月刊『社会運動』 No.320 2006.11.15

目次

協同組合法制化検討プロジェクト報告@ 世界の協同組合法制の歴史と課題―出資金をめぐる国際会計基準の動向
堀越芳昭‥‥2
第4回食糧政策研究会 WTO農業交渉と地域再生の課題 矢口芳生‥‥20
第21回社会経済セミナー報告@ 生活クラブ親生会30周年によせて 山田 充‥‥28
「ポスト小泉」改革への「もう一つの構造改革」 社会的企業が拓く市民的公共性の新次元 粕谷信次‥‥32
社会的経済―世界のうごき モンブラン会議に向けた国際ミーティング 法橋 聡‥‥37
CODEX バイテク部会 動物由来遺伝子組み換え食品論議のデタラメさ 倉形正則‥‥41
神奈川ネット・統一地方選挙に向けて 政党の空洞化を越えて、ネットは進む 若林智子‥‥45
<食>の焦点L 豚肉と日本農業 今野 聰‥‥52
社会的企業研究会事例報告 社会的排除に取り組む社会的企業 青いそら 浅草秀子‥‥54
生活クラブがグリーンピース・ジャパン「トゥルーフード特別賞」受賞 赤堀ひろ子‥‥58
海外リポート 「民主主義の祭日」スウェーデンの総選挙と2006年の結果レーナ・リンダル‥‥60
アソシエーション・ミニフォーラム報告 知っているようで知らなかったGM表示 風間由加‥‥66
雑記帖 大河原雅子‥‥68


表紙からのメッセージ 写真家・桑原 史成
 北朝鮮は10月9日、朝鮮中央通信を通じて「地下核実験」を実施したと発表した。朝鮮半島の北東部を震源とする地震波を日米韓などが観測したが、核実験であるのかどうかの確認は、直ぐには判明しなかった。
 6日後の14日(日本時間15日未明)に国連安全保障理事会は、核実験実施を発表した北朝鮮に対し制裁をさだめた決議を全会一致で採択した。
 表紙に掲載の写真は、現時点での北朝鮮を撮影したものではないが、同国の民衆の表情の一コマを撮った元山市での写真を載せることにした。この元山市は日本海側に面した港湾都市で人口が約30万人で、産業は水産加工や造船、化学工業、紡績などの工場がある。新潟港に入港していた万景峰号の母港でもある。
 この元山市は、北朝鮮が日本の境港市(鳥取県)と友好都市の協定をもっている唯一の都市でもあった。このたびの核実験によって境港市は提携関係を解消する書簡を送ったとされる。いまの東北アジアでの軍事的な緊張が危惧される。


協同組合法制化検討プロジェクト
世界の協同組合法制の歴史と課題 出資金をめぐる国際会計基準の動向
堀越 芳昭(山梨学院大学教授・前日本協同組合学会長)


 市民セクターは、生活クラブ連合会と協同組合法制の検討プロジェクトを設けている。
 今回の堀越教授の講演は、このプロジェクトで行われたが、今後の生活クラブ運動における協同組合研究にとって基本となる視点と課題を鋭く指摘し、整理いただいた極めて重要なものである。特に私たち自身も含めて、協同組合陣営が、自己の長所を伸ばし、弱点を解消することによって協同組合運動を社会に広げていくために、協同組合法制の改革に対して取り組むことがいかに不十分であったかを、あらためて痛感させられた。プロジェクトに関わる資料は順次掲載していくが、今後の私たちの協同組合法制化検討の基調となる大切な問題提起として、今回は長文ではあるがここに全文を掲載する。(編集部)

《司会》「世界の協同組合法制の歴史と課題」という大きなテーマで堀越先生にお話しをいただきます。二つ目には、この間、国際会計基準をめぐる、出資金をめぐる動向というのが協同組合事業にとって非常に大きな問題になっております。その動きと問題点を指摘していただきます。今までは資本であったものが負債になるということで議論が起こっておりますが、それをどのように見て、協同組合はどのように説明すべきなのかという点も含めてお話しいただきたい。これは大変関心のある問題ですので、時間を半分とっていただきたいと思います。大変よくばりなお願いですが、よろしくお願いいたします。

●私の研究史から
 私は協同組合法制の研究に日本の産業組合の研究から入りました。学生時代に法制的な研究から日本の産業組合の成立過程を検討したことがあります。その後、金融という角度から協同組合論に接近しました。もともとは、日本資本主義における信用組合の役割、位置づけという角度から検討していたのですが、日本資本主義の発展の中で信用組合を位置づけるとともに、協同組合の理論、思想を踏まえないと、信用組合の問題でも、金融の問題でも、実はよく理解できないということがわかり、そこから協同組合についての研究を行ってきたわけです。

●出資金と不分割積立金の原則が重要
 そのなかで、協同組合のこれまでの研究で最も欠落している部分、最も重要だが解明されないできた問題、深められなかった問題が資本問題であるということを発見しました。ちょうど1980年代、ICA(国際協同組合同盟)をはじめ国際的な協同組合において、株式市場への上場の問題とか外部資本の導入をめぐって、協同組合の資本が非常に重要な問題になったことがありました。
 1970年代には、レイドロー報告以前のことですが、将来は協同組合の株式市場上場も視野に入れた方向をICAは考えなければいけないという意見がかなり強かったのです。80年代に入って、レイドロー報告によってそれが厳しく批判されました。そういったこともあって、資本問題は非常に重要な問題だと思い、協同組合の資本問題について関心を懐いたわけです。
 この資本問題において協同組合出資金の特質をきちんと把握するということが重要です。その特質とは協同組合の出資金は組合員と密着した存在であるということです。株式会社の資本は、いったん出資しますと、株券は交付されますがその出資金は株主から離れてしまいます。ところが協同組合の出資金はずっと組合員と一体のものとして存在しています。これが協同組合と株式会社などの法人企業との大きな違いです。出資金は組合員制度に規定されています。協同組合の出資金はそういう特質を持っているということです。これは出資金が変動的可変的であるということから、よく出資金の「可変的特質」(「可変資本」)とか言われるものです。
 それとともに協同組合の資本問題にとってもう一つ重要なことは、1995年のICA原則にも採用されました「不分割積立金の原則」です。この原則は、協同組合の共同性、資本の共同性、つまり「共同資本」としての役割を発揮させ、そうした出資金と共同資本との連携によって協同組合の資本が形成されるということを意味します。この不分割積立金の思想というのは、ビュシェやロバアト・オウエンの時代から今日まで連綿と続いている協同組合の「資本」思想のひとつであるわけですが、それを現代に生かしていくことが重要であると思います。
 この2点、「出資金」と「不分割積立金」の問題にこだわりたいと思います。
 その後、協同組合の制度問題に関心が向き、「協同組合制度論」ということで各国法制の問題とか、協同組合基本法の問題、ワーカーズコープ法についてかかわってきました。今日は資本問題と制度問題の両方をやれということですが、20年、30年かけてきたことを、短時間でどこまでお話しできるか心もとない状況です。
 最近、関心を持っていることは、協同の理念、協同組合の哲学についてです。特に近年は、「協同」ということが風化しているといってもいい状況にあります。これまで協同組合については組織論的に解明する場合が結構多かったと思いますが、協同組合の「組合」ではなく協同組合の「協同」について検討することが今重要になってきているのではないか。その協同とは何なのか、協同のメカニズムとは、それはどのような効果を発揮するのか、といった問題を検討しております。
 また、もう一つ、いま「地域」の問題についても関心を抱いております。これは山梨県の地域経済の問題ということとも関連しているのですが、やはり地域の問題、地域経済、地域社会の問題、国民経済とは違った「地域経済」というものの自立的な発展が非常に重要になってくると思います。
 そういうなかで協同組合の役割はどこにあるのか。すなわち協同組合の性格もそこでは多少異なってくるのではなかろうか。性格が異なるというか、協同組合の役割を別の観点から見直されなければならないのではないかと、このように考えているところです。最近のそういった「協同の哲学」と「地域の再発見」、そういう観点で話をすすめていきたいと思います。

●各国の協同組合法制度改革
 まず「協同組合法制」の問題ですが、イギリスほか、主要国の協同組合法制の動向について資料を用意しました。参照してください。
 「イギリス協同組合法」は1997年に提案されたものですが、まだ成立していません。これが提案された年にイギリスに調査に行き、いろいろな発見をいたしました。−続く


第4回食糧政策研究会報告 WTO農業交渉と農業・地域再生の課題
東京農工大学教授 矢口 芳生



 生活クラブ連合会と当機構が共催する食糧政策研究会の第4回に、矢口先生にご講演いただいた際の抄録をお届けします。矢口先生は「共生社会システム学会」を立ち上げられ、また『共生農業システム叢書』全11巻も準備され、今年度中には全巻脱稿の予定とのことです。共生システム、そして農業というキーワードは、協同組合でも以前よりの理念だったはずのものであり、また今後の必須課題でもある、と認識を新たにしているところです。(編集部)

