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市民セクター政策機構 市民セクター政策機構は、生活クラブグループのシンクタンクとして、市民を主体とする社会システムづくりに寄与します。

「ママ虫」と罵られた女性が書いたベストセラー小説(斉藤 真理子 韓国語翻訳家・ライター)

季刊『社会運動』2018年7月【431号】特集:年金一人暮らし高齢者に終の棲家はあるのか

 息子が小学校4年生のころのこと。テレビで、男性看護師のドラマをやっていた。新人の男性看護師がもたもたして、医療器具を載せたカートをひっくり返してしまう。すると、先輩の女性看護師がうんざりした顔でこう言った。「ほーんとに、男って、使えませんよねー」

 その瞬間、息子はソファーの上に正座しなおして、心の底から悔しそうな顔で「ちくしょう!」と叫んだ。それはまるで、昭和初期の女の子がお父さんに「女に学問なんか必要ない、嫁に行け」と言われ、台所の土間にしゃがんで悔し泣きしているところみたいだった。

 彼の本気度に私もあわてたのだが、すぐに納得した。息子は、というか息子たち男子のみなさんは当時、小学校で毎日、先生にこう言われていたのだ。「ほら男子! ちょろちょろしないの! ちゃんと並んで! 女子を見なさい」って。

 データも何もないけれど、小学生の男子と女子を比べたら圧倒的に女子たちの方がしっかりしているのは、言うまでもないのである。それはもしかしたら女子の方が、その場で求められていることを早く察知して合わせるように誘導された結果なのかもしれないが、とにかく、圧倒的にアホっぽいのは男の子なのだ。そして息子はへらへらしていたが、やっぱり悔しかったのだろうなあ。

 ちょっと自己肯定感が低下しているのかもしれないと思ったので、私は「あのね」と説明した。が、どこからどう説明したものか。こういうときは歴史を踏まえた方がいいと思ったので、まずはそれを試みた。

「あのね、昔はね、女は男より頭が悪いと思われていたのね」

「えっ」(固まっている)

「だから、女の人には、選挙権がなかったんだよ」

「えっ」(完全に固まっている)

……知らなかったのだ。

(P.134~P.135記事から抜粋)

 

 

ベストセラー本のテーマは、ずばりフェミニズム

 

 このような変化の中で、一冊の本が読まれ続けている。

 タイトルは『82年生まれ、キム・ジヨン』。チョ・ナムジュという女性作家が書いた小説だ。2016年10月の刊行以来、最初は口コミで広がり、あれよあれよで30万部、50万部と部数を伸ばしてきた。今年の3月末現在で70万部だそうだが、人口が日本の約半分である韓国でこれは本当に異例のベストセラーといえる。こんな大ベストセラー小説のテーマが、ずばりフェミニズムなのだ。

 韓国の苗字で一番多いのが、「キム」。そして「ジヨン」は、1982年生まれの女性の中でいちばん多い名前だそうだ。だから「キム・ジヨン」は、その年代の最大公約数的なヒロインということになる。著者チョ・ナムジュは放送作家から小説家になった人で、いかにも放送作家らしく、リサーチに基づいてこのヒロイン像を作りだした。一人の平凡な女性が子ども時代、学生時代、社会人時代、結婚・出産を経て今まで、どんな形で女性としての「壁」にぶち当たってきたかを振り返っていく。そんな筋立ての小説だ。

 それによるとキム・ジヨンは34歳で、3歳年上の夫と、1歳になったばかりの娘と3人でソウル近郊の大規模団地に住んでいる。広告関連の企業に勤めていたが、妊娠とともに会社を辞め、家事育児を頑張っているという設定だ。本人は妊娠・出産しても働き続けたかったし、会社には1年の育児休業制度もあった。けれども、制度を目一杯活用しても、ジヨンが仕事と育児を両立できるシミュレーションは成り立たなかったのだ。保育園に入れても残業や土日勤務の際のカバーができず、人を雇う余力がないからだ。このあたりは日本の私たちが読んでもたいへん親近感を覚えそうである。

 ジヨンが生まれた1982年から、この本が書かれた2016年までの間に、韓国社会は激変した。急速な経済成長をとげ、民主化され、その後は深刻な国際通貨危機を乗り越えて、いち早くIT先進国にもなった。ジヨンたちは、その母親たちの世代とは比べものにならない男女平等な社会に生きている。何しろ彼女が生まれたころはそもそも、跡取り(男子)を産まなければ話にならないという風潮が強かったから、「3人目も娘だったぁ」というようなケースでは、赤ちゃんが中絶されてしまうことが多かった。今はそんなことはなくなり、ジヨンが小・中学生のときに受けた差別はもう存在しない。けれども依然として彼女は、出産による退職、キャリアの中断、ワンオペ育児の孤独や無理解に悩んでいる。

P137-140(P.137~P.140記事から抜粋)

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