生活クラブグループ
市民セクター政策機構

市民セクター政策機構 市民セクター政策機構は、生活クラブグループのシンクタンクとして、市民を主体とする社会システムづくりに寄与します。

生活のいたるところに民主主義がある


神奈川ネットワーク運動共同代表 大和市議会議員 山崎佐由紀
「サザエさん」のなかに戦後民主主義がある。この本で紹介されている鶴見俊輔の意見です。波平さんはちょっと古いお父さんのようには見えますが、「磯野家」では父親や男性であっても間違いや勘違いをすれば躊躇なくそれを指摘し、指摘した側もされた側も朗らかに笑って間違いを認め合う。そこに「対等」の倫理がある。なるほど、私たちが享受してきた民主主義のイメージのひとつかもしれません。
「戦後民主主義」とは、本書によれば日本国憲法に基づいた主権在民による民主主義、戦争放棄による平和主義、直接的民主主義への志向、法の下の平等を徹底しようとした思想です。それがどう揺れ動いていまに至っているのか、政局や思想、そして文化的な側面から示しているのが本書の特徴です。浮かび上がっては消える改憲の論議、学者の論争、数々の運動、映画や漫画、小説の社会への影響など、人びとの営みが整理され、いまの世の中がどのように成立してきたのかがわかります。

「戦後民主主義は終わったのか?」の問いに、NOと宣言


敗戦後の数年を除いて常に否定の対象として話題に上ってきたのも「戦後民主主義」です。60年代には支配体制と同一視され、80年代には反権威主義的でモラトリアム的な価値観を指す言葉として使われ、90年代には「過剰な権利主義」「悪平等」などと、様々な概念に結び付けられてきました。第1次安倍内閣は「戦後レジューム」からの脱却を進めると宣言し、「戦後民主主義」は過去のものと感じる人も増えてきました。国民は政治への興味をなくし、選挙があっても投票率は低迷しています。
しかし、「戦後民主主義は終わったのか?」の問いに、著者はNOと宣言します。「戦後民主主義の精神が、いまほど求められている時代はないのではないかと考えている」「戦後民主主義は、民主主義が『統治』の手段ではなく、『参加』を通じた『自治』の手段であることを教えている」「生活の至るところに民主主義があるという感覚が、戦後民主主義の根幹にある」と力強い言葉で本書を締めくくっています。
まさしく、「これって政治だよ」と言ってきた私たちの活動に通じるものです。
本書に書かれた生活クラブ運動は、『暮しの手帖』の編集長だった花森安治の思想と通底するものとして出てきます。主婦たちは、「日常生活のなかから消費経済という公共的問題にかかわる主体性を立ち上げようとした」とし、その後1970年代末に起こった「注目すべき新たな展開」としての代理人運動が、「自分たちの足元から政治に参加しようとする意識の表れだった」と紹介されています。時代の流れのなかでいかに運動が盛り上がり、形成されたのかが改めて理解できます。
同時期には市民運動から生まれた国会議員として、中山千夏や菅直人の名前が挙がっています。後に首相となった菅直人は所信表明演説で、政治学者の松下圭一から学んだ「市民自治の思想」を挙げ、その政治理念を「国民が政治に参加する真の国民主権の実現」だとしています。
市民政治の実践は全国ネットの活動のなかでいまも続いてはいますが、本書では過去のことのように語られているのは残念です。ただ2013年、東京都小平市の住民投票運動に関して行われた市民に主権を取り戻す直接民主主義の提案が、戦後民主主義の現在形として紹介され、それは社会運動と地方議会を重視する姿勢だという記述には勇気が出ます。
かつて高度成長期に支えられた戦後民主主義の思想は、格差社会となった現代でどのように生かすことができるのか、今後について考える契機となりうる一冊です。

(p.36-P.37 記事全文)

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