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F1と反人種差別、ハミルトンの孤独/孤立、連帯
瀧 大知(外国人人権法連絡会事務局次長)

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─I can't breathe(息ができない)


 2020年5月25日、アメリカのミネアポリス(ミネソタ州)で黒人男性が殺害された。無実にも関わらず、警察官に首を圧迫された状態で押さえ付けられ、そのまま死亡した。この様子はSNSを通じて拡散、「#BlackLivesMatter」(黒人の命が/は大事)のハッシュタグと共に世界各地で反レイシズム(人種差別)のムーブメントを作りだした。

 このとき多くのスポーツ選手も声を挙げた。日本でもテニスの大坂なおみ選手やNBAで活躍する八村塁選手が反差別のメッセージを出し、注目を集めた。

 本コラムも人種差別と対峙する一人の選手を取り上げる。自動車レースの最高峰「F1(FIA Formula One World Championship)」で現役最多数のチャンピオン獲得(7回)、優勝数を誇る「ルイス・ハミルトン」(イギリス出身、現フェラーリチーム所属)である。同選手の語りとそれを取り巻く状況を後づけ、差別&連帯が生み出すもの/ことを考えてみたい。

ただ一人の「黒人」ドライバー


 ハミルトンは黒人初のF1選手である。父親はアフリカ系、祖父の時代にカリブ海の島グレナダから渡英してきた。2007年にマクラーレンチームからF1にデビュー、初年度からチャンピオンを争った。翌年には年間王者となり、2013年にメルセデスへ移籍、さらに6回のチャンピオンに輝いた。

 そんなハミルトンだが、2019年の終わりに「どのチームにも有色人種はいないのだなと思った」と感じていた(注1)。このような思いをもつなか、2020年の事件が起きた。ハミルトンもBLM運動に共感、その胸中を次のように話した(注2)。

 「(筆者補足*事件の)ヴィデオを見ていたらいろんな感情がこみ上げてきて、思わず涙ぐんでしまって。自分にとって初めての人種差別の体験は5歳のとき、殺すぞとかやっつけるぞとか脅迫的なことをいわれて、でも、まわりの人たちは特になんとも思ってないみたいだった。『コース上戦って勝てばいい』と父からいつもいわれてたから、当時はそんな目にあっても一切、口をつぐんでたけど。でも、僕ら黒人は、これまであまりに多くのことを我慢させられてきすぎたと思う。で、『もう黙ってなんかいられない。行動を起こさないとだめだ』と。黙ってたら、この先何世代も状況は変わらない。自分が子供の頃にした体験を姪や甥にさせてもいいかといったら、そんなの、真っ平御免だ」。

ハミルトンが感じていた孤独/孤立感


 そして、ハミルトンはF1が白人による支配的なスポーツであること、「このような不当な状況の中でもF1界のスターたちは沈黙を守っている。(中略)有色人種の僕は孤独だ」とInstagramに綴った。

 この発言を─これまで反差別の意志を明確にしてこなかった─他の選手たちは支持した(注3)。シャルル・ルクレール(フェラーリ所属)はSNSで自分の意見を表明することに違和感があったが、それは「完全に間違っていた」とTwitter(現X)に書いた。ジョージ・ラッセル(当時ウィリアムズ所属)も「沈黙は何も解決しない。(中略)皆が立ち上がって人種差別を社会から追い出そう。僕たちには不正を終わらせる責任がある」とコメントした。ランド・ノリス(マクラーレン所属)は反差別の表明後、SNSのフォロワーが減少したが「彼らが自分のフォローをやめてくれてうれしい」と述べた(注4)。

 とりわけ、こうした動きが顕著になったのは2021年、第10戦イギリスGP後である。このとき、ハミルトンと年間王座を競っていたマックス・フェルスタッペン(レッドブル所属 2021~2024年王者)がクラッシュをした。前者にはペナルティが与えられるも優勝、後者はリタイアした。

 この結果を不満に思う人びとの一部は攻撃的となった、ソーシャルメディア上は(ハミルトンに向けた)差別的な投稿で溢れた。これにF1を統括するFIA(国際自動車連盟)や当時ハミルトンが所属チームの他、クラッシュの相手であるレッドブルもSNSで非難声明を出した。「ルイスに対し発せられた人種差別的言動を目撃したことには、嫌悪感と悲しみを覚える。(中略)このような発言が我々のスポーツに入り込む隙はない。発言者は責任を問われるべきだ」(注5)。

 各所からの声明をみたハミルトンは「F1、私のチーム、そして複数のドライバーからのサポートを目の当たりにし、感動した」「初めて、自分がF1で孤独ではないのだと感じた」と語った(注6)。

排除的な時代だからこその「連帯」を


 F1は「華やか」なスポーツである。トップ選手になると年俸は何十億円にもなる。しかし、「セレブ」になっても人種差別によるハミルトンの孤独は癒されなかった。差別は社会を分断、マイノリティを孤立させる。史上唯一の黒人F1ドライバーという数の問題はもとより、時間を共にする同僚選手やチーム、統括団体=社会が反差別を示さなかったこと、それが孤立感を深めた。

 昨今「多様性」「反差別」を標榜しているが、F1はそれらに「フレンドリー」ではなかった。モータースポーツ全体を見渡しても選手は男性に偏り、基本的に白人が中心を占める。いわゆる「○○中心主義」と批判的に形容される場といえる。そこにメスを入れたのは「ルイス・ハミルトン」という個人による影響が大きい。字数上、詳細な紹介はできないが、その行動がF1をはじめとする世界的な組織/企業を動かした。ただし、個人の力だけではない。そこには「連帯」がある。他の選手やチーム、つまりマジョリティが共に声を発しなければF1=「貴族社会」への影響はより縮小したであろう。

 2025年1月20日、アメリカではドナルド・トランプが大統領に再度就任した。選挙時からの差別的な姿勢は衰えていない。同時にこれ以前、BLM運動をはじめ「連帯」が「排除」の動きを止めたことも忘れてはならない。

 確かに人は進化の過程で、外集団よりも内集団を贔屓する動物となってきた。一方、同時に「協力」する動物でもある。差別や排除、それだけが人の本質ではないはずである。

(注1)The Guardian “Lewis Hamilton: 'Watching George Floyd brought up so much suppressed emotion'”(2020年11月17日)

(注2)GQ「“いろんなことのために戦わないと”─ルイス・ハミルトンがBLM運動を積極的に提唱推進する理由」(2021年2月8日)

(注3)autosport web「ハミルトン、人種差別に声を上げないF1に『リーダーが変化を起こさなければ平和は実現しない』と主張」(2020年6月3日)

(注4)Reuters「F1=ノリス、反人種差別支持でフォロワー減を告白」(2020年6月12日)

(注5)autosport web「フェルスタッペンとの接触後、ハミルトンへ人種差別的批判が相次ぐ。FIAやF1、メルセデスが“可能な限り強い言葉”で非難」(2021年7月20日)

(注6)Reuters「F1=ハミルトン、関係各所の差別批判に『初めて孤独じゃないと』」(2021年7月30日)

(全文)

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