●頓挫したWTO交渉
 きょうは大きく2点、WTO(世界貿易機関)農業交渉と国内の農業方向性を見ていきたいと思います。
 まず、WTOの農業交渉については、7月23・24日に主要国6か国による閣僚会合が行われました。この段階で決まらないと2年ぐらい進展はないのではないかと言われています。アメリカの行政府が一括して交渉権限を議会から委譲される仕組みをファーストトラックと言いますが、その有効期限が切れかかっています。
 各国はそれなりに譲歩をしたのですが、アメリカ自身が全くそういった素振りを見せず、結局、今回の閣僚会合では合意に至らなかったということです。ともかく向こう1〜2年は、アメリカが再度ファーストトラックを持って臨まないとおそらく交渉も始まらない。この状況でWTOのラミー事務局長が、交渉中断を提起し、各国からも異論は出ずということのようです。
 93年にGATT(関税貿易一般協定)のウルグアイラウンドに合意しまして、95年からWTO協定が発効していますが、しばらくはそれが延長して適用されることがほぼ決まったと言えます。日本を初め、譲歩を厳しく迫られている国にしてみれば、2〜3年の猶予が与えられたと言うことでしょう。

●もう一つの農業貿易原則の必要性
 しかし、これで終わりにはなりません。基本的に自由貿易体制にふさわしい農業貿易体制を作るという方向では全く変わっていません。
 私は、その猶予された時間の中で国内での努力と同時に、もう一つの農業貿易原則の確立というのも模索してもいいのではないかと思います。80年代の半ばに、開発と環境に関する世界委員会(ブルントラント委員会)が提起した、持続可能な方向でどう世界各国が努力するか、というもう一つの流れがあります。スウェーデンなど北欧圏では、この理念を現実政治に生かし、農業も含めて持続可能な方向性を追求しています。日本でも自動車ではハイブリッド等、カーボンニュートラルを目指すものを開発している、バイオマスなども努力をしていくという流れがあります。自由貿易というのは、文字通り何でも自由ということではない。単なる自由ではなく、成熟社会にふさわしい貿易のあり方、生活のあり方を追求していく必要があると思います。

●新農政2006の国際戦略4本柱
 既に食料農業農村基本法第15条に基づいて、第2回目の「食料・農業・農村基本計画」が出されています。同時に「21世紀新農政2006」、いわゆる「中川イニシアティブ」と言われるものが今年4月に出されました。これは経済財政諮問会議で中川農林水産大臣が公表した政策で、構造改革に視点を置いています。小泉首相が本部長をやっている食料農業農村政策推進本部というところで、正式にこの「21世紀新農政2006」を決めています。国際戦略と国内農業の体質強化が中心になっています。
 もちろん「基本計画」のほうにも、そのことは書いてあるのですが、目玉はむしろ食育とか、地産地消というところに焦点がありましたし、目先が変わったなと思われた方もあったかと思いますが、皆さんもたぶんそのへんに注目しているのではないかと思います。もう一方で、国内農業をどうしていくのかということについては、むしろ「21世紀新農政2006」をきちっと見ておく必要があると思っています。
 この「中川イニシアティブ」が目指しているものを一言で言うと、自由化の進展を前提に、農産物も労働力も東アジア共同体でやるという宣言だと思います。
 国際戦略では四つの柱を立てています。まず一つ目として、WTO農業交渉、FTA(自由貿易協定)、EPA(経済連携協定)交渉への積極的な取組みをやるということを言っています。WTO農業交渉が、事実上、中断される状況では、地域ごとに農産物の自由な行き来をより進めていく方向です。日本としては、東アジアに重点を置くと宣言している。その積み上げの中でWTO農業交渉も成功させていく。
 二つ目は、農産物や食品の輸出促進、いわゆる攻めの農政の具体化です。平成16年に2,954億円であった輸出額を5年間で6,000億円(H21)までに倍増させるとしています(9月29日、安倍首相は所信表明演説でH22までに1兆円を目指すと表明)。私はこれもそんなに甘い話ではないと思います。猫だましと言いますか、輸入を沢山やるので日本も輸出をしますよという裏返しの感じもしないでもない。
 三つ目には、東アジア食品産業共同体構想を明確に打ち出しています。農産物の原料から加工した製品に至るまで東アジアを中心にして財を行き来させるということです。
 四つ目は、知的財産権です。わが国のさまざまな種苗、あるいはそれに類する品目についても知的財産権を保護していき、国際競争力を強めていくと言っています。
 いままで東アジアにおけるわが国の食品産業の現地法人の活動規模、具体的には投資額ですが、17年度には84億ドルだったのを5年間で3割から5割上昇させたいというのが、「中川イニシアティブ」の目標です。農産物も資本も自由に行き来させて国境をできるだけ低くするという方向が明確に宣言されています。

●「担い手」の絞り込みと所得移転
 自由化の一方では当然、国内農業の体質強化ということが言われています。基本計画では、地域振興に近い地産地消などということを位置づけていますが、この「中川イニシアティブ」では、国内農業の体質強化を強調しているものの、農村振興については申し訳程度に書かれているに過ぎない。日本のような輸入国の場合には、国内農業の体質強化と、もう一つの車輪として農村地域振興という政策が提言されなければならないわけです。財政諮問会議への報告文書ということもあったとは思いますが、いかに構造改革をやっているかということを印象づけるような文章になっているわけです。
 体質強化については大きく2点あります。まず「担い手の育成と新規参入の促進」というのが大括りで一点。もう一つは「食料供給コストの削減を強力に進めること」です。−続く 


第21回社会経済セミナー報告@ 共同購入をささえる生産者
生活クラブ親生会30周年によせて 生活クラブと生産者の類い稀な関係性
山田 充 生活クラブ親生会会長



 生活クラブの「生産者」のグループである、生活クラブ親生会が、本年30周年を迎える。「独立性・異業種連帯・(生活クラブとの)対等互恵」を掲げ、個々の生産者がヨコに連帯し、生活者と協同することによって、巨大な多国籍企業すら不可能なことを可能にしてきたその活動は比類の無いものと言える。その歴史は、生活クラブそのものの歴史に他ならない。時代も、組合員も、そして生産者もがあらゆる意味で大きな「潮目」を迎え、次代を切り拓くための新たなチャレンジを共にすることができるか否かが、今、問われている。その思いを重ねて山田会長講演を掲載する。

 生活クラブ親生会は、今年、30周年を迎えておりまして、11月に記念総会をやります。同時に、30周年の記念誌を発行する準備を進めているところです。
 来年1月、飯能に連合会の新DCが稼働します。それと期を合わせて、さらに新しい情報システムも稼働するわけです。それと期を合わせて、生活クラブが拡大キャンペーンを展開するということは、皆さんご存じのとおりですけれども、これに呼応して親生会も記念事業の一環としてこのキャンペーンを盛り上げていこう。そんなことも計画しております。
 きょう私が柄にもなく皆様の前で話をしなくてはならないというのも、30周年記念の一環ということですけれども、私は、今までにも、組合員の皆さんの前で親生会についてお話ししたことが数回あります。いつでしたか、私の地元の生活クラブで交流会をやるから来てくれと言われて行ったところ、きょうはスパイスの話はしなくてもいい、親生会について話をしろと言われて話をしました。スパイスの話も少しはさせてもらいましたが……。(笑)
 きょうは生活クラブ連合会の河野前会長も加藤会長も見えておられますが、生活クラブと親生会の世にも稀な関係性についてお話ししようと思います。
 私は、親生会の30年はまさに生活クラブと一緒に歩いてきた30年であると、折りに触れてお話ししていますけれども、見方を変えますと、生活クラブに導びかれながら歩いてきた30年、というふうにも言えるのではないか思っております。
1.生活クラブ親生会の現状
 本題に入る前に親生会の現状をお話ししたいと思いますが、実は「社会運動」誌が2000年6月号で「親生会運動と生活クラブ」という特集を組んでいます。その内容とあまり変わっていませんけれども、それ以後会員数は少し増えて現在122社です。
 親生会は、年に1回総会をやると同時に、研修会や勉強会などをやって、連合会の会長、専務、単協の理事長さん等からお話をいただいて勉強をしております。
 それから、委員20名と監事2名で構成する運営委員会を開催しており、隔月ながら機関会議として機能しています。会長は不肖山田で、副会長は平田牧場の新田嘉七さん、みついし昆布の榎本恵子さん、事務局長は日東珈琲の川端勇雅さんが当たっています。
 この運営委員会の下に3つの事業部会を持っています。
 1つは交流部会です。これは昔からある部会で、組合員の皆さんとの交流とか会員相互の交流を主宰しています。おまつりとか拡大交流会とか試食会、あるいは生産者研修・交流会とか若手メンバーの研修交流会などをやっておりまして、鹿川グリーンファームの丸尾敏晴さんが仕切っています。
 2つ目は広報部会、これは「親生タイムス」の編集・発行とか親生会会員名簿の管理など、たいへん重要な活動をしており、泰山食品の佐藤久さんがやっております。
 3つ目に自主管理部会というのがあります。これは連合会の自主管理委員会と連動していまして、平田牧場の新田さんが主宰しています。
 また、親生会は地域ごとに6つの地域親生会を持って活動しています。
 北から行きますと、北海道親生会、これはNSニッセイの高橋さんが代表です。続いて山形親生会、これは一番古い地域親生会で、親生会とほぼ同じ歴史があります。代表は先輩の新田嘉一さんです。3つ目は首都圏親生会。これは会員数が一番多くて、加工食品・生活用品から一次産品まで約80社を抱えています。4つ目は長野山梨親生会で、おびなたの大日方さんが代表です。5つ目は静岡親生会、これも先輩の奥村吉明さんが代表です。そして6つ目は近畿親生会で、王隠堂農園の王隠堂さんが代表です。
 地域親生会も年に一度総会・研修会を開催して、毎回、連合会の役員の方にお話をいただいております。
 そんなところが親生会の姿ですが、親生会の年間予算はどのくらいかといいますと、今年度は4500万円弱といったところです。この予算で活動しているということです。
2.生活クラブ親生会の発足当初
 親生会を振り返りますと、発足したのは1977(昭和52)年で、当時のメンバーは36社でした。発足後間もなく第1回の総会をやっていますけれども、その時のメンバーは47社になっています。生活クラブが世田谷の一隅で呱々の声をあげたのは1965(昭和40)年、生協化したのは68年です。ですから、親生会は生活クラブ生協からほぼ10年遅れてスタートして、その時にメンバーが47社だったということは、生活クラブ生協がスタートして約10年で50社近い現在に至る生産者があったわけです。−続く 


