全米に広がった遺伝子組み換え食品表示運動の行方(市民セクター政策機構 専務理事 白井 和宏)
バイオテクノロジー業界による反撃と、バーモント州の勝利
バーモント州では2年もかけて議論を行い、表示義務を法制化したにも関わらず、その1ヶ月後にはバイオテクノロジー業界が州政府を訴えた。驚くことに、「アメリカの憲法の下では、消費者に情報を開示しなくてもよいという権利が産業界に認められている」、「消費者の知る権利を制限することができる」というのが業界側の言い分であり、連邦地区裁判所に提訴したのである。
ただし、「食品安全センター」のキンブレル氏側も、当然、業界側が意議申し立てをすることを想定しており、業界側の反論に対抗できるような文言を法案の条文の中に挿入しておいたという。それは、なぜ表示の義務化が必要なのかという三つの理由であった。第一には、遺伝子組み換え食品の安全性について、食品医薬品局が独自の治験を何も行っていない以上、消費者には自らの健康に及ぼしかねない情報について知る権利があるということ。第二に、遺伝子組み換え作物を栽培することによって、環境にどのような影響があるのか消費者は知る権利があるということ。そして第三に、消費者に何も知らせなければ、誤った情報がまかり通って、消費者を混乱させてしまうと州法に記載しておいたのである。
この結果、2015年4月に連邦地区裁判所は産業界からの異議申し立て請求を棄却した。
「暗黒法」アメリカ人の知る権利を奪う法
しかしバイオテクノロジー業界は、バーモント州で市民が勝利したことにより、州レベルでの法廷闘争を諦めて、今度はワシントンDCで連邦議会に働きかけている。州レベルで食品表示させない法律を、アメリカの連邦法として成立させようとしているのである。
「食品安全センター」は業界側が提出した法案を、「暗黒法:アメリカ人の知る権利を奪う法(DARK:The Deny Americans The Right to Know)」と名付けた。アメリカ人の知る権利を奪う法であり、人びとを暗闇に押し込めようとする法だからだ。
州の権限を規制する内容が盛り込まれているこの法案は、すでに2015年7月に下院を通過している。ただし現在のところ、そのまま上院に提案されるのか、内容を修正して提出されるのかは不明であるが、予断を許さない。