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歴史はこうしてゆがめられる(歴史を学ぶ市民の会・神奈川 北宏一朗)

季刊『社会運動』2019年4月【434号】【特集:学校がゆがめる子どもの心ー「道徳」教科化の問題点

歴史はこうしてゆがめられる

 

横浜市・社会科副読本と
『沈黙─立ち上がる慰安婦』上映会への
マスコミ・自民党・右翼の攻撃に抗する

 

歴史を学ぶ市民の会・神奈川 北 宏一朗

 

 これまで通説とされていた歴史認識を大きくゆがめ、日本に都合の悪い歴史について、メディアや議員、ネット右翼が「そんな事実はなかった」と堂々と否定する風潮が強まっている。いわく、「日本はアジアを解放した」「従軍慰安婦はいなかった」「関東大震災における朝鮮人・中国人への虐殺はなかった」など。こうした嘘をそのまま信じるも人びとも増えている。
 日本の戦争責任を打ち消そうとする活動は誰が牽引しているのか。横浜市の「社会科副読本」の修正事件や、『沈黙─立ち上がる慰安婦』上映会への妨害活動に現場で立ち向かってきた、歴史研究家の北宏一朗さんに、組織化された連携攻撃の実態を聞いた。

〈横浜市・社会科副読本に対する攻撃〉

 

国家の加害性を明確にした
2012年度の副読本

 

 副読本は、1970年代から横浜市の全中学生に配布されています。新しい研究成果やデータを反映するために改訂が重ねられ、関東大震災の記述も変更されてきています。
 2012年度改訂の副読本「わかるヨコハマ」では、09年度の旧版には記述のなかった①虐殺には軍と警察の関与があったこと、②中国人の虐殺、③「迫害」「虐殺」の語句、が復活しました。つまり、国家の加害性をはっきり出したのです。さらには、日本人が虐殺に対する謝罪と反省をこめて建立した朝鮮人慰霊碑の写真と説明が復活しました。これは市民と研究者が、横浜市教育委員会(市教委)と時間をかけて丁寧に話し合いを続けてきたことの成果だったと思います。

 

右派の意向を汲んだ教育委員会

 

 その2012年度版に対して、虐殺否定の立場からの攻撃が始まりました。産経新聞の報道、保守系市議の抗議、右翼団体による街宣活動や教育委員会への電話攻撃が激しくなっていきます。
 発端は、産経新聞が12年6月12日朝刊1面トップで扱った記事です。「横浜市教委 書き換え/中学副読本、事務局判断」との見出しで、12年度の改訂が「一事務局員の判断で行われた。今後も恣意的な修正が相次ぎかねない」と主張、虐殺否定論者のコメントを掲載しました。同じサンケイグループの夕刊フジが批判に加わり、煽っていきます。
 12年7月の市議会こども青少年・教育委員会で、保守系の横山正人議員が「虐殺とは言わない。軍隊、警察の関与はない」と主張し、副読本の回収と改訂版作成を要求したのです。これを受けて当時の山田巧教育長は、12年度版を回収して溶解処分とすることを決定。さらに「迫害」「虐殺」の語句を「殺害」に変更、軍隊・警察の関与の記述を削除、慰霊碑の写真と説明を削除した13年度改訂版を作成しました。そのうえ、12年度版の改訂にあたって決済を受けなかったとして、関係職員の処分まで行いました。
 市教委が、客観的な歴史の事実に基づかずに批判する政治家の意向を汲み実行していく様子に、市民も研究者も大きな衝撃を受けました。「政治的な圧力に負けるな」と市教委に要請書を繰り返し提出しましたが、市教委は私たちの懸念に正面から応えることはありませんでした。
 14年と15年には、別の保守系の小幡正雄議員が、「副読本の活用度が低い」と批判して(この主張は実態と全く異なるのですが)、「グローバルな人材育成のために英語を取り入れた新副読本の作成」を要求しました。その結果、岡田裕子教育長(当時)が「現行の副読本の発行を停止して、ページ数を大幅に減らした新副読本『Yokohama Express』を制作する」と表明しました。
 ところが16年7月に、その新副読本の原案には、流言や朝鮮人虐殺の記述そのものがないことが明らかになりました。「虐殺の地・横浜の中学生がこの事件を学べなくなるかもしれない」と、多くの市民からの抗議が市教委に殺到しました。また研究者からの要望書も出されました。
 他方、右翼団体は、市役所周辺での街宣活動や電話攻撃を激しく展開しました。報道によると、市教委に寄せられた意見のうち、「虐殺事件を載せなくてよい」という意見は半分だったそうです。教育長をはじめ教育委員全員が出席する定例会議の席上、市教委は、大震災の虐殺について「史実に基づき記載する」と表明しました。
 最終的に17年度の新副読本には次の一文が入りました。
 「混乱の中で、根拠のないうわさが流れ、朝鮮人や中国人が殺害される、いたましいできごとも起こりました。どうしてこのようなことが起きたのでしょうか」

 

市教委との関係を深め、
歴史の隠蔽を食い止めた

 

 私たちの会と市教委との交渉は2013年頃まで文書で行っていました。そこで、「直接会う機会を設定してほしい」と繰り返し申し入れました。とうとう市教委も折れて「会うだけなら」と面談が実現したのです。現在は年4回の定例開催となっています。市民の抗議の声が集まり、粘り強い交渉を重ねた結果、不十分ですが前述の一文が入ったと思っています。今回は歴史の隠蔽を何とか食い止めましたが、これで良かったとは思っていません。市の歴史教育が後退したのは明らかだからです。
 市教委は1991年に「在日外国人(主として韓国・朝鮮人)にかかわる教育の基本方針」(注)を策定しています。「内なる国際化、民族共生教育」の理念の下に「歴史の反省」の項を設け、「歴史の反省を示すには、本市においても次の諸事実を直視することが重要である」として、「関東大震災における朝鮮人虐殺」を明記しました。市教委はこの基本方針は現在も生きているとの認識です。であれば市民は、方針に立ち返った歴史教育を実践するよう働きかけ続ける必要があると思っています。