社会的企業が拓く市民的公共性の新次元
「小泉・構造改革」、「ポスト小泉」改革への「もう一つの構造改革」
法政大学教授 粕谷 信次



 粕谷教授は、第一回のモンブラン会議に参加され、昨年の11・27国際シンポジウムを前後して、経済学者の立場から、社会的経済=連帯経済を理論的にリードしてきた。この度、氏は「社会的企業が拓く市民的公共性の新次元〜持続可能な経済・社会システムへの『もう一つの構造改革』(時潮社)」を刊行された。その自注的論文を掲載する。

「戦後日本の総決算」―中曽根から小泉に―
 この9月、「構造改革」を叫んで5年半に及んだ小泉内閣が舞台を退いたが、その「構造改革」とは何であったか。1970年代から80年代にかけて、世界は石油危機に襲われ、世界同時スタグフレーション(停滞とインフレの同時並存)に落込んだ。それは第二次大戦後に支配的となったケインズ的福祉国家体制(それを経済的に支えたのは、成熟局面の「20世紀システム」による世界的な高成長である)が危機に陥ったことの現れであった。英米のアングロ・サクソン諸国はこの危機に対して、自国の、そしてグローバルな新自由主義的改革(福祉国家の出現以来、社会の全成員に対して国家がその生存権を保障すべく積み上げてきた資本の自由な運動に対する社会や国家による諸規制から資本を解き放つ新自由主義的改革)によって対応した。冷戦の相手方が崩壊し、それに対抗すべく社会の成員を体制内に包摂する必要から解放されるとともに、弱者への配慮を行う余力を失い、グローバル化した大競争の中で勝ち組になることによってのみ、「富裕層」自らの生き残りを図る他なくなったのである。
 日本でも、この時、中曽根首相は「戦後日本の総決算」を叫んだ。しかし、日本資本主義はスタグフレーションから世界で最も早く抜け出し、彼の「戦後日本の総決算」はウヤムヤになってしまった。それがやがてバブル景気を昇りつめた後、「平成長期不況」に呻吟する中、2001年4月、小泉純一郎は鬱積した国民の不満を一挙に解消するかの如く、「骨太・構造改革」を掲げ、8割を超える国民世論の支持をバックに首相の座を獲得した。

 「カンフルを打ち続けないと景気がもたないのは、日本の経済構造が制度疲労を起こしているからだ。赤字国債の増発によるケインズ的な景気対策は、グローバルな市場での大競争に耐えない企業や産業、制度を温存することになる。」
 「『財政再建』を睨んで歳出削減、赤字国債発行枠を30兆円に押さえる。競争力のない企業や不良債権を自力で処理できない問題企業、さらに、エンプロイヤビリティの劣る労働力のリストラを推し進める。郵政民営化、道路公団民営化等、民営化・規制緩和を推進する。」「たしかに『痛み』が生じる。しかし、この『痛み』に耐えれば、規制の縛りを解かれて、企業は活性化し、『530万人雇用創出』が可能となる。」「改革なくして成長なし」!

景気回復―持続可能な発展に繋がるか―
 そして、2005年版の『経済財政白書』以来、「政府の構造改革のへの取組もあいまって日本経済は回復、発展軌道にのってきた」とその成果を自賛する。しかし、この回復は、持続可能な21世紀を齎すような発展に繋がって行くのだろうか。
 懸念の第一は、景気回復の裏では次のような事態が進行していることである。スローガン通りの過激な市場原理主義的な構造改革は日本発の世界恐慌の引き金を引く虞がある。かくて「守旧派」に妥協してソフト化はしたものの、この間になし崩し的に、生き残る強者と整理・しわ寄せを蒙る弱者への分割を進めつつ、強者が再び活性化できるような水準にまで、債務、雇用、設備の三つの過剰のリストラを遂行した。その結果として生じている事態は、勝ち組と負け組みへの企業の腑分け、企業のサバイバルを賭けたリストラによる雇用、賃金、労働条件への皺寄せ、その典型としての正規雇用の非正規雇用への切り替えに始まって、社会保障・福祉水準の切り下げと負担増、そのうえ、地域格差拡大等々、指摘したらきりがない。一言でいえば、我々の生活世界、地域社会、共同性のメルト・ダウンを進行させてしまったのである。「経済民主化」、「所得倍増」、「国土の均等発展」、そして「1億総中流化」の「戦後日本」は、「連帯」、「きずな」、「地域」を失って殺伐とした「格差社会」に解体されてしまった。
 懸念の第二は、景気に底を打たせ、回復を導出したものはアメリカと中国への輸出拡大であった。しかし、そのアメリカにしても中国にしてもそのバブル景気の先行きは累卵の危うさにあるということである。グローバル化した経済は覇権国アメリカの「双子の(ややもすれば家計の貯蓄まで赤字という『三つ子』の)赤字」を構造的に組み込んで、グローバル化した経済の何処かに順繰りにバブルを起こすことによってのみ景気の回復を図るに過ぎないように見える。
 それだけではない。そのバブルと不況に振り回されて、この間、社会経済的格差、社会的排除の拡大は、グローバルなスケールでは、国内の何十倍、何百倍ものオーダーで進行し、隔絶する貧富の差、「希望格差」に由来する<テロ−反テロ戦争>のさらなる拡大。そしてかかる社会的持続性の危機進行の舞台となっている地球環境の破壊は加速的に進行している。この生命の星・地球の上での人類の文明は21世紀の半ばまでさえ持続可能なのだろうか。その中で、小泉外交は、一方で、積極的にブッシュ政権の言うままにイラクに自衛隊を派遣し、中曽根の(当時はまだ問題発言として騒がれた)「日本がアメリカの不沈空母になる」を文字通り実現する方向に踏み切った。他方で、「靖国参拝」に拘り、この大事な時に、日中、日韓関係を冷却させた。21世紀の安心・安全な持続可能な発展の展望は真っ暗闇である。

小泉後継・安倍政権の問題性
 ところで、小泉後継の座を同内閣の官房長官・安倍晋三が獲得した。しかし、その政権構想は、内政においても、外交においても、じつは、「小泉・構造改革」以上に大きな問題、矛盾を孕んでいるように見える。−続く 



社会的経済―世界の動き
モンブラン会議に向けた国際ミーティング 参加報告記
近畿労働金庫 地域共生推進センター長 法橋 聡(共生型経済推進フォーラム運営委員)



 2006年9月18日パリでの「第3回モンブラン会議に向けた国際ミーティング」に参加してきました。大慌てのドタバタ参加。ルーブル美術館を観る間もなく文化の香りが殆どしない報告(残念!)ですが、来年の第3回世界会議への日本からの参加の在りようを考える素材の一つとなることを願って、以下ご報告します。

■ あたふたと出発
 今回の参加は、昨年11月、フランスの「社会的経済」推進の第一人者であるジャンテ氏を招聘して、東京・大阪・熊本で国際フォーラムを連続開催した流れを受けたものです。以後、モンブラン会議から日本の各構成団体に対して、幾度か国際ミーティングへの参加が招待されたことを受けて、あくまでオブザーバーながら、社会的経済の潮流を肌で感じる機会として近畿ろうきんから私が参加することとなったものです(日本からは一人)。
 参加決定が直前となったため、出発前日の晩まで日常仕事に追われる状態。あまりの準備不足を心配した職場の仲間が作ってくれた英語訳の名刺と自己紹介文だけを頼りに、9月15日朝、あたふたの出発となりました。

