なぜ薬害は繰り返されるのか(ジャーナリスト 鳥集 徹)
東京大学病院に於ける企業からの資金提供状況
どこから、どんな名目で、どれくらいのカネが渡っているのか、日本全国の大学病院の中でも頂点にある「東京大学医学部附属病院(東京大学病院)」のケースを見てみましょう。同院の2015年度の「企業等からの資金提供状況」は表1の通りです。
まず、もっとも金額の大きいのが「受託研究」で、525件もあって総額が36億円以上に及びます。この中には、「治験(国から、新薬の製造販売の承認を得るために行われる臨床試験)」の実施にともなって支払われた費用も含まれていると考えられます。また、大学病院では治験以外にも、企業からの委託でさまざまな共同研究が行われています。大学病院はこうした業務を製薬会社から請け負うことで、診療報酬以外にも大きな副収入を上げているのです。
次に注目すべきなのが「奨学寄附金」です。これは、大学病院の各講座(教室)等に企業や個人などから提供される資金で、研究や教育の目的であればほとんどが使い道を限定されません。大学病院の各講座はこのお金を、たとえば教授の秘書を雇ったり、実験器具や事務用品等を購入したり、学会に出張する際の交通費などに充てたりしています。
2015年度、東京大学病院は奨学寄附金を約19億3000万円集めました。その詳細も公表されていますが、もっとも多くの奨学寄附金を集めたのが「糖尿病・代謝内科」で、その額は約7938万円にも上っていました(表2)。さらにその内訳を見ると、寄附額トップだったのがノボノルディスクファーマ社で850万円。次いで、サノフィ社(800万円)、田辺三菱製薬(650万円)、第一三共(625万円)、武田薬品工業(500万円)などとなっています。
ノボノルディスクファーマ社の主力製品は重症の糖尿病患者には欠かせないインスリンの注射剤で、サノフィ社も同種の製品を販売しています。また、田辺三菱製薬、第一三共、武田薬品工業などは、糖尿病の飲み薬(降血糖薬)を販売しています。
実は、東京大学病院糖尿病・代謝内科の門脇孝教授は、日本糖尿病学会の理事長を務めるなど日本の糖尿病治療に大きな影響力を持つ人物です。これらの企業が糖尿病の診療ガイドライン作成などにあたり、製薬企業に有利になるよう「忖度」を期待して、門脇教授の講座に多額の寄附をしていると指摘されても否定はできないのではないでしょうか。
他の診療科についても見てみましょう。糖尿病・代謝内科の次に寄附金の多いのが、皮膚科・皮膚光線レーザー科で約7770万円、第3位が循環器内科で約7640万円、第4位が消化器内科の約6948万円です。全般的に、生活習慣病やがんなど、患者が多くて薬の市場が大きな診療科の講座に、製薬会社からの奨学寄附金が多く入る傾向があると言えます。
奨学寄附金は講座に入るカネですが、医師個人の懐に入るカネもあります。原稿執筆・監修料や講師料などです。2015年度、東京大学病院には原稿執筆・監修等として約2934万円、講師等として約6328万円の収入がありました(表1)。講師料は781件ありますから、東京大学病院の医師は、講演1件あたり約8万円の謝礼を受け取っていることがわかります。
これらについても詳細が公表されているのですが、講師等の金額がもっとも多かったのも糖尿病・代謝内科で、33件で合計約363万円でした。このうち、もっとも多くの金額を支払っているのがアステラス製薬で、6件で約89万円です。ネットで調べてみると、門脇教授が同社主催のセミナーでSGLT2阻害薬という糖尿病の新薬について講演していることが確認できました(日経バイオテクONLINE「東京大学の門脇孝教授、『SGLT2阻害薬の違いは少ない』とアステラス製薬のセミナーで発言」2014年2月5日)。
こうした講演を行っているのは、門脇教授に限ったことではありません。製薬会社は新薬が出るとなると、発売前からその分野で有力な教授や医師などに講師を依頼して、全国各地でセミナーを開催します。こうしたセミナーは頻繁にあり、大学病院の教授らにとって製薬会社からの依頼による講演が、かなり貴重な副収入になっていると想像できます。
(P.13~P.17記事から抜粋)