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市民セクター政策機構

市民セクター政策機構 市民セクター政策機構は、生活クラブグループのシンクタンクとして、市民を主体とする社会システムづくりに寄与します。

①本質的な解決がなければ日本の「食」は絶える
(横浜国立大学名誉教授 田代洋一さん)

【新刊】季刊『社会運動』2024年7月発行【455号】特集:飢える社会が来た ー生産者と消費者の対等互恵で生きのびる

新自由主義と貿易自由化に翻弄され
農政の矛盾はさらに深刻化している


―「食料・農業・農村基本法」を改正することになった経過を教えてください。


 まず、農業の基本法の歴史を振り返ってみます。最初が1961年の「農業基本法」です。高度経済成長により農業と工業の所得格差が拡大したので、所得均衡を図ることが課題になりました。しかし他方で貿易自由化しましたので穀物をはじめ農産物輸入がどんどん増え、兼業化が進みました。兼業所得で農家と非農家の所得均衡は果たされましたが、農業と工業という産業間の所得均衡は果たされず、規模拡大による「自立経営農家」の育成は進まず、農業基本法は70年代初めに破綻したまま捨て置かれました。
 1986年にウルグアイラウンドが始まり、1995年に「世界貿易機関(WTO)」が設立され、貿易自由化や関税の引き下げが進められ、2000年からさらなる関税引き下げの交渉が始まることになりました(新ラウンド)。それに歯止めかけようとして1999年に「食料・農業・農村基本法」(新基本法)が制定されました。
 当時は世界的に農産物過剰なので、WTOは生産刺激的な(自給率向上的な)政策は削減対象としました。そこで日本は食料自給率向上を正面から掲げる代わりに「農業・農村の多面的機能」(例えば、水田の洪水防止や国土保全、自然景観)の強化を新基本法の旗印にしました。しかし2008年に新ラウンドが決裂し、当面は関税引き下げ圧力が加圧しないとなると、新基本法も「死に体」化してしまい、それどころか日本は特に安倍政権下でメガFTA(多国間自由貿易協定)に走り、食料自給率の低下も農業・農村の衰退も食い止められませんでした。
 そこに突然、2020年からのコロナ・パンデミック、2022年2月からのロシアのウクライナ侵攻が起こり、エネルギー価格や農業生産資材価格、食料価格が世界的に高騰し、食料安全保障がにわかに緊急課題となり、新基本法の改正問題が急浮上しました。

―改正に向けて政治家はどのように動いてきたのですか。


 例えば自民党の森山裕衆議院議員(鹿児島5区)は「党主導で新基本法を改正する」と明言しました。農林業や農水省に影響力を持つ彼ら農林族議員は、これまで、食料自給率の向上を主張することで農業予算を取ろうとしてきました。
 国家予算に占める農業予算の割合は2000年に3・4パーセントでしたが、2023年には2・3パーセントに下がりました(ちなみに防衛費は4・9パーセントから6・8パーセントに増加しています)。
 それに対し、緊急事態で国民の関心が高まるなかで、「食料安全保障」の名目なら予算が取れるだろうと踏んだわけです。
 その思惑は別として、私は、新基本法の改正自体は必要だと思います。地球温暖化ガスを排出しない持続可能な農業のあり方で食料自給率の向上を追求する必要がありますし、経済格差が拡大して日々の食にも困る経済的弱者が増加しています。農業の担い手や農地の著しい減少を食い止める必要があります。こうした今日的な国際的・社会的な課題をふまえて、「食料・農業・農村基本法」を改正する必要があると思います。
 しかし、「食料・農業・農村基本法」の改正案では、第一条(目的)に「食料安全保障」は書かれましたが、「食料自給率の向上」は明記されず、「基本計画」で食料安全保障に関するたくさんの指標の一つに格下げされてしまいました。結局は昔ながらの大規模化や、ロボットやAIを活用したスマート農業化、農産物・食品の輸出促進が真の目的になっています。

(P.59-P61記事抜粋)

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