 ヘルシンキ乗継ぎで15日晩8時にようやくパリに到着。待機してくれていた通訳の田代さんと、そのまま午前0時頃まで打合せ(バテバテ)。田代さんはフランス在住30年以上。今回の会議に多いに共感いただき、「会議時間だけの通訳」を超えて会議前日のジャンテ氏との顔合わせもセットしてもらうなど、滞在期間を通して力強い味方となっていただきました。

■ 前日に顔合わせ
 さて、会議前日17日の晩。ジャンテ氏夫婦、事務局イザベルさん、カナダから初参加のギモン氏と私、田代さんたちで食事。場所はサンジェルマン通りのレストラン「リップ」。文豪、俳優、マスコミ人などが集う有名店らしく、この日も著名人の来店に何度か店内が沸いていました。1年ぶりに再会したジャンテ氏は変わらず理知的ですが、今回は奥さん同席の故か、前回お会いしたときより随分リラックス。料理から子供のことまで話は広がりましたが、政治・選挙の話に及ぶとジャンテ氏の奥さんが俄然元気に。どうもご夫婦で見解が違う部分があるようで、さすがのジャンテ氏もタジタジのご様子。いずこも同じと、ちと安心。日本の非営利セクターの現状については、皆さん、とても興味を持っておられ、食べる間もないほど質問が集中しました(でも、エスカルゴは美味かった)。

■ いよいよ会議がスタート
 ということで、いよいよ18日会議当日。会場は、共済保険組合Maifの本部ビル。
 参加者は、ジャンテ氏(ヨーロッパ共済保険グループ会長)のほか、仏、共済保険組合Maif本部代表経営者、協同組合銀行広報部長、カナダからケベック連帯経済金庫総調整役、スペインからはモンドラゴン協同組合書記長など、事務局、通訳含め20名強。

 今回の会議は、モンブラン会議の2006年度定期総会を兼ねた会議でしたが、まず、モンブラン会議について少し説明させていただきます。
 この機関(会議)の正式名称は「The Mont-Blanc Meetings Association」仏語では、「Association Les Rencontres du Mont-Blanc(RMB)」

*「会議」という名称ですが、フランスにおけるアソシエーション、即ち、日本でいうNPO法人に相当する団体として構成されています。賛同する団体(協同組合)で国境を超えて出資会員が構成され、これまで、「社会的経済の国際的な促進」に向けて世界会議(社会的経済)を2回に渡り開催しています。(以下、主体の機関をRMBと標記)

 RMBの会長でもあるジャンテ氏が議長となり会議がスタート。事前には「オブザーバーには発言権なし」と伺っていましたが、冒頭、ジャンテ氏から「日本、カナダの新しい友人から、まずあいさつを」とのこと。私からは「日本では社会的経済の概念がまだ充分定着しておらず、また、非営利・協同セクターの相互連携も必ずしも充分とは言い難いが、昨年のジャンテ氏のシンポを契機に少しずつ広がりを見せつつある」ことなどをまずご報告。これを機に、都合6〜7回ほど発言させていただきました。−続く 


CODEX バイテク部会
動物由来遺伝子組み換え食品論議のデタラメさ
市民セクター政策機構 倉形 正則



コーデックスバイテク部会新たな議題
 2006年11月27日からコーデックス・バイテク特別部会の第6回会合が開催されます。会場は、昨年の第5回に引き続き千葉県の幕張メッセ国際会議場です。第5回の様子は、『社会運動』308号(2005/11/15)で既報されていますので、できればご参照下さい(「GM動物、栄養強化食品ガイドライン作成始まる」清水亮子)。
 本稿では、当機構も協力するコーデックス研究会で行われてきた、今回のバイテク部会の問題点をいくつかまとめ、加えて市民側で用意されている対抗企画をお知らせすることとします。
コーデックスとバイテク特別部会
 コーデックス・アリメンタリウス(Codex Alimentarius)はラテン語で食品規格という意味ですが、それを定めるのが食品規格委員会(Codex Alimentarius Commission)、通称コーデックス委員会です。1962年に国連食糧農業機関FAOと世界保健機関WHOの2つの国際機関によって作られ、2004年段階で169カ国の参加国があります(WTO加盟国149カ国より多い)。各国の参加は自由であり、また基準を満たした非政府組織NGOも議決権はありませんが、登録して意見表明が可能です。
 各国の食品規格は、それぞれの食文化や食習慣を反映して、当然のことながら独自のものとなっています。WTO体制下では工業製品と同様に食品も自由貿易商品として、価格を最優先事項とする弱肉強食原則が適用されつつあります。自由な食品貿易の際に、各国の食品規格が立ちふさがる場合があります。いわゆる貿易紛争の勃発です。WTOに訴えられた紛争処理の際にその裁定基準として、コーデックス基準が採用されています。以来、コーデックス基準は、重要な意味を持つようになりました。日本は食料の大半を輸入に頼っています。そして、その輸入食品を巡っては国会議事堂で採択された食品法規よりも、コーデックス基準が幅をきかします。食品法規は選挙で選ばれた議会で決められますが、コーデックス基準は、各国議会にはかけられません。国際条約とは違い、議会による批准は必要ないのです。
特急審議だったバイテク部会第1ラウンド
 1996年にモンサント社などが、GM作物を本格的に商売し始めたとき、米国はGM食品の国際基準が必要だと主張しました。圧倒的に買う側の立場である日本政府は、第23回コーデックス総会で、GM食品などのバイテク技術を応用した食品の基準を作ろうと発議、その結果、バイオテクノロジー応用食品特別部会の設置が決められました。コーデックスには20の常設部会と6つの地域委員会がありますが、期間限定の特別部会は現在バイテク部会と他2つです。
 言い出しっぺということでバイテク特別部会は、日本が議長国を務めることとなり、開催地も開催費用も日本が受け持っています。(参加旅費は各国持ち。一部補填有り。)
 バイテク部会の第一ラウンド(2000〜03年)では、GM食品のリスク分析原則とGM植物、GM微生物由来食品の安全基準=ガイドラインを策定しました。4年間でこれらのことを作り上げたのは、コーデックスの他の部会の審議速度と比べると驚異的な早さでした。ステップ飛ばしというテクニックも使った特急審議でした。まだまだ未知の分野という内容の難しさで見ても驚きですが、160カ国の意見調整という点でも驚異的なスピードです。実際、全加盟国、全参加機関の国民的参加を得ながら進めた(本来そうすることがコーデックスの原則となっていますが)のなら、こんな短期間では合意されなかったことでしょう。
 その頃は世界市場にモンサント社のGM穀物が溢れ出し、日本には北米からGM製品を含んだ何万トンものコーン、大豆、ナタネが毎日のように陸揚げされていたのです。各国毎に異なる安全基準で、GM作物が審査や規制されていた日には、直接の顧客である農民達のGM種子購買意欲に陰りが出かねません。GM作物ガイドラインが急がれるには理由がありました。
 ところがGM魚や、GM動物などの安全基準は未定のまま残されています。その分野のGM商品は、まだ作られていませんでした。
 そこで残された宿題である様々なGM生物(由来)の食品ガイドラインを作ってしまおうというのが、昨年から再開されたバイテク特別部会第2ラウンドの使命(総会委託事項)です。要するに魚もイカも貝も、それどころか鳥類、ほ乳類、は虫類、昆虫、節足動物etc、みーんなまとめてエイヤッと動物として一括りにして、GM動物食品規格を作ってしまおうと言うことになりました。期末一掃大バーゲンと言うところでしょうか。