注 基本方針は「敗戦後も在日韓国・朝鮮人の子どもたちの大半が本名を名乗れないのは、戦前からの同化教育の弊害がいまだに改められていないため」だとして、同化教育を反省し、断ち切ることを決意した。「朝鮮やアジアを見下してきたことを反省し、アジアや世界に開かれた心を持つことであり、…様々な母国・民族の存在と文化を認める視点を育て、内なる国際化を実現する教育をめざす」とした。

 

〈『沈黙─立ち上がる慰安婦』
上映会への妨害〉

ネット右翼、産経新聞、右翼団体、
自民党議員、日本第一党の連携攻撃

 

 このように右派が連携して組織的に攻撃してくる構造は、『沈黙─立ち上がる慰安婦』の自主上映会でもまったく同様でした。これは日本軍によって「慰安婦」にさせられたハルモニ(おばあさん)たちの活動を追ったドキュメンタリー映画です。劇場公開されたのは2017年12月で、当時は何の問題も起きませんでした。ところが18年10月16日に行われる自主上映会を茅ヶ崎市(神奈川県)が「後援」していることに対して、ネット右翼が抗議を呼びかけたのが発端です。そして10月12日に産経新聞が「『慰安婦』映画後援 茅ヶ崎市と市教委に抗議殺到」と題した記事を全国紙に掲載すると、この日から示し合わせたかのように茅ヶ崎市役所に全国から抗議の電話が集中しました。翌13日からは、数団体の右翼の街宣車が来て、「反日団体に会場を貸すな」などと茅ヶ崎市役所や会場周辺で騒ぎ立てました。15日には茅ヶ崎市の自民党市議団が茅ヶ崎市に抗議文を手渡します。「慰安婦を強制連行した事実はない」と述べ、「政府見解と異なる内容の映画を」「政治的中立でなければならない茅ヶ崎市として後援」したことに抗議すると主張したのです。上映会当日には人種差別団体「日本第一党」のメンバーが会場に乱入しようとしました。

 

右翼の妨害をはねのけ上映会を実施!

 

 11月28日に開催された横浜上映会にも特攻服を着た右翼団体のメンバーが会場に乗り込み、12月8日に予定されていた横須賀上映会を妨害するかのような予告をしました。上映会実行委員会の間にも緊張感が高まり、主催者の依頼を受けて神原元弁護士などが代理人となって、上映妨害を禁止する仮処分の申し立てを行いました。上映会のわずか2日前でしたが、全国140人以上の弁護士が代理人に加わり、横浜地裁は特定の右翼団体に対して会場から半径300メートル以内でのすべての妨害活動を禁じる仮処分決定を下したのです。
 それでも安心はできません。仮処分決定を破った場合の罰則規定がつかなかったことと、他の右翼団体が一般市民になりすまして会場に侵入する可能性があったからです。
そこで当日は、妨害をはねのけるためにボランティアを募ったところ、神奈川県内外から100人近くが集まりました。不測の事態を予測して会場の要所ごとにボランティアが立ちました。神奈川県警の警察官も120人が警備。弁護士も5人が駆けつけてくれました。こうして午後2時から始まった2回の上映会は無事開催。安全を確保するため離れた場所で待機していた朴壽南監督は、「ネットの書き込みや上映会の妨害に直面して、ここ数日、生きた心地がしなかった。でも日本の方々の良心に支えられているのが希望です。本当は右翼の人にもこの映画を観てもらいたい」と語りました。結局、右翼の街宣車は夕方になって1キロメートル以上離れた横須賀中央駅付近に現れ、腹いせの軍艦マーチを流したものの機動隊に制止されました。

 

歴史を学び、市民が共同して差別と闘おう


 今回の体験を通してあらためて強く感じるのは、一つひとつの事件や、右翼からの攻撃に対して怯えたり、諦めたりすることなく闘い勝つことの重要性です。副読本の内容や、上映会の開催なんて、小さな出来事に思うかもしれません。でも無関心でいてはならないのです。それは、これが「表現の自由」を守る運動というよりも、「差別」と闘う運動だからです。いまの権力者や右翼は朝鮮や中国に対する過剰な思い上がりを持っており、在日コリアンの人権を力で押し潰そうとしています。そうした差別意識が様々な情報のなかにすり込まれて、大人だけでなく子どもにも伝わっていると思います。その結果、一般の人びとまでもが「『慰安婦』はいなかった」「徴用工は金目当てだ」などという差別的な発言に同意するような風潮がますます強まっています。権力者はそうした差別意識を利用して支持を集めようとしています。
 ヘイトスピーチに対してはカウンターとして対抗する人びとも増えていますが、ここで突破されないように、歴史を学び理論を身につけて運動の内実をもっと強化していかねばならないと私は思っています。
 右派的なマスコミ・ネット右翼・自民党議員・右翼団体は連携して攻撃してきますが、私たちも在日コリアンと日本人、市民・専門家・弁護士・メディア関係者が共同して闘えば必ず勝てるはずです。横浜市の副読本の再訂正や、横須賀上映会の成功を、市民にとっての大きな勝利体験として読者の皆さんに伝えたいのです。 

(P.131~P.137全文)

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