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北欧の家族政策、現地の人は満足している?(鐙<あぶみ> 麻樹:ジャーナリスト・写真家)

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スウェーデンのラッテ・パパ国会議員

 

 2022年9月、私はスウェーデン・首都ストックホルムにいた。11日開催の国政選挙・統一地方選挙の取材のためだ。中央駅周辺には、各政党がスタンドを立てて選挙活動をする空間「選挙小屋」ができていた。目についたのが、子どもを抱っこ紐で抱えながら選挙活動をしている男性だった。日本では珍しい光景だろう。

 

 1993年生まれのヨーアル・フォルセルさんは2018年から中道右派「自由党」で国会議員を務め、今選挙でも続投となった。「私の政党では学校政策を重要視しています。市民が自由であるためには、教育という道具が必要ですから」と話す。育児をしながらの政治活動は順調だそうだ。

 

 「スウェーデンには寛容な育児政策があるので、育児と政治家としての仕事の両立はうまくいっています。母親が6?7か月育児休業をした後は、私が同じ期間の育児休暇をとります。スウェーデンにはパパクオータ制度がありましたが、今はジェンダーニュートラルとなり、『親クオータ』と呼ばれて、両親でシェアします。今の制度もいいですが、私は、父親はもっと家で育児をするべきだと思っています。育児休業中に、政治家として様々な機会を逃しているとかは感じませんね。スウェーデンでは両方できます」

 

 スウェーデンには「ラッテ・パパ」という有名な言葉がある。ジェンダー平等やフェミニズムの論文などにもよく登場する言葉だ。北欧版「パパ友」現象ともいえる、育児をしながら悩み事を話し合うパパたちのことだ。北欧諸国はコーヒー消費率が世界的にもトップ。スウェーデンのパパたちは、カフェラテを飲みながら交流することでその名がついた。実はこうしたパパたちはノルウェーでもいる。カフェラテをテイクアウトして、ベビーカーを押しながら散歩するのは、都市に住む今時の育児風景となっている。

 

 「ええ、私もきっとラッテ・パパになるでしょうね」とフォルセル議員は笑った。

 

 

スウェーデンの家族制度は特定の層だけの北欧モデルか?

 

 

 投票会場で市民の人に声をかけていると、ある家族が目に留まった。会場に入ろうとしているが、入り口のドアが小さすぎて、ベビーカーをがんがんと押して中に入ろうとしている。ドアと格闘していたのはアンナさんだった。北欧は雪国のために、ベビーカーのサイズは大きくて丈夫なのだ。日本だったら電車で迷惑そうな顔をされるかもしれないサイズだが、北欧ではそんなことは起きない。だが古い建物の投票会場のドアはそのサイズを受け入れられる広さではなかったようだ。投票を終えたばかりのアンナさんに今選挙の感想を聞いた。

 

 「今年の選挙はいろいろな意見があって、最後までどこに投票するか迷いました。ヘルスケア、子どもがいる家庭向けの家族政策、スウェーデンで今起きている暴動対策が私にとって大事なテーマでしたね」。アンナさんも、自分の国の家族政策にはまだまだ満足はしていないそうだ。

 

 「スウェーデンにはたくさんの女性議員がいて、初の女性首相もでたし、平等な社会なのだという証明にはなっていると思います。でも、家族政策にはまだ満足はしていません。家族といっても色々な家族がいるから、もっと家庭には選ぶ自由があってほしい。他の国の人には、スウェーデンにはその自由があるように見えるかもしれないけれど、それはメインストリームの人たちのための政策で、コインの裏側が見えていないのではないかしら。最近では子どもと過ごす時間の大切さを忘れている人もいると感じます」

 

 この「子どもとの時間が少なくなっている」のでは他の北欧諸国でも聞くことがある。平等社会で女性がバリバリ働くようになったが、父親の育児や家事の時間が必ずしも増えているとは限らない。結果、働くことに忙しい親は子どもと過ごす時間が減っている。そういう類の小言(?)は、高齢の女性から筆者もよく聞いている。とはいえ、北欧諸国は専業主婦の時代には戻らないだろうから、父親が家庭で過ごす時間を増やす政策や充実した保育園環境が必要になる。変わる必要があるのは男性側だ。