バイテク部会第2ラウンドの議題
 昨年、幕張で開かれた第5回バイテク部会では、第2ラウンドの議題の範囲が論議され、その結果、採用となったのは
・GM動物由来食品の安全性評価
・栄養あるいは健康上のメリットのために改変されたGM植物由来食品の安全性評価
 の2つです。バイテク部会はこの2つの案件についてガイドライン案を作成し、2009年のコーデックス総会に提案することになったわけです。同時に懸案事項として
・GMワクチンを施された動物由来食品の安全性評価(ケニアが提案書を用意)
・GM食品の市販後のサーベイランスについて(メキシコが討議資料を用意)
 が準備されることになっています。
 一方、各国からの事前提案で出てきた以下の案件は採用されませんでした。
・未承認GM植物の微量混入の安全性評価
・スタック・ジーン(GM)植物の安全性評価
・生理活性物を発現するGM植物の安全性評価
・医薬品成分、非食品成分を発現するGM植物の安全性評価
・クローン動物の安全性評価
 GM動物と栄養強化GM植物の2つの議題については、それぞれ作業部会(ワーキンググループ)が設置され、第6回特別部会に向けて叩き台を準備することになりました。GM動物ワーキンググループは、その議長役を日本政府とオーストラリア政府が担い、今年の2月と5月末にグループ会合を開催しています。
問題点指摘した専門家会合
 コーデックスの通常の手続きとして、新規議題であるGM動物に関するFAOとWHOによる合同専門家会合が、まず2003年にもたれました。
 今回の合同専門家会合は、GM動物問題にかなり踏み込んで検討していました。現実のGM動物商品が世に広く存在していない、つまり現世の商売事情によるしがらみが少ないと言うことも、背景にあったからかも知れません。
 18名の専門家による4日間の会合の場でまとめられた報告書は、GM動物の安全基準策定にあたって、次の諸点の検討が必要であることを指摘しています。
・GM動物の環境影響
・GM動物食品の科学的評価に直結する倫理面
・ベクター(組み込む際に使う遺伝情報の運び屋)デザインの改善
・マーカー遺伝子・不要DNA配列使用の回避
・長期的及び非意図的な有害性のため市販後調査の活用
・非意図的効果測定のため、動物製品の主要構成物のデータベースの必要性
・GM動物の研究・開発情報のデータベースの必要性
・途上国のGM動物の評価・管理水準の向上
・すべての利害関係者や一般市民による参加型協議を早い段階で開始し、GM動物がもたらす潜在的利益、リスク、不確実要素について情報交換を行うこと
・動物バイオテクノロジーに関する倫理整理が必要である
 大局的な点から、より具体的なものも含め、いずれも大事な指摘です。現状ではGM動物について議論するための、基礎的な情報が整理されていないことすら垣間見えます。
 バイテク部会の第一ラウンドでは専門家会合報告に沿ってレールが敷かれ、その上を部会論議が超特急で走り抜けるというのが既定路線でした。ところが現時点では、GM動物専門家会合報告は、ほとんど無視されようとしています。
GM動物ガイドライン案叩き台のでたらめさ
 先に触れたGM動物ガイドラインの叩き台を準備するワーキンググループ2月会合では、日本と豪州政府によって叩き台(ドラフト)が用意されました。
 専門家会合報告はGM動物のもつ問題点と、これまでのコーデックスGM基準の弱い点を指摘しています。それに引き替え日本と豪州政府の叩き台は、乱暴にもGM植物ガイドラインをそのまま使い、その文中の「植物」という単語を「動物」という単語に置き換えたようなものでした。まるで高校生が宿題のレポートをインターネットからコピーして、ワープロ上で単語を置換して提出したかのようでした。
 中でも酷かったのはアレルギー部分の記述です。GM植物ガイドラインでは、その部分はとりわけて小麦のグルテンのアレルギーが指摘されていますが、GM動物ガイドライン叩き台のアレルギー項目も、なんとそのまま「小麦グルテン」が書かれていたという体たらくでした。
 あまりの酷さに5月のワーキンググループ会合では、置換テキストは姿を消しましたが、代わりに重要な部分が見出しだけで本文は白紙というドラフトが提出されたのでした。−続く 


<ネット・統一地方選挙>A
政党の空洞化を越えて、ネットは進む
<お話>  神奈川ネットワーク運動 共同代表 若林 智子
<聞き手> 編 集 部


 ――2007年度の統一地方選挙に向けた特集号の2回目ということで、神奈川ネットワーク運動に統一地方選挙に向けたお話を代表の若林さんに伺いたいと思います。来年4月に統一地方選挙がありまして、それぞれの地域で政策とか、公社づくりとか、体制づくりとかが進んでいるかと思います。月刊『社会運動』としては、ローカルでやっている政治団体の政治を浮上させていくことを狙いとしてこの企画を組みました。
 小泉政権が終わって安倍政権発足ということなのですが、まず最初に小泉政治の評価ということから伺っていきたいと思います。ローカルの立場から、この間の小泉政治の評価を含めて伺いたいのですが。

小泉政治と消化試合の自民党総裁選挙
<若林> 小泉さんがやったことで、官から民への流れをつくったことというのは一定の評価をすべきだと思っています。官僚によってつくられたバブルの時代は終わった。そこからは市民の知恵や実践が新しい時代をつくるんだと私達も言ってきました。では小泉さんがつくった流れが市民セクターの拡大につながるかというと、そうではないですね。私たちはローカルパーティですから、そこに向けては口を開けて待っているのではなくて、ボトムアップで実体として市民層を育て、豊かにするということがなければいけないわけです。
 一方、規制緩和をして市場原理が働いたことで、リスクも高まり、マンションの耐震構造疑惑の問題とか、ライブドアに象徴されるような事件も起きてしまった。小泉さんは自民党をぶっ壊すと言いましたが、社会のシステムを壊した次に、当然必要となるセーフティネットをつくるべきでした。
 公の事業を民間市場に委ねたときには、セーフティネットとしてチェックシステム、つまり、人権の立場から市民の苦情処理をしていくものをセットで用意していかないといけなかったけれども、そこが非常に後れている。介護保険やふじみ野市のプールでの事件の際もそう感じました。やはり、オンブズマン機能が必要です。そのための条例制定運動への取り組みも進めているところです。
 自民党の中では、確かに、田中金脈政治から続いてきた抵抗勢力を壊してきました。ところが、気が付くと、今回のような消化試合みたいな総裁選です。
 抵抗勢力がない中での安倍総裁誕生となったのですが、このことが、市民の政治への関心を逆に薄めるのではないかとも思います。組織の中には本当は多様な意見があり、抵抗勢力もあってもいいのかなと、自分の組織を映しながら思ったりもしています。
 ――ボトムアップというところがとてもポイントだと思うのですが、全国的に個人の格差、地域の格差が小泉政治によってもたらされたと言われます。例えば荒川区で給食費の援助額が増えたということがあるのですが、神奈川県では、実感として、格差というのは具体的にどういうふうに感じられますか。
<若林> 神奈川県には、政令指定都市が2つもあり、人口の半数以上を占めています。県のテーマは主に教育と警察ということになります。教育のテーマで言うと、神奈川県で年々就学支援がものすごい数字で膨れ上がっています。しかも、100%そのニーズに応えていけなくなって、はじめて希望者を切り始めてきてしまった。この間、定時制高校の問題に取り組んできましたが、私学に進学できない子供たちが諦めて定時制のような公立の最後のセーフティネットに流れ込んでいるのだけれども、それさえも切っていくようなことが起きているんです。
 一方で、教育費が家計に占める割合が高くなり、私達の周りでも教育費を捻出するためにパート労働に行っている女性たちが増えています。地域の女性と活動しましょうといったときも、困難な場合もあります。神奈川NETの参加型政治でもこの層の経済的な問題が結構多くなっていますね。
 ――それは非常に特徴的な点ですね。
 もう一つ、小泉政治は、格差もそうなんだけれど、分権ということで、前半は2000年の制度改革がありましたが、後半は財源の委譲みたいな話で三位一体を打ち出してきたじゃないですか。その影響というか、そこでの効果というのは、率直に言ってまだわかりにくいですかね。
<若林> 効果というのは具体的に感じられませんね。地方分権が推進されたという実感があまりありません。やはり、現場からのボトムアップです。
 道路運送法80条の問題では、移動サービスのワーカーズ・コレクティブの広がりが制度改正へのうねりをつくることができたと思います。ワーカーズ運動と政治が連携し機能しました。NPOによる移動サービスを展開するための規制緩和を神奈川県レベルですすめたのですが、自治体には、それぞれクセがあります。例えば、大和市は市民事業を提供する市民層と首長との関係が良好のようですので、大和市の移動サービスがうまく仕掛けて、まず、特区に手を挙げました。
 もともとやっていたNPOによる移動サービス発祥の地である厚木市は、首長との関係が難しかったんだけれども、県レベルで全体化しいくという戦略で、県内の各自治体議会でこのテーマを一斉に取り上げ、厚木市も無事にハードルを越えました。
 ――その事例は面白いですね。もちろん市民自治が基礎となりながらボトムアップで、しかも今の制度改正を使い、かつ風を使いながら、市民コントロールなんですね。市民政府の枠組みにあるということですね。それを県に広げたというのがすごいですよね。
<若林> 先ほどの事例は、社会運動と政治がうまく機能しましたが、市民の実践と政治がなかなかドッキングしないですね。私たちの発見力の問題ですかね。課題です。

分権はどう進んだか
 ――大和市の分権と関連して、前回の統一地方選挙からの4年間になるけれど、そういう政策でこういうところが進んだみたいなところはどうですか。政策とか、条例という意味で。
<若林> 市民立法運動の視点が大事です。地方の政治であれば条例づくりです。その経験を持って憲法の議論をしていったら面白いですよね。昨年は、住民基本台帳の大量閲覧防止の条例制定運動を行ないましたが、市民の立法という視点で考えれば、一番やりたいことは直接請求です。市民が直接条例提案する権利を行使してみようということです。住民基本台帳の閲覧は自治事務ですが、住民基本台帳法という国の法律のしばりがあり、どこの役所も「市町村の判断で閲覧制限することは出来ません」と言われます。自治事務なのに自治体がコントロールできないなんて分権時代におかしい、そこに棹差してみようと条例制定運動をやりました。ところが、横浜市から日本を変えるとか改革的な首長といわれている中田さんでさえ「法治国家だから…」と言いました。これじゃあ地方分権は進まないですね。めげずに、県内全域で動きました。鎌倉市と伊勢原市は議員提案で条例が制定されました。厚木市と二宮町では、直接請求しました。−続く

