【家庭への干渉】
「国民に求められる徳目」を定めた教育基本法と、「保護者の責任」を定めた「家庭教育支援法案は、「子どもの最善の利益」を柱に「国が果たすべき責務」を定めた国連 子どもの権利条約と正反対。戦争に国民を動員していった戦前の歴史に重なる。
「国家が『あるべき家族像』を押しつける(大阪大学大学院教授 木村涼子)」
戦前の家庭教育振興政策との共通点
─戦前の教育政策への反省の下に生まれた教育基本法が、改正で骨抜きにされたのですね。戦前・戦中の家庭教育振興政策によって人びとはどのように戦争へ動員されていったのですか。
骨抜きというよりも、まったく逆方向の法律になってしまった面が大きいのです。旧教育基本法が復活を封じたかった歴史的事実について、教育勅語、学校教育が生む性差別と性別役割、「家庭教育振興政策」の3点に分けて、お話しします。
まず教育勅語については、2017年、森友学園問題に関連して、系列の塚本幼稚園が園児に教育勅語を暗唱させていることに注目が集まり、世間を騒がせました。その際、教育勅語を賞賛する声も出ました。私が教えている大学生の中にも、「親を大事にするとか、良いことが書いてある」と肯定的に捉える学生がいて驚かせられます。言うまでもありませんが、教育勅語は、欽定憲法(国民主権ではなく、君主を主権者とする憲法)であった「大日本帝国憲法」の下、統治者である天皇が、被支配者としての「臣民」に向けて書かれたという位置づけのものです。「親孝行をしよう、きょうだいも夫婦も仲良くしよう」、それだけ聞けば現代にも通用する道徳のようにも思えますが、これが天皇からの臣民(臣民とは天皇に服従する者)への命令として書かれていることを忘れてはいけません。
第二に、戦前の学校教育は、性差別が公的に制度化されていました。すべての教育段階において男女別学が基本であり、中等教育以上は学校の種類も教育方針もカリキュラムも男女別に体系化されていました。国家は学校教育制度を通じて、兵士や労働者として国家のために貢献する臣民の役割を男性に、臣民を内助の功で支え次代の臣民を産み育てる良妻賢母の役割を女性に、割り振ったのです。しかも、戦前の民法下では、個人よりも「家」が重視され、家長の権限は強大でした。婚姻によって女性は法的に「無能力者」となり、財産権や親権、貞操義務など種々の面で権利が限定されていました。現代的な「子どもの権利」という概念もありません。そうした差別的・封建的な家族制度が、教育勅語と同じく、21世紀の現代に日本の「伝統」「文化」として形を変えて蘇ってくる可能性が否定できないのです。
第三に、1930年代から本格的に進んだファシズム体制の「家庭教育振興政策」を振り返りましょう。30年に文部省が出した「家庭教育振興ニ関スル件」という訓令を、今の言葉でわかりやすく言い換えれば、次のような内容です。「家庭は子どもの心身育成や人格形成の苗床で、家庭のあり方で子どもたちの性質や言動が決まる」「放埒で過激な風潮がみられるが、これは家庭教育がうまくいっていないからだ」「我が国の固有の美しい風潮を思い起こし家庭教育の本来の意義を見つめ直し、文化の発展に従って家庭教育を改善する必要がある」「家庭教育の責任は父母にある。特に母親の責任は重大であるから、女性団体は一般女性の自覚を喚起しなければならない」。この訓令以降、文部省による「母の講座」、小学校単位での「母の会」の全国設置、「大日本婦人会」などによる母親の統制という動きが活発になりました。「家庭教育支援法案」の発想の基本がこの訓令に実によく似ています。
(P.160~P.161記事から抜粋)