書評①『韓国文学の中心にあるもの』 橋本治樹
【新刊】季刊『社会運動』2024年10月発行【456号】特集:社会的経済に向かう韓国市民運動 ー『韓国協同組合運動100年史』翻訳出版記念
日本でも大ベストセラーとなったチョ・ナムジュの『82年生まれ、キム・ジヨン』。この小説で韓国文学に初めて触れたという人は少なくないと思う。本書は、そんな人たちへの絶好の韓国文学ガイドブックであるとともに、良質な韓国近現代史の入門書という側面も持っている。
前半は『…キム・ジヨン』が書かれた背景となった近年の韓国フェミニズムの盛り上がりを導入に、セウォル号事件、IMF危機、光州事件などの個別の事件ごとに章立てられ代表作が紹介されていく。そして中盤以降は「維新の時代」(後述)、南北の「分断文学」、そして朝鮮戦争、その前夜の「解放空間」へと時代は遡り、それぞれの時代の代表作を書いた作者と社会との葛藤が丁寧に考察される中で隣国からは想像もできなかったような時代のリアルな空気が伝わってくる。
例えば第2章の「セウォル号以後文学とキャンドル革命」。セウォル号事件が朴槿恵政権を打倒したキャンドル革命につながったことは知っていたけれど、「…以後文学」が生まれるほどの影響があったなんて想像もしていなかった。
また、映画「タクシー運転手」でご存知の方も多いであろう光州事件は、87年の民主化宣言までは韓国内で隠されてきた歴史でもある。しかしそんな中でも、まずは詩に表現され、ゲリラ的出版物として地下で流通していた。そして、現在でも若い世代によっても書き継がれているテーマであることに、事件の重さを改めて思い知らされる。
1972年の朴正煕による「大統領特別宣言」で政党・政治活動の禁止、大学の閉鎖などが行われ、79年に氏が暗殺されるまでの時代は「維新の時代」と呼ばれることを本書で知った。この時期に発表されて今も韓国のベストセラー小説となっているのがチョ・セヒの『こびとが打ち上げた小さなボール』。差別と貧困と不条理に苦しみ、戦い、傷ついた人々を描くこの短編集が「今も昔も若者の必読書」といわれ、K-POPのアイドルが愛読書に挙げたりするという。「韓国文学の底流には、苦しむ人たちを描いてこそ文学だという強い信念が存在する。その最高傑作が『こびと』だろう」という著者の指摘は韓国文学独特の魅力の源泉を示唆する。
そして「分断文学」というジャンル。戦争や南北分断を扱った作品群を指し、崔仁勲の『広場』がその代表作とされ、前章の『こびと』に並ぶベストセラーなのだそうだ。南にも北にも居場所がない主人公の苦悩が描かれるが、この作品が発表できたのは1960年という、李承晩政権を学生と市民が下野に追い込んだ「四・一九革命」によって、非常に例外的な自由が保証されていた時期だったことが幸いしているのだという。こうしたエピソードの一つひとつにも、韓国の歩んだ道の厳しさが伝わってくる。
(P.124-P.125 記事抜粋)