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市民セクター政策機構

市民セクター政策機構 市民セクター政策機構は、生活クラブグループのシンクタンクとして、市民を主体とする社会システムづくりに寄与します。

北海道ルポルタージュ③
一軒ずつでも酪農家を増やしていきたい
(株式会社 なかしゅんべつ未来牧場 専務取締役 友貞義照)

【発売中です】季刊『社会運動』2023年10月発行【452号】特集:北海道で未来をさがす 国産牛肉が食卓から消える!?

365日、絶え間なく牛の世話は続く

 

 「オ??イ!」牛舎で声をかけると、あちこちで餌を食んでいた牛たちが静かに集まってくる。「この子はお腹に赤ちゃんがいるんですよ。あっちの子は…」とそれぞれ牛の状況を説明してくれる友貞義照さん。なかしゅんべつ未来牧場では生まれて間もない子牛から、受胎して分娩を待つ牛、搾乳中の牛などがそれぞれの牛舎に分けられていて、食べる餌も違っている。子牛が生まれると、すぐに免疫力をつけるため母牛の初乳を飲ませる。しばらくはミルクでその後は徐々に粗飼料(牧草)を増やし、分娩前の牛には塩と糖蜜、カルシウム、鉄分などを加える。牧草を中心に搾乳中の牛の飼料もまたスペシャルブレンドだ。
 「それと、水。牛はきれい好きなのできれいな水しか飲まないんですよ。容器を洗って常にきれいにしておかないと。寝床も毎日掃除しないと牛のストレスが溜まります。掃除しながら牛の体調なども観察するんです」
酪農が中心なので、ここにいるほとんどはメス牛なのだが、北海道チクレンからの飼育委託でオス牛380頭も育てており、赤身肉はチクレンを通じて生活クラブに出荷される。2023年6月1日現在で1760頭を飼育しているそうだ。働いているのは15人の職員と、将来酪農家を目指す研修生(現在は4人)の19人。この人数でなかしゅんべつ未来牧場の3つのセンター(酪農研修センター、全酪連育成センター、共和育成センター)を動かしている。
 朝5時から夕方まで、365日、絶え間なく牛の世話は続く。なかでも作業の早さ、正確さを求められるのが朝夕2回の搾乳だ。牛たちが80頭、尻合わせで2列につなぎ飼いされた搾乳舎で、時間が来ると職員たちがまずきれいに一頭一頭の乳房を清拭と消毒する。
 頭数が多いのであとは機械の作業になるのだが、清拭と消毒は繊細な作業なので人の手が求められる。そしてまたたく間に「パイプラインミルカー」と呼ばれる搾乳装置が乳房にあてがわれ、自動的に機械が搾乳を始める。乳はパイプで送られ、バルククーラー(保存タンク)に溜められるという仕組みだ。搾乳だけでなく給餌の作業もある。つながれた牛たちが手前の餌を食べ終わったのち、遠くの餌が手前に来るように押し出す「餌寄せロボット」も導入されるなどオートメーション化されている。
 1頭の牛から1日に搾乳される量は、約30リットル。牛乳パック30個分に当たる。多い場合は50リットルになることもある。年間で計算すると1頭から牛乳パック1万個ぐらいを搾っていることになる。生活クラブでもおなじみのバター「べつかいのバター屋さん」は、ここで搾った牛乳をべつかい乳業興社というところに搬入して作られたものだ。」

 

100パーセント農協出資で
担い手の育成を目指す

 

 なかしゅんべつ未来牧場がある別海町は、北海道の道東、根室半島と知床半島の中間にある。人口は約1万5000人だが、牛はその10倍いる。日本一の生乳生産量を誇る「酪農王国」として知られている。
 1948年に戦後の農業協同組合法によって旧中春別農協が設立され、その後、昭和30年代には世界銀行の融資で、短期にモデル的な酪農経営を確立する「根釧パイロットファーム開拓事業」が行われた。もとからの生産者と多くの入植者の努力、さらに国からの資金投入もあって別海町は一大生乳生産地に発展。近代的な酪農を行い、高度成長期を支えてきた。1983年に旧中春別農協と根釧パイロットファーム開拓農協が合併し、中春別農業協同組合(JA中春別)に名称変更した。
 しかし近年、北海道でも酪農・畜産の担い手不足、高齢化などから後継者問題が深刻になっている。今後、どのように担い手を増やしていけばよいのか。その対策として2017年にほぼ100パーセント農協出資で設立されたのが、なかしゅんべつ未来牧場である。
 「なかしゅんべつ未来牧場は生乳をJA中春別に出荷している酪農家なので、正組合員になっています。農地を持つ会社であり、会社運営では生乳生産の他、地元の酪農家からの乳用牛飼育預託、肉牛の育成と販売、牛乳の生産・販売、そして新規就農を目指す酪農研修と教育を担っています」
 なかしゅんべつ未来牧場で育成された牛の肉は北海道チクレンを通じて生活クラブの組合員に届けられる。
 牛海綿状脳症(BSE)が発生した2001年以降、牛肉の消費がガクンと落ち、また同じ頃に加速した飲用乳需要の減少によりバターと脱脂粉乳在庫が増大したことで生乳生産量を削減する生産計画があった。生産現場では先行きが見えなくなり、対策を考えることになった。
 「そのときに生活クラブを紹介してくれたのが、北海道チクレンでした。われわれ生産者はふだん消費者とのつながりがほとんどないのですが、チクレンとの提携を通じて生活クラブの考えを知ることができるのは魅力でした」と友貞さん。生産者から見ると、消費者には次の消費傾向があると言う。価格よりも商品の価値で選ぶか、安ければいいとするか、その中間か。
 「生産者にとってどの階層の消費者をターゲットにするかが、大事なんですよ。しっかりした物を作れば、認めてくれる消費者が必ずいると思ってがんばってきましたが、それが生活クラブだったんです」

