する力」を結集することで生産者を支え、生活クラブだけでなく業界における問題解決にも影響を与えていく、というものです。ところが消費者の「利用する力」だけでは、産地を維持できなくなっていることを思い知りました。都市部で組合員を増やしてみんなが利用しようとしても、「原料がないので作れない」という事態が継続して発生し、さらに品目も増えてきたのです。

 私が最も危機感を持ったのが、梅干しの原料不足でした。温暖化の影響か、原料の梅の実が生らなくなったのです。奈良県産だけでは対応できず、和歌山県産も含めてなんとか原料を確保しました。梅干しが国産で作れなくなったら、それこそ一大事でしょう。加工用トマトも同様です。主産地の中部圏では猛暑のため、枝についたままトマトが煮えたようになってしまい、収量が激減しています。各地方の気候風土において旬の時期に大量に収穫される生産物を、加工することで旬の栄養価のまま誰でも買える価格で流通させる。そうした加工食品の生産も含め、食文化は形成されてきました。気候危機によってそのことが根底から崩れようとしています。

 そんな状況を目の当たりにして、第7次中期計画(7次中計)は、いままでのように「利用結集の力を強めて、生産者と一緒にがんばろう」で、果たして共同購入事業は成り立つのか、というところから議論が始まっています。そのため7次中計において共同購入の政策は、かなり生産の領域に踏み込んだものになります。地球環境、生産環境、日本の経済状況や格差などを直視し、「社会全体の課題を生産者と共有し、どうやって一緒に解決していくか」が基本的な視点です。

 「持続可能な開発目標(SDGs)」の取り組みである「生活クラブ2030行動宣言」にも、これまで着手してこなかった課題を盛り込んでいます。例えば、生産現場の労働状況が確認できないパーム油は、使用する製品の原料を切り替えることを検討しています。いま、ヱスケー石鹸㈱では、石けんの原材料を廃食油へ切り替えることにチャレンジしています。品質はかなり改善されてきましたが、環境や人権を考えれば、いままでとは若干異なる石けんを組合員は使わないといけない。消費する側もいままで通りとはいきません。

 まず、組合員に「利用するだけでは生産を支えきれない」という現実を認識してもらうことが必要です。自分が生産に参画していることを改めて発見し、生活クラブを通してどのように具体化していくかに取り組んでいきたいのです。そこで、共同購入政策の基本方針に、第一次産業の提携産地の持続可能性を高める大きなテーマとして、「地域循環共生圏」(ローカルSDGs)を位置付けることとしました。食べる力はこれからも私たちの最大の武器です。どう行使して問題解決に臨むのかが大きなテーマです。

 

―2021年に国が打ち出した新たな農業政策を、生活クラブはどう受け止めているのでしょうか。

 

 2020年から2021年に、国は大きな政策をいくつか打ち出しました。食料・農業・農村基本計画、みどりの食料システム戦略(みどり戦略)、福祉でいえば地域共生社会、環境でいえばローカルSDGsなどです。内容的に問題がないわけではありませんが、私は今回の「食料・農業・農村基本計画(農林水産省)」を評価しています。みどり戦略も農薬の削減や有機農業比率の明記など、これまでの政策とは異なる側面があり、ローカルSDGsは生活クラブの共同購入政策に通じる考え方といえます。都市部においても地方においても、地域が活性化しないと持続可能性は担保できません。そして、各省庁の政策を実行するのは地域です。まさに「FEC+W自給ネットワーク構想(注2)」の延長線上にあり、ローカルSDGsという枠組みで、個々に出された政策を地域で組み直していく必要があります。

 この十数年、官邸主導型の政治が行われるなかで、官僚のなかには「日本は本当にこれでいいのか」と思っていた人もいたはずです。だとすれば、批判もするけれど良いところは評価する。官僚にもちゃんと働いてもらう。そのために、国の政策を受け止めていくことも必要です。 生活クラブでSDGsの検討を始めた時に、「そんな国が言っている胡散臭い言葉はやめてほしい」という意見がありました。その気持ちはとてもわかるのですが、もっと大きな枠組みで取り組んでいかなければ間に合わないという危機感があります。生産物の認証制度も、生産者と消費者の二者で確認できれば第三者認証はいらないと考えてきましたが、今後は必要に応じて第三者認証を取得する予定です。生活クラブが、ローカルSDGsといった国の政策を自分たちの計画の柱に立てるなんて、いままでならあり得ないことですが、今回あえてその言葉を使ったのには、私たちなりの意味が込められているのです。  以上のように、7次中計とそれに基づく共同購入事業の政策は、生活クラブの共同購入運動自体のパラダイムを変える内容になっています。買う側、作る側といういままでの立ち位置を越えて共同購入運動を広げていかないと、課題は解決しないという状況認識に立っています。

(注1) 生活クラブでは、取り扱う食品や生活用品を、利潤追求が目的の「商品」ではなく、実際に使う人の立場にたった材であると考え、「消費材」と呼んでいる。 (注2) 生活クラブは、Food(食料)、Energy(エネルギー)、Care(福祉)にWork(仕事)を取り入れ、地域経済の循環を目指すFEC+W自給ネットワークを構想している。

 

ローカルSDGsをテーマに、持続可能な産地形成

 

―いま、どのようなことが検討されているのでしょうか。

 

