日本で韓国協同組合運動史を学ぶ意義(季刊『社会運動』編集部)
【新刊】季刊『社会運動』2024年10月発行【456号】特集:社会的経済に向かう韓国市民運動 ー『韓国協同組合運動100年史』翻訳出版記念
市民セクター政策機構では、韓国で出版された『韓国協同組合運動100年史』を、多くの方々の協力を得て日本語訳し、2024年9月末に電子書籍として出版しました。そこで、日本語版の出版意図や内容をお伝えするとともに、韓国の協同組合運動から見えてくるものを読者の皆さんとともに考えたいと、本号の特集を企画しました。
三・一独立運動と同時代に始まる韓国協同組合運動
韓国の協同組合運動の実践家や研究者たちが2年にわたる協働作業を経て、原書を刊行したのは2019年でした。この年は日本の植民地支配下の朝鮮で、約200万人が参加して行われた非暴力の独立運動である「三・一独立運動」から100年にあたり、本書『100年史』の起点です。執筆者たちが言うように、三・一独立運動の経験を通じて歴史の主体として登場した民衆が、経済的自立を追求して各地で消費組合をつくりだしたのです。1921年の「東亜日報」は、「1919年の運動に朝鮮人がかかわったことで、教育熱が高まり、子どもも大人も向上しようと懸命になり…各地に消費組合、労働団体、青年会など、様々な結社が百花繚乱のごとく発足」したと伝えています(日本語版Ⅰ巻「歴史の窓1 1919年、韓国協同組合運動史の元年」より)。
本書は日本による植民地支配期から2010年代に至る協同組合運動史を、様々なテーマで論じています。読者にとっては、韓国や朝鮮半島との関係をふまえて日本の協同組合運動の歴史を捉えなおすと同時に、韓国協同組合運動史のなかに日本の影響が否定的にも肯定的にも厳然と存在することを知る機会になるでしょう。否定的な面は、植民地支配期に日本が朝鮮人の自主的な協同組合運動を弾圧し、壊滅させたことです。肯定的な例では、協同組合思想や実践例が日本から流入したり、韓国と日本の協同組合間交流の深化などがあります(28ページ各協同組合組織の寄稿、78ページ栗本昭論文を参照)。
韓国の協同組合と生活クラブの交流
日本語訳を出版した理由と目的は二つあります。第一に、韓国の協同組合と生活クラブ生活協同組合は、1983年以来40年余り交流を続けてきたことです(38ページ前田和記寄稿を参照)。90年に始まった長期研修制度を経験された方のなかには、日本語版の内容確認に労を惜しまず協力くださった朱寧悳さん(檀園信協常任監事)と崔珉竟さん(当機構研究員、京畿道議会政策支援官)がいます。そしていまでは、単協間の交流にも広がっています(9ページを参照)。
1999年には、韓国女性民友会(現・幸福中心生協)、台湾の主婦連盟環境保護基金会と生活クラブ連合会で姉妹提携を結びました。その覚書には、「友好親善を深め、互いに有益な経験、資料の交換を行い、互いの合意に基づいて可能な範囲で協力を行う」、「これまでの社会が男性中心の論理で支えられていたことに対して、家庭でも地域でも社会でも男女共同参画社会のあり方、人間関係のあり方」を求めることが、共通目的として掲げられています。
こうして、各々の活動を理解するとともに、ホームステイなどを通して、個人と個人が人間として出会い、信頼関係を築いていったのです。
植民地支配の歴史が忘却される日本で
現在、とりわけ生活クラブでは世代交代が進み、これまでの経過や目的を知らない組合員・職員が交流を担うことになります。今後も交流を深めるためには歴史を知ることが重要と認識し、本書が未来世代に手渡す基本文献になることを願っています。
現在の日本では、韓国文化を日常的に容易に享受でき、韓流ブームが続いていますが、他方、植民地支配の忘却、歴史修正主義、韓国・朝鮮に対するヘイトが根付きました。この狭間で日韓交流をどのようにすすめるべきか。少なくとも日韓交流をしようとする私たちにとっては、過去からの「連累」(注)でつくられた者として、足もとに埋め込まれた不正義の構造を考えることが不可欠でしょう。そうした態度こそが、市民同士の親善と連帯の重要性を改めて議論し、確認するための基盤になると思うのです(88ページ金耿昊、113ページ加藤圭木インタビュー参照)。
新しい次元にある韓国協同組合運動
第二に、韓国の新しい協同組合運動のダイナミズムを学ぶことです。韓国市民は長年、軍事政権と対峙し、それを倒して1987年に民主化を勝ち取りました。以降、社会運動の合法的空間が広がるなかで、多種多様な協同組合が設立され、2012年には協同組合基本法が施行されました。韓国における協同組合運動とは、民主化運動、社会運動、政治運動、共同体運動が一体であるといえます。そしていまでは社会的経済(社会的連帯経済)を広げることを目標としており、現代韓国の協同組合運動は世界史的な視点からしても、全く新しい次元にあるのです(44ページ崔珉竟、56ページ上前万由子、67ページ友岡有希の記事参照)。
ただし、韓国では政治状況の変化に社会的経済の成長・発展が大きく左右されてきました。2022年の政権交代によって国と自治体政府の主流が保守派となった現在、支援策は大幅に縮小され、社会的経済陣営は苦戦を強いられています。しかし、歴史から学んで新しい地平を拓いてきた韓国の人びとは、この試練を機会とするでしょう。私たちもその姿に学び続けたいと思います。
注 「連累implication」とは、英国に生まれ育ち、英国の植民地主義により成立したオーストラリアに住み、日本思想史を研究するテッサ・モーリス=スズキがたどり着いた概念で、以下のような状況をいう。「わたしは直接土地を収奪しなかったかもしれないが、その盗まれた土地の上に住む。わたしは虐殺を実際行わなかったかもしれないが、虐殺の記憶を抹殺するプロセスに関与する。わたしは「他者」を具体的に迫害しなかったかもしれないが、正当な対応がなされていない過去の迫害によって受益した社会に生きている。…過去の憎悪や暴力は、何らかの程度、わたしたちが生きているこの物質世界と思想を作ったのであり、それがもたらしたものを「解体(unmake)」するためにわたしたちが積極的な一歩を踏み出さない限り、過去の憎悪や暴力はなおこの世界を作りつづけていくだろう。」(『批判的想像力のために―グローバル化時代の日本』平凡社ライブラリー2013年、67ページ)
(P.4ーP.8 記事全文)