書評②『格差と貧困のないデンマーク』(千葉忠夫 著 PHP新書 2011年)
デンマークを通して民主主義を考える
生活クラブ連合会 機関運営部 渡辺繁美
1990年生活クラブ東京入職。2011年から生活クラブ連合会で、食・環境・福祉関係の政策を担当。
デンマーク視察のニックネームは、植物好きが参加メンバーに知られ「万太郎」
(植物学者牧野富太郎がモデルの連続テレビ小説『らんまん』の主人公)。
私がデンマークに行った理由
2023年5月、デンマークの福祉視察研修に参加してきました。そのきっかけになったのが本書の著者であり、研修のコーディネーターである千葉忠夫氏(デンマーク在住、N.E.バンクミケルセン記念財団理事長)の講演を聞いたからでした。
講演のテーマは「世界一幸福な国デンマークの福祉」でしたが、驚かされたのはその内容よりも、「民主主義とは何か」「平等とは何か」という参加者への質問の連続だったことです。本書の中にも、同様の問いかけが繰り返しでてきます。「格差と貧困」という大きな社会問題に対しても、「自分たちはどうすべきか自分自身で考えること、その柱は民主主義であり、平等である」と千葉さんは語りかけてきます。さらに印象的なのは、「教育は人づくりであり、国に役立つ人材を育成すること」というメッセージです。「国に役立つ」と聞くと、少々ざわざわしますが、それは日本人だからでしょうか。教育には税金が使われているのですから国の意思が反映されるのは当然ですし、教育を握っている国や行政の方針を左右するのは国民なのだと改めて思い返しました。
驚かされたデンマークの福祉
デンマークと日本を比較してみましょう。租税負担率と社会保障負担率の合計は、約66%対48%。消費税は25%対10%です。他方で国政選挙の投票率は85%対55%。デンマークは税金も高いけど投票率も高く、税金が何に使われているか国民が注視しているのです。
福祉事業の職員が全員公務員なのも、デンマークの福祉政策の基本が、できる限り地域や自宅で生活できるようにするためのようです。したがって、社会的障がい者も成人になると40万円(月額)近くの年金が受け取れ、地域で生活できるようになっています。訪問した社会的障がい者のためのケア施設には、アートの個人工房や服飾の工房、ミニシアターもあり、障がいがあっても人としての尊厳を保ち、可能性を広げることを追求していると感じました。
また、高齢者も子どもと同居することはほぼなく、そのための在宅ケアが充実しています。どうしても地域で暮らせなくなったら高齢者は施設で生活しますが、長くても1年ほどとのこと。見学した高齢者センターの一人部屋は、リビング・キッチン・ベッドルーム・バスルームの2LDKで約70㎡、日本の家族向け集合住宅より広いのです。庭があり、フィットネスジムもバーも売店もあります。在宅で看取るターミナルケアも選択でき、家族、友達でも申請すると市が最長6カ月の条件で雇用し、最高月48万円の給与がでます。日本とのあまりの違いに驚きます。
民主主義が幸福な国をつくっている
千葉さんは、「デンマークと日本、どちらが住みよいかと聞かれたらデンマーク、どちらが好きかと聞かれたら日本と答える」と言います。「大好きな日本が住み良い国になり、日本のみなさんが日本に生まれてよかったと実感する国になることを願ってきました」と言うように、千葉さんは人間がもっとも住みやすい国があると聞いて56年前にデンマークを目指し定住、福祉を中心に人の生き方を日本に紹介し続けています。
北欧の5月末はどこでも花が美しく、歩きながらも植物名クイズが続きましたが、全問正解を果たして帰国の途に着きました。皆さんもぜひ本書をお読みいただき、デンマークに行ってみてください。
『格差と貧困のないデンマーク─世界一幸福な国の人づくり』
千葉忠夫 著
PHP新書 2011年
(P.108-P.109 記事全文)