14.これからの食糧危機(㈱資源・食糧問題研究所代表 柴田明夫)
季刊『社会運動』2020年10月【440号】特集:コロナ下におけるマイノリティ -子ども、生活困窮者、障がい者、外国人-
バッタの大量発生による
食糧危機拡大の懸念
○アフリカ、イラン、インド、パキスタン、南米を襲うバッタの大群
新型コロナウィルスのパンデミックという最悪のタイミングで、新たな食糧危機拡大の懸念が生じている。アフリカ東部で大発生したサバクトビバッタの大群がアラビア半島からイラン、インド、パキスタンまで拡大。農産物を食い尽くす蝗害が深刻化しているためだ。
国連食糧農業機関(FAO)によると、今年に入ってアフリカ東部6カ国(スーダン、エチオピア、ソマリア、ケニア、南スーダン、タンザニア)でサバクトビバッタの被害が拡大し、約2500万人が食糧危機に直面。アフリカ西部にも拡大する恐れが強まっている。さらに、蝗害は6月にはインドに飛来し甚大な被害を及ぼしている。インドの2大作物は小麦と米だ。米農務省によれば、2020年は小麦1億718万トン、米1億1800万トンの記録的豊作予想となっている。しかし、この大半は国内向けで、国連食糧農業機関は収穫の30?50パーセントが蝗害により影響を受けると警告。インド政府はドローンでの殺虫剤散布を試みるが、バッタに襲撃された地域では8割の農作物が食い尽くされたと言われる。6月には南米パラグアイでもサバクトビバッタの大発生が伝えられている。バッタはサトウキビやトウモロコシなどを食い荒らしながらアルゼンチンに南下。ブラジル、チリなど南米全体に広がる恐れが出てきた。
サバクトビバッタは、過去にも何度も大発生し、農産物に被害をもたらしてきた。ただ、今回ほどの大発生は、アフリカ大陸に壊滅的な被害をもたらした75年前に匹敵する。深刻なのは、アフリカ、ユーラシア、南米など複数の地域で発生していることだ。国連食糧農業機関は約30カ国で被害が出ると予測している。
○バッタの駆除を妨げるコロナ禍
バッタは通常は単独生活をしているが、大量の雨が降り地面が湿ると、それまで地中で眠っていた卵がいっせいに孵化し大群が発生。それらが成長すると、過密が引き金になって飛翔能力を持つバッタとなる。身体は小さく(体長約5センチ)なり、その性格は一変。体の色も緑から黄と黒に変わり、食欲も旺盛になり、群れ全体で周辺のあらゆる植物を食べ尽くす。群れは何千キロも移動し、作物や草木をむさぼり食うためその被害(蝗害)は甚大だ。
1平方キロメートルを覆う4000万匹のバッタは、1日に約3万5000人分に相当する食糧を食い尽くすとされる。風に乗って1日当たり130?150キロを飛行。寿命は3?5カ月だが、飛翔先で産卵し、3カ月ごとに新しい世代となってその度に20倍に増殖する。
サバクトビバッタは、湿った砂地にのみ卵を産む。今回の大発生の発端は、2018年5月と10月にインド洋ベンガル湾で発生した2つのサイクロン(熱帯性低気圧)だ。サウジアラビアとイエメン、オマーンにまたがるルブアルハリ砂漠にサイクロンが接近。大量の降雨によりバッタの生育に適した環境となり、その後3世代にわたって繁殖が進んだ。
現在、アフリカ東部では第2波の発生も伝えられている。コロナ禍で専門家の移動が制限され、バッタの早期発見、初期段階での殺虫剤散布に失敗したためだ。いったん大発生したら拡大は止められないと言われる。
国連食糧農業機関によれば、5月時点で推定4000億匹とされていたバッタは、6月には500倍に増えた可能性がある。サバクトビバッタの大発生を防ぐためには、初期の段階で殺虫剤を撒くことが重要だ。卵や幼虫のうちは殺虫剤で殺せるが、成虫の群れになるともはや止めることは不可能だ。
変温動物であるサバクトビバッタは、ヒマラヤ山脈を越えられないとされる。このため、中国はこれまでサバクトビバッタの脅威にさらされることはなかった。しかし、飛翔する他のルートが無いわけではない。さらに、船舶やトラック、コンテナなど貿易を通じて侵入するケースもあり、中国政府は動向を重視している。バッタが広がりかねない時期が、米、小麦など農作物の収穫期と重なるためだ。
○食糧生産を脅かすバッタの大発生とパンデミック
世界の食糧は大丈夫か。実は、世界の穀物生産量が不足しているわけではない。米農務省は7月の需給報告で、2020?21年度の世界穀物生産量が27億6000万トンとなり過去最高を更新するとの見方を示した。このうち、小麦は7・6億トン、トウモロコシ11・1億トン、米(精米)4・9億トンで、いずれも記録的豊作で、世界の穀物在庫も8億トン程度(約30パーセント)まで積み上がっている。
穀物貿易量も4億5000万トンとこの10年間で1・5倍に増えた。シカゴの穀物価格も落ち着いている。これを見る限り食糧は潤沢だが、それでも不安が拭い切れないのは、新型コロナウイルス感染拡大による影響の一方、バッタ被害が深刻化しているためだ。
今後、収束のシナリオとして考えられるのは、冬の到来だ。変温動物であるサバクトビバッタは、気温が下がると動けなくなり死に至る。しかし、近年は地球温暖化による気候大変動下で、必ず収束するとは限らない。むしろ、大型の熱帯低気圧が世界各地で多発する中では、今回の新型コロナウイルス感染のパンデミックとサバクトビバッタの大発生は、今後も頻発する恐れが大きい。食料の63パーセント(カロリーベース)を海外に依存する日本では、食料の安定供給、安全な食の確保の双方でリスクが高まっており、国内生産基盤の強化が急務であろう。
(p.116-P.120 記事抜粋)