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市民セクター政策機構

市民セクター政策機構 市民セクター政策機構は、生活クラブグループのシンクタンクとして、市民を主体とする社会システムづくりに寄与します。

①自給体制に動き出す世界、 転換する食料生産・供給の構図
((株)農林中金総合研究所 理事研究員 阮蔚(ルワン ウエイ))

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供給過剰の小麦 内需を満たす米

 

 世界の多くの人が主食としている小麦や米などの穀物は、一部を除けば全体としては供給過剰の状況にあります。アフリカなどで餓死者が毎日のように出ているのは、食料生産の問題ではなく、国の政治体制、所得や分配など、別の要因によるものなのです。小麦の生産量が供給過剰な国は、アメリカと欧州連合(EU)、加えてオーストラリアとカナダです。なかでもアメリカとEU(主にフランス)の農家は、政府の補助金によって少なくとも所得の約8割は保障され、市場価格が下がっても作り続けるので、供給過剰になるのです。
 第二次大戦後の小麦の生産と供給の歴史をみると、まずマーシャルプラン(注)などで、ヨーロッパでの戦後復興が進み、食料生産も回復し、1950年代になると自給できるようになりました。もともとヨーロッパに輸出していたアメリカ産の小麦は行き場がなくなり、日本や韓国に輸出されましたが人口が限られているので、その後、アフリカが主な供給先になったのです。当時、世界人口の6割弱を占めていたアジア諸国に小麦が供給されなかったのは、主食が米だったからです。また、人口が増加して食料難であったインドや中国は、国が主導して、品種改良や、化学肥料や農薬の使用で穀物の生産性向上を目指す「緑の革命」を進めたことも要因の一つです。アフリカへのアメリカ産小麦の流入は、主権国家の意識が強かったアジア諸国に比べ、植民地時代の旧宗主国との関係が強く残っていたことにも起因します。
 一方、広大な土地を持つソビエト連邦(ソ連)は、計画経済によってかえって農業生産力が低下し、穀物の輸入国になった時期もありました。しかし、21世紀に入り、ソ連が崩壊して市場経済が導入されると、食料の増産が進みました。ロシアは小麦の輸出量を伸ばし、いまでは世界第1位の輸出国になっています。また、ウクライナもチェルノーゼムと呼ばれる世界で最も肥沃な国土を持ち、2020年の小麦の生産量は世界8位です。そして、両国の小麦は、黒海を渡って中東(トルコ、シリアなど)や北アフリカ(エジプト、スーダン、リビアなど)に輸出されています。価格が安いので、アメリカやEUの競争相手となっています。
 もう一つの主食穀物である米の生産は小麦と異なり、主にアジアの国々で輸出用ではなく自給のために生産されています。2020年、ウクライナの戦争を機に食料に投機マネーが流入し、小麦、トウモロコシ、大豆などの穀物価格が高騰しても米の価格はほとんど変化しませんでした。このことは、米が小麦などに比べてそれほど重要な貿易財ではなく各国の内需を満たす穀物であることを示しています。

(注) 第二次世界大戦後、アメリカがヨーロッパ諸国に対して行った復興援助計画。提供された資金の使途は、生活に必要な農作物や生産のための機械類などに限られていた。

 

エネルギー需要の拡大で
アメリカの輸出意欲が低下

 

 小麦などの主要な穀物の生産は、20世紀末に世界の人びとが食べられる量を満たすようになります。次に現れた食料の問題は、先進国に続いて中国や東南アジアの国々で、所得の上昇に伴い肉の消費が増えてきたことです。それはエサ=飼料の需要に直結します。家畜の肥育に必要なトウモロコシ(炭水化物)と大豆(タンパク質)が、代表的な飼料穀物です。21世紀に入って、米と小麦の生産は人口の増加と同じような伸び率を示していますが、トウモロコシと大豆の生産はいずれも人口の伸び率を大きく上回り、同時に貿易比率も伸びています。
 飼料作物の生産量が一番多いのはアメリカ、次いでブラジルです。代表的な輸入国は中国で、東南アジアや中東の国々もアメリカやブラジルから大豆やトウモロコシを輸入しています。ミシシッピ川とアマゾン川の二つの大河が、世界の飼料の需要、つまり食肉生産を支えているのです。いまや生産されるトウモロコシの6割、小麦の2割が飼料用に使われています。
 世界の穀物価格は、干ばつなどによって一時的に高騰したこともありましたが、2008年までは長期間にわたって低位安定していました。人件費、地代、生産資材などが上昇してきましたが、穀物価格だけが上がらなかったのです。それはアメリカやEUが、農民票確保のために補助金農政を長年続け、安値で輸出を継続してきたためです。その穀物市場に、ブラジルが補助金なしの低価格で参入してきたことで、アメリカは大豆やトウモロコシで、ブラジルに売り負ける状況になりました。それを受け、アメリカはトウモロコシをバイオ燃料の原料にするという、新たな需要を作り出しました。その流れは2005年以降、急速に拡大し、2005年にはアメリカの石油販売亊業者は、ガソリンの10パーセントにバイオ燃料を添加することが義務付けられたのです。それによって、年間で1億3000万トンほどのトウモロコシが車の燃料になっています。輸出量6000万トンの2倍以上です。
 世界が脱炭素・温暖化ガス削減に取り組むなかで、トウモロコシからバイオ燃料を作ることは高く評価されています。そこでさらに、アメリカではSAF(持続可能な航空燃料)の原料に大豆を利用するための制度化も進められています。
 エネルギーという巨大な需要が生まれれば、穀物輸出への意欲は弱くなっていきます。アメリカとEUが、穀物農家に対して長年補助金を出してきたことには、国内でも反発がありました。しかしそれが農業補助金ではなく、脱炭素のための補助金に変われば、誰も文句を言えなくなるのです。
 人間の主食となる穀物は、飼料つまり動物のエサ、車の燃料と争う構図になっています。そして、アメリカとEUは、これまでの供給過剰の仕組みをなくす動きを加速させ、食料の輸出に対しての関心が薄れているのが現状です。

(P.65ーP.68 記事抜粋)

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