護憲派が九条を議論する場を作りたい(市民セクター政策機構 専務理事 白井和宏)
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「改憲派」が3分の2を獲得!
護憲派が九条を議論する場を作りたい
市民セクター政策機構 専務理事 白井 和宏
2016年7月の参議院選挙でいわゆる「改憲派」が3分の2を超えた。開票速報では全てのメディアが「改憲派が3分の2を獲得!」と報じ、護憲派の市民には落胆の夜となった。そして11月には「憲法審査会」が再開され実質審議が始まった。
ところが今、護憲派の中から改憲・国民投票への対抗策を議論しようという声はほとんど聞こえてこない。その理由の一つは、多くのメディアが「憲法審査会における改憲の争点については、各党間に大きな隔たりがあり、議論が進みそうにない」と報じているためかもしれない。
しかし現実にはすでに、安保法制によって駆け付け警護の任務を付与された自衛隊が南スーダンに出発。現地は治安が悪化し、民族紛争ぼっ発の可能性も高まる。すでに自衛隊は「交戦主体」とされる状況に突入しているのだ。
その時期を伺う自民党?
安倍首相は、選挙戦の中で改憲についてほとんど主張しなかった。
しかし開票当日のテレビ番組で、「憲法改正は自民党の立党以来の悲願」と強調、「憲法改正すると選挙公約にも書いている。どの条文を変えるかについては、谷垣総裁時代に憲法改正草案を示している。前文から全てを含めて変えたい」と語っている。
しかも、自民党総裁の任期が3期9年に延長されたことによって、安倍首相は2021年9月まで、首相の椅子に座り続けることになった。仮に安倍首相の任期中に改憲が実現しなくとも、自民党は戦後70年をかけて「憲法九条の本旨と実態との乖離」を実現させてきたのである(本誌15ページ参照)。今後もその乖離が拡大するおそれがある。
改憲が世論の多数派に
驚くことに、朝日新聞(2016年9月7日朝刊)が報じた世論調査によれば、憲法改正に「賛成」「どちらかと言えば賛成」の賛成派42%、「どちらかと言えば反対」「反対」の反対派が25%、「どちらとも言えない」中立派が33%と、賛成派が反対派を倍近く上回っていた。しかも改憲賛成派の多くが、第一に「憲法九条の改正を求める」という結果だった。
将来、国民投票が行われた場合、「どちらとも言えない」中立派の意思がどのように変化するかが、「九条」の命運を決める。戦争への道を繰り返さないために、今こそ「私たちは九条をどうするのか」を徹底的に議論すべき時に来ている。
改めて、九条を議論する
しかし、「憲法とは何かを考え、自分の意見を持ち、他者と議論すること」は、容易でない。さらに、中立派にも響き、賛同を得られる言葉や論理を持つためには、どうしたらよいのだろうか。その契機とするための試みが今回の企画である。前号(424号)では伊勢﨑賢治氏(東京外国語大学教授)に、「憲法九条の〝限界〟を考える」と題して問題提起をしていただいた。国連PKO上級幹部としての経験もある伊勢﨑氏は、「これまでは、憲法上、日本に〝軍隊〟は存在していないことになっていますが、もはやそこから逃げられない状況に我々はいるのです」と語り、南スーダンPKOの矛盾と沖縄問題の解決に向けて「新9条論」を提案された。
今号では「解釈改憲の歯止めとして新九条が必要」と主張する今井一氏、想田和弘氏。それと反対に、「現行九条を維持することこそ、暴走する安倍政権の歯止め」と主張する杉田敦氏、伊藤真氏、辻元清美氏にご登場いただいた。ただし次ページの一覧表からも分かるように、各論者の間でも、その見解は細部において様々に分かれる。
だからこそ、「自民党主導の改憲案に反対か賛成か」という二項対立の議論だけでなく、歴史的、法的、政治的等々、九条を多面的に考える素材を本誌が提供することによって、「何が真の争点なのか」を一人ひとりが把握して、主権者としての意見を持つ契機になれば幸いである。
危機的状況で考え抜く
したがって本誌では「何が正しいか」という評価は下していない。それどころか、読者が各氏の主張と相違点を本質的に理解しようとすればするほど、頭の中が揺さぶられ、さらに混乱するかもしれない。
それでもこの「誌上討論」を参考に、読者個々人が改めて九条の未来を考えつづけ、友人・隣人と議論を開始していただくことを期待したい。
「思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走るのです。〝思考の嵐〟がもたらすのは、善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力です。私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬように」(ハンナ・アーレント:ドイツ出身の哲学者。ユダヤ人であり、ナチズムが台頭したドイツからアメリカに亡命。全体主義を生みだす大衆社会の分析で知られる)