北海道ルポルタージュ②
800キロの生きた牛が真空パックの塊肉なるまで
(株式会社 北海道チクレンミート 北見事業部北見食肉センター所長 竹山勇一/北見事業部部長 伊藤隆浩)
北海道チクレン農業協同組合連合会は、
牛の肥育から牛肉の加工まで一貫管理している。
食肉処理場まで保有している生産者は、
全国的にも珍しいという。
今回、一般には公開されていない、と畜から解体、
肉加工の現場を見せてもらった。
この取材を通して、社会情勢や消費者のニーズが、
牛のと畜の現場にどう影響しているか、考えてみたい。
と畜は危険と隣り合わせの仕事だ
私たちが訪れたのは、北海道チクレン農業協同組合連合会(以下、北海道チクレン)の関連会社・㈱北海道チクレンミート(以下、チクレンミート)の「北見食肉センター」および「北見工場」。2000年に北見市から譲渡された食肉センターではと畜と解体、工場は部分肉加工を担っている(詳しくは後述)。道東の北見市内から車で15分ほどの、畑が広がるのどかな風景のなかにその施設はある。特に家畜の匂いがするわけでも、啼き声が響き渡っているわけでもない。緑豊かな敷地内にたたずむ「獣魂の碑」だけが、ここで行われていることを物語っていた。
迎えてくれたのは、食肉センター所長の竹山勇一さん。私たちもさっそく白衣、長靴、ヘルメットを借用し、施設内へと案内してもらった。
北見食肉センターでと畜されるのは、1日当たり平均で牛が75頭、豚が70頭ほど。北海道チクレンの作業委託農場で肥育した牛だけでなく、他社から委託された牛のと畜や内臓処理も請け負っている。
「北海道から認可を受けている1日のと畜頭数は、牛が92頭、豚が140頭です。規模としては中程度ですね。北見市が運営していたころは、牛で60数頭だったのですが、チクレンミートに譲渡後、徐々に頭数を増やして92頭になりました。ただ、認可を受けた当時に比べると牛を大きく育てるようになっているので、現状、冷蔵庫に入れられるのは82~84頭くらい。最近では畜産農家が減っているのと、人手に余裕がなく1日に処理できる頭数にも限界があって、いまの頭数に落ち着いています」(竹山さん。以下同)。
施設内は、洗浄などに大量の水を使うため湿度はかなり高い。マスクのせいもあって臭いはほとんど感じられないものの、独特の生々しい空気がもわっと立ちこめている。と畜する牛は前日に搬入され、係留場に一晩留め置いて落ち着かせたのち、翌朝8時過ぎから生体検査・洗浄を経て、と畜・解体へと向かう。
と畜の主な作業は、「スタニング(気絶作業)」と「放血(血抜き)」の2つだ。まず、牛をノッキングペンと呼ばれる囲いに追い込み、空砲を入れた、と畜用の銃で眉間をパン! と一撃し、気絶させる。牛がガクンと四肢を折り倒れると、囲いの片方の側面が回転して開き、牛は排水溝のあるスペースに滑り落ちる。すると、待ち構えていた作業員が素早く牛に駆け寄り、ナイフで牛の喉を切り裂く。ザーッと勢いよく流れ出す血の量は、およそ7キロ。牛の体温は約40℃なので血も同じように熱い。
「スタニングと放血、どちらも熟練した技術が必要な作業です。的確な場所に銃を打ち込まないと牛が暴れる危険性がありますし、過剰なストレスから味が落ちる一因になるとも言われます。放血も、勘と手の感触だけで頸動脈を探り当て、素早く切る必要がある難しい作業です。スムーズに放血させないと、血が肉に回って味が落ちたり、血が固まって臭みのもとになったり、腐敗も早くなります」
実は、作業はこれだけではない。放血させたらすぐさま、胃の内容物が逆流しないようにゴムバンドで食道を縛る「食道結紮」、電極を当てて脳を停止させる「不動体化」という処置が施される。スタニングから不動体化まで10秒もかかっていない。まさに熟練の職人技だ。
「以前は、眉間を撃ったあとに『ピッシング』という作業がありました。牛の額の穴からワイヤーを挿入し、脊髄を破壊して麻痺させ、動きを完全に止めるのです。しかし牛海綿状脳症(BSE)問題以降はできなくなりました。特定危険部位の脊髄を破壊すると、髄液が飛び散って肉が汚染される可能性があるからです。『不動体化』はその代わりに導入されたのですが、ピッシングほど完全に動きを封じ込められず、反射運動で脚がバタバタ動くことがあるので、作業の危険度は上がっています」
(P.41-P.44 記事抜粋)