②子どもの費用は社会が負担(東京都立大学人文社会学部教授 阿部 彩)
労働者の尊厳が守られなければ、子どもも守れない
─子どもの貧困に関心が寄せられるようになって、政府による対策も実施されたものの大きく改善されないのはどうしてでしょうか。
2010年より実施されている「高校授業料無償化・就学支援金支給制度」のほか、2020年からは大学や専門学校への進学者を対象に返済不要の「給付型奨学金・授業料の減免制度」が実施されています。就学前の子どもについても2019年から「保育・幼児教育無償化制度」が実施されるなど、子どもの貧困対策としての施策が実施されてきました。
けれどもこれらの教育費を支援する対策には、問題の根幹である「金銭的資源の欠如」に関する視点が欠けています。子どもの貧困はつまり親の貧困です。親が働いているのになぜ、子どもが貧困に陥るのかという根本的な問題に対する施策が必要です。
ですから、「賃金を上げよ」ということ、つまり労働者の貧困対策は第一に取り組むべき課題です。働いても十分な所得が得られない「ワーキングプア」の問題は2000年代に焦点があてられましたが、それに対する対策は実施されてきませんでした。日本では1985年から2018年にかけて、市場所得(年金や児童手当等の再配分前)のワーキングプア率が上昇しています。この問題は、市場所得自体を改善しなくては解消しません。
どうすれば賃金を上げられるのか、これといった解答があるわけではありませんが、日本の産業の生産性を向上させることは不可欠だと思います。ところが、日本はいまある産業や雇用を守ることに必死になっていて、それ以上のことができていません。それが数十年間続いている状況で、世界的に見て先進国から脱落している感は否めません。すでに私の世代よりも親の年代の方が収入が多かった、という状況です。私の子どもはいま高校生ですが、子どもたちが30歳代、40歳代の時の日本を支える産業は何だろうと考えてもまったく見えてきません。日本で働いていては海外旅行など考えられないようになるのではないか、という危機感さえあります。ですから、「賃金を上げよ」ということには産業政策も含めた視点での議論が必要です。
それと同時に、労働者の地位が弱くなり過ぎていますから、労働組合に頑張っていただきたいと思います。安い労働力を売りにするような国になってはいけない、という意味でも、生産性の高い労働人材を作っていく必要があります。雇用する側は労働者を搾取して安い物を作って売るモデルは止めて、そのための産業政策を打ち出すことは必要です。私は専門ではないので、何をやればいいかはわかりませんが、いまのままではいけないと思っています。近頃では、Uber Eatsのように働く人が労働者としても扱われないような職種もあります。親が人間としての尊厳が守られていないのであれば、当然子どもも守れなくなります。昔は正社員だけを守るような労働組合だったかもしれませんが、いまは新しい組合運動をつくる動きが起きています。労働組合というのはソリダリティー(連帯、社会連帯)の一つです。働く者はみんな同じように尊ばれるべきという考え方は「包摂」という考え方に通じます。
(P.48-P.50記事抜粋)