1.権力に迎合するNHKに求めたいこと(元・NHKディレクター 池田恵理子)
番組への政治介入が明らかに
そして2000年12月、東京で「女性国際戦犯法廷(正式名称は日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷)」が開かれます。「慰安婦」被害者だった女性たちや元日本兵が証言し、「法廷」の最後には昭和天皇有罪と、日本政府には国家責任があるという判決概要が下されました。海外の主要メディアが詰めかけ、各国で大きく報じられましたが、日本国内での扱いは小さく、特に「天皇有罪」を小見出しに書いた新聞は2社しかありませんでした。さらにこの「法廷」をドキュメントした01年1月放送のNHK「ETV2001」を見た私たちは驚きました。各国の起訴状や元兵士の証言、昭和天皇の有罪判決など、重要なシーンがカットされていたのです。「法廷」を主催したVAWW-NETジャパン(「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク)は、改ざんの真相究明とメディアの責任を明らかにするため、NHKと制作関連会社2社を提訴しました。
政治介入が明らかになったのは、この裁判が審理されていた2005年です。NHK職員の内部告発によって、当時の安倍晋三官房副長官らが放送直前にNHK上層部を呼びつけ、番組の内容に介入したことが具体的に暴露されました。
彼らは、強かんや慰安所があった事実は「アジア解放のための聖戦」というイメージを壊すものなので、なかったことにしたい。しかし、被害女性たちが名乗り出て隠せなくなってしまった。すると「それは日本軍や日本政府ではなく、民間の業者がやったことだ」「彼女らは戦場に金儲けに来た売春婦である」といった方向へ世論を誘導しようとしたのです。
1997年から始まった教科書攻撃によって、2012年改訂版の中学の歴史教科書のすべてから「慰安婦」の文字は消えました。ようやく16年に元教師らで作る「学び舎」の教科書で記述が蘇りましたが、「学び舎」の教科書を採択した学校は右翼に攻撃されています。このような教育界での動きと、NHKで「慰安婦」番組の企画が通らなくなったこととはつながっていると私は考えています。
NHKから他メディアへ広がる「自粛」
公共放送であるNHKは、権力の弾圧が迫った時にはそれをいち早く察知する「坑道のカナリア」だと思います。NHKで番組が作れなくなると、他のテレビ局、さらに新聞など他のメディアにも自粛やタブー化は広がります。やがてそれは社会の隅々にも及び、例えば公共施設で行われる講演会や展示会のタイトルに「慰安婦」という言葉が入るとクレームが来るからという理由で、「慰安婦」という言葉自体を使わなくなる現象も起きています。こうして歴史の事実が消され、忘れられていくことになります。
一方、海外では、声をあげた日本軍の性暴力被害者たちがパイオニア的な役割を果たしてきました。それは昨今の#MeToo運動にもつながって、様々な国で女性たちが勇気を奮い起こして性被害を訴えています。日本国内ではそのような展開がなかなか広がらず、国内外のギャップは大きくなっています。日本人の人権意識が国際的にますます遅れていくことは深刻な問題です。
(P.56~P.58記事抜粋)