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市民セクター政策機構

市民セクター政策機構 市民セクター政策機構は、生活クラブグループのシンクタンクとして、市民を主体とする社会システムづくりに寄与します。

②食料システムを主体的、民主的に考えるために (京都橘大学経済学部准教授 平賀 緑さん)

【新刊】季刊『社会運動』2024年7月発行【455号】特集:飢える社会が来た ー生産者と消費者の対等互恵で生きのびる

生産者と消費者だけが
頑張ればと言うのか


―日本の食料政策の問題点は。


 日本で欠けているのは、現在の食料システムが資本主義経済に組み込まれていて、農業・食料システムが社会不正義や気候危機の要因にもなっているという現実を理解する視点です。
 資本主義経済に組み込まれた食料システムでは、生産者と消費者の間が大きく乖離していることに加えて、農も食も資本主義のロジックによって動かされていますが、その認識が薄いと思います。今回の『社会運動』の特集も「生産者と消費者の対等互恵」となっていたため、生産者と消費者だけの話でなく、むしろその間の話こそ議論すべきではないかと思ってしまいました。生産者が頑張って、消費者が理解して一緒に頑張れば良いのかというと、そうではないと思っています。
 「食料・農業・農村基本法」改正法では、農業を発展させ、食品産業も発展させ、国内の供給量を確保すれば食料安全保障が満たされると考えています。生産者が事業継続できることは必要ですが、でも、農業・食品産業を発展・強化させることと、人びとの胃袋を満たすことはイコールではありません。資本主義に組み込まれた農業では、食料・食品も「商品」です。儲けようとの意気込みには強弱あっても、付加価値を高めた売れる商品を作り、なるべく高く売って利益を出さなければ、農家も食品企業も経営体として存続することができない。まさに「コメ作ってちゃ飯食えない」状態になってしまいます。
 特に現在のシステムでは、生産から消費までのなかで、農場を出た後から食卓までの間の部分がもっとも利潤を上げていることが多い。それなのに、どうも表に出てくる政策としては、生産者の販売価格と消費者の購入価格ばかりが話されているように聞こえます。生産者と消費者だけ、頑張ればと言うのか。そもそも、農業も私たち消費者の生活も資本主義経済の仕組みのなかに組み込まれ、そのロジックによって動かされているので、そこから認識して見直すべきと思います。
 資本主義経済が広まる近代以前には、食べものの生産は基本的に自給自足的、もしくは地域で担われていました。工業化が進み農村人口が都市部の工場で働くようになると、都市部の労働者の胃袋を満たすための食料システム、すなわち売るための農業、流通業、食品加工業、小売業のサプライチェーンが築かれていきました。しかも、都市部の工業生産を重点的に発展させるためにも食料は安い方が都合が良い社会のなかで、農業も食品産業も経営体として利潤を上げて競争しなければならない。そんな資本主義的な経済システムに組み込まれていったのです。
 だからこそ、小麦でも大豆でもトウモロコシでも、人が食べる食べものというより、産業の原材料としての生産が大規模にされるようになりました。加えて、化学肥料や農薬、現在では種子も大企業から購入する商品となっているように、これらの他産業が生産した工業製品を投入して、商品作物を作り販売する農業に変わっていきました。生産された農産物を原材料にして大手の食品加工業者が商品を製造し、それを大手の流通業者が扱って、大手の小売業者が販売して、私たちの食卓に届いています。この過程のすべてで採算性や経済的効率性が求められますから、企業はどんどん大規模化し、それに伴いパワーやリスクが集中してきました。
 2022年2月にウクライナで戦争が始まると、世界的に「食料危機」が叫ばれるようになりました。具体的に開戦がどのような要因でどんな危機を引き起こしたかはまた詳しい検証が必要ですが、そもそも世界には200カ国近くあるのにそのたった1、2カ国からの小麦の輸出が滞るということで世界全体が危機に陥るのでは、それ自体があまりにもリスクを集中しすぎた危機的な状態ではないでしょうか。
 しかも小麦だけでなく、現在では大豆は北米南米の3カ国が世界の生産量の7?8割を生産し、パームオイルは東南アジアの2カ国が8割程度を生産しています。また、農業投入資材も、食品加工や小売業も、巨大多国籍企業が市場のかなりを牛耳っている。生産から消費までの線が1本ではないにしろ、2、3本という細い線になっているので、1カ所でも途切れると全体が滞ってしまう。
 コロナ禍のロックダウンやパナマ/スエズ運河の問題で世界の物流が滞りサプライチェーンが問題視されたように、現在のグローバルな食料システムというのは、ごく少ない種類の作物を限られた国や地域で生産し、それを限られた数の巨大企業が扱っている状況になっているのです。

(P.69-P71記事抜粋)

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