 

 「左翼党」のイーダ・ガブリエルソン国会議員は、自国のジェンダー平等や家族政策の状況をこう話してもいた。

 

 「党内には女性ネットワーク組織もあり、党内のさまざまな機関において最低50%は女性にするという規則があります。積極的に年齢やジェンダーなどで多様性のある組織にしなければいけないと感じています。現在ある課題においては、女性はケア労働についていることが多く、そのような職種では給料も低い傾向があります。その問題を解決するためには男女両方の働き手が必要です」

 

 関わりがあると感じにくいかもしれないが、選挙の場に子どもがいることも、育児がしやすい社会を反映していると私は思う。スウェーデンでは育児中の親も政治の質問をしに政党スタンドを訪れ、子どもも楽しんでいた。

 

 そして、私が住むノルウェーの首都オスロでも今保育士の待遇改善を求めてのストライキが開催されている。1才の子どもを保育園に通わせる友人は、私にメールをして、「保育園がストライキで、娘が家にいるし、遊びにこない?」と連絡してきた。

 

 ストライキは労働組合が指揮しており、組合側が一部の保育士に「ストライキに参加をして」と指示する。残りの保育士は通常通り働く。ストライキ参加の保育士は、指定の黄色いユニフォームを着て、駅前などに立ち、ストライキ中だということを市民に目に見える形で知らせる。現在は月曜日と金曜日だけストライキで友人の保育園は休みだ。自治体と組合の交渉が上手くいかない場合は、ストライキがレベルアップして、さらに多くの日に多くの保育士がストライキに入るという。

 

 ストライキはどの職種もすることが多いので、市民の多くは理解をしている。もしストライキが続きすぎて、「市民生活や人命に悪影響を及ぼしている」と国が判断した場合は、政府が強制的にストライキ交渉を止めさせる場合もある。だが、これをすると「労働組合と雇用主側の交渉文化」に敬意を払っていないことになるので、多くの市民の不満が継続されることになる。だから政治家は両者のストライキ交渉期間中はできる限り意見せずに、強制終了も命じないことがベストとされている。報道機関も、「ストライキ側は何を訴えているのか」という目線で伝えるのがお馴染みだ。

 

 今回のストライキはオスロの私立保育園112か所で働く保育士たち1000人によるものだ。「私立は公立の保育園より待遇が良いのでは?」と思うかもしれないが、保育園の運営は公立でも私立でも、運営者が違うだけ。私立は国や自治体の規則に従うため、子どもが受けるサービスに私立と公立で大きな差がでるわけではないというわけだ。だが、公立保育園で働く保育士よりも、私立の場合は年金制度などで待遇が落ちる。今回は平等を求めての私立側の抗議というわけだ。

 

 どのような社会問題に対しても、北欧の市民は「労働組合と雇用側との交渉」「ストライキ」という文化に敬意を払っている。子ども・子育て支援でも、貧困問題も、フェミニズムも、市民の抗議運動があるからこそ前進してきた。

 

 「ちょっと、ストライキに行ってくるわ」と、まるで散歩のように参加するストライキ文化は、日本にはないかもしれない。とはいえ今の私たちの世代は、もうちょっとストライキに気軽に参加できる空気、労働組合での交渉、家事や育児をする男性議員、子どもと一緒に楽しむ選挙空間、女性議員が多い国会などを、次世代に遺すことはできるのではないだろうか。北欧モデルというのは、きっとこのような要素がいくつも折り重なって出来上がったものなのだろう。つまり、どこの北欧諸国も現在の状況に満足はしておらず、さらなる住みやすい社会をつくるために、今日も地道に声をあげ、政治家の背中をバンバンと押している。

(P.96-P.100、P.103-P.105記事抜粋)

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