ネット社会とヘイトスピーチ (ジャーナリスト 津田 大介)
確信犯、中間層、ビジネスという三つの勢力
─ヘイトスピーチにかかわっているのはどのような人たちですか。
インターネットでヘイトスピーチをしている人は三つの勢力に分けられます。一つ目はネットを使って攻撃対象に社会的制裁を加えようとする「確信犯」。二つ目は発信されたニュースを鵜呑みにして拡散する膨大な「中間層」。三つ目が「ビジネス」で、情報を歪めて拡散させたサイトから広告収入を得る人たちです。ヘイトスピーチのサイトが力をつけ、広がってきたのは、この三者の利害が一致したからです
「確信犯」というのは例えば、「在日コリアンが日本を支配しようとしている。だから彼らを日本から追い出さなくてはならない」と信じて疑わない人たちです。自らの思想・信条に基づいて、ヘイトスピーチを書き込み続けています。『ネット炎上の研究』(田中辰雄・山口真一著、勁草書房2016年)には、実際に炎上に参加するのはネットユーザーの0・5パーセントというデータもありますから、このような人たちの絶対数は多くありません。
─ヘイトスピーチをしている人に「NO!」を突きつけた時、「言論の自由が保障されているではないか」と反論されます。
憲法ではいろいろな人権が保障されていて、幸福追求権があり、差別されない権利もあります。差別への抗議に対して「表現の自由はどうなるんだ」と攻撃することは、憲法で定められた生存権や幸福追求権を侵害することになります。言論の自由は無制限なものではありません。そういう判例はたくさんあります。誰かが表現することで誰かの人権を侵害する可能性があった場合は、調整をしなければいけません。表現の自由だけを振りかざす人には、この考えが全く抜け落ちていると話をしていくしかないのです。自由や権利の普遍的価値を認めつつも、民主主義を否定する自由や権利までは認められません。
─「中間層」はどのようにヘイトスピーチを拡散しているのですか。
膨大な数の「中間層」は発信されたニュースを鵜呑みにしてリツイートやシェアする、または、面白ければ何でもいいと拡散しています。ツイッターでニュースをリツイートした人の59パーセントが、リンク先をよく見ていなかったという結果(米コロンビア大学とフランスの国立情報学自動制御研究所の共同調査)があります。高齢者も若者も、メディアリテラシーのない人や、新聞もテレビも見ない人は、他の情報に触れないのでネットのフェイク情報に影響されがちです。そのような人たちも含め、多くの人が文脈や背景を理解せずに情報を流通させ、ネット上にヘイトスピーチを増加させています。
公共の電波で流れるテレビなどのニュースは放送法で規定されています。インターネットはそもそも公共性という認識が薄いのです。ネットニュースを利用している人は認識していないでしょうし、フェイクニュースと公共性の差があまりなくなってきているのが現状です。虚偽の情報で憎悪を扇動する行為には「NO!」を突きつけるしかありません。
とはいえ、フェイクニュースやヘイトスピーチの問題などはデータやファクトを示しても信じない場面が多々あります。実際に、ヘイトスピーチや陰謀論のウェブサイトを見ている人に「これは違いますよ、ファクトはこうです」と示すと、むしろ陰謀論を信じてしまう確率が3割上がるという研究結果が出ています。それは、信じている社会的価値観はその人のアイデンティティに触れるもので、自分が指標としてきた「世界観」を揺るがすファクトは簡単には受け入れることができないからだと言います(ウォルター・クワトロチョッキ氏・イタリアIMTルッカ研究所データ)。
私は、ヘイトスピーチの問題とは、ファクトの問題ではないと思っています。結局、人は信じたいものを信じる。それを加速させるのがインターネットなのです。それではどうすればいいのかと言っても、なかなか難しいことです。しかし逆を言えば、残りの7割の人は考えを変える可能性があるということ。そこに期待し、向き合ってファクトを言い続けていくしかないです。諦めてしまったら何も進みません。
また、容易に入手できる情報の正誤を見極めたり、鵜呑みにしないメディアリテラシーを高めることも重要です。日本では教育現場でメディアリテラシーを教えてこなかった失敗もあります。それに取り組み、情報の収集や発信に生かすことも今後の課題です。
(P.101~P.104記事から抜粋)