<食>の焦点L 豚肉と日本農業
(財)協同組合経営研究所研究員元研究員 今野 聰



1、豚肉の昔
 豚肉は店頭に年中、陳列されている。季節感ゼロの食材と言って良い。とりあえず秋から初冬へ、店頭は部位価格100g88〜98円まである。買い手消費者も、さしたる関心はなくなった。あまりにも低価格志向だからである。おそらく私の調理イメージが貧困なためでもあろう。
 1950年代子供の頃、豚肉はカレーライスの主材料だった。念のため他には多く鶏肉、鯨肉だった。だから焼肉がない、トンカツがない。まして豚しゃぶなど論外。そういう食生活が豊かかどうか。鶏肉、ウサギ肉が主力だった。牛肉は全く経験がなく、宮城県の特徴だった。
 では豚肉はどう日常生活に座っていたか。もっぱら飼育対象だったのである。米単作地帯にも拘わらず、換金作目の位置を持っていた。畜産商人(バクロウといったが)が買い取りにくる。目の前で、牛秤ではかるのである。一方お袋も計る。事前に目一杯水を飲ませるのである。飲ませる、食べさせる、その手伝いだった。買手は先刻承知の助、計り方のごまかし合いといって良い。なんとも、優れた畜産取引ではないか。だが近代的取引慣行とはいえまい。
 我が家は、多い時で肥育豚3〜5頭が常時飼育だった。豚小屋は離れてあった。そこで、朝の給餌が子供の役割。といっても、他ににわとり、うさぎ、やぎ、牛が多様にいた。広い敷地と畜産小屋。不思議ではなかった。畜産専業農家ではなかっただけ。なぜなら、それらは大半、自家消費対象だった。飼料は自給の範囲だった。飼育頭数拡大路線はなかった。農協の飼育指導もない。バクロウ(博労)の手の中で踊っていただけだった。
 太平洋側東北各県は、塩漬けの魚をも含めて、魚介類が蛋白源だった。他に鮎、フナ、どじょうなど川魚にも不足しなかった。
2、大規模に転換した生産
 1960年代後半、畜産インテグレーションが言われだす。急激に食の洋風化が進む。それに沿って、農業基本法の選択的拡大政策が畜産事業強化に傾斜する。先取りするように、民間企業つまり豚肉加工品(ハム・ソーセージ)メーカーの急伸である。ハムとソーセージの区分ができず、悩んで自殺した花嫁さんの話は昔物語になった。
 こうして自給飼料が価格競争にも勝てず、パンクする。輸入飼料の拡大である。全農に入所した1960年代初期、既に飼料事業は凄い勢いだった。勿論養鶏用飼料が圧倒的だが、養豚用飼料も鰻のぼりだった。全農飼料自己工場はスコップ配合作業を転換し機械化、夜間労働、2交代制就労などの労働強化に移る。勢い民間飼料工場労働者の労働環境改善運動もあり、労使紛争が激化する。
 ついに、全農(と記述してきたが、合併前だから全購連)は1964年、飼料工場の分離株式会社化を決断。それ以降、労使紛争は10年に及び、私はその大半の合理化反対闘争にかかわった。食の洋風化を労働運動の現場では受け止められなかったから、一層洋風化くそ食らえだった。
3、希求された養豚生産
 一方には戦後すぐの残飯養豚に近い戻り現象があった。一例を示す。たまごの会編『たまご革命』(三一書房、1979年)から。このシリーズでも、すでに引用したが、「豚を飼う」という項目が興味深い。
 茨城県八郷町の運動拠点で1975年4月26日残飯養豚に着手決定。11月21日、鹿児島県黒豚の里訪問と年表にある。本文を追う。種豚1、母豚10、飼育豚60〜70頭。くぬぎ林で放牧。都市会員からのゴミ回収車。以上だがその文章が凄い。
「中ヨークとバークの豚たちを種豚、母豚として育て、彼らの産む仔豚たちを調理くずや雑草等を中心とした粗食で育てて肉にするという私たちの独自の養豚のスタイルを出発させていくための条件が整うことになった」
「広い放飼場でゆうゆうと暮らし、着実に発情と分娩をくり返す母豚たち。その彼女のおかげで昨年頃からは、今の豚舎に収容し切れないほどの仔豚たちが誕生し、毎月1回一定量を豚肉を出荷できるようになった」
 本の出版と産直豚の時期に注目したい。急激な多頭飼育と大型畜産への対抗そのものだ。同時に、石油パニックが日本経済を直撃し、消費者運動も生活の根底から見直しを迫られた時期に重なる。養豚原理主義といっても良い。
 ともあれそれから20年ほどが過ぎた。その間、JA全農はハイコープSPF豚(Specific Pathogen Free 特定病原菌不在豚)生産体系に取り組むなどしてきた。店頭に「SPF豚」など表示された。全国養豚生産者の競争力強化に資する努力である。一方企業養豚といわれる生産方式は、トウモロコシなど輸入飼料原料によるインテグレションとして国内生産を二分する。豚肉輸入対抗が焦点としてボケていると言って良い。
最近データによれば、2001年牛肉BSE騒動もあって、米国からは豚肉輸入に傾斜した。この結果、175万トン、うち国内生産は88万トン前後で横ばいである。
4、産直
 生活クラブの豚肉産直は世間に知られている。市場流通とは際立って異なるからである。先に引用した「たまごの会」とも違う。岩根邦雄『生活クラブとともに』(1978年)によれば、1972年、庄内地方平田牧場との出合いにあった。私がそのことを知ったのは、1頭処理講習会とか、班別部位バランスの調整などという組合員参加の方法を現場で知ってである。そのことを全農専門部署に話すと、ほとんど納得は得られなかった。その事情は、自然放牧豚の場合も同じだった。畜産物の市場流通が圧倒的であるのは、そっくり畜産流通近代化という日本的事情が重なっていたからである。そっくり牛肉流通が伴奏する。優れて行政色の強いものだった。だからこそ、今日明らかになった畜産行政との民間癒着事件もあった。詳しくは触れない。
 こうして、行政に依存しない改革者がいても不思議ではない。原種豚の交配技術か黒豚のような純系の維持技術に注力するのである。それには、飼料国内自給という基盤を無視する。行政は国・自治体を挙げて、国産の自給飼料づくりに全力してきたとは思う。
 かくて、生活クラブは、ほとんど国内唯一と言っても良い挑戦に入った。つまり飼料用イネ生産を庄内地方に集中し、しかも平場水稲生産地だから挑戦する。その地帯が、遊佐町の経済改革特区なのは、一層深い。生産流通改革は、現に生きている。だからこそ、敢て組合員参加で進めた豚肉購入方法は、今日的であると言ってよかろう。(この項終わり、続く)


