書評①『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』
(中川裕 著 集英社新書 2019年)
もっと知りたくなる!アイヌ文化の入門書
市民セクター政策機構 副理事長 山本江理
『ゴールデンカムイ』(野田サトル 集英社)という漫画をご存知でしょうか。全31巻で累計約2400万部も販売されている人気の作品で、テレビアニメ化もされています。本書は、アイヌ文化研究の第一人者であり、『ゴールデンカムイ』のアイヌ語監修者でもある中川裕さんによる、アイヌ文化の解説書です。
アイヌの世界観、歴史、信仰と伝説、民話と言語、そして生活技術や家庭で作れるアイヌ料理と、さまざまな視点からアイヌ文化を紹介する本書は、原作を見ていない方も楽しめる文章がたくさん収録されています。
そのなかから、心に残ったエピソードをご紹介します。
現代につながるアイヌの世界観
アイヌにとって、人間をとりまくものはすべて「カムイ」であり、著者はそれを「環境」と定義しています。クマやカラス、火や樹木、水など自然環境はもちろん、人の暮らしを助ける道具や陶器はすべてカムイで、人はカムイに生かされているという考え方です。
例えば、クマは毛皮と肉を、樹木は樹皮や木材を、山菜は食料や薬を人間にもたらしてくれます。自分たちの手で作り出すことのできない他者の命に感謝する、道具の機嫌を損なわないように大事に使って、使えなくなったら適正に処分する。人間を生かすカムイへの感謝が暮らしの隅々に根付いています。
象徴的なのが、「チタタ?゜(アイヌ語で「我々が(チ)たくさん叩いた(タタ)もの(プ)」という料理です。ウサギやリスの皮をはいだ後、頭から骨も血も丸ごと刀で叩いて団子状にして、鍋にします。鮭のチタタ?゜も有名で、普段食べられないヒレやエラ、尾も細かく刻んで混ぜるとのこと。
命の恵みに感謝して余さず、丸ごと食べる。そのアイヌの思想は、生産と消費が物理的な距離も空間も分断された現代社会では、お手本にすべきではないでしょうか。
「アイヌは言葉を大切にする」と著者の中川氏は記しています。例として、争いごとが起こった時の解決方法「チャランケ(チャ=言葉、ランケ=下ろすが語源)」が本書で紹介されています。争っている当事者同士で行う裁判で、片方ずつ自分の言い分を何時間も主張し、相手が話をしている間は一言も口を挟んではいけないというルールです。
決着の仕方も独特で、体力が尽きて弁論することができなくなったら負けとのこと。言葉がない戦いは凄惨な結果を引き起こす、それを避けるため言葉による解決法「チャランケ」を編み出したのではないかと著者は記します。
このように、アイヌの人びとが長年かけて伝承してきたアイヌ語は、2009年にユネスコが「危機に瀕する言語」として極めて深刻な状態と認定しました。これは、明治時代以降の日本政府によるアイヌ民族への苛烈な同化政策により、言葉を奪っていったことが始まりでした。
言語は単にコミュニケーションのための機能だけでなく、世界や身の回りに起きていることを理解し自分を表現する道具としての機能があります。土地や物の収奪と同じように、言葉を奪われることは、想像を絶する苦しみだったのではないでしょうか。
本書は、著者の「カムイ」と共に生きるアイヌの人びとへの愛情と尊敬のまなざしがあふれた本であり、読了後、心が暖かくなりました。
これを機にアニメ「ゴールデンカムイ」を見て、もう一回、本書を読み返そうと思います。
(P.102-P.103 記事全文)