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 「まず おまえの 永住許可を 取り消したいわ 反日 クソクズ 在日が!」(アカウント名「井川 意高 サブアカ改め本アカ@IkawaMototaka」2024年5月25日20時48分 ※2024年8月1日閲覧)。

 2024年5月24日に社民党の大椿ゆう子副党首(参議院議員)が、Xに当時国会で審議中であった入管難民法の改訂案に関する投稿をした。外国人の永住許可を取り消せる規定を批判する内容であった。これに元大王製紙会長の井川意高が反応、当該投稿を引用しながら冒頭の文言を書いた。同年6月6日、大椿議員は井川に投稿の削除と慰謝料500万円の支払いを求めて東京地裁に提訴した(注1)。

 これまでへイトスピーチに関する数々の裁判が行われ、その一つひとつが、社会正義の実現を推し進めてきた。本提訴もこの流れに連なる。日本のヘイト発生空間で出現する「在日認定」を「差別」として問題化する試みである。


インターネットに氾濫する「在日認定」


 排外主義的な思考を有する人びとから見て、逸脱的な行為、あるいは主張をする人がいると「正体は○○人」と根拠なく断定する現象がある。主に「在日」「朝鮮人」が記号化され、「(日本の)敵」や「治安を乱す危険な存在」「モラルが低い」etc…とラベリングされるパターンはネット上でいくらでも確認できる。こうした行為は「在日認定」と呼ばれる。その多くが差別的な表現を伴う。

 2022年7月8日、安倍晋三元首相が銃殺される事件が起きると、直後から容疑者を「在日」「朝鮮人」とする投稿が相次いだ(注2)。2019年5月28日には神奈川県川崎市の登戸駅(小田急線)付近の路上にて、児童など19人が殺傷された。本事件でも犯人は在日コリアンとするデマがネットに溢れた。これに福田紀彦(川崎市)市長は「大変遺憾に思いますし、誠に不適切」と述べた(注3)


「在日認定」に基づく攻撃の機能と意味


 言語哲学を専門とする和泉悠は、ヘイトスピーチには「ランクづけ」の機能があると論じ、その上でその「効果」と「手段(前提)」を分析している(注4)。まず、ある集団を「犯罪者」「危険」とラベリングすることは集団間を─犯罪を犯す傾向性や危険度について─順位付け、ランキングを提示することであり、それは「暴力や差別の『正当化』につながる」という。さらに和泉は差別煽動の場面で「ヘビ」「ゴキブリ」といったワードが利用されることにも注目する。差別者が被差別者を貶めさげすむために害獣や害虫を含む人びとが嫌悪を感じる、忌避するイメージを持つ表現を多用し、他者をそのような存在に例えることは珍しくない。和泉は「一般的」に「ヒト以下」とされる負のイメージを使うことは、新たなランキングを作成せず、容易に順位づけを成功させるための「手段」であると指摘する。先の「一般的」は重要である。他者を貶めることを目的とした表現を意図通りに伝達するためには、一定の人びとにより負のイメージが共有されていることが前提となるからである。オーディエンスに発話者の思惑が理解されなければ、メッセージは意味をなさない。

 この議論を補助線とすると、「ランクづけ」と前節で報告した事例の関係はわかりやすい。ある属性を一括りに「危険な集団」と表象することは、差別/暴力を正当化する「効果」を産む。そして、特に問題なのは後者の「手段(前提)」である。当然ながら「在日」「朝鮮人」という言葉は和泉が分析する害虫や害獣的なさげすみのための言葉ではない。しかし「在日認定」を表明→攻撃の行為は、明らかに「在日」「朝鮮人」を負のイメージを想起させる語として用いているように思われる。つまり「在日認定」による攻撃を可能とする要因には、排外主義の文脈において在日コリアン/朝鮮ルーツの人びとを「ヒト以下」と順位づけていることが前提にある。加えて、それが「一般的」(=社会的に承認されている)と感じられるほどに同様の認識がネット上を浮遊しているからではないか。


誹謗中傷―差別、二重の暴力を知覚する


 ネット発の差別デマが直接的な暴力/ヘイトクライムを誘発させている現在、このような「在日認定」の放置は危険な状況が起きる蓋然性を高める。大椿議員の提訴の意義とは、まさにこの+αの差別煽動をも捉えて「差別」と訴えたことにある。

 以前にも類似の事象はあった。2019年、「静岡新聞」に当時の社民党副党首であった福島瑞穂議員の「実の妹が北朝鮮に生存している」というデマが掲載された(執筆者は政治評論家の屋山太郎)(注5)。かつて、2006年に社民党の土井たか子(元)党首も右派系の雑誌『WiLL』の記事にて、土井元党首を朝鮮人と見做す虚偽情報が記載されたことがあった(注6)。いずれも裁判で勝訴しているが、争われたのは名誉棄損であった。

 大椿議員は名誉毀損や名誉感情毀損のほか、「不当な差別を受けることなく、人間としての尊厳を保ちつつ平穏な生活を送る人格的利益」の侵害を訴え、「井川氏らの目的は私をさげすむことだが、そのために『お前は在日だろう』とマイノリティの人たちを利用することが、非常に許せない」と二重の暴力性を語っている。

 本提訴以前の裁判に不足があったわけではない。そうではなく、大椿議員が「差別」の視点を提示した/できたことは、差別を明確に批判することが可能になった、そのように要請される社会環境の形成が背景にあるのではないだろうか。議員の語りにある「不当な差別を受けることなく~」とは、ここ3年ほどの間に在日コリアンや部落差別をめぐる裁判で勝ち取られてきた「差別されない権利」のことである(注7)。最初に提訴が過去の裁判と「連なる」としたのはこのためであり、それは過去からの連続的な表現型なのである。

 未だに人種差別禁止法のない日本において、どのような裁判となるか。そうした論点を含め今後の展開に注目したい。


(注1) 大椿議員の提訴及び発言は、社民党HP「大椿副党首がヘイト投稿で提訴~元大王製紙会長・井川意高氏を相手に」(2024年6月7日)を参照。
(注2) BuzzFeed News「安倍元首相の銃撃事件、SNS上にデマ『血が出ていない』『やらせ』人種差別的な投稿も、拡散に注意」(2022年7月8日)
(注3) 川崎市HP「令和元年6月18日 市長記者会見記録」(2019年11月18日)
(注4) 和泉悠『悪い言語哲学入門』(筑摩書房2022)
(注5) 朝日新聞「社民・福島氏への名誉毀損で評論家に賠償命令 東京地裁」(2019年11月29日)
(注6) 読売新聞「雑誌記事の名誉棄損、土井たか子さん勝訴確定」(2009年9月29日 ※現在はリンク切れ)
(注7) この論点については、例えば以下を参照。東京新聞「『差別されない権利』認めた高裁判決の意義とは 後を絶たないネット上の人権侵害」(2023年9月25日)/師岡康子「国籍・民族差別と『差別されない権利』」『ヒューマンライツ』(428号、部落解放・人権研究所、p15-18)

(P.140 記事全文)

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