 

新規就農者をまちぐるみでサポート

 

 なかしゅんべつ未来牧場の重要な役割が、酪農をやってみたいという新規就農者・希望者の支援である。研修の実施、就農先のあっせん、就農計画を準備段階から支え、営農開始後もサポートや相談を行っている。
 「就農希望者のために、原則3年間の研修プログラムを設けています。対象はできれば夫婦であること、原則40歳以下としています。将来、地元に留まって酪農家になってほしいというのが希望ですね。酪農や畜産の経験は問わず、牛が好きという理由で酪農家を目指す人も歓迎しています」
 2023年現在は2組の夫婦が研修生として従事している。研修期間中は職員として採用され、給与も支払われる。休日は月6日。健康保険、厚生年金、雇用保険なども完備。また敷地内には家族用(2LDK)、単身者用の住宅も用意されている。家族を主な対象にしているのは、もともとこの地域では、夫婦や親子で放牧をしながら牛の世話をする家族経営が基本になっているためだ。
 仕事は朝5時から始まり、夕方まで続く。研修生も一緒だ。糞尿の処理や子牛小屋の掃除、牧草を与え、子牛にミルクを飲ませ、朝夕に搾乳する。その間、牛たちに触れ合いながら一頭一頭の体調に目を配る。エサを食べない、お腹を壊しているなどの不調に、いち早く気づいて治療しなければならないからだ。人工授精や受胎したかどうかの繁殖検査、出産にも立会う。当番制で夜間の巡回もある。牧草の刈り取りも重要で、6月には一番草を、8月には二番草を収穫、秋には草地の維持管理も行う。なかしゅんべつ未来牧場では糞尿をバイオ燃料として使うため、敷地内に設けられた専用のタンクに集められる。
 乳牛の世話だけでなく、酪農の知識も学習する。乳牛の繁殖プログラムとその管理方法、成長過程に合わせたエサの設計や与え方、土壌分析などの講習も必要になる。最終年には実習があり、会社指定の酪農家に出向してこれまで学んだことを実践する。
 こうした研修プログラムによって新規就農に必要な知識と経験をひととおり身につけ、いよいよ酪農家として独立することになる。ちなみに別海町の酪農家の一世帯当たりの搾乳頭数は70頭前後、育成はその倍でおよそ140頭ほど。草地面積で60?70ヘクタール、1戸1法人が基本になっている。
 「新規就農にあたっては、1億円ぐらい必要になります。60ヘクタールの農地が1ヘクタール50万円として3000万円、ただし農地は自分たちの資産になります。牛は最初は50頭ぐらいとして、機械などを含めて合計約1億円を牧場を開くために用意する必要があります。それを25年かけて返済していきます。資金は農協から借りることができますが、大きな額のお金を回していくのでキャッシュフローも考えなくてはならず、どんぶり勘定では酪農家はやっていけませんね」
 営農開始後は、なかしゅんべつ未来牧場のみならず、別海町、JA中春別をはじめ酪農にかかわっている団体、機関が協力して酪農家を技術と経営の両面からサポートする。まちぐるみで新規就農者を育てていかなくてはならないのだ。
 研修制度以外にもなかしゅんべつ未来牧場は大学と提携し、将来就農や家畜に携わる仕事を目指す若者たちを指導したり、学生を対象とした酪農体験(短期・中期)も行っている。また生活クラブの「夢都里路くらぶ」(59ページ参照)の3日間の援農体験も毎年受け入れている。

(P.51-P.56 記事抜粋)

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