第14回 社会的企業研究会事例報告
社会的排除に取り組む社会的企業 共に働く場、支えあうしくみづくり
コミュニティ・スペース 青いそら 浅草 秀子


 社会的排除と取り組む、欧州の社会的企業を視察すると、世界的な同時性を持って、日本のワーカーズ・コレクティブが、その日本の典型例だと分かる。なかなか、実践例が普及されていないが、その実例を掲載したい。
 江戸川を渡ると千葉県、埼玉でも一番はずれの千葉寄りの三郷市でコミュニティ・スペースという事業を営んでいます。三郷市は人口13万ほどの規模の市ですが、企業への土地の切り売りがすすみ、大型店の進出で古くからある地元の商店の多くが店じまいをする光景が目に付きます。流通の車が非常に多く、ドライバーに向けた店やサービスが多い地域です。全国でもファミレスの多い市町村の上位にランクされると聞いたことがあります。
 そういう街でコミュニティ・スペースという事業を2年半ほど前に、生活クラブの組合員として活動をしてきたメンバー5人で380万円ほどの出資金を拠出しあって立ち上げました。
 生活クラブの組合員活動のなかで培った食をめぐる問題、福祉の考え方、環境問題を意識した生活スタイルを事業の中に込めて、生活クラブ活動の延長線上とし、ワーカーズコレクティブの働き方を選択しました。
 設立趣旨は、メンバーで話し合い、それぞれの思いを出し合い、私たちの目指す地域社会の姿、こうありたいという理想を出し合い、『どんな人も共に支えあって生きる場、働く場、そのためのしくみづくり』としました。
 店舗は3000世帯ほどの公団住宅のはずれに位置し、畑が広がるのんびりした場所です。周囲には飲食店はありません。21坪の戸建ての木造物件に出会えたことが私たちの事業の始まりでした。このような場所でどのようにして経営的に事業をもたせられるのか、難しいところですが、ファミリーレストランや他店を意識するのではなく、私たちなりのコンセプトを持ち、一般とは違う店づくりをやってみたいと考えました。
ゆっくりくつろげる店企業秘密のない店
 飲食店は、コミュニティ・スペースという性格を持たせながら運営しています。昼食時の回転率を高めるのではなく、予約を中心とした、ゆっくりくつろげる店としています。また、安全性の高い食材を使い、野菜はできる限り、地域で収穫されたものを使って手作りしています。お客様と食をめぐる問題を話し、私たちの取り組みを話すことを心がけています。企業秘密は持たない店として、メニューのつくり方は聞かれれば応えます。何を使ってどのようにつくったか、公開し、お客様からの提案もうけ入れ、店作りに生かしています。食に対する問題意識の共感は、残さず食べていただける事につながり、予約を中心にすることで、ロスを抑えています。私たちは、地域の人たちと一緒に考えていくお店作りをコミュニティスペースとしています。
デイサービスの昼食づくり
 近くの医療法人が運営している認知症の方のデイサービスの昼食を作っています。食を選べない人々は、与える側の食に対する意識がその方々の生活に反映されます。私たちの食に対する考え方に共感を持っていただいて連携が実現しました。とても開放的なデイで地域の中に出ていくことを実践しています。毎日昼食を、認知症の方々が取りに来てくださいます。車椅子を押して職員の方と一緒に散歩をしながら受け取りに来ます。時には店でデイ丸ごと食事をすることもあり、そういった取り組みが認知症の方々のリハビリに非常に役立っているそうです。この姿勢を持ったデイサービスとの出会いは、私たちにとても有効だったと思っています。
障がいがある方々の外食の場
 知的障がいのある方たちの地域デイケアとも親しいお付き合いがあります。月のお給料日に施設丸ごと食事に来られますが、それも予約の一つになっています。最近では、精神障がいの方たちの利用度が非常に高くなっています。近くに精神科の病院があり、そこの患者さんが病院を抜けて店に来て、しばらく私たちとおしゃべりをしてご自分の病状などを話していくこともあります。これは精神科病院との連携で患者さんとの接し方、病気の特性などを学んだ上で、積極的に受けいれています。−続く

グリーンピース・ジャパンが遺伝子組み換え食品の取り組みを評価
生活クラブが「トゥルーフード特別賞」受賞
生活クラブGM食品問題協議会 座長 赤堀 ひろ子



 世界中で活発に遺伝子組み換え食品反対運動を展開している環境保護団体「グリーンピース」が、ついに日本でも遺伝子組み換え問題キャンペーンを開始しました。そのスタートを切るにあたって出版されたのが日本版『トゥルーフード・ガイド』です。すでに20カ国で各国版が出版されており、消費者がスーパーマーケットで買い物をする際の手引きの役割を果たしています。ヨーロッパで遺伝子組み換え食品について厳しい表示制度が作られた背景にも、グリーンピースの活動がありました。今後の日本での活動がおおいに期待されます。(編集部)

 生活クラブ事業連合生活協同組合連合会が、第一回グリーンピース「トゥルーフード特別賞」を受賞し9月29日にその授賞式がありました。連合会を代表して私と23区南生活クラブ生協理事長の吉田由美子さんと2人で参加しました。その模様と感想などをお伝えします。
■トゥルーフードってなに?
 グリーンピースは「遺伝子組み換え生物が環境に放出されることによって脅かされる環境上のリスクに焦点を当て、『遺伝子組み換え生物』を環境問題としてとらえ、…自然環境や人々の健康に与える影響について、十分な科学的な理解がないまま環境に放出されるべきでない」(ウェブサイトよりhttp://www.greenpeace.or.jp)という視点で活動しています。「トゥルーフード賞」は、食品企業を対象としたもので、遺伝子組み換え原料を使わない食品を製造し、地球環境の保護に貢献する会社/団体に贈られる賞として、今回は、株式会社ブルボンと日清食品株式会社が選ばれました。生活クラブは、「遺伝子組み換え原料を使わない自社ブランド商品を提供し、地球環境に貢献している」として、特別賞を受賞しました。
 振るっているのは、「トゥルーフードに変わりま賞」で、“今後遺伝子組み換え原料を全く使用せずに食品を製造していただきたいという願いをこめて”という選考理由からカルビー株式会社と東洋水産株式会社が受賞しました。
 当日、カルビー食品の広報の方が出席していました。よく出席したと、その勇気(?)に敬意をと思ったのですが、受賞の際、「国が使ってよいと承認しているものを法律にのっとって使っているのが、なぜ悪いのかわからない」という趣旨の発言でした。法治国家なのだから、法に従うのは、企業として当然のルールです。けれど、その法律が、消費者を向いてできているのか、消費者の利益を優先しているのか、つまりは、消費者が望まないものは作らないという視点が、企業の感性としてあるべきではないかと思いました。
 モンサント社が遺伝子組み換え小麦の承認を申請していた2年前、生活クラブを初めとする400以上の団体(構成人数は120万人以上)の参加による団体署名がアメリカとカナダの政府に届けられ、その直後、モンサント社が承認申請を取り下げる、という出来事がありました。この際、日本の消費者の声と同時に、製粉業界の反対の力が、大きな影響を与えたと考えられます。これからも私たち消費者の「遺伝子組み換え食品を食べたくない」という声を社会に対して届けていくためには、企業をも巻き込んだ動きを作って行きたい、そのためには消費者の側も、遺伝子組み換え食品に対する意識をより明確に持つことが大事だと再認識しました。
 授賞式の後の記者会見で、講談社の記者が、受賞したブルボンと日清食品の2社に「この受賞で商品の売り上げが飛躍的に伸びると思いますか」と質問。答えは、「そうは思いません」とのこと。そこに、日本の消費者の現実があるのではと思いました。
 生活クラブ生協も、遺伝子組み換え問題と、この10年間闘っています。この闘いが組合員に共感を持って迎えられているのか? 遺伝子組み換え対策をした消費材を生産者と共に作り続けているが、利用は増えているのか? 生活クラブなら、安心だから、組合員になりたいと加入はすすんでいるのか? この受賞をひとつの契機として、私たちのこの10年の活動の点検を改めてすべきなのではと感じました。−続く

海外リポート
「民主主義の祭日」スウェーデンの総選挙と2006年結果
レーナ・リンダル(Lena Lindahl)持続可能なスウェーデン協会、日本代表



 つい先日行われた衆議院補欠選挙の投票率はいずれも5割でした。直近の衆議院総選挙をとってみてもその投票率は63、60、68%。参議院選挙はさらに低く、連続して56%。また2005年の「郵政解散」選挙では、自民党の得票率は38%に過ぎませんでしたが、獲得した議席は62%に上っています。我が国では政党の獲得票数と議席数は大きく乖離します。以下は、投票率が8割を越え、比例代表制によって民意が反映されるスウェーデン総選挙をレーナさんに報告していただきました。