 生活クラブでは従来、加工食品に使う原材料は、各生産者が中心となって調達をしてきました。例えば、加工用トマトの産地対応はコーミ㈱が、醤油の材料の対応はタイヘイ㈱が主に担っています。つまり、「加工用も含めた生産物を力にして、産地をつくる」という体制ではなかったんです。ですから、そういった体制も組み直して、共同購入にかかわるすべてが産地形成の力になるようにしていきたいのです。

 年々確保が厳しくなる加工用トマトの栽培を、生活クラブが青果の生産者全体に提案したことはありませんでした。しかし、新規就農者を積極的に受け入れている産地では、手間と時間をかけて育て上げた土でなくても大規模栽培が可能な作物にも関心があると知り、産地づくりの提案に加えています。温暖化が進むなかで、加工用トマトの新たな産地として浮上してきたのが北海道です。

 また生活クラブの畜産飼料は、飼料用米の拡大と並行して、アメリカのNON-GMO(遺伝子組み換えではない)トウモロコシを取り組んでいますが、世界のトウモロコシ市況の変化や価格の問題、生産量の限界もあり、コロナ禍の経験も踏まえ、国産化の検討を始めました。この飼料用トウモロコシの産地もまた、北海道が有力です。飼料用トウモロコシと加工用トマトの兼業、あるいは生活クラブが直接、原料生産にかかわることも可能かもしれません。様々な手法を組み合わせて、産地の持続可能性を追求していく必要があります。

 

―持続可能で安定した産地づくりに、提携産地での地域協議会の形成と、ローカルSDGsのモデルづくりが期待されます。

 

 6次中計ではFEC+W自給ネットワークをテーマに、地域協議会の形成を生産者に働きかけてきました。まずは、庄内、栃木、長野、紀伊半島の4地域で、その先行事例として庄内FEC自給ネットワーク構想を提示し、それぞれの提携産地で、「このエリアだったら何ができるか」と話し合いが始まっています。生産者が個々に持っている課題、「これは生活クラブに言うことではない」と思っていることも引き出して、その解決策を形にできたらよいと思います。  庄内では移住計画が具体化していて、住宅事業に手を挙げた地元の事業者から、説明会に参加した組合員へ「地域に温泉の源泉を持っているので、ここで温泉事業を始めませんか」という提案までありました。何かを始めると新たに登場する人がいて、いろいろな連携が生まれるのがローカルSDGsのミソなんだと思います。共同購入事業の取り組みだけでは、知り合えなかった人たちです。そうして生活クラブ以外の人や行政とつながるパートナーシップという部分で、地域協議会は大きな力になるはずです。

 ローカルSDGsは、地域の資源を掘り起こして循環させるわけですが、地域の実情はそれぞれなので、自分たちの地域だけで生産―消費の循環ができなければ、生活クラブ全単協の力を使うこともできます。それが生活クラブの一番の強みであり、ダイナミズムだと思います。

 

―産地形成に向けた今後の展望をどのように考えますか。

 

 それでも、産地がそう簡単に甦るわけはなく、その間に消費材の原材料がなくなってしまうかもしれません。梅干しの生産者の㈲王隠堂農園は、梅の実が生らなくなった危機感から、その後、果樹のICT管理の実証実験に参加しています。この数字がこうなったら肥料をやる、こうなったら防除するなど、やり方を変えたら、実が生るようになったそうです。いままでの農業は、生産者の経験と勘と熱意でやってきたところがありますが、気候、気温の変動があまりに大きくて、それでは追いつかなくなっているのです。ICT(情報通信技術)管理には様々な意見がありますので、王隠堂農園のチャレンジを生産者間でも共有し、議論していきたいと思います。

 実際、食べるものがなくなったら、困るのは私たちです。「ないなら自分たちで作るしかない」という生活クラブスピリッツで乗り切るための選択肢も掲げました。一から開墾するわけではなく、周りに生産者がいて人手さえあればもっと生産できるところに、一緒に農業法人を作るなどして産地形成に参画するイメージです。定年後を含めて農業をやりたいという職員や組合員はいるし、職員教育の一環として直営農場で働くという選択肢があってもいい。援農にとどまらず、生産者との共同運営による原料生産を視野に入れ、さらには実験農場や加工場の建設もイメージとしては持っています。

 喫緊の問題として、地球の温暖化・過熱化への対応があります。産地をどう支えるかということはもちろんですが、食料をどうやって確保していくのかも、大変重要な課題です。そのためには、生産適地の検討や品目・品種・生産方法の変更も必要ではないでしょうか。いままで採れていたものが採れなくなったと嘆いてばかりではなく、いま採れるものへの切り替えも必要です。だからといって、生産者だけがリスクを抱えるわけにはいきません。そういった場面でこそ、組合員が食べること・使うことで支えていく。いままでと同じものが生産できなくなったからといって、他の産地に切り替えるということではありません。  私たちにとって持続可能な産地とはどういうところなのか。子どもも若者もいて農業以外の仕事もあって、美味しいご飯屋さんも病院もあって、安心して生活できる地域が持続可能であるということです。そこに組合員が主体的に参加し、この運動が発展的に広がれば、生産者・産地との連携も自給する力も強くなり、社会が大きく変化していくでしょう。ですから、このローカルSDGs、新たな産地形成の議論には、地域の組合員にもぜひ参加してほしいと思っています。 (構成・猪俣悦子)

(P.12-P.21 記事全文)

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