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②スペイン社会的連帯経済の主役、労働者協同組合(ジャーナリスト 工藤律子)

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再発見された労働者協同組合

 

―そもそもスペインでは、どうして社会的連帯経済が盛んなのでしょうか。

 

 現在、スペインで社会的連帯経済が活発になっているのは、2011年に始まった五月一五日運動(キンセエメ)(以下15M)が一つの契機になっています。2008年のリーマンショックによりスペインでは失業率が25パーセント以上、若い世代では50パーセントを超えたことがありました。その時、当時の中道右派政権は、大手銀行や大企業の救済に税金をつぎ込み、医療や教育予算を削ったことから人びとの怒りが爆発しました。2011年の統一地方選挙期間中の5月15日に、首都マドリードをはじめとする大都市で行われたデモを発端として、スペイン各地に既存政党への抗議運動が広がったのです。この運動が15Mです。


 高校生を含む、幅広い世代の人たちが参加した15M運動は、「経済的支援を」ではなく、「もういい加減、真の民主主義を!」をスローガンに掲げました。そこがこの運動のもっとも重要なポイントだと、私は思っています。


 資本主義とは違うもうひとつの経済をつくっていくうえで一番必要なのは、真の民主主義なのです。15M運動が求めた経済は利潤追求ではなく、人の信頼関係を基礎に置く社会的連帯経済でした。


 この15M運動によって、社会的連帯経済、特に19世紀からスペインで、すでに盛んだった協同組合運動が再発見されました。その中心に、労働者協同組合があります。労働者協同組合とは、組合員が出資・経営・労働する協同組合です。事業の方針や運営は、すべて組合員である労働者自身が決定します。スペインでは、2人以上集まれば、あらゆる業種で労働者協同組合を設立することができる協同組合法が州レベル、国レベルで整備され、社会保障制度も整っています。


 2022年現在、全国に2万を超える協同組合があり、そのうち1万7000以上が労働者協同組合です。2013年以降、毎年1000前後の労働者協同組合が生まれ、組合員数は、約32万人(スペインの人口4742万人)になりました。

 

自分たちで仕事をつくり働くこと

 

─労働者協同組合では、どのような事業が行われているのでしょうか。

 

 スペインの場合は、教育、社会福祉、再生可能エネルギー、食品生産・販売、芸術・文化、デジタルイノベーションなど、多岐にわたります。いくつかを紹介します。

 カタルーニャ州の「ルリベラ」は、障がいのある人とともにワインとオリーブオイルを生産・販売しています。2018年にその本拠地を訪れたときは、労働者50人のうち20人が障がいのある人たちで、畑でぶどうとオリーブを栽培し、年間15万本のワインと2万8000リットルのオリーブオイルを生産していました。収穫期にはいろいろな国からボランティアが集まるそうです。
 創設メンバーは、精神障がい者のセラピーとなる事業の実施に最適な自然環境があり、地域起こしを必要としている農村を探していました。そこで見つけたのがバイボナ・ダラス・モンジャズ村です。


 午前中の仕事が終わると、広々とした食堂に50人の労働者が会して食事をします。また会議などでは、できる限り全員が話し合いに参加してみんなの意見を反映するようにしています。


 ルリベラの事業は、障がい者を企業の労働に組み込むことを目的とする、従来の障がい者支援とは異なると、私は感じました。ここでは、労働者協同組合として、そこに参加する一人ひとりの意志を尊重して、人間中心の労働空間を築いているのです。

 アラゴン州サラゴサにある自転車修理・販売・レンタル協同組合「ラ・シクレリーア」は、自転車好きの人たちが始めました。会員になれば、道具を借りて自分で修理することもできます。バル(お酒も飲めるカフェ)も運営しています。新型コロナウイルス感染拡大(以下パンデミック)の時は、感染予防のために公共交通機関を使わず自転車を利用する人が増えて、品不足になるほど売れたといいます。また、貧しい移民家庭の多い地域にあるので、地域の移民支援NGOと協力して、子どもたちに無料で自転車の乗り方を教えたりもしています。

 カタルーニャ州バルセロナの「トップ・マンタ」は、もともと非正規の移民で、街頭でマントのような布(マンタ)の上に商品を並べて売る違法商売をして生き延びていた人たち(蔑称で「トップ・マンタ」と呼ばれている)が、後から来た非正規移民ができるだけ早く居住・労働許可を得られるようにと設立した労働者協同組合です。


 スペインでは、非正規で来た移民でも、犯罪歴がなく3年以上滞在したのちに1年以上の雇用契約があれば、居住と労働の許可を申請することができます。そのため、その雇用契約を保証するために、自分たちで衣料の生産と販売をする労働者協同組合を立ち上げました。ブランド名を意図的に「トップ・マンタ」とし、「移民することは犯罪じゃない」など、社会的なメッセージを込めた服を販売しています。

 スペインにはまた、労働者協同組合が運営している学校が、600校以上あります。教師らが組合員として自分たちで出資し、学校を運営しています。それらは政府から補助金を得ていて、授業料は一般の私立学校のように高くありません。
 「先生たちがよいと思うことを自由にやれる学校がいい」とか「人と協力しながら主体的に動ける子どもになって欲しい」などの理由で、協同組合が運営する学校を選ぶ親が増えてきているそうです。これらの学校の多くで子どもたちが協同組合を作って運営する体験ができる授業を実施しています(内容は後述します)。


 これらの他にも、再生可能エネルギーの電気事業、電話通信事業、建築事務所や法律事務所、書店などの労働者協同組合を取材したことがあります。

(P.93-P.97 記事抜粋)

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