 9月17日(日)、スウェーデンの4年ぶりの総選挙が行われました。スウェーデンの総選挙は、国会、全国の県議会、市議会(スウェーデン最小の単位である自治体)の選挙が同時に行われます。一部の自治体では特定問題の住民投票も同時に実施されました。今年の住民投票は22件ほどあったので国民の約17%が同じ日に4票を投じることになりました。スウェーデンは市長選挙、県知事選挙はなく、各議会の議員がリーダーを選びます。
 スウェーデンは日本と違って議会の解散はないので、選挙は非常に定期的に行われています。選挙の間の4年間の議会はスケジュールに沿って仕事を進めることができるので、日本に比べると政策づくりは非常に安定したかたちで進んでいるように見えます。その代わりスウェーデン市民が一斉に意思表明をするのは4年に一度しかありません(時々ある国民投票や住民投票を除く)。国会は一院制で、すべての議席が同じ選挙で改選されるので、スウェーデンでは4年に一度の選挙で、政策方針が一気に変る可能性があります。
●投票権について
 私はスウェーデン国籍なのでスウェーデン国会の選挙権はもっていますが、日本に17年間住んでいるのでスウェーデンの地方選挙の投票権はありません。その代わりスウェーデンに3年以上住む外国人は、県議会と市議会の投票権をもっています。私は日本の投票権は何もありません。
 東京に住む私の投票方法は、大使館に行くか、郵便で票を送るかです。大使館で投票する場合は投票日の一週間前に投票する必要があります。郵便で投票をすれば票は投票日の翌日の18日までに到着すればよいのです。
 実は、スウェーデン国外に住むスウェーデン人は約40万人います。国全体の人口が900万人ですから、割合で言えばかなりの数です。投票権はあるのですが、そのうちの4人に1人ぐらいしか投票していないと言われています。手続きが少し面倒だというのがその理由の一つだと思われています。
 この夏、自分が会員となっている「外国に住むスウェーデン人協会」の会議に参加しました。投票手続きが話題の一つでした。同協会はインターネットを活用した投票システムの導入を求めています。パネルディスカッションに呼ばれていた政治家達は国会で行われた議論を紹介してくれました。それらの政治家によると、議会でよく議論されてきた課題なのですが、進んでいない理由の一つは「投票に出かける伝統」の根っこが深いとのことでした。スウェーデンは昔から「投票日はおしゃれして投票場に出かける」という伝統があるそうです。(投票日はいつも日曜日です。)政治家達はその伝統が薄くなることを懸念しているそうです。
 その話を聞いてびっくりしましたが、自分がスウェーデンに住んでいたころを思い出すと、自分が投票場に行った時のその雰囲気は記憶に残っています。「議論で激しく争った後でお互いの違った意見を尊重しながら皆で仲良く投票に行こう」というなごやかな雰囲気です。
 この頃はだれでも投票日の前に郵便で投票できるようになっているので、インターネットに切り替えたら皆が投票場に行かなくなるのでしょうか。私はインターネット投票は賛成ですが、市民の気持ちとしての「民主主義の祭日」を大切にする伝統もよいと思っています。
●4年前にパーション首相と交わした手紙
 2002年に行われた前回の選挙後、当時のヨーラン・パーション(Goran Persson)首相が導く政権が続くことになった時、私と他の3人で首相宛に手紙を送りました。
 その背景を説明しますと、1997年に私は「スウェーデン環境ニュース」というニュースレターを発行しはじめました。その編集方針は、96年9月17日付けのヨーラン・パーション首相の所信表明演説のことばを出発点にし、首相が表明した目標を情報選びの軸にしました。首相は当時次のように述べていました。
 「エコロジー的に持続可能な発展を実現するための取り組みにおいて、スウェーデンは、世界を動かす力をもった先進国となろう。福祉は、エネルギー、水、各種天然資源のより効率的な利用で構築すべきだ。」
 2002年秋、4年間の政権続投が決まった時、その2週間後に行われる予定の施政方針演説に注目していました。持続可能な社会に向けた政策方針を継続してもらいたいと思っていたからです。首相を励まし、96年の言葉を思い出させるために、日本で私と同様にスウェーデンの取り組みを紹介する環境保護活動をしているワンワールド・ネットワーク(OneWorld Network)のペオ・エクベリさん、聡子・エクベリさん、環境教育団体ナチュラル・ステップの日本代表の高見幸子さんと共に、首相宛のお祝いと励ましの手紙を電子メールで送りました。
 この手紙では、96年の所信表明演説の内容や、「スウェーデン環境ニュース」のこと、私達の日本での活動などを紹介しました。日本を大きなタンカーに例えました。タンカーが方向転換するのは時間がかかり、難しいことです。スウェーデンは逆に小さな動かしやすい船です。小さな船は、未知の海で安全な航路を探ったり試したりできます。それはスウェーデンの役割です。しかし、タンカーがようやく方向転換をした後は、小さな船はタンカーに追い越されないよう注意しなければなりません。ですから、スウェーデンはスピードを落とさずにいつも先へと進まなければならないのです。
 10月28日、首相からの返信メールが届きました。礼文と日本での活動を励ますことばのほかに、首相としての立場をこう説明しています。
 「スウェーデンは持続可能な発展への転換において先進国になるべきです。私達は経済的、社会的、エコロジー的という各目標の相対的なバランスがとれている社会を共に形成し、すこやかな自然のある世界で私達の子供と孫が生活できるよう、共同で責任を持ちましょう。」
 10月1日の施政方針演説も、この点で満足できるものでした。−続く

<アソシエーション・ミニフォーラム>千葉
知っているようで知らなかったGM表示
生活クラブ生協千葉理事 風間 由加



 9月14日市民セクター政策機構の清水亮子さんを講師にGMの表示問題について学習しました。
 表示問題は、身近な問題でありながら、部分的に聞くことはあってもなかなか学習する機会がなく、どのように活動を進めていくかが課題でした。
 特に今年度は6ブロックから、NON-GMO実行委員を選出し、千葉にNON-GMO実行委員会を立ち上げました。実行委員は、@新しく入った組合員にGM問題を伝えたい、AGM問題は一定組合員に浸透しているものの、頭ではわかっていても食卓(消費材の利用)と結びつかないなど、GM問題をどう伝えるかに頭を悩ませていました。
 NON-GMO実行委員会の中での学習会と位置付けていたものの、各ブロックで関心のある組合員20人も加わり、この問題についての興味の程が伺えました。
 今回の学習会に先立って6ブロックで各20人、合計120人からGMに関して、疑問に思っていること、心配に思っていること、わからないことなどを聞き取りました。役員層やスタッフに捉われることなく聞き取ることで、組合員の問題意識の現状を把握でき、また、実行委員がその場で回答できること、できないことが明らかにできたこと、今後の活動展開の方向性をみることができました。
 聞き取った質問事項のうち、主に表示に関するものなどを講師の清水さんに事前に送ったので、当日はその回答をおりまぜ、学習できました。
 質問、疑問を大まかにまとめてみると;
・大豆を原料とする市販食品(味噌、醤油、豆腐、納豆など)に表示されている「遺伝子組み換え大豆は使用しておりません」の言葉の信憑性についてはどうなのか?
・菓子類をはじめ、何も表示されていない食品については遺伝子組み換え原料は使われていないといえるのか?主原料だけではなくわかりやすく表示してほしい。
・市販品は遺伝子組み換えの混入が5%未満は表示しなくてよいと聞きました。そういったものはどの程度あるのか…etc
といったものです。実際に表示制度をまとめた表を見ながらその問題点について指摘していただきました。(表1)
 多くの人が指摘する加工食品については、表示義務の有無が大きな問題点です。例えば同じ大豆を原料にして作られている味噌と醤油では、表示義務が必要なもの(味噌)とそうでないもの(醤油)があります。大量の輸入GMなたねも搾油後はたんぱく質が残存しないとの見解から、表示の義務からはずされています。今回、清水さんが持参した日本生協連が販売するキャノーラ油や丸大豆醤油のラベル表記は「遺伝子組み換え不分別」「遺伝子組み換えでない」とあり、あえて表示していました。
【表示義務のある食品】
 表示されていない=GM不使用
【表示義務のない食品】
 表示されていない=GM使用でも表示しなくてもよい
私たちの混乱の原因はここにもあるようでした。
【加工食品の表記】
原材料上位3品目は表示、重量比5%以上は表示
 インスタント味噌ラーメンは、原材料の上位3品目ではなく、重量比も5%未満の味噌は、たとえGM大豆による味噌が使われていても表示しなくてもよいことになってしまうことを学びました。また、対面販売についても例外となっているためレストランや惣菜屋などは表記する必要はありません。
 EUは自給率が高く、輸入品が少なくスーパーでは「表示は単純でわかりやすい。日本の大手メーカーの味噌で原料大豆には『遺伝子組み換えでない』と表記があるものが、EUでは現地で『遺伝子組み換えである』の表示シールがはってある。GM混入率が日本では5%未満であれば表示しなくてよいものが、EUでは0.9%未満と厳しく設定されているため。GMだけではなく、食品についてどこのどういうものなのかがきちんとわかるものを食べていく姿勢が大事ですね」と語り、私たちは、改めて今後の活動の方向性を確信できました。

雑記帖 【大河原雅子】

 子どもたちの痛ましい、いじめ自殺や虐待死が相次いでいる。だが、文部科学省は、いじめ自殺の件数を過去7年間、「0」と発表していた!保護者への説明会では、いじめを認めながら、教育委員会には「自殺との因果関係は断定できない」と報告してきたためだ。学校現場でいじめの存在に気づかなければ、いったい誰が子どもたちを救えるというのか。実際に法務省の子ども人権110番への相談は増えているのだ。役所の縦割りの壁、学校の閉鎖性を取り払い、子どもの救済システムを確立することが急務だ。
 『このままじゃ「生きジゴク」になっちゃうよ』との遺書を残して、1986年2月、都内の中学2年生だった鹿川裕史君は、遠く離れたJR盛岡駅のトイレで自らの命を絶った。あれから20年、子どもたちの置かれた状況は、改善されるどころか、ますます、混迷しているようにみえる。「いじめ」は、まったく理不尽な理由から行われており、教室内の圧倒的な権力者である教師からのいじめが引き金となったケースまで出てきている。「違い」を許容しない学校の体質や受験ストレス、親子関係の不安定さ、しつけや自己抑制力の不足、過保護、過干渉、放任家庭など、複合的な要因で、子どもたちは、常にいらだっている。
 追い詰められた子どもたちが暴力に向かうとしても不思議はない。文科省の調査では、2005年度に全国の公立小学校の児童が起こした校内暴力は前年度よりも128件増えて、2018件。97年以降、児童数が減っているにもかかわらず、最多だ。中学校(23,115件)の横ばい、高校(5150件)の微増とは対象的な急増ぶりだという。
 教育再生会議は、教育委員会の強化を打ち出したが、チャイルド・ファーストで日本社会をリセットする政権交代がいまこそ必要だ。

市民セクター政策機構 〒156-0044 東京都世田谷区赤堤4-1-6赤堤館3F
e-mail:civil@prics.net tel:03-3325-7861 fax:03-3325-7955

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