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戦争と国民-権力者が引き起こす飢餓(季刊『社会運動』編集長 白井和宏)

【発売中】季刊『社会運動』2022年4月発行【446号】特集:農業危機 -生産する消費者運動

ウクライナ400万人の餓死の上に建設された「労働者の天国」

 1932〜33年にかけてウクライナで400万人が餓死した。「ヨーロッパのパン籠」と呼ばれた肥沃な穀倉地帯でなぜ大飢饉が起きたのか。1917年のロシア革命後、最高指導者となったスターリンが、農業を犠牲にして鉄鉱・機械・石炭などの重工業化と軍備の近代化を推し進めたからである。ソ連を先進資本主義諸国と並ぶ工業国にするため、スターリンは、穀物を大量に輸出して重工業化の資金を調達しようとした。そして農業の生産性を向上させるために実施したのが農民の集団化だった。農民は集団農場と国営農場に組織され、農民の大多数は集団農場で働かされた。
 150パーセントの増産という途方もない目標が立てられ、収穫した穀物は政府に徴収されて輸出されたが、スターリンの思惑通りにはいかなかった。土地を奪われた農民の生産意欲は落ち、凶作も重なって、穀物の生産量は激減した。それでも穀物は徴収されつづけたため、農民には自分の食料さえ残らず、飢えた人々は雑草や樹皮を食べた。赤ん坊が遺棄され、人肉を食らう飢民が徘徊する地獄絵だったと言われる(注1)。ウクライナでは少なくとも400万人、人口の20パーセント(国民の5人に1人)が餓死したと言われている。
 しかし世界に向かってはソ連が「労働者の天国」を実現しているという大義だけが伝えられ、この「ホロドモール」と呼ばれる大飢饉は隠蔽された。ソ連がこの大飢饉を認めたのは1980年代になってからだが、それでも「被害を被ったのはウクライナ人だけではない」として、ロシアは人為的な飢饉=集団的虐殺行為はなかったと主張している。

植民地の飢餓の上に建設された「大東亜共栄圏」

 7割が農地のウクライナと正反対に、そもそも日本は、広大で平坦な土地が少なく、起伏の激しい中山間地が7割を占める。そのため、常に食料が不足し、飢餓と隣あわせだったのが日本の歴史だ。江戸時代には、甚大な被害をもたらした四大飢饉が起き、東北地方を襲った天明の大飢饉(1782〜88年)では30万人以上の犠牲者が出た。
 明治以降も飢饉はなくならならず、その対策が、アジアからのコメ輸入であり、武力による植民地の拡大政策だった。1869年(明治2年)には新政府が中国から米を輸入して、凶作地に振り向けた。その後、朝鮮、台湾からも米を輸入した。1934年(昭和9年)に東北で起きた凶作では「人間の食べられるものは、全部刈り取り掘り尽くし、米の一粒だに喉を通すことのできぬ飢餓地獄にのたうつ惨状」が伝えられている。「娘の身売り」が盛んに行われ、1936年(昭和11年)、陸軍青年将校たちによる叛乱 2・26事件につながっていった(注2)。第二次大戦で「大東亜共栄圏」という独善的なスローガンを掲げた日本は、内地や前線にいる日本軍のために植民地で米を徴収し、アジアの人々は飢餓に苦しんだ。
敗戦後、植民地を失った日本は深刻な食料難に見舞われた。政府は増産体制を推進し、1965年の食料自給率は73パーセントに到達した。ところがその後、自給率は減少し続け、2020年度には37パーセントと最低を更新している。これまで、私たちが飢餓どころか、グルメと飽食を堪能できるのは、言うまでもなく世界各地から食料を購入できているからだ。

「軍事力による安全保障」という空論

 いま、日本の農業は崖っぷちに立たされている。1175万人(1960年)いた農業従事者は136万人(2000年)しかいなくなった。高齢化・後継者不足に加え、異常気象というリスクが高まっている。それでも日本政府は、農業を犠牲にして、工業製品の輸出増を進めるため、世界各国との自由貿易協定の締結に突き進んでいる。
 さらには自給率を高めるどころか、ロシア軍によるウクライナ侵攻を機に、火事場泥棒的な政治家たちは、軍事力の強化と核兵器の配備を主張し始めた。低下する食料自給率は議論の俎上にも上らない。しかし、アジア各地で紛争が起き、日本が当事者となれば、食料の輸入は途絶える。
 国際紛争など非常時こそ、政治家の本質が現れる。不測の事態に備えることが本来の政治家の役割だが、旧ソ連・ロシアと日本の権力者は、支配下の人々に飢えを押し付けて戦争に突き進んだことを忘れるわけにはいかない。戦争を煽る政治家は、決まって戦地に行かないのだ。

(注1) 映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』(アグニェシュカ・ホランド監督、2019年)
(注2) 『餓死迫る日本』(小池松次著、学習研究社、2008年)

(P.4-P.7 記事全文)

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