5.コロナ禍における社会的連帯経済の価値(明治大学教授 栁沢 敏勝)
「社会的経済」と「連帯経済」
日本では社会的連帯経済という考え方は、ほとんど知られていないが、国際社会では様々な議論が積み重ねられている。
社会的連帯経済とは、「社会的経済」と「連帯経済」の二つの考え方が一体化したものだ。
社会的経済とは何か。それは、公的部門にも民間部門にも属さない経済のことを言う。1980年代以降に従来の公共にも民間にも属さない経済活動が広がり、「サードセクター」「非営利セクター」などの言葉で呼ばれた。利益を追求しない、利益を分配しないことを原則としている。社会的経済を構成するのは協同組合や共済組合、アソシエーション(NPO)である。
一方、連帯経済は草の根の自助グループが社会的に不利な立場におかれた人への支援のために生み出された経済のことだ。1980年代以降のスタグフレーション(注1)を乗り越えるために新自由主義的な政策(注2)の中で格差や矛盾が生まれた。その中で社会的に不利な立場におかれた人への支援に迫られた現場での取り組みが連帯経済だ。代表的な組織が、人びとの草の根の自助グループや社会的協同組合、社会的企業である。
社会的協同組合は、イタリアから始まった。元々は、1970年代以降のイタリアでの暮らしにくさ、生きづらさの広がりに対応するために人びとが自発的に作った社会連帯協同組合だ。従来の協同組合とはどこが違うのか。それまでの協同組合は構成員の共益組織としてあるが、社会連帯協同組合は、社会的に排除された人びとの支援などを中心とした協同組合である。これがイタリアの社会的協同組合法(注3)につながっていった。この法律は世界の福祉制度にも影響を与えている。ちなみに、日本の障害者就労継続支援事業(注4)はここに原点があると言ってもいいと私は思っている。
また、社会的企業は、1990年代に生まれたこれまでのビジネスとは異なる新たな事業組織だ。利益を極大化して株主に還元するのではなく、地域コミュニティでの貢献を第一の使命とし、利益分配を主たる目的としない。環境や福祉、教育など社会的課題の解決に経営やビジネスの手法をもって、その達成を目指す企業だ。
注1 景気が後退していく中でインフレーション(インフレ、物価上昇)が同時進行する現象。生活者にとっては、景気後退で賃金が上がらない中で、実質的な生活水準の切り下げになる。
注2 国家による福祉・公共サービスの縮小と、大幅な規制緩和、市場原理主義の重視を特徴とする経済思想。80年代以降、イギリスのサッチャー政権、アメリカのレーガン政権、日本の中曽根政権などがこうした経済政策を行った。
注3 1991年に制定され、それ以降、世界での取り組みに大きな影響を与えた。「市民の人間としての発達および社会参加についての、地域の普遍的な利益を追求することを目的」とした組織であり、社会福祉・健康・教育等のサービスを担うA型社会的協同組合と、「社会的に不利益を被る者の就労を目的」とするB型社会的協同組合とがある。
注4 一般企業に雇用されることが困難な障がい者について、生産活動にかかる能力向上を目指す事業。
協同組合から社会的企業まで
連帯経済は従来の社会的経済を充実させる存在で、社会的経済と競合する局面もあったが、相互補完的な関係にあった。21世紀に入り、二つが統一的に捉えられ、社会的連帯経済が生まれた。
2014年にフランスで制定された「社会的連帯経済法」(注5)の第1条では以下の五つの条件を全て満たすのが社会的連帯経済だとしている。
①利益分配以外の目的を有すること
②民主的ガバナンス
③法人の維持拡大に利益を利用すること
④法定準備金を取り崩して分配してはならないこと
⑤解散の際の残余財産は他の社会的連帯経済組織に譲渡すること
社会的連帯経済の担い手は、従来の社会的経済の協同組合・共済組合などだけではなく、社会的協同組合や社会的企業などの連帯経済も含まれる。
注5 「社会的連帯経済法」は、社会的連帯経済の定義が不明確であったことへの反省の上に、「社会的経済の特定活動の発展に関する1983年7月法」以降の連帯経済の動向を踏まえて制定された。
「よりよい社会」をつくる社会的連帯経済
社会的連帯経済が実現する社会は、どういうものか。
経済学者のリチャード・ウィルキンソンの著書『平等社会』(東洋経済新報社2010)には「よりよい社会」と書かれている。
それは、「分断の少ない社会」「ふれ合いの実感を取り戻した社会」「地球温暖化の脅威を克服できる社会」「コミュニティの仲間として協力できる社会」「非営利分野のより発達した社会」だ。
言い換えれば、コミュニティの仲間としてふれあいの実感があり、ソーシャル・キャピタル(人びとが持つ信頼関係や人間関係、社会的ネットワークのこと)が豊かな社会だ。これは決してユートピアではなく、格差をわずかに減らすだけで生活の質が劇的に変わってしまうことは立証済みだと、ウィルキンソンは述べている。
(p.60-P.62 記事抜粋)