18歳選挙権による民主主義再生の可能性(早稲田大学社会科学総合学術院教授 坪郷 實)
批判力や政治的判断力を養うための「市民性教育」
選挙権年齢を引き下げるだけでは、政治離れは回復できないのではないでしょうか。どんな教育が望まれるのでしょうか。
日本では18歳選挙権をめぐって「主権者教育」という用語が使われていますが、この議論だと選挙に限定する議論になってしまう問題があります。そこで私は、政治を広い視野から考えていく「市民性(シティズンシップ)教育」という用語のほうが適切だと考えています。従来から日本の学校教育では、市民性教育は十分ではありませんでした。むしろ学校ではなく、1990年代以降に大変活発になった市民活動や、あるいは自治体の政策づくりに市民が参加をすることを通じて市民性教育が行われてきたと思います。
市民性教育とは「知識の獲得を前提に、批判力を含んだ政治的な判断力を養成するもの」であり、「どのような方法で政治活動が可能なのかを考え、政治参加のツールを具体的に獲得するもの」として定義できます。また社会は、多様な市民で構成されているので、多様性の視点やジェンダー視点が不可欠です。ですから、市民性教育は「人権教育、ダイバーシティ(多様性)教育」といった側面を持つことが求められます。
これらをふまえると、市民性教育は必ずしも学校教育だけに焦点が当てられるべきではありません。「子どもから高齢者まで関わる広範囲な教育実践活動」と考えます。国や自治体レベルにおける公共政策づくりに、市民が参加する基礎として市民性教育が求められているのであり、「デモクラシー教育」とも呼べるのです。市民性教育の必要性が議論されるようになった背景には、グローバル化、格差社会、広がる政治不信などデモクラシーに関わる多くの問題が、世界中で現れていることがあります。日本で2015年にデモクラシーと立憲主義の議論が活発に行われたことも、必然と言えます。
海外では公教育でどのような市民性教育が行われているのでしょうか。
イギリスの学校教育では2002年のブレア政権時に、市民性教育が全国共通のカリキュラムとして結実しました。「政治的批判力を持つ能動的市民の育成」を目標に掲げ、「政治に関する知識・技術・価値を身につける教育」を重視しています。ボランティアや地域活動などの社会参加にとどまらない政治参加の重要性が強調され、学校教育で論争的なテーマを取り上げて議論することが重視されています。ただし、全国共通のカリキュラムは助言と手引きにとどまるもので、教育の内容や方法に関しては、学校や教員に自由裁量の余地がかなり残されています。
ドイツの政治教育は「デモクラシーの担い手をつくる教育」と位置づけられ、過去の克服という反省的な歴史教育と密接に結びついています。「政治的判断能力、政治的行動能力、方法的能力」という三つの能力の養成が期待されています。ドイツの特徴としては、連邦や州レベルに設置された「政治教育センター」という政府機関が政治教育を行っていることです。同時に、学校などで使用する教材資料を提供しています。具体的な事例としては、選挙権がない若い層に選挙の機会を作る「模擬投票(ジュニア選挙)」があります。これは州議会選挙、連邦議会選挙、ヨーロッパ議会選挙と並行して実施されるもので、実際の選挙を教材にします。高校生が自分で資料を調べたり、あるいは街頭での選挙キャンペーンを実際に経験しながら、高校で「模擬投票(ジュニア選挙)」を実際の選挙と同じように行います。2015年までに47回実施され、毎回、参加学校数と生徒数が増えています。2013年の連邦議会選挙には、2200校で50万人の生徒が参加しました。連邦議会選挙の投票日の事前にジュニア選挙を行い、実際の選挙の開票が行われるのとほぼ同時にジュニア選挙の結果が公表されます。ちなみにこの取り組みは、既にアメリカで実施されていた「キッズ投票」が1999年にテレビのトーク番組を通じてドイツに紹介されたことがきっかけと言われています。アメリカのキッズ投票は、2009年には1万以上の学校、800万人の生徒が参加しています。
(記事から抜粋 p.29~p.32)