4.ローカルSDGsで「コロナ後」を展望する(生活クラブ連合会会長 伊藤 由理子)
コロナ禍が世界に蔓延するなか、生活クラブは生活困窮者への米の緊急支援を行い、継続的な支援カンパの仕組みをつくった。また、ワーカーズ・コレクティブなど法人格のない事業団体も持続化給付金の対象にすること、食料自給率の向上を、政策提案として政府に提出した。生活クラブの取り組みとコロナ禍が事業や活動に与えた影響、そして「コロナ後」に目指す社会について、伊藤由理子生活クラブ連合会会長に聞いた。
ステイホームが生んだ社会的断絶と孤独
「米の緊急支援」と「継続的な支援カンパ」の仕組み
新型コロナ感染症が広がってきた2020年3月、共同購入の注文点数が増え始めました。生活クラブ生協の消費材(組合員に供給する品物)、特に食料品は、ほぼすべてがオリジナル製品です。農水産物などの第一次産品、みそやしょうゆなどの醸造調味料をはじめとする食料品は、原材料、再生産にかかる時間、加工にかかる時間、土地や設備などがあってはじめて組合員の手元に届きます。40万人の購買力でその仕組みを支え、生産者に再生産を保障して成り立っているのが生活クラブの共同購入です。急に注文が増えたからと言って、従来の生産工程を経ずに品物を届けることはできません。食料の輸出制限を行う国もあり、スーパーで空の棚が目立つようになった時期にも、生活クラブでは、ほとんどが国産原料であったことと、生産者の徹底した感染症対策と増産の努力により、コロナ由来の欠品を多数発生させることなく乗り切ることができました。
緊急事態宣言が出され、予定されていた会議やイベントができなくなり、事業収支は予算を大きく上回る状況になりました。一方で社会的には、失業や自宅待機などによって困窮する人が出ていること、子どもの休校で仕事を休んだり、退職せざるをえない一人親が増えていることなどが報道され始めていました。5月の連休に関連の福祉事業団体から、「仕事がなくなったシングルマザーで食料品が買えない人がいる」「休校で学校給食がなくなり、ご飯を食べられない子どもがいる」と、切羽詰まった現場の状況が伝えられました。それを聞いて、この間の事業収益を社会に還元すべきと考え、お米の支援に動き始めたのです。
生活クラブ全体では、地域ごとに取り組んできた福祉事業やたすけあいの仕組み、社会的養護下で育った若者たちへの支援、東日本大震災をはじめ自然災害で被災した方々への支援活動などの積み重ねがあり、会員生協や地域の関連団体には様々な支援団体とのネットワークがあります。そうした連携を生かして、6?7月にお米の生産者団体の協力を得て、約32トンのお米を82団体に届けることができました。この「緊急支援米」を受け取った方々からは、「お米があるだけで安心できる」「しばらくは飢える心配をしなくてすむ」「お米は電気釜で炊けるので大人が留守でも安心」などメッセージをたくさんいただきました。しかし毎回お米を届けることは物理的にも費用的にも大変なので、お米を買うお金を支援できるように継続的なカンパを提案することとし、「新型コロナ感染拡大にともなう生活困窮者への緊急支援カンパ」を全国の組合員へ呼びかけました(生活クラブ神奈川は別途に実施)。
ステイホームやソーシャルディスタンスは、他者との物理的距離にとどまらず、家族や職場など近しい人以外の他者との社会的距離を広げてしまうことを危惧しています。通りすがりの気になる子どもや繁華街の若者たち、近所の高齢のご夫妻など、目に触れなくなると存在さえ遠くなってしまうものですし、気になってはいても何をしていいか分からない人はおおぜいいます。緊急カンパには、報道されない現実を知り、想像力を働かせ、つながって支え合っていく一つの方策として多くの方の参加がありました。やって良かったと思っています。
持続化給付金の対象拡大と国内自給力の向上を政策提言
ワーカーズ・コレクティブは働く人が出資・運営・労働参加する協同組合で、地域に必要な市民事業を担っています。NPOや企業組合などの法人格を持つ団体もありますが、任意団体として事業を行うところもたくさんあります。
生活クラブからの委託事業や介護保険事業を行うワーカーズ・コレクティブは、コロナ禍でも、ある程度の事業が継続できています。しかし、弁当やパン・菓子の販売や、店舗の運営、イベント企画など、地域で独自の事業を行う団体は、ほぼ収入がストップしてしまいました。収入がなくても家賃などはかかります。それなのに、法人格を持たないワーカーズ・コレクティブは、持続化給付金(注1)の対象になりません。法人格がなくても何十年もの間、所得税や法人税を払ってきたにもかかわらず、です。そこで、生活クラブは連合会や共済連と、意志ある会員生協とともに、持続化給付金の対象とならないワーカーズ・コレクティブに対し、家賃補助などの支援を行いつつ、政府に対象の拡大を求めたのです。
また新型コロナは、海外からの食料輸入に依存している日本の食料政策の脆弱さを明らかにしました。そこで緊急提言として、食料自給率向上の対策も併せて政府に求めることとしました。前述したように、食料は生産工程の保障なしに再生産の構造を担保することはできません。生活クラブでは従来から、食料自給とは単に食料が国内で生産されて消費者に供給されるだけではなく、農林水産業が営まれる地域の持続可能性が重要であり、地方の生活基盤のありようは都市部の市民生活と密接に関連しているとして、「生産者と消費者が、常に思いを馳せる関係」を大切にしてきました。その積み重ねが農漁村地域と都市部の格差の縮小につながり、後継者の育成や農漁業への新規就労の拡大につながると考えるからです。地方の地域社会との共生の仕組みがなければ、持続可能な食料生産はありえません。2020年3月に閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」にようやくその視点が盛り込まれたことは一歩前進と評価しています。
注1 新型コロナの影響で、前年同月の事業収入と比較して50%以上減少した月がある中小企業には最大200万円、個人事業主には最大100万円を給付する制度。
立ち止まって考えた「コロナ後」の社会
見えないものを見る想像力
実際に人に会うことが難しかったので「組合員活動が停滞するのではないか」と心配していたのですが、生活クラブの地域の活動を支える若い組合員たちは、SNSやインターネットに強く、その活用法を具体的に示してくれました。その若いリーダーたちに引っ張られて、ネット環境が整ってきたのです。リモートの会議やイベントでは、物理的な距離や生活スタイルの都合を越えられることもあって、参加者がとても増えました。デジタルには人と人をつなぐ新たなツールとしての可能性を感じます。
一方でデジタルな関係は、意志を持って各人がアクセスしてはじめて成立するので、不可視な側面が増えることを認識しておく必要があると思います。つまり、アクセスしない人やその人が抱える問題は見えない、気づかれない危険性があるわけです。想像力を働かせて、自分の見えないところで起こっていることを見る「心の目」を養っていかないと、大変なことを見過ごす恐れがあります。そうならないためにも、体感を通して言葉を交わす場は今後も重要です。
(p.50-P.54 記事抜粋)