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「デンマーク領グリーンランド 続く先住民への差別と偏見」
(鐙<あぶみ> 麻樹:ジャーナリスト・写真家)

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 英国やフランスの帝国主義の影に隠れて、北欧諸国の小さな規模の植民地主義は軽視されがちだ。前回はノルウェーで未だに差別を受ける先住民サーミ人の闘いを紹介したが、今回はデンマーク領グリーンランドで起きていることを伝えたいと思う。グリーンランド人は今、植民地時代の遺産について活発に議論し、デンマーク人に内省を求めている。

 

デンマークの植民地から自治領へ

 

 グリーンランドに最初に足を踏み入れた人々は、今から約4~5千年前、北部のトゥーレという狭い海峡で海が凍りつき、北米大陸からやってきたイヌイット。北欧のヴァイキングや欧州の捕鯨船が訪れることもあったが、デンマークとグリーンランドの恒久的なつながり(植民の歴史)が始まったのは、デンマークとノルウェーの共同王国から来た宣教師ハンス・エゲデの入植からだ。1721年に現在の首都ヌークに到着したエゲデはイヌイットたちをキリスト教に改宗させた。以後グリーンランドはデンマークの植民地とされた。1953年にデンマーク憲法が改正され、植民地支配は終了して日本の都道府県に相当する位置づけに。1979年に自治権を獲得した。2009年にはグリーンランド政府の権限が拡大され、外交・安全保障政策分野を除く社会の全領域をカバーするようになり、デンマーク王国領域内の自治領となった。


 グリーンランドの人口は約5万6千人、うち89%がグリーンランド系イヌイット人となる。イヌイットは北極圏と亜北極圏の先住民族だ。漁業はグリーンランド全土で多くの人々の生活の源となっている。

 

消えた子どもたち

 

 デンマークの植民地時代の遺産が今も先住民の子孫たちをどのように苦しめているか、一例を紹介しよう。


 グリーンランド人は「劣った民族」とされ、子どもを望むデンマーク人は積極的にグリーンランドの子どもたちを「養子」にした。しかし実態はグリーンランドの親が養子縁組の書類に無理やりサインをさせられたり、「いずれ子どもは戻ってくる」と誤った認識をさせるなどして、「誘拐」した形に近かった。闇取引も日常的だったために、実際にどれほどの子どもが「デンマークに奪われた」のか今も不明だ。また1950年代には「社会的実験」として子どもが家族から引き離された。デンマークと先住民の文化の架け橋となる「模範的な」グリーンランド人を育てる計画の一環として、デンマーク語を学ぶためにデンマークに送られた22人のイヌイットの子どもたちは、母語を失い、デンマーク社会で居場所を見つけられず、アイデンティティの問題に苦しむことになる。このうちの6人がデンマーク政府を訴え、2022年にフレデリクセン首相は直接謝罪をした。

 

苦しみを忘れるための酒と自殺問題

 

  「飲酒問題」もある。グリーンランド自治政府の予防・社会関係局は、アルコール乱用は明らかに社会的・心理的問題であり、多くの子どもや若者、家族に大きな悪影響を及ぼしているとしている。暴飲して豹変する親を「恥ずかしい」と思い育つ世代もいる。グリーンランド人の飲酒量が多いことは明らかだが、その背景には植民地にされた歴史・劣った民族として扱われてきた歴史が絡み合っている。特に心の弱さを打ち明けることが苦手な男性ほど、酒に一時的な快楽を求め、その先には自殺が待っていることもある。


デンマーク国立公衆衛生研究所によると、グリーンランドでは年間約40?60人が自殺し、人口10万人当たりの自殺者数は88人。これはデンマークの約9倍となる。10分の1の死が自殺であり、特に若者が自殺で亡くなっている。事実上すべてのグリーンランド人が、「自ら命を絶った」あるいは「絶とうとした人」を1人以上知っている状態だ。

 

管理された女性の身体

 

 イヌイットは家族を大切にし、多くの子どもを設ける風習がある。1960年代、グリーンランドでは出生数が大幅に増加。保育所や学校、医療施設に多くの資金が必要となるため、悩んだデンマークの政治家は「スピラル・キャンペーン」なるものを開始した。「スピラル」は避妊の目的で子宮内に装着する小さな器具IUD(子宮内避妊用具)を意味する。


 1966年から1970年の間に9000人の出産適齢期の女性と少女に挿入されたIUDの数は4500個にも及ぶ。長い時間が経ち、女性たちはやっと口を開き、トラウマになるような婦人科的処置、不快感、痛みを経験したことを話し始めている。何人かの女性は「知らないうちにIUDが挿入されていた」「なぜ妊娠しないのか不思議だった」とも証言している。このことは2022年に明らかになり、2023年に67人の女性が補償を求めてデンマーク政府を訴えた。

(P.124-P.128 記事